Destiny×Memories

Past.37 ~雷響に君を知る~


「【全能神】ゼウス様率いる【十神】が一人、【愛神あいがみ】アーディ様の配下……【権天使】タリア。参るわよ!」


 花をあしらった鞭を構えてこちらを睨む純白の天使……タリア。
 思わず後ずさってしまったオレを庇うように、ソカルが鎌を握って彼女と対峙する。

「――“雷鳴よ,その轟音に花を咲かせなさい! 『トゥオレディフィオーレ』”!!」

 先に動いたのは、タリアだった。 彼女が詠唱をし鞭を振るえば、無数もの雷の花が空中から降り注ぐ。

「ッ!!」

「ヒアっ!!」

 だけど、反応が遅れたオレの手をソカルが引いてくれて、なんとかそれから避けることが出来た。先ほどまでオレたちが立っていた地面は、深く抉られている。
 容赦のない攻撃に背筋がゾッとするオレを横目に、今度はソカルが鎌を握り彼女へ攻撃を仕掛けた。

「――“深淵よ,その昏き闇によって彼の者を殲滅せよ! 『アップグルント』”!!」

「甘いわっ!」

 深い闇を纏った鎌は、しかしタリアの鞭に絡め取られてしまった。

「ふふ、他愛ないわね。こんなのはどうかしら?
 ――“彼の者に裁きの光を! 『ジュディーツィオ』”!」

「……っソカルッ!!」

 天使が呪文を唱え、雷が鞭の先にあるソカルの鎌を目指して迸る。オレは慌てて剣を握りしめ、ソカルと鞭の間に割り込んだ。

「っ――――ッ!!」

「ヒアっ!!」

 途端に電撃が身体を駆け抜け、オレは力なく倒れてしまう。ソカルが名前を呼ぶが、声を出すことも出来ない。

「あら。あの攻撃を受けても生きてるなんて……なかなかしぶといのね」

「よくも……ヒアをっ!!」

「ふふ。武器もないくせにどうするのかしら?」

 自身を睨むソカルに、タリアは鞭に縛られた彼の鎌を手繰り寄せニヤリと笑う。
 しかしソカルは動けないオレの前に立ち塞がって、変わらず毅然と彼女に対峙していた。

(に、げて……逃げてくれ、ソカル……っ!!)

 そう叫ぼうとして、必死に声を出そうとする。オレのことはいいから、逃げて、みんなを呼んできて。
 死ぬのはいやだ。オレ以外のみんなが死ぬところなんて……もう、見たくない……ッ!!


「……ふざけるな」


 身体を動かそうと足掻くオレの耳に、不意に聞いたことのない低い声が届いた。
 視線を彷徨わせても、目の前のソカルとタリアしかいない。
 聞き間違いだったか、と思ったとき、再度その声は聞こえた。

「……武器がないと戦えないとでも思ったのか。……あまり、ナメるなよ……【権天使】の分際で」

 それは眼前から聞こえてくる。……もしかしなくても、ソカルのものなのだろうか。
 オレからはその黒いコートに包まれた背中しか見えないから、彼が今どんな顔をしているかわからない。
 だが、彼の言葉を受けてタリアが後退ったから、相当怖い顔をしているのだろう。……たぶん。
 ソカルはそのドスのきいた声音のまま、詠唱を始めた。

「――"永久より伝わりし暗闇よ,彼の者を喰らい尽くせ……『ダークネス・ナイトメア』"」

 薄暗い闇が、ソカルから解き放たれていく。
 タリアがそれを防ごうと呪文を紡ぐが、きっと間に合わないだろう。暗い、昏い影が刃を象って、彼女へと降り注いだ。

「……っきゃあああッ!!」

 女の子の悲鳴に、オレは思わず目を閉じてしまう。しかしソカルは構うことなく彼女に近づいた。

「……言っておくが、僕も【神】の端くれだ。武器なんかなくても戦える。
 ……それはただの魔力増幅器に過ぎないのだから」

 静かな怒りをその身に宿して、【死神】は冷えきった声を発した。

「……ヒアをこんな目に合わせたこと……後悔させてやる」

 +++


「……っ!?」

「……ディアナさん? どうしました?」


 街で暴れていた天使たちをあらかた倒し終えた頃、突然ディアナが入り口の方向へ振り向いた。
 怪我人の治療をしていたリブラが驚いて彼に尋ねると、彼は険しい顔のまま呟いた。

