Destiny×Memories

Past.38 ~涙は止まることを知らず~


 そんな目で、アタシを見ないで。

 +++


 【権天使】タリアを倒したオレたちは、意識を失ったソカルを抱えて街の中へと戻ってきた。
 炎はすでに鎮火されていたが、その爪痕が建物や人々に残っていて、オレは思わず目を反らしてしまった。

 入り口で落ち合うという約束通り、その場にはナヅキとフィリ、リブラとディアナが待っていた。少し遅れて朝先輩も戻ってきて、無事に全員揃うことが出来た。


「……とりあえず、この街の領主さんとお話しましょうか。
 これだけの被害を出した原因を……きちんと話さなければ」

 そう言った深雪先輩の言葉に頷いて、オレたちは領主とやらがいるらしい街の中央へ歩き出した。
 ……のは、良いのだけども。

「……なんか……視線が痛い……?」

 こんな大人数でぞろぞろと歩いているからだろうか。街の人たちから向けられる視線に、心なしか棘が含まれているような……?

「……お兄ちゃんたちが、ナイト?」

 不意に足元から声が掛けられ、視線をそちらに向ける。そこには怪我をしたのだろうか、腕に包帯を巻いている茶髪の子どもがいた。
 子どもは何の感情も宿していないかのような瞳で、じっとオレたちを見ている。

「……そう、だけど……」

「天使さまが言ってたよ。まちがおそわれたのは、ナイトたちのせいだって」

「……ッ!!」

 たじろぎながらも頷いたオレに子どもが放った言葉は、オレたちの胸を刺すには十分で。
 なおも言い募るその子に、オレは何も返せない。
 
「メアリーが死んだよ。父さんと母さんともはぐれちゃった。
 ……ねえお兄ちゃん、ぼくこれからどうしたらいいの……?」

 涙を流すことすら出来ないほどの絶望がその子どもを襲っているのだ、と気づいたときには、オレたちの周りには無事だった街の人たちが集まってきていた。
 その憎しみすら見える視線に、オレは血の気が引いた。傍ではフィリや女の子たちが泣きそうになっている。

「あんたたちが神様に喧嘩を売らなければ、家内は怪我をしなかったんだ!」

「そうだ! 我々の暮らしは神々の恩恵によってもたらされているというのに……なんと恩知らずな!」

「夫が天使様に殺されてしまったわ……!
 “双騎士ナイト”が何!? 私たちが何をしたというの!? ただ慎ましく暮らしていただけじゃないッ!!」

「ちょ、ちょっと、その……落ち着いて……」

 壮年の男性、老人、若い女性。
 老若男女問わず様々な人からの言葉の暴力に、オレたちはなすすべもなく身を寄せ合うしかなかった。

「……我々は、【創造神】アズール・ローゼリア様から勅命を受け、神々と戦っていました。
 確かに、我々が神々と戦わねばこの惨劇は起きなかったでしょう」

 しかし物怖じしない紅い瞳で彼らを見回したのは、深雪先輩だった。アルビノの歌唄いの強い視線に、住民たちはしんと静まる。

「ですが、神々……【十神】は、このローズラインに住まう【太陽神】と【創造神】を亡きものにしようとしています。
 我々は、それを止めるために……っ!」

「でたらめを言うなッ!!」

「っ深雪ッ!!」

 【神】との戦いに関する真実を語っていた深雪先輩を、住民の一人が石を投げることによって止めた。その小石は深雪先輩の頬を掠め、ソレイユ先輩が相棒の名を叫ぶ。
 きっとその背に負ったソカルがいなければ、彼は住民たちに銃を向けていただろう。それぐらいにきつい眼差しで、ソレイユ先輩は石を投げた住民を睨み付けている。

 ぴりぴりとした空気におろおろとするばかりのオレたち現“双騎士”組だったが、そこに新たな声が降りかかった。


「皆さん、もうお止めなさい。
 彼らは被害を最小限に食い止めるどころか、被害者の救出にも当たってくれたのですよ」


「じ、ジークヴァルトさん……!」

 住民たちが焦ったような声を出す。その視線の先には、少し赤みがかった金髪を頭の上で軽くまとめた髪型をした青年が立っていた。
 この世界の階級に詳しくないオレでも貴族だとわかるくらい、彼は上質そうな服を身に纏っている。
 その青い双眸は悲しむように……それでいて困ったように細められていた。

