Destiny×Memories

Past.35 ~風花に目覚める~


「……君の魔法であれを焼き払え。それすら出来ない足手纏いなら必要ない」


 冷え切った蒼の剣士の言葉が相棒を貫くのを、僕は目の前の魔物を凪ぎ払いながら聞いていた。
 その無情なまでの冷たい言葉に、相棒……ヒアが反発しながらも呪文を唱え始めたのが視線に入る。
 慌てて彼の元へと急ごうとする僕を、ガイコツ型の魔物が遮った。

「邪魔だよ、退いて!!」

 それを得物の鎌で切り捨てて、僕はヒアの名前を呼ぶ。
 事態に気付いた魔術師も焦ったように声をあげている。


「……――“『デシュエル・ラハブ』”!!」


 瞬間、彼の目前にあった【森神もりがみ】が作り出した木々が燃え上がった。膝をついて嘔吐くヒアの側に、僕は急いで駆け寄る。
 蒼の剣士はと言うと、炎の合間を縫うように走り、【森神】に斬りかかっていた。

「ヒア!!」

「……ソカル……フィリ……?」

 魔術師と二人でヒアの顔を覗き込んだら、怯えたような瞳が僕らを捉えた。
 小さな声で僕らの名前を呼んだ彼にほっとして、僕は言葉を紡ぐ。

「ヒア、大丈夫? 無理しないで、ここで休んでて。……フィリ、ヒアを任せるよ、いいね?」

「は、はい……ってソーくん!! いま、今やっと僕の名前呼んでくれたですね!?」

「うるさい、いいから黙って従って」

「……はいです」

 そんなやりとりを魔術師と交わすと、ヒアは少しだけ笑ってくれた。
 それに安堵してから、僕は【森神】と交戦している蒼の剣士の傍へと駆け出した。


「……たった二人で僕に勝てると思ってるの……?」


 無感情な声音で、【森神】アルティが僕と剣士を睨む。 しかしそれに怯むことなく、剣士は【魔剣】を彼に突き付けた。

「……本当に“二人だけ”だと思ってるわけ?」

 剣士がそう言うと同時に、僕らの背後から銃声が響き渡った。
 警戒はそのままに振り返れば、猫耳娘と歌唄いの間に立った銃士が、その銃を構えていた。

「……【堕天使】のソレイユ・ソルアか……!」

「朝、サポートは任せろ! ソカルは今のうちに【死神】の力を開放しとけよ!」

 視線を移した【森神】を無視して、銃士は剣士と僕に指示を飛ばす。
 頼んだよ、と言って再び剣を振りかざした彼を横目に、僕はそっと瞳を閉じた。

(……願わくば、君が思い出す記憶が、穏やかなものでありますように)

 何度となく願ったけれど……わかっていた。彼が、ヒアが思い出す記憶は、もう残り少ないということを。
 ……辛い記憶が、待ち受けているということを……。

「――“我がチカラと共に封じし彼の者のキオクよ,其の意志に,遺志に,呼応し再生せよ……『レゲネラツィオーン』”!!」

 それは、言うなれば『鍵』。封じられた記憶の扉を開く、鍵だった。
 力が戻る感覚に、僕はひどく、みっともなく泣き喚きたくなった。


 +++


 砂の匂いに混ざって、焼けたような匂いが、辺りを支配している。オレはただ呆然と、目の前の人物を見つめていた。
 力なく倒れ伏す人間……だったであろうものたちに目もくれず、彼は何の感情も宿さない瞳で、オレ……『オレ』を見つめ返していた。
 痛いくらいの静寂が、『オレ』たちを包み込む。よく知っているはずの彼は、まるで別人のようだった。


「……私の命も狩るのかい、【死神】の君」

「…………」

 穏やかに笑いながら、『オレ』……クラアトは【死神】に声をかける。
 しかし彼は黙したまま、その手に握った鎌を振り上げた。
 だけどオレは、彼の真っ白な手が震えていることに気づいてしまった。

「……ごめん、なさい……」

 彼が小さく呟いた。血のように紅い瞳が、泣き出しそうに歪んでいる。

「……君、名前は?」

 動じることなく名を尋ねたクラアトに、【死神】は驚いた表情を見せる。そして次に、怯えたような顔で首を振った。

「……名前……なんて……」

「ないのかい?」

 そう問えば、彼はこくりと頷いてそのまま俯いてしまった。
 なるほど、と呟いてから、『オレ』はにっこりと笑う。

「君、私の従者にならないかい?」


『……え?』


 【死神】とオレの間の抜けた声が、戦場の跡地に響いた。


 そうして戦場から【死神】を連れ帰った『オレ』は、周りの大人たちに有ること無いこと説明をして、なんとか彼を従者に任命させてしまった。
 最初は戸惑った様子だった『オレ』の幼なじみ兼侍女のアメリが、「王子の滅多にない我儘なんですから叶えて差し上げてはいかがでしょう?」と援護射撃をしてくれたのも大きい。
 その間オレと一緒に始終ポカンとしていた【死神】は、『オレ』の自室にアメリと共に放り込まれてから漸く声をあげたのだった。