「……【神】の力を、感じる……」

「っではまさか、これは【神】の仕業ですか……!?」

 燃え盛る炎は無事だった街の人間たちが鎮火したものの、辺りにはまだ怪我人やはぐれた身内を探す者たちもいた。
 そんな状況が【神】の仕業なのかと真っ青な顔で詰め寄るリブラに、ディアナは「いや」と首を振る。

「……僕たちが敵対している【十神】のものではない……。
 この力は……ソカル・ジェフティのものか……!?」

「そ、ソカルさん……? 誰かと……戦っているのでしょうか……?」

 離れた場所で仲間が交戦していることに心配そうな表情を浮かべておろおろとし始めた彼女に落ち着くように言い、彼は続けた。

「恐らく相対しているのは【神】ではないだろう。
 ……状況からして……天使か……?」

「……ディアナ!」

 ディアナがそう独り言ちるように呟いたのと同時に、街の奥からソレイユと深雪が駆けてきた。

「入り口の方で天使が戦ってる! ヒアたちが応戦してるかもしれない、ちょっと行ってくる!」

 ディアナが【神殺し】として【神】の力を探知できるように、ソレイユも一応は天使だからか他の天使族の力が探知できるらしい。
 慌ただしく自身にそう説明した【堕天使】に、ディアナは先ほどリブラに語った見解を述べる。

「ヒアが前世の記憶を取り戻していく過程で、あいつも封印されていた【死神】としての力を徐々に取り戻していっている。
 ……今現在解き放たれている力を確認する限り、既にあらかた取り戻しているだろうな」

「……なるほど。暴走しなければいいのですが……。とにかく、様子を見てきます。
 【神】が出現するかもしれませんし、お二人は引き続き街の中で待機をお願いします」

 思案顔の深雪の指示に、ディアナはわかった、と頷く。
 リブラもヒアとソカルが心配なのか少し悩んだあと、傍らで気を失っている怪我人を見やって首を縦に振ったのだった。


 +++


「――“終わりなき宵闇,那由多の果てへ……墜落せよ! 『テネブリス』”!」

 闇属性の魔法が、空から落ちてくる。タリアはそれを鞭ではたき落としながら【死神】を睨み付けた。

「さすがは……一応は【神】ね。ゼウス様率いる【十神】の所属ではないからと言って、油断していたわ……」

「……――“虚ろなる宵闇よ,我が呼声に応えよ!! 『ナハト・スティマー』”!」

 だけどソカルは彼女の言葉に一切反応せず、さらに詠唱を始める。
 もちろんタリアがそれを許すはずもなく、鞭をソカルに振るうことによってその詠唱を阻止したのだが。

「っ……そんな力を持っているのに、【神】の一柱のくせに、ゼウス様に楯突くなんて……あなた何を考えてるのよ!?」

「……ぐちぐちうるさい。お前如きに教える理由なんてない」

 騒ぐタリアと、冷めた声音のソカル。睨み合う二人。
 しかしその空気を破ったのは、離れた場所から聴こえる歌声と、銃声だった。
 銃弾はソカルを警戒していたタリアの頬を掠め、オレは慌てて狙撃主を探す。

 ……って、あれ。身体が動く……!