「はじめまして、“双騎士”の皆様。私はこの街を中心としたグラウミール領の領主……ジークヴァルト・フォン・グラール。
 ……先ほどの我が領民の無礼、どうかお許しください」

「……えっ、いや、その……」

 オレたちに向き直った彼はそう名乗ったあと、深々と頭を下げた。慌てるオレとフィリ、リブラを横目に、深雪先輩が首を横に振る。

「……頭を上げてください。現にこの事態は我々が……私たち先代“双騎士”が招いたも当然ですから。
 ……謝罪をしたところで犠牲となった方々は戻ってきませんが……それでも」

 先輩は視線を住民たちに向け、悲しげにそっと目を閉じた。

「……申し訳ありません」


 +++


「どうぞ、こちらです」


 その後、ジークヴァルドさんに連れられ、馬車に揺られて彼の屋敷へと辿り着いた。
 領主の住まいだけあって、漫画やアニメでしか見たことがないような大きな屋敷だ。門から玄関までの距離が恐ろしく長い。
 その途中に広がるこれまた巨大な庭もきちんと手入れが行き届いていて、日が出ている内にに見れたのならさぞかし綺麗なのだろう。

 ……とは言うが、オレやフィリ、リブラは一般市民なことや、先ほどの住民たちとのやり取りもあり、ガチガチに緊張していたのだが。
 先輩方は慣れているのか堂々としているし、ナヅキは……何だか浮かない顔をしている。
 気を失ったままのソカルをふかふかのベッドに寝かせてから、オレたちは広間に案内され、各々自己紹介と状況の説明をした。


「そう緊張なさらなくても大丈夫ですよ」


 苦笑いでジークヴァルトさんは言うが、庶民には無理な話である。
 ついでに夕飯でも、と用意された食事はどれも高級そうでとても美味しそう……なのだが。

「……あの、用意していただいてありがたいんですけど……えっと、その……」

「……領民の方々の件ならご心配なく。部下たちが、食事や宿泊先の手配を済ませていますから」

 言い淀んだオレの意図を的確に理解して、領主は穏やかに微笑んだ。
 その言葉に安堵して息を吐いたオレたち現“双騎士”組を見て、深雪先輩がジークヴァルトさんを真っ直ぐ見据えた。

「……住民の皆様には、大変ご迷惑をおかけしました」

「……謝らないでください」

「っでも!!」

 いつになく神妙な面持ちで頭を下げる先輩に、ジークヴァルトさんが首を振る。
 しかしそんな彼に対して声をあげたのは、意外にもフィリだった。

「……でも……僕たちが、来なかったら……【神】と戦わなかったら、こんなことには……!」

 俯き真っ青な顔をしたフィリはきっと、自分たちの行動の結果に怯えているのだろう。同じように俯くリブラも。

「……確かに、この地を預かる領主としては、思うところもあります。
 しかし、【神】と闘う……それがあなた方“双騎士”の使命なのでしょう?」

 落ち着いたその声音に、フィリとリブラが顔を上げる。
 不安げな二人を含めたオレたち全“双騎士”を見回して、ジークヴァルトさんは優しく微笑んだ。

「……私たち普通の人間には、なぜあなた方が【神】と闘うのかはわかりませんが……【創造神】がお選びになれた“双騎士”です。伝承に謳われし、救世の騎士たちです。
 私はそれを……あなた方を、信じておりますよ」

 傷ついてなお、この街の者たちのために心を痛めてくださり、謝罪をしてくださったあなた方を。

 暖かな彼の眼差しが、オレたちの心を癒していく。ゆっくり、ゆっくりと、氷が溶けるように。
 ごめんなさい、ごめんなさい、と堪えきれなくなったのか涙を流すフィリの頭を撫でながら、オレは黙ってジークヴァルトさんに頭を下げた。
 言葉が見つからなかった。だけど、彼の優しさを裏切りたくないと……オレは、確かに思ったんだ。

