Destiny×Memories

Past.40 ~ゆめのおわり~


 ――白い建物……【神殿】の中。

 赤い髪の子ども……ルー・トゥアハ・デ・ダナーンは、目の前のベッドに横たわる少年を見つめていた。

「……そう。行くんだね、お兄ちゃん」

 子どもの言葉に、少年は答えない。
 それでも構わず、子どもは続ける。

「いいことだと思うよ。みんな待ってる。
 お兄ちゃんの目覚めを……五年前から、ずっと」

 ぴくり、と少年の指が動く。目蓋が震える。

「――……ぁ……」

「……夜お兄ちゃん」

 声を漏らした少年の手を、子どもはしっかりと握る。
 帰るべき場所へ、導くように……――


+++


 王都ロマネーナへ向かうため、街道を歩くオレたち。
 賑やかなのは変わらないが、どことなく無理をしているような雰囲気だ。
 それも仕方がないだろう。オレたちが【神】と戦った結果、関係のない人たちが巻き込まれてしまったわけだから。
 これから先もそうなるかもしれないし、【神】と戦うことが本当に正しいことなのかもわからない。
 ……だけどもう、後戻りが出来ないところまで来てしまった。

「ヒーアっ!」

 そうして拳を握って前を見据えながら歩いていると、肩を軽く叩かれた。
 驚いて振り向くと、いつもと変わらない笑顔を浮かべたソレイユ先輩がいた。

「肩に力入りすぎ! ……ってナヅキやフィリ、リブラもだけどな。
 力を抜きすぎるのも困るけどさ、なるようになる、くらいの心持ちで良いと思うな」

「ソレイユは楽天的すぎますけどネ」

「ひどい!?」

 そんないつも通りの会話を交わす先輩二人に、知らず知らずのうちに入っていた肩の力が抜ける。
 それは他のみんなも同じなようで、ナヅキは呆れたようにため息を、フィリとリブラは苦笑いを浮かべていた。

 ……でも、ソレイユ先輩の言うとおりだ。力みすぎて疲れてしまったら元も子もない。
 いつも通りのオレたちで、ちょうど良いのかもしれない。



 いつものように道中に現れた魔物を倒す以外は特に何もなく、日が暮れてきたので今日はここで野宿にしよう、という先輩方の提案で、オレたちはそれぞれ準備をしていた。
 街道から外れた森林の中、ぱちぱちと薪が爆ぜる焚き火を囲って、オレたちは思い思いに座る。
 その頃にはすっかり普段通りの雰囲気に戻っていて、各々が会話を楽しんでいた。


「次の街まではどれくらいなんスか?」

 かく言うオレも、近くにいたソレイユ先輩にそう話しかけた。
 彼はそうだなあと頭上を見上げる。同じく空を見上げれば、夜の帳が降り、星々が瞬いていた。
 現代日本の町中ではなかなかお目にかかれないだろう満天の星に見惚れていると、先輩が先ほどの回答をくれた。

「……このペースだと、明日の昼には到着するかな?
 次の街、カントスアまで着けば、王都まではもう海を渡ればすぐだからな」

 先輩が言うには、港町として栄えてきたというカントスアは、王都の次に大きな街だそうだ。
 そこから王都行きの船に乗れば、数時間で王都の港に着くという。
 このまま何事もなく王都まで辿り着ければ良いんだけどな、と笑う先輩に頷いてから、オレは離れた場所にいたソカルを見やる。

「……なんか距離あるよな、アイツ。喧嘩でもしたか?」

 昨夜の一件以来、どうもソカルはオレの様子を伺うような態度を取っている。
 怒ってない、気にしてないとは言ったのだが……。
 心配そうなソレイユ先輩に、何でもないです、おやすみなさいと答えて、オレはもう眠ることにした。


 +++


 ――落ちる。落ちていく。水底に。夢の底に。


 目を開ければ、真っ先に真っ赤な夕焼けが見えた。
 強い日差しにくらりと目眩がして視線を下ろすと、そこには《彼》……《夜》がいた。
 どうやらここは《彼》の精神空間らしい。……いつもと違って水中の世界ではなく、どこかの屋上のようだったが。