「ヒア! ソカル!」

「お二人とも、ご無事ですか!?」

 その声に背後を振り向けば、街の出入り口からソレイユ先輩と深雪先輩がこちらに駆けてきた。

「……せ、んぱい……っ!」

「動かないで、ヒアくん。念のため回復魔法をかけたのですが……力及ばず、すみません」

 オレたちを守るようにソレイユ先輩がソカルの後ろで銃を構え、深雪先輩はオレの傍にしゃがみこんで申し訳なさそうに謝ってきた。
 身体の痺れが取れたのは、先ほどの歌魔法のおかげらしい。
 負ったダメージにまだ上手く動かせない喉を震わせて、オレは先輩に感謝を述べた。

「オレ、は……大丈夫、です。それより……ソカルを、たすけて……。あの、天使、【神】の命令、で……」

「わかりました。大丈夫ですよ、あとは我々に任せてください。
 だからヒアくん、もう喋らないで」

 そう安心させるように笑う先輩に頷いて、オレは息を吐いた。

「……っ誰かと思えば【堕天使】ソレイユね。久しぶりじゃない!」

「そうだな、【権天使】タリア。……けど、お前はここで屠らせてもらう」

 一方で、ソカルの背後から牽制をかけるソレイユ先輩に、タリアが声をかける。
 しかし先輩はそう言い捨てるやいなや、魔力を込めた銃を放った。

「っ!! 【堕天使】のくせにっ……!!」

 今度はその銃弾を避け、罵倒しながらタリアも鞭を振るう。
 ソレイユ先輩はそれを全て銃弾で弾き飛ばし、そのまま流れるように彼女の手元を撃った。

「くっ……!!」

 彼女の武器である鞭とそれに絡まっていたソカルの鎌が地面に落ち、彼女は後退する。
 だが先輩は、それすら許さないかのように銃撃を続けた。
 光を纏っただけのそれはタリアの身体に幾重もの傷を作っていく。咄嗟に再度目を瞑ってしまったオレの耳に、ソカルの声が届いた。

「――“漆黒よ,彼の者の姿を飲み込め!! 『ニーゲル・シュルッケン』”!!」

 その詠唱は、【権天使】を追い詰める闇の魔法。
 ソレイユ先輩の狙撃に身動きが取れずにいたタリアは、その魔術に呑み込まれてしまった。

「やった……んすかね……?」

「いえー? さすがにこんなものでは倒せないでしょうネ。腐っても相手は【権天使】さんですし」

 オレを支えながら首を振った深雪先輩の言う通り、闇の中からタリアの詠唱が響く。

「――“閃光纏いし刃,深き闇を振り払い,その切っ先を以て全てを断罪せよ! タリア・プリティスの名の下に!
 ……『コンヴィツィア・ランジャメント』”!!」

 まるで呪詛のようなその【権天使】の最上級魔法によって、暗雲が垂れ込む空から稲妻がオレたちに襲いかかってきた。
 目が焼けるほどのその光に、まだ上手く体が動かないオレは深雪先輩に庇われる。
 このままでは、みんな倒れてしまう……そう焦った、その時。

「――“其は永久なる暗黒の調べ,其は深淵なる幻影,其は無限なる絶望……堕ちろ。『ダークネス・ディスペラーレ』”」

 地を這うような低い声音から放たれた暗黒が、光を逆に覆い尽くしてしまった。
 明るい世界から暗い世界へ、視界が一気に闇色に染まったことで、ぐらりとめまいがする。
 その暗闇の魔法と【権天使】の魔法がぶつかり……世界は激しい音と共に、色を取り戻す。

「そ、かる」

「……――“深淵よ,その業を以て彼の者を貫け! 『アビスドゥーイヒ』”!」

 名を呼んだオレに何も返さず、ソカルはただ前だけを見据え再度詠唱した。
 仄暗い闇が、最上級魔法を放ったことで動けずにいたタリアを貫く。

「っあああああぁぁぁぁッ!!!」

 彼女の絶叫が、闇夜に轟く。力なく地に伏した彼女は、きっと、もう……。
 それを確認しようと、ソレイユ先輩がタリアに近付こうとした、その瞬間。

「――“我がチカラ,刃となりて,彼の者を貫け……どこまでも深く,深く……永久の眠りへ。『ソム・ペルペトゥーム』”!」

 漆黒の刃が、倒れ伏す彼女を突き刺した。何度も、何度も。
 それは、ソカルが魔法で編んだ刃だった。オレに背を向けた彼の表情はわからない。
 ……その感情も、真っ黒に塗り潰されているようで……オレは初めて、ソカルに対して恐怖を覚えた。

(ここにいるのは、誰だ……?)

