Destiny×Memories

Past.18 ~魔術師~


「いやまあ、別に今更五年前のことをとやかく言うつもりは毛頭ないわけだけど」


 そう前置きして、イビアさんは茶髪の青年……ランさんを睨みつけた。

「オレはお前を許したつもりはないし、仲間だなんだと思うつもりもない」

 怖い顔をしながら言い放ったイビアさんを見て、ランさんは苦笑いを浮かべた。

「そりゃあ僕だって、君たちに……殊更君に、許されようとは思っていないよ。
 仲間だとも思わなくて構わない」

 どこか辛そうなその声に、黒翼がイビアさんの身体を肘でつつく。

「……イビア」

「わ、わかってるよ!! オレだって、彼女のことはまあ、吹っ切れたし……恨んではいないけど。
 けど、それとこれとは話が別っていうか……」

 じと目でイビアさんを睨む黒翼に、呪符使いはもごもごと口ごもりながら呟いた。


 三人の話を聞いていて把握したことだが、どうやらこの『ランナイア・グロウ』という青年、五年前……つまりイビアさんたち先代“双騎士ナイト”が対峙した、いわゆるラスボス的存在らしい。
 五年経ってある程度和解はしているようではあるが、なぜ彼が今この森にいるのかはイビアさんたちにもわからないという。


「……まあ、お前の言いたい事は判るが……良いんじゃないのか?
 此奴こいつが襲って来る魔物達を全て倒してくれるのなら」

 真顔でしれっと言い放った黒翼に、イビアさんは「あー、それもそうだな」と普段ののんびりとした声で同意したのだが。

「ああ、それは無理だよ、悪いけれど。
 先ほどの攻撃で僕の魔力はもうほどんど残っていないからね」

 悪いと言いつつ悪びれる様子もなく、さらりとそう言ったランさんに、イビアさんは何とも言えない表情で彼を見つめ……。


「お前ちょっと本気で何でここにいるんだよ……?」


 ドスの効いた低い声で呟いた。
 ……怖いッス、先輩……。

 +++

 曰く、森を出た先に待ち合わせ人がいるのだと。
 そう聞いたイビアさんと黒翼は、心当たりがあるのか渋々ながらもランさんを連れて森の出口に向かうと言った。
 当然、森のど真ん中で行き倒れていたランさんが出口を知っているはずもなく、結局のところみんなで出口を探さなければならないのだが。


「ふう……」

 魔物との何度目かの戦闘が終わり、なんとか慣れてきた剣を腰の鞘へ仕舞う。
 リブラとランさん以外のメンバーも、各々の武器を仕舞いながらほっと安堵の息を吐いた。

「いやあ、すごいね。
 呪符使いと吸血鬼くんはともかく、現“双騎士”たる君たちもなかなかのものだ」

 にこにこと悪意なく拍手をするランさんに、オレとソカル、ナヅキとフィリはそれぞれ呆れながら、あるいは戸惑いながら適当に相槌を打つ。

「うちの後輩が困ってるんで、あんまり近寄らないでもらえないかなー」

 仕舞ったはずの呪符をひらひらと揺らしながらイビアさんがそれはもう素晴らしい笑顔でランさんに声をかけると、彼は降参、と言わんばかりに両手を上げる。
 そんな二人を見て深くため息をついてから、黒翼はぐるりと辺りを見回した。

「……吸血鬼くん。君のその翼で空に飛び上がり、出口を探す、というのはできないのかい?」

「……見れば判るだろう。木々が邪魔をして空へ上がれない」

 唐突とも言えるランさんの言葉に、吸血鬼くんこと黒翼が上空を見上げて答える。
 それにつられて上を見ると、確かに光は射しているものの木々が空を覆ってしまっていて、なるほどこれでは空は飛べないだろう。
 そうか、と残念そうに頷いたランさんに言いたいことは多々あるんだろうけど、黒翼はふう、と何度目かのため息をつくだけだった。

「……オレたち、ここから出られるのかな……」

 遠い目をして呟くと、近くにいたナヅキたちに聞こえたようで。

「ちょ、ちょっと、やめてよ縁起でもない……」

「で、出られなかったらどうしましょう!?」

 どうやら女の子たちを不安にさせてしまったようだ。

「いやいや、大丈夫、大丈夫だって! ……多分」

 不安そうな女性陣と、なぜか一緒に泣き出しそうなフィリを落ち着かせながら、オレは前を歩くイビアさんたちを見つめた。
 ……無事に出られたらいいんだけどなー……などと思いながらも歩くオレの脳裏に、突然《そいつ》は話しかけてきた。


 ――……大丈夫、オレにまかせて――


(……任せてって、お前道わかるのかよ)

 また身体を乗っ取られるのではないのか、という恐怖から身を固くすると、《彼》は身体は乗っ取らないよと笑った。


 ――道は……そうだね、出口で待つひと、知ってるから。そこへ辿って行けば、大丈夫――


(……お前って、結構何でもアリなんだな……)


 ――そんなことないよ。ただ、オレは……――


「……ヒア?」

 《彼》が何かを言いかけたとき、不意に不安そうな表情を浮かべたソカルに声をかけられた。
 いつの間にかオレの足は止まっていて、先を歩いていた先輩たちも思い思いの表情でオレを見ていた。

「あー、えっと……」

 なんて説明しよう。そう悩んでいると、再び《彼》が声をかけてきた。


 ――……ヒア。オレが道を言うから、みんなに伝えて――


(それ、お前がオレと代わった方がいいんじゃないのか?)

