Destiny×Memories

Past.19 ~ふたり分の想い~


 【予言者】と名乗った少女と隣のレンと名乗ったランさん似の彼の話によると、ランさんとレンさんは双子の兄弟で、三人は幼なじみらしい。
 久々に会うことになったのだと言うけれど、なんで森の出口で待ち合わせなのだろうか。
 そんなオレの疑問を、【予言者】……リウさんが答えてくれた。


「ランに会うことによって、あなた達現“双騎士ナイト”に会える、と言う未来を視たから。
 ここで待っていれば、すぐに会えるでしょう?」

 にっこりと笑う彼女に、だいぶ待たされたがな……とレンさんがため息を吐いた。……いつから待ってたのだろうか……。

「でもまあ、こうして無事会えて良かったわ、現“双騎士”の皆さん」

 絶えず笑顔のリウさんに呆気にとられていたナヅキが、同じく呆気にとられていたオレたちを代表して問いかけた。

「ええっと……その【予言者】さんが、アタシたちに何の用なんですか?」

 その問いに、最もな質問ね、と満足げに頷いてからリウさんは答える。

「“予言”をね、教えに来たのよ。あなた達の、これからを」

「僕たちの、これから……ですか……」

 フィリが一気に不安そうな表情を浮かべる。
 オレも何となく不安になって、思わず隣にいたソカルを見た。
 ソカルはいつになく無表情で……それでいて、リウさんを睨んでいるようにも見えた。

「あなた達はこの先、また【神】と相見えるわ。
 だけど、今のままでは【神】に勝てない。いくら先代“双騎士”がいても、ね」

「っそんな……!」

 【神】を倒すのが、オレたちの使命じゃないのか? イビアさんたちがいても、勝てないのか……?
 絶望するオレたちに、真顔のリウさんは「それでも」と静かな声で告げた。

「……それでも、たった一つだけ今のあなた達が【神】を倒す方法があるわ」

 その言葉に、俯いていたオレたちは顔を上げる。

「その、方法とは……?」

 リブラが恐る恐る尋ねると、リウさんはオレとソカルを真っ直ぐに見つめた。

「な、なんスか……?」

「ヒア。あなた、自分たちの“契約条件”は覚えているかしら?」

 “契約条件”……? 問われて、オレはソカルと契約した時のことを思い出す。

「……“神に粛清を与える代わりに、オレはオレの記憶を取り戻せる”……」

 自分で確認するように呟いて、ハッとする。“神に粛清を与える”……?

「そう、それが、あなた達の“契約条件”。【神】に対抗できる、唯一の手段」

 リウさんに言われ、オレは勢いよくソカルの方を向く。

「……ソカル、」

 言いかけて黙ってしまったのは、ソカルがキツい眼差しでリウさんを睨んでいたからだ。

「ソカル。あなたは“契約条件”を果たしていない。
 あなたなら、あなたのチカラなら、【神】を倒せるのに」

「……さい……」

「あなたは【神】を倒す気があるのかしら?
 それとも、“契約条件”を果たしたくない理由が何かあるのかしら」

「……うるさい……」

「例えば、そうね……。“ヒアの記憶に関すること”かし……」

「うるさいッ!!」

 リウさんの言葉を遮って、ソカルは声を荒げた。

「予言者だから何だ! 僕の何がわかるッ!!」

 だけどリウさんはそれに怯まずに、凪いだような穏やかな瞳でこう言った。

「わかるわ。……私は、【予言者】だから……この先の未来も全て、“わかる”わ」

「……ッ」

 言葉に詰まったソカルに苦笑いをこぼし、次いでリウさんはオレたち全員を見た。

「今、あなた達の未来は二通りに分かれているわ。
 ……【神】に勝つか、負けるか。至ってシンプルでしょう?」

「なるほど。その、勝つか否かの鍵を握ってんのがソカルってワケか」

 ふむ、と納得したように頷くイビアさん。
 そこで、でも、と声が上がった。リブラだ。

「ソカルさん、前に言ってましたよね。“【死神】のチカラは、今は封じられている”って……」

「その“封印”とやらを解けば、【神】は屠れるわ」

「……嫌だ」

 前にも同じようなやり取りをしたな、と思っていれば、ソカルがぽつりと呟いた。

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!
 僕はもう、【死神】のチカラを使いたくない! また《きみ》が、《きみ》が壊れていく姿なんて見たくない!! 壊したくない、壊させないで……ッ!!」