「やめろ、ソカル! タリアはもう……っ!」

「……うるさい」

 ソレイユ先輩の静止を振り払い、彼は消えかけているタリアに近付いた。
 意外にも彼女はまだ意識があったようで、自身の目の前に立った黒尽くめの【死神】に笑ってみせた。

「……ひっどい顔……。あなたの……大事、な……パートナー……怯えてる、じゃない……。
 さすが……【魔王】の……」

「――“終わりなき夜の果て,我が罪深き傷を以て,彼の者の魂を破壊せよ”……」

 しかし彼女の言葉を遮って、ソカルは更に呪文を唱えようとする。
 止めようと手を伸ばしたソレイユ先輩すら弾き飛ばしたその魔法陣は、詠唱者であるソカルのことすら呑み込もうとしていた。
 これは……だめだ。よくわからないけど、だめだ。この魔法は、だめだ……!!

「っソ……『ソカル』……っ!?」

 彼の名を呼ぼうと立ち上がったオレの喉から出たのは、オレではない者の意思だった。
 それが耳に届いたのか、ソカルは詠唱をやめてぴくりと反応する。

「…………」

『……やめなさい、ソカル。ヒアが怯えているよ。
 その力を解放してはいけない。戻れなくなると言ったはずだよ』

「……く、らあ、と……」

 闇に包まれながらもくるりと振り向いたソカルは、真っ赤な瞳を泣きそうに揺らしていた。
 灰色の髪はなぜか真っ黒に染まっていて、ソカルはそれでもオレに……いや、『クラアト』に助けを求めるように手を伸ばした。

『ソカル、戻っておいで』

 闇に臆することもなく、クラアトはオレの体を操ってそっとソカルへと近づき、その手を取った。
 するとその一瞬で闇は晴れ、ソカルの異変も収まっていた。彼はそのまま倒れそうになったが、慌てることもなくクラアトが支え事なきを得る。

「ごめんなさい……クラアト……」

『……疲れただろう? 今は少し、眠るといい。……ヒアを守ってくれて、ありがとう』

 力なく『オレ』に凭れながら呟いたソカルの頭を撫でてクラアトが告げれば、気が緩んだのかソカルはそのまま瞳を閉じてしまった。

「……ヒアくん、大丈夫ですか? ソカルくんも……」

 後ろから心配そうな声をかけてきた深雪先輩に頷いて……自分の体に自由が戻っていることに気づく。
 辺りを見回せばタリアの遺体はすでに消えていて、何とも言えない顔をしたソレイユ先輩が、黙ってソカルをオレから引き離して抱き抱えてくれた。

「……ソカル……何が……」

 彼の身に何が起きたのだろう。先ほどの嫌な感覚の魔法は何なのか……。
 ……オレは、自分のことだけではなく、ソカルのことですら……何もわからない。

(ソカルのことが、こわい、なんて……)

「……情けないですよね、オレ。何も出来なかった。
 街の人を助けることも、戦うことも……ソカルを止めることだって……『あいつ』は、簡単に出来たのに」

 思わず溢した言葉に、深雪先輩がオレの頭をぽんぽんと優しく叩く。

「人間誰しも知らないこと、出来ないことがあるのは当然です。
 大切なのはそれを認め、そこからどうするか……ではありませんか?」

 知るのも動くのも、今からだって遅くはないはずですよ?

 そう柔らかに微笑む深雪先輩に、オレの体から力が抜ける。
 知って……いけるのだろうか。オレは、オレ自身のことも、ソカルのことも。
 立ち向かえるのだろうか。過去を焼き尽くす、あの炎に。

「オレは……きっと、知らなきゃいけないんだ。何もかも、ぜんぶ」

 独り言ちたオレの視線の先には、蒼白い顔をして眠るソカルの姿。


 ――その選択は、きっときみを苦しめるだけだよ――


(だとしても、行かなきゃいけない。過去の惨劇の、その先へ)

 青い青い海の世界から引き留める《彼》を、オレは初めて拒絶した。



 Past.37 Fin.

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