 何とも面倒くさい方法を提案する《彼》に抗議すると、《彼》は苦笑したようだった。


 ――身体を乗っ取られるのを嫌がったのは、きみじゃない――


 いや、それはそうだけど……。ぐっと言葉に詰まると、それに、と《彼》は続けた。


 ――オレはきみのピンチ以外、あんまり“外”に出たくないんだ。……怖い、から――


 苦笑いを続けたままぽつりと呟いた《彼》に、オレは思わず声を出していた。

「あ、あの! オレ、道わかる……かも……?」

 最後は疑問系になってしまったがそう伝えると、案の定ナヅキたちが怪訝そうな表情を浮かべた。

「かも、って何よ? だいたい、わかるって何で?」

「アーくん、いつの間にそんなスキルを……」

 みんなの思考を代弁したようなナヅキの言葉に、オレは「えーっと」とたじろぐ。
 キラキラした瞳でどこかズレたことを話すフィリは、この際無視をして。

「と、とにかく、大丈夫だから! 多分!」

 無理やり納得させるしかない。
 そう思って歩き出すが、ナヅキたちの表情は変わらない。

 ヤバい、どうしよう。

 本格的に焦っていると、いつも通りに無表情でオレを見ていた黒翼が声を上げた。

「……良いんじゃ、ないのか?」

 ぽつり、と静かに……それでいてはっきりと呟いた吸血鬼に、様々な視線が集まる。

「現状、俺達に出口を知る術は無い。
 ならば、判ると言う緋灯ヒアに着いて行く方が可能性は有るだろう」

 淡々と喋る黒翼に、オレは必死にうんうん、と頷いた。

「……まあ、それもそうだな。闇雲に歩き回るよりマシか」

 よろしく頼むぜ! と笑うイビアさんにそう言われ、他のみんなも納得してくれたようだ。
 ほっと息をついていると、脳裏で《彼》が苦笑する気配がした。

(……どうしたんだ?)


 ――いや、ごめん。けど、オレのことに気づいていながらあんなことさらっと言うから……――


 相変わらずだなぁ、黒翼は。
 そう笑う《彼》に、オレが知り合いなのか、と尋ねようとしたその時。

「……ヒア?」

 相変わらず不安げな表情で、ソカルがオレの顔を覗き込んでいた。
 オレは慌てて大丈夫とだけ言うと、みんなの先頭へと駆けた。


 その後何回か魔物との戦闘をこなしながらも、《彼》の案内で何とかオレたちは森の出口へと出ることが出来た。


「うわあ、本当に出れた……」

「アーくん、スゴいですっ!」

 太陽の光が眩しくて目を細める。
 我ながら半信半疑だったオレを、フィリがキラキラとした眼差しで見つめてきた。
 驚きながらも不思議そうな表情を浮かべるナヅキやリブラ、それからソカルに苦笑いをこぼしつつ、更にもう一歩進もうとした、そのときだった。


「れぇぇぇぇんんんんっ!!」


 形容しがたい奇声を発して、先頭にいたオレたちを追い抜いて行ったのは茶髪の青年……ランさんだった。その彼が向かった先にいたのは。

「やかましい!! あと遅いっ!!」

「まあまあ、レン。いいじゃない、ちょっとくらい」

 同じく茶髪でランさんそっくりな人物と、金髪の女の子だった。
 二人は似たデザインの、白を基調とした服を見に纏っている。全身真っ黒なランさんとは対照的だ。

「ひどいよレン、久しぶりに会えたというのに!
 大体あの森の中、思った以上に複雑だったんだよ?」

 しゅんと小さくなりながらぶつぶつ呟くランさんに苦笑をしつつ、軽く片手をあげて彼らに声をかけたのは、イビアさんだった。

「久しぶり、レン、リウ」

 その声に、ランさん似の青年と少女はこちらへと顔を向ける。

「久しぶりね、イビア、黒翼。……それから、初めまして、現“双騎士”のみなさん。
 私はリウ。【予言者】リウ・リル・ラグナロク。こっちはレンパイア・グロウよ。よろしくね」

 予言者、と名乗った少女は、ふわりと笑った。それにつられて、《彼》も穏やかに……それでいて、どこか悲しげに笑ったのを、オレは感じた。



 痛むのは、誰の心か。



 Past.18 Fin.

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