「……《夜》」

 こちらに背を向けている《彼》に声をかけると、《彼》はくるりと振り向いた。
 身につけている服は、なぜかオレと同じ高校……神原第二高校の制服だった。その特徴的な青い瞳は、悲しげにゆらゆらと揺れていた。

「……ヒア……? どうして、ここに……?」

 いつもの脳内に響くようなものではなく、ハッキリと耳に届く《彼》の声。
 オレは一歩、《彼》に近づく。

「……ここは?」

「……ここは……オレの精神空間の、最果て。
 深層心理の海の底。だれも近づかない……オレだけの世界」

 そう言って夕空を見上げる《彼》は、どこか淋しげだった。

「きみがここに来たのは……そうだね。
 きっと、オレと精神が深く繋がってしまったから、なのかな」

「……精神が繋がった?」

 その言葉に首を傾げれば、《彼》は困ったように笑って説明をしてくれた。

「そう。心が繋がった、とも言えるね。
 オレはヒアがローズラインに来てからずっと、ヒアの心の中にいた。
 ヒアがオレとこうして会話をする度……あるいは、オレがヒアの体を乗っ取る度に、オレたちの心は深く結びついてしまった」

 突拍子もないそんな話に、オレは眉をひそめる。
 ……それなら、《彼》がオレの心に入ってこなければよかったのでは。……いやまあ、散々助けてもらったのは事実なんだけど。

「……ヒアは一度、自分のものじゃない記憶の夢を見てるよね?」

「え? ……ああ、うん……?」

 《彼》の問いに、オレはここ最近の記憶を思い出す。
 確かあれは……【海神】セシリアを倒したあとのこと。
 雪降る街で視た、オレのものとは違う……赤い、夢。

「……あれは、オレの記憶。オレとヒアの心が繋がった結果……きみはオレの記憶を夢として見てしまった。
 ……嫌なものを見せてしまって、ごめんね」

「……いや、その……はっきりとは見てないというか、ちゃんと覚えてないというか……。
 だから謝らなくて大丈夫だよ」

 辛そうに瞳を伏せる《彼》にそう首を振って笑えば、《彼》もゆるく微笑んでくれた。

「……あのね、ヒア……――」

 そして、《彼》が何か言いかけた……その瞬間。


 ――ドンッ!!


 地面が揺れるような感覚と、大きな物音が聞こえた。

「な、なんだ、今の……っ!?」

「……っヒア、早く行って! 【神】だよ!!」

「……っはあ!?」

 《彼》の言葉に体がみるみるうちに透けていく。夢から醒める時のように。
 それよりも、【神】が奇襲をかけてきた……? みんなは、無事なのだろうか。
 焦るオレに、《彼》はふわりと笑いかけた。

「大丈夫だよ、ヒア。まだ間に合うから。
 ……最後にこれだけ。きみとオレが夢で逢うのは、これで終わり。
 待っててね。……助けに、いくから」

「それ、って……!!」

 その言葉の真意を聞こうと手を伸ばす。けれどそれが《彼》に触れる直前に、オレは夕焼けの屋上から弾き出された……――


「怖いけど……前へ進まないと、オレも。
 夢を視るのは、もう終わり……――」


 +++


 揺さぶられるような感覚に、意識が浮上する。
 辺りを見回せば、すでに臨戦態勢の先輩組とオレと同じく寝起きだからかパニック寸前のフィリ、ナヅキ、リブラがいた。
 先ほどの揺れは【神】からの攻撃らしい、とオレに気づいたソカルが教えてくれた。
 
「それで……【神】はどこに?」

「まだわからない。けど、段々揺れが近くなってきてるから……」

 鎌を構える相棒の言葉を遮るように、揺れが一段と大きくなり……――

 目の前の木々が、まとめて倒れた。


「……えっ」

「ヒア!!」

 突然の出来事に呆然とするオレの腕をソカルが引っ張り、そしてその場から離れさせてくれたお陰で、木々の下敷きになることは避けられた。
 ……しかし。


「みぃつけた。……って、あら残念。避けてもたんやねぇ」


 不意に聞こえた関西弁のような声にハッとして顔を上げるのと同時に、先輩たちがそちらへと一斉に武器を向けた。

 そこにいたのは、金糸の髪を風に遊ばせている綺麗な女性だった。優しげな風貌と口元に湛えた笑みが、彼女の人柄を現しているようだ。
 ……髪と同じ金の瞳が、獲物を狙うかのように爛々と輝いていなければ、の話だが。

