Destiny×Memories

Past.16 ~痛み~


 クマ型魔物を倒してから小一時間後、オレの荒れた息を整えつつ次の街を目指してオレたちは歩いていた。


「いやー、凄かったなぁヒア。火事場のなんちゃらってやつ?」

 からからと笑うイビアさんを睨むのは、もちろん当事者であるオレとソカル。

「他人事だからって酷いッスよ!! 死ぬかと思ったッス」

「ま、まあまあ。……でも、大した怪我もなくて安心しました」

 怒るオレを窘めながら、リブラがほっとしたように笑う。

「そうですよ、無事で何よりです!」

「まあ、アンタにしちゃあ上出来なんじゃない?」

 フィリやナヅキにまでそう言われ、オレは渋々口を閉ざした。ソカルは相変わらず不満げにイビアさんを睨んでいたけれど。


 朝とは違い、そんな和気あいあいとした空気で進んでいると、突然オレたちの周りを炎の壁が包み込んだ。


「これは……っ」

 リブラが呟き、慌てるオレ以外の面々が素早く武器を構える。

「ようやくご登場か、カミサマ?」

 ニヤリと笑ったイビアさんに応えるように、炎の中から【戦神いくさがみ】……アイレスが姿を現した。

「ふっ。【太陽神】の守護者どもか」

「先日はうちの後輩たちが世話になったらしいな」

 相変わらず飄々としているアイレスに、イビアさんは呪符を構えてそう言った。
 ……というか、なぜ彼がそのことを知っているんだろうか。遅れて武器を構えながら、オレは疑問に思う。ちらりとソカルの方を見れば、彼は相変わらず嫌そうな顔でイビアさんを睨んでいた。

「なに、ちょっとしたアイサツだ、アイサツ」

 けらけらと笑うアイレスに、今まで黙っていた黒翼が切りかかる。

「……っと! いきなり攻撃してくるとは威勢がいいな!」

「……【太陽神】にも、《彼》にも……手は出させない」

 刀をアイレスに向けて、黒翼はそう宣言してから飛び上がった。

「――“『風陣連武』”!!」

 風を纏わせた刀を、アイレスに振り下ろす。だけどアイレスは、それをとっさに避けた。

「無駄無駄! お前らじゃあオレは倒せねえよ!」

「けどダメージは与えられるよなぁ!? ――“『グレウル』”!!」

 避けた先にイビアさんが光を纏った呪符を投げ、それはアイレスの右腕を掠めた。

「っ……!! やるじゃねぇか!」

「当たり前だろ。なんたってオレたちは……“双騎士ナイト”なんだからな!」

 悔しそうなアイレスにイビアさんが堂々とした顔で言い放ち、黒翼も同意するように頷いた。

「“双騎士”……」

 思わず呟いたオレに、武器を構えたままのソカルが視線を移したのを感じたけれど。揺るぎない先輩二人の背中に、剣を握る手に力がこもる。


 “双騎士”。カミサマ。【太陽神】。……ソカル、封印、夢。そして、……《彼》。

 オレは、オレたちは……どうして……――


 思考回路の海に堕ちて行ったオレを連れ戻したのは、ソカルと脳裏に響いた《彼》の声だった。


『ヒアっ!!』


 顔を上げれば、二つの剣を構えてオレに切りかかろうとしている【戦神】の姿が、見えた。紅い炎を纏ったその攻撃に、オレは動けずにいて。
 世界がスローモーションのように動く。イビアさんが投げた呪符も、黒翼の刀も、フィリの魔法もナヅキの攻撃もリブラの悲鳴さえも、全てがゆっくり、見えて……――


「××××――ッ!!」


 ソカルがオレじゃない誰かの名を、叫んだ。その瞬間、世界は元のスピードに戻る。
 ……紅い液体を散らせながら倒れていく、オレのパートナーの姿を映しながら。


「そ、かる……?」


 呆然と、名を呟いた。だって、何が起きたのかわからない。リブラとフィリの涙まじりの悲鳴が耳を劈いて、オレたちとアイレスの間に黒翼が割り込んで、ナヅキとイビアさんがオレたちに駆け寄って、何か叫んで、いた。


(……あかい)


 オレの髪色と、彼の閉ざされた瞳と、同じイロ。……大嫌いな炎と、同じイロ。


 ――××××様!――


 あの夢に出てくる人たちも、同じ名を叫んで、そして、同じイロに……――

「あ……」

 泣きながら回復魔法を唱えるリブラとフィリも、【戦神】を相手にしている黒翼やイビアさんも、彼の名を必死に叫んでいるナヅキも、もう視界に入らなかった。

 だって、紅いイロは、オレから全て奪っていくんだ。今も……数年前も、『あのとき』、も……――


 ――……アト!――


 そう、名を呼んで笑うキミを、覚えている。

 覚えて……いるんだ。



「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁッ!!」



 突如として響き渡った紅い少年の絶叫に、イビアと黒翼は顔をしかめた。どうやらストッパー代わりだった《彼》でも止められなかったらしい。

「ちょっとこれ、ヤバいんじゃないのか黒翼」

「俺に言うな」

 絶叫した少年に驚いたのか、【戦神】も武器を構えたまま、視線を彼へ向けていた。
 死神の少年も、止血には成功したようだが相変わらず目を覚まさない。イビアは思わず現実逃避をしたくなった。


『……ソカル』


 不意に絶叫が止んで、紅い少年が相棒の名を呟いた。
 その声は普段の彼の声とはどこか違っていて、彼の仲間たちが不思議そうに……そして不安そうに、彼を見ていた。

『キミも……そうやって私を置いていくのか。“彼女”のように……』

 悲しそうな表情で呟いた『ヒア』は、次に【戦神】を睨み付けた。

『よくも……ソカルを』

「……っ」

 睨まれた【戦神】が、武器を『ヒア』に向ける。
 【戦神】はただ、呆然としていたヒアを狙っただけだろう。前回ヒアに……いや、《彼》に苦い思いをさせられたようだから。
 イビアはそう思いながら、注意深く『ヒア』を見守ることにした。

『……――“炎よ。我が魂に宿りしチカラよ。彼の者に粛清を! 《ラー・ホール・クイト》”!!』

 『ヒア』が、恐れていたはずの炎属性の魔法を放つ。……間違いなく、今の『彼』は自分たちの知るヒアではないのだろう。
 驚いた顔をした【戦神】は、先ほどの魔法を避けきれなかったようだ。

「お前……マジで何者だ……?」

『……答える必要は、ない。
 ――“燃え盛る灼熱よ,我が刃となりて……”』

 そこで突然、『彼』の詠唱が止まる。今までピクリとも動かなかった死神が、『ヒア』に向かって手を伸ばしたからだ。

「……だ、め……。お願い、やめて……」

 ヒアが、壊れてしまう。
 ソカルは確かにそう言って、近づいてきた『彼』の手を握り締めた。 

『ソカル』

「僕は、大丈夫だから……だから、お願い……“クラアト”……」

 その名であろう言葉を死神が紡いだ瞬間、『ヒア』の体が倒れた。どうやら意識を失ったらしい。
 近くにいた猫耳娘たちがそれを抱き留めるのを横目で見やって、イビアは呪符を【戦神】に投げようと構える。
 だが既にその姿はなく、逃げられたのだと気づいて、黒翼と顔を見合わせ深くため息を吐いたのだった。


 『ふたり』の痛みが、彼を襲おうとしていた。



 Past.16 Fin.

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