「こんなところで立ち止まってはいけませんよ。
 犠牲を乗り越えてなお、歩き続けなさい。
 ……それが、今のあなた方がすべきことです」


 +++


「今日はもうお疲れでしょう。ゆっくりとお休みください」


 そう言ってくれたジークヴァルトさんに甘えて、オレたちはとりあえずソカルが眠る部屋に戻ってきた。
 彼は未だに目を覚まさない。いつも意識を失うのはオレの方だから、新鮮な反面ひどく不安だった。

「……いつもソカルはこんな気持ちだったんだな」

「そんなしょげた顔すんなよ。そっちのがソカルは心配すると思うけどな」

 呟いたオレの頭を、苦笑いを浮かべたソレイユ先輩が軽く叩く。痛いです、と言って彼の手を退けてから、ふと気づいてしまった。
 こんなとき、いつもオレにツッコミを入れてくるナヅキが、おとなしい。
 この屋敷に来る前から無言だったけど、ここまで静かだと心配になる。

「……ナヅキ? 大丈夫か?」

「……」

 ナヅキの側にはリブラがついていて、二人は座り心地の良さそうなソファに座っていた。
 オレの呼び掛けにも答えないまま、ナヅキはソファの上でいわゆる体育座りをして足に顔を埋めていた。
 気遣わしげな視線を向ける深雪先輩に、リブラはわからない、と首を振る。泣き腫らした顔でおろおろしているフィリも、原因がわからないらしい。
 心当たりと言えば、彼女が黙り始めたのがちょうど住民たちから色々言われた辺りだからそのことか……?

「あの、ナッちゃん……?」

 かける言葉を探しながら、おそるおそるフィリが声をかける。
 そんな心配げなパートナーに反応したのか、ナヅキはゆるゆると顔を上げた。

「……なんでもない。気にしないで」

 憔悴したような表情で力無げに笑う彼女の手を、リブラがぎゅっと握る。

「なんでもない、というお顔ではないですよ。……本当に、どうされたんですか?」

「っ……なんでもないって言ってるでしょ!」

 不安げに自身の顔を覗き込んだリブラの手を払って、ナヅキは突然大きな声を出した。
 それに驚いて涙目になってしまったフィリにすら目もくれず、ナヅキは言葉を吐き出した。

「アタシがどうしてようとアタシの勝手でしょ!? 放っておいてよ! いちいち話しかけないでよ!!」

「わ、私は……私たちは心配してるんです! ナヅキさんのこと……大切な仲間なんですからっ!!」

 激昂するナヅキに一瞬怯みながらも、リブラは応戦する。
 相も変わらずおろおろしているフィリは置いておいて、オレは止めるべきかと先輩たちを見やった。
 しかし。

「仲間……仲間ね。“双騎士”じゃないアンタにそんなこと言われたくない! 今までぬくぬくふわふわと平穏に生きてきたアンタなんかに……ッ!!」

「……っ」

 ナヅキの発言に、オレたちは息を飲む。
 リブラは確かに“双騎士”ではないけれど、その回復魔法にオレたちはいつも助けられてきた。彼女はれっきとした仲間、なのに。
 さすがに言いすぎだ、とナヅキを怒ろうと、オレはもちろん深雪先輩も動こうとした、その時。


 ――パチンッ!


 乾いた音が、静寂を切り裂いた。

「……フィ、リ」

 それは、始終おろおろしていたはずのフィリだった。
 彼は涙で潤んだ翡翠の瞳を吊り上げて、自身のパートナーを睨み付けた。

「……撤回してください、ナッちゃん」

「……っ」

「僕たち、リっちゃんにたくさんたくさん助けられて来ました。 リっちゃんがいなかったら、僕たちはここにはいないですよ。
 リっちゃんは大切な仲間です。“双騎士”じゃないなら仲間じゃないなんて、そんなのおかしいですよ」

 意外にも落ち着いた声で、フィリはナヅキを諭す。
 俯いて黙ってしまった彼女に、オレもそっと声をかけた。

「……“双騎士”じゃないって言うなら、ディアナだって“双騎士”じゃないしな。
 でも、二人ともオレたちのこといつも助けてくれてる。だからオレは、二人が困ってたら助けてあげたい。
 それが仲間ってもの……なんじゃないのかな?」