「【愛神あいがみ】アーディ……!!」

「うふふ。こないだぶりやねえ、“双騎士ナイト”さんたち。
 堪忍なあ、こっちにはこっちの事情があってな。倒させてもらうわな」

 ディアナにそう名を呼ばれた女性……【愛神】アーディは、言うやいなや手に持っていた杖を一振りした。
 すると金色に輝く光が放たれ、彼女の周りに多数の天使が現れる。

「さて、と。それじゃあ“双騎士”さんたち。悪いけど……私の部下・タリアの仇……取らせてもらうわな!」

 そう【愛神】が高らかに宣言したのと同時に、天使たちがオレたちに襲い掛かってきた。

「……ッ!!」

「ヒア!!」

 ソカルの呼び声を聞きながら、オレは目の前の天使の攻撃を受け止めた。
 剣と剣がぶつかる金属音が響き、その重さに手が痺れる。
 思わずバランスを崩してしまったオレに、天使は更に追撃を行おうと剣を高く構える。

(や、ば……ッ!!)

 なるべく攻撃を受けないよう、防御体勢を取った……その瞬間。

 ――パンッ!!

 一発の銃声が、天使を貫いた。

「ヒア、無事か!?」

 どうやらソレイユ先輩が、自身の相手をしている天使の隙を突いて助けてくれたようだ。
 オレを攻撃しようとしていた天使は急所を撃たれたようで、赤い赤い血の跡を残してきらきらと消えていってしまった。

「――ッ!!」

 その遺された色に一瞬たじろいでしまったが、オレは気を取り直して剣を構え直した。
 他のみんなもそれぞれ天使たちの相手をしている。
 ……不意に、離れた場所にいたアーディが何か魔法を発動しようと魔法陣を足元に描いているのが目に入った。
 ……嫌な予感がする。

「っああああああッ!!」

 叫びながら、オレはアーディに駆け寄る。
 驚いたような表情を浮かべた【愛神】に、剣を掲げて……――

「残念やなあ」

 焼け付くような痛みと衝撃に、オレは離れた場所にあった木にぶつかった。

「……ッ!! ぐ、あ……ッ!!」

「ヒアさん!!」

「ヒア!!」

 すぐさまリブラが駆けてきて、回復魔法をかけてくれた。
 同じく駆けつけたソカルが、オレをぶっ飛ばした相手……天使に鎌を向けている。

「私の詠唱に気づいたんは褒めてあげるわ。けどなあ、あと一歩、足りんかったなぁ」

 天使たちに守られるように囲まれながら、彼女は妖艶に嗤った。

「……っこそこそ隠れて詠唱なんて、卑怯じゃない!!」

「そう言われても、なあ。私は前衛ちゃうからなぁ。
 ……そういや、猫耳のお嬢さん。こないだの質問の答え、見つけてきた?」

 正義感の強いナヅキがアーディに食ってかかったが、逆に問い返される。

「……なんでアタシたちはアンタたち【神】と戦うかって話?
 聞いたわよ! アンタたちが【創造神】とやらを殺そうとして、その前に【太陽神】や先代の“双騎士”を倒そうとしてるからでしょ!?」