「あ、あの……」

「そういえばクラアト様。こちらの彼のお名前は?」

 しかし控えめな声は、アメリの発言によってかき消されてしまった。微妙そうな顔でため息を吐いた【死神】を見て、『オレ』は「そうだね」と考える仕草をする。

「【死神】……死を司る者……。……うん、“ソカル”というのはどうかな?」

「……ソカル?」

 聞き返した【死神】に、にこりと笑って『オレ』は頷く。素敵な名前ですね、とアメリも微笑んでいる。
 【死神】……もといソカルはひどく困惑していたが……やがて諦めたように、こくりと首を縦に振ったのだった。


 +++


「――“輝く星よ,流れ堕ちろ!! 『シュテルンシュヌッペ』”!!」

 蒼の剣士が放った魔法が、【森神】へと降り注ぐ。まるで真昼の流星群のようなそれを、【森神】は草木で作った盾で防いだ。

「――“深緑よ,我が身を守れ……『ヴェルディアスピス』”」

 再び現れた木々の壁に、剣士は舌打ちをしてその場から飛び退く。
 すると【森神】が、壁の向こうから詠唱を始めた。

「――“生命溢れる大樹の森……我が魔力を糧に,彼の者たちへと花を咲かせよ! 『ブルームフルーフ』”!」

「……ッ!!」

 全員を対象にした【森神】の魔法を、僕らは避けることも出来ず、せめて威力を削ごうと防御体勢を取る。
 そもそも先ほどの魔女ヘカトとの戦いで、受けた傷はリブラによって回復したが、消耗した体力まで完全に回復したわけではないのだ。
 かなりのダメージを食らうことを予測して身構えた、その瞬間だった。

『――……“《ダークエンド》”』

「ッ!?」

 ヒアの声が響いたと思ったら、【森神】の放った草花の魔法が霧散した。
 ……魔法無効化魔法。ヒアの中にいるという存在が使える闇属性の魔法。
 なぜ、と振り返るのと同時に、魔術師の驚愕した声音が耳に届いた。

「アーくん……!?」

 そこには、前世の記憶を求めて眠りについたはずのヒアが……気だるげに、立っていた。

「……ヒア……?」

 僕は呆然とその名を呟く。
 しかし目の前の人物が、自分のよく知る『夕良 緋灯ゆうら ヒア』ではないことはわかっていた。
 その証拠に、彼のオレンジ色だった瞳は蒼く染まり、雰囲気が完全に別人へと変わっている。
 それは例えるならば……そう、度々ヒアの体を乗っ取って僕らを助けてくれたという存在と同じ気配だった。

「お前……まさか……【世界樹ユグドラシル】……?」

「……っ」

 警戒心を強める【森神】に剣を向けたまま、何かを言いたげに蒼の剣士が息を詰める。
 魔術師と猫耳娘は展開についていけず困惑しているけれど、銃士や歌唄い、そしてなぜか【神殺しディーサイド 】は声をかけたそうにじっと《ヒア》を見つめていた。

「【世界樹】……? ヒアは、ヒアはどうした!?」

 再生された過去の記憶を視ているはずの彼の体を動かしているその存在に、僕は思わず声を荒らげる。
 《彼》は凪いだ瞳のまま、ちらりと僕に視線を移した。

『……ヒアは、眠っているよ。君が施した魔法の通りに。
 ……今は少しだけ、意識のないヒアの身体を借りているだけ』

 そうしてぐるりと辺りを見回して、《彼》はそれぞれの感情のまま自身を見つめる全員に対して、ゆるく微笑んだ。

『何度かヒアの身体を借りているけれど……こうして話すのははじめましてだね、当代“双騎士ナイト”の皆。
 ……オレは、よる。【世界樹】の片割れ。……今はそれだけ、覚えておいて』

 時間は多くないから。

 そう言った《彼》の手には、先ほどまで蒼の剣士が持っていた【魔剣】スターゲイザー。
 驚いた顔をした剣士を横目に、《彼》は【魔剣】を【森神】アルティに突き付けた。

『オレとソカルは近接。ソレイユとお兄ちゃんは後方で魔法を撃ち込んで。深雪は出来ればサポートをお願い』

「……っ夜……ッ!!」

『……言いたいこと、聞きたいことがあるのはわかるよ。でも時間がないんだ。タイムリミットは、ヒアが起きるまで。
 ……だからお願い。ちからを、貸して』

 《彼》に兄、と呼ばれた剣士が、思わず名を呼んで手を差し伸べるが、《彼》は首を振って【森神】を見据える。
 釣られてその【神】を見やると、皆と同じく驚いていた彼は気を取り直していたらしく詠唱を始めていた。