 泣き出しそうな声でそう叫ぶと、ソカルは地面にうずくまり嫌だ、嫌だ、とそれだけを壊れたCDのように唱えた。

「……逃げるのか」

 唐突に、それまで黙ってやり取りを見ていた黒翼が口を開いた。

「お前が抱えるその“記憶”が、どれ程の痛みを持っているか、俺達には判らない。だが……逃げていては、何も変わらない」

「嫌だ……嫌だ……」

 本格的に泣き出したソカルに、オレは彼とリウさんたちの前に立ちはだかった。なぜだかそうしなきゃいけない気がして。

「……何だ、緋灯ヒア

 突き刺すような黒翼の視線が、痛い。だけど、それでも。

 守らなきゃいけないんだ、オレは。だって、オレは、こいつの……――

「あまり……“私”の従者を虐めないでもらおうか」

 しかし、口を開いて出たコトバは“オレ”のモノではなく。
 そのコトバに、ソカルが怯えたように声を上げた。

「いや、やめて、お願い!!」

「案ずることはない、ソカル……。“私”はヒアも君も、傷つけるつもりは、ない」

 それから、“ソイツ”はオレに向けて話しかけてきた。

「……ヒア。少しの間、君の口を貸して欲しい。ソカルを虐められて遺憾に思ったのは、ヒア、君も同じだろう?」

 そう言われてしまえば、オレは主導権を“ソイツ”に渡すしかなく。オレは“ソイツ”の正体を知らないまま、傍観者になった。

「……《彼》はどうした」

 黒翼の刺すような声にも怯むことなく、“ソイツ”は首を傾げた。

「《彼》……? ああ……ヒアの精神に棲みついていた、あの蒼い髪の少年か。
 《彼》なら手出しできぬよう、眠っていただいたよ」

 くすり、と笑う“ソイツ”に、眉を吊り上げた黒翼が刀を向ける。

「でも、駄目だよ、ソカル。“私”の記憶を完全に封じたいのなら、こんな事で動揺しては……」

「……ごめん、ごめんなさい、僕、僕は……」

 殺気立つ吸血鬼をまるっと無視して、“ソイツ”はソカルの傍に膝を付いた。

「いいんだ。“私”の方こそ、すまなかったね……。君にばかり、辛い記憶を押し付けて」

 その優しさの中に痛みを含んだ言葉に、ソカルは弱々しく首を振った。それを見て苦く笑いながら、“ソイツ”は再度立ち上がった。

「……さて、そろそろ時間だ。【予言者】、そして“双騎士”とやら。
 君たちの言葉は正しい。ソカルの力があれば……【神】とやらも倒せるだろうな。
 だが……どうするか、何を選択するかは、ソカルとヒアが決めることだ」

「最もだな」

 “ソイツ”に同調したのは意外にもレンさんで。
 レンさんと黒翼、イビアさんから鋭い視線を向けられながらも、“ソイツ”は物怖じせずに笑った。

「ヒアとソカルの選ぶ道を、信じてくれたまえ」

「ええ。信じてるわ、いつだって。彼らは、“双騎士”ですから」

 同じようにリウさんが笑めば、満足したかのように“ソイツ”の意識は消えていった。体に自由が戻って、オレは内心でほっとする。

「……クラアト……」

 涙声で、恐らく“ソイツ”の名であろう単語を呟いたソカルに、オレは黙って近付いた。

「ソカル、後は……オレたち次第だ」

 相棒は黙ったまま、紅い瞳を伏せた。



 《きみ》を傷つけたくない。それは、ふたり分の想いだった。



 Past.19 Fin.

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