 なるべく彼女を刺激しないように、自分で言うのもなんだが、オレにしては珍しく言葉を選んで話を続ける。

「……だから、ナヅキのことも心配なんだよ。仲間なんだから。
 頼りないかもしれないし、話しても何の解決にもならないかもしれないけどさ。話したくなかったら話さなくていいし」

「……でも、アタシは……」

 言い淀むナヅキはどこか儚げで、いつもの勝ち気な笑顔が嘘のようだった。
 
 オレは基本的に他人の事情には首を突っ込まないスタンスを貫いてきた。本人が言いたくないことは、無理に聞き出さないようにしてきた。

 ……だけどそれは、自分が自分の事情に触れられたくないからだと、最近わかってきた。今だって、触れられたくはない。

 でも、それでも。都合の良いことを言っているのだとわかっているけど。


「……言葉にすれば、気持ちが軽くなるかもしれないだろ?」


 本当はオレも、誰かに聞いてほしいのかもしれない。
 みんななら……話しても受け入れてくれる。赦して、くれるのではないのかと……そんな、甘い期待を……しているんだ。

「……あたし……アタシは……っ!!」

「……ナヅキさん」

 もう一押し。その最後のスイッチを押したのは、他ならぬリブラだった。
 傷ついたような顔を押し殺しながら、彼女はナヅキを安心させるように優しく微笑む。
 いつだったか、本人が教えてくれた通り、その姿はまるで迷える人々に道を示すシスターそのものだと思った。

「偽善でも、お節介でも、余計なお世話でも……どんなことを言われても、思われても、私は構いません。
 ナヅキさんにとって、私は仲間ではなくても……いいですから」

「……っちが、アタシ、そんなこと……っ!! 本当は、そんなこと思ってないの!!」

 微笑んだまま痛みを堪えたような声に、ナヅキは慌てて首を振る。
 あの発言が彼女の本心でないことを、リブラは容易く証明してみせた。

「はい、知っていますよ。だって、私の知るナヅキさんは……とても優しい方ですから」

「そ、んなの……そんなの、勝手な思い込みよ……」

「そうかもしれません。だって私は、ナヅキさんのことをほとんど知りませんから。
 これまで触れ合ってきたナヅキさんしか、知りませんから」

 だから、と一度言葉を区切り、リブラは再びナヅキの手を取った。今度は振り払われることなく、二人はしっかりと手を握る。

「教えてくれませんか? 私が……私たちが知らない、ナヅキさんのことを」

 ぽろり、とナヅキの瞳から雫が零れ落ちる。ぽろり、ぽろり、次第に量を増していくそれは、二人の手を濡らしていく。

「あ、アタシ……ごめん、ごめんねリブラ……っ!!
 アタシ、酷いこと言った! 仲間じゃないなんて……あたし……っ!!」

「はい。結構ショックでしたけど……でも、大丈夫ですよ。
 だって、私はナヅキさんのことが大好きですから!」

 泣きながら謝罪するナヅキを抱き締めて、リブラは満面の笑みで頷いた。
 いつの間にかオレの隣に来て、良かった、と呟くフィリも涙ぐんでいる。

「……聞いて……くれる? アタシのこと……。
 聞いて気持ちの良い話じゃないけど……でも……」

「どんな話でも受け止めますよ。ですから、心に溜まったものを全部……吐き出してください」
 
 おずおずと話すナヅキに、リブラが頷く。もちろん、オレたちだってリブラと同じ気持ちだ、と首を縦に振った。
 事態を静観していた先輩たちやディアナも、離れた位置のまま思い思いに聞く体勢を取っている。

「……でも、何から話せば……いいのかな……」

「……では、まずはナヅキさんの生まれ育った故郷について教えていただけますか?」

 涙を拭うナヅキの手をやんわりと掴んでその瞳から離し、そっとハンカチを差し出しながらリブラは尋ねた。
 それにわかった、と答えて深呼吸をしてから、ナヅキは思いを吐き出し始めた。

「……アタシが生まれ育ったのは……“ナイトファンタジア”という世界。
 そこにある、小さな独立国家……“クレアリーフ”という国よ」



 ……それは、痛みと悲しみの先にある、一人の少女の過去。
 足掻くことすら出来なかった……彼女の記憶の話。



 Past.38 Fin.

 Next⇒