「んー……まあ、大雑把に言えばそうなんやけどねぇ。
 因果関係が逆っていうか……そもそも私たちはなんで【創造神】を殺そうとしてるかは……まあ、知らんわなあ」

 自身を睨みつけるナヅキに、アーディは困ったような顔でため息を吐いた。
 オレはリブラのお陰で動けるようになった体を【愛神】の方へ向け、剣を彼女に突きつけた。

「その理由とやら、聞いたら教えてくれるのか?」

「んー、教えたってもええんやけどねぇ。ただ、これは私らの事情なだけやから。
 知ったところで君らに何かできるわけでもなし、何かしてほしいわけでもなし」

 そこで一度区切り、アーディは杖を持った手を高く掲げる。

「まあ気にせんといて。
 君らが私らと戦う理由……君らの事情さえ知っといてくれたら、私はそれでええから、さ!」

 そう言って彼女が杖を振ると、それが合図かのように天使たちが動き出した。
 それぞれがその攻撃を受け止める。完全に振り出しに戻ってしまったようだ。

「く……ッ!!」

 襲ってきた相手の剣を、自身の剣で弾く。反撃を、と得物を振るうが、天使はあっさりと避け、そして。

「……撤退」

「なっ!?」

 オレの相手をしていた天使だけではなく、他の天使たちも同様に後退していく。
 追いかけようとしたその時、ディアナの焦ったような声が耳に届いた。

「……ッこの魔力の収束は……最上級魔法!? 全員、避け……ッ!!」

「残念やなあ、遅いわ。
 ――“……罪深き者よ,深き慈愛に眠れ。アーディ・フィーリアの名の下に……!”」

 それに被さるように、アーディは詠唱を完成させてしまった。
 天使たちが撤退したのは、【愛神】の最上級魔法に巻き込まれないためだったのか……!

「“――『トート・ドゥルーヒ・レーベリオン』!”」

 呪文と共に、その身に纏った神々しい光を彼女は解き放つ。
 他の最上級魔法と違って、きらきらと輝く光が降り注ぐだけだが……――

「触れると死ぬで? まあ、避けられへんやろうけどなぁ」

 オレたちの頭上から広範囲に渡って落ちてくるそれらから、確かに逃げる方法はなさそうだ。

「ちょっとこれは……やばいかな?」

「こ、こんなの反則でしょ!? なんとかなんないの!?」

 ソレイユ先輩の苦笑いと、ナヅキの悲鳴じみた叫び声。
 フィリはそんなナヅキに引っ付いているし、リブラも真っ青な顔をしている。
 ソカルと深雪先輩、そして朝先輩は険しい顔で【愛神】を睨んで、ディアナは……。

「……希望はある。……来るぞ」

 夜空を、見上げていた。


 ――シャン……。


 鈴が鳴るような音と共に、空が歪む。
 馴染んだような、それでいて初めてのような気配が、その場を支配する。


「――“破壊。消滅。流転。再生。
 滞ることなく流れていけ……闇の果てへ。
 ……『ダークエンド』”!!」


 聞き慣れた声が、無効化魔法を紡ぐ。
 それは【愛神】が生み出した光を消し去り、闇へと還していく。
 ソレイユ先輩と深雪先輩が息を飲み、朝先輩の紅い瞳が大きく見開かれる。
 【愛神】は憎々しげに空を見上げ……オレたちも釣られて、上空を見やる。

 星が消える。闇が空間を支配する。
 歪みが消えて……その存在が、姿を現す……――

 紺碧の長い髪。空色のラインが入った、白を基調とした衣服。 体中に巻き付く真っ白な包帯。


「……よ、る……!!」


 朝先輩の声に、《彼》はゆっくりと目蓋を開ける。
 深い深い哀しみを湛えたような、群青色の瞳。


「――……待たせて、ごめんね」

 それは、眠り続けていた存在。
 ずっとオレを助けてくれていた、存在。


「この姿で逢うのは、はじめまして、だね。
 ……オレは……《よる》。【世界樹ユグドラシル】の、夜。
 そして……お兄ちゃん……朝のパートナーである、“双騎士”だ」

 そう言って、彼はその手に持った星を模した剣を【愛神】に向けた。


「【愛神】アーディ。悪いけど、これ以上好き勝手はさせない。
 ……【世界樹】の名の下に」



 夢は終わり、黎明の時を迎えた。
 深海は目覚め、世界樹は揃い……――



「覚醒したか、【魔王】め」

 どこかの世界で、【神】が嗤った……――



 Past.40 Fin.

 Next⇒