「――“母なる大地よ,生命芽吹きし風華となりて彼の者たちを切り裂け! 『シュナイデンフロル』”!」

 その途端、地面から生えてきた草花が僕らを襲う。しかし《彼》はそれらを簡単に避けてから、【魔剣】を振りかざした。

『――“暗黒の世界,罪人の償い……。『ダークネス・アトーンメント』”!』

「――“深淵よ,その業を以て彼の者を貫け! 『アビスドゥーイヒ』”!!」

 《彼》の魔法に被るように、僕も慌てて呪文を唱える。二つの闇属性の魔法が、【森神】の右腕を貫いた。

「……ッ!!」

 キッと僕らを睨み付ける【森神】に、続けて詠唱が降り注ぐ。

「――“眠るセカイに暁を”」

「――“堕ち行く魂に救いの聲を”!」

「「『ヴォアドゥローブ』!!」」

 銃士が放った魔法弾に、歌唄いのブースト魔法が乗算される。
 そのまま二人の虹色の銃弾は、【森神】へと衝突した。

「っ夜!!」

『……わかってる。
 ――“ユグドラシルリンク……コンプリート。ターゲット、ロックオン。【魔剣】スターゲイザー,魔力解放。
 『ノックス・メテオリーテ』”!!』

 剣士の声に、《彼》が頷く。その腕や身体には、樹の枝が絡み付いていた。……どうやらこれが【世界樹】の能力らしい。
 剣士が使うときとは違う詠唱に、漆黒の闇が《彼》を覆い……それは剣と化して、【森神】を貫通した。

「――“永久なる時間の果て,暗闇に潜む光を……死に至る光を。目覚めぬ悪夢に紡ぐ死を…… 。【死神】の名の下に。
 『シュヴァルツ・フロイントハイン』”!!」

 続けて僕も、【森神】を屠るために最上級魔法を唱える。
 これで終わりだ……僕らはそう、確信していた。


「多勢に無勢はひどいんちゃうの、“双騎士”さんたち?」


 しかし【森神】へ向けたはずの最上級魔法は、何者かが彼を捕獲したままあっさり避けてしまった。
 魔法による闇が引いたあと、そこにいたのは【森神】を抱えた金髪の女性だった。

『……【愛神あいがみ】アーディか』

「せやで。はじめましてやなあ、“双騎士”さんたち。うちの子らがえらいお世話になったようで。おおきに」

 その独特で柔らかな口調とは裏腹に、【愛神】と呼ばれた彼女の視線はキツく僕らを睨んでいる。

「今日のところは退くわな。アルティくん、気ぃ失っとるし……これ以上【神】がおらんくなったら、こっちも困るねん。堪忍なあ」

「っ逃がすかよ!」

 退却しようとした【愛神】に、銃士がすかさず銃を向ける。しかしそれを止めたのは、意外にも《彼》だった。

『……だめ、ソレイユ。もう、時間がない』

「……っ!!」

 時間がない。つまり、そろそろヒアが起きる頃だということ。
 その言葉に一斉に動きを止めた僕らを横目に、【愛神】は悲しげに笑ってみせた。

「……せやな、【世界樹】がおらん“双騎士”なんて……取るに足らんわな。【神殺し】は戦意喪失しとるし。
 ……なあ、“双騎士”。君らはさ、私ら【神】を倒す意味を……理由をわかって私らと戦ってるん?」

「……理由……?」

 【愛神】の台詞に、猫耳娘が首を傾げる。
 【神】を倒す理由。それは、「この世界の【太陽神】を亡き者にしようとしている【神】を倒せ」というもの……のはず。少なくとも僕は、【創造神】からそう聞いたけれど……。

 ……そういえば、みんなには話していなかったような?

 一人微妙な顔で視線を反らす僕には目もくれず、【愛神】は猫耳娘を見て更に続ける。

「……次会うときに、また聞くわ。せやからそれまでに答え見つけといて、猫耳のかわいいお嬢さん。
 ほな、またな」

 そう言って気を失ったままの【森神】を連れて、【愛神】は消えてしまった。後に残ったのは、なんとも言えない疲労感と緊張感。
 しかしそれも、背後でドサリ、と物が落ちる音がして霧散したわけだけど。

「っヒア!?」

 《彼》が去ったのか、そこには僕の相棒がぐったりと倒れていた。慌てて駆け寄って抱き起こすが、未だに意識はないらしい。
 その間に仲間たちはそれぞれ武器をしまって、僕らの元へ集まってきた。

「【神】を倒す意味、理由……」

「……それは、ヒアとリブラが起きてから話すよ」

 律儀にも【愛神】に言われた言葉が気になって考え込んでいるらしい猫耳娘にそう声をかける。
 ……あくまでも僕が知っていることだけで、多分先輩たちの方が詳しいと思うけど、と付け足しながら。


「……夜……」


 悲しげに呟かれたその名は、きっと《彼》に届くことはなく。


 セカイは緩やかに、彼らの怒りに巻き込まれていく。



 Past.35 Fin.

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