Destiny×Memories

Past.53 ~消えない灯火~


「ヒアくんの体調も戻ったことだし、ちゃんと話そうか。
 ぼくたち・・・・が持つ【神】の権限……“感情伝染”について」

 【太陽神】ルーの言葉に、オレは静かに首を振った。

「“感情伝染”の説明は、夜お兄ちゃんから聞いたんだよね?」

「ああ。 “他人の感情が伝わる”能力だって」

 先日、港町カントスアにて夜先輩から告げられた、オレの能力……“感情伝染”。
 他人の感情が否応なしに伝わってくるソレは、ちゃんと制御できるようになる、と先輩は言っていた。
 そのことも伝えると、子どもは神妙な顔で頷いた。

「そう。 “感情伝染”というのは……【神族・太陽神】に付属するモノ。
 他者の感情を知り、正しい道へ導くための……【神】の権能」

「【神】の……権能?」

 そういえば、夜先輩も“感情伝染”の本来の持ち主はルーだと言っていた。
 すると、黙って話を聞いていた相棒が声を上げる。

「……なぜヒアにそんなチカラがあるんだ」

「そ、そうよ! 【神】のチカラだなんてそんな……それじゃあ、まるで……!!」

 続いてナヅキも口を開き、フィリとリブラも心配そうにルーとオレを交互に見つめていた。
 そんな彼らの様子を見ながら、ルーは静かに説明を続ける。

「……きっと、話すと君たちは怒ると思うけれど。 でも……大切な話だから、ちゃんと言うね。
 【神戦争】のことは聞いてる?」

「【全能神】がアンタを殺そうとしてるって話でしょ? 一応、聞いたけど」

 ルーの質問に、ナヅキが率先して答えてくれた。
 神々のトップ、【全能神】が【太陽神】であるルーを亡き者にし……【創造神】をも殺そうとしている、そんな物騒な話だ。
 彼女の答えに、ルーはコクリと頷く。

「うん。 ぼくには守ってくれるお兄ちゃんたち……先代“双騎士ナイト”のみんながいる。
 それに、ぼく自身もカイゼルお兄ちゃんと契約した“双騎士”だ。 自分の身は、自分で守れるよ」

 だけど、と【太陽神】は続けた。

「もしも……もしもぼくが死んでしまったら。 この世界は、闇に包まれてしまう。
 ぼくがこの世界ローズラインの【太陽神】になる以前は、先代の【世界樹ユグドラシル】……つまり自然界が担っていたことなんだけど。
 色々あって、ぼくはローズラインの【太陽神】になった。 【世界樹】の機能が夜お兄ちゃんと朝お兄ちゃんに受け継がれたように、そのうちの【太陽】としての機能はぼくが受け継いだんだ」

 ある意味、【世界樹】である夜お兄ちゃんたちと似た状況だね、とルーは微笑む。
 夜先輩もだけれど、目の前の子どももその細くて小さなカラダひとつで、この世界の心臓を担っているのだ。
 自分が殺されるかもしれないのに……いや、だからこそ、仲間たちを信じて、気丈に笑むことができるのかもしれない。

「ちょっと話がそれちゃったね。
 ともかく……ぼくが死んだら世界は真っ暗になってしまう。 それを回避するための存在、つまり次代の【太陽神】が……――」

 すっと、ルーのオッドアイの瞳がオレを貫いた。
 濁りのない眼差しで、逃げないように。

「……ヒアくん。 君なんだよ」

 ひゅっと、誰かが息を呑む音がする。
 しばしの沈黙のあと、「なんで」とソカルが呟いた。

「なんで……ヒアが。 なんで、どうして……!! ヒアは、ヒアだけは……!!」

 錯乱したように同じ言葉を繰り返すソカル。 クラアトのことがあったから、きっと不安なのだろう。
 オレはそんな彼の手を取り、「大丈夫だよ」と伝え、ルーに目線で続きを促した。

「……ヒアくんがぼくが死んだときの保険である理由は……ヒアくんの前世に由来するんだ。
 クラアトさんが【魔王因子ヘルファクター】だったから、それが少なからずヒアくんに影響を与えていてね」

「……オレも【魔王因子】だってこと?」

 思わぬ理由に、オレも目を瞠る。 手を繋いだ相棒が、心配そうに握る力を強めた。

「……いいや。 お前は【魔王因子】ではない。
 そもそも先ほどソカルも言っていただろう、お前には【魔王】に関するチカラなどない、と」

 呆れたようにため息を吐いてそう言ったのは、黙っていたディアナだった。
 【神殺しディーサイド】である彼の言葉に、そういえばそうだった、とオレは呟く。

「ディアナお兄ちゃんの言うとおり、ヒアくんは【魔王因子】じゃないよ。
 ただ、その魂に【魔王】のチカラがあった、という事実は消えない。 いくら魂が輪廻してもね」

「その【魔王】のチカラ、あるいは純粋な魔力の残滓がアーくんの魂に残っていて……【太陽神】のチカラを引き寄せた、ですか?」

 例えば【神】が転生して普通の人間になったとしても、その魂に刻まれた【神】のチカラキオクは消えはしない。 転生した本人が覚えていなくても、前世と今が別人であったとしても。
 それと同じことが、オレの身にも起きている、とフィリに頷いたルーは説明してくれた。
 正直よくわからないが、クラアトのチカラが今のオレにも影響を与えているらしい、ということだけは理解できた。

「それで、なんで【太陽神】なの?」

 ナヅキが不思議そうに首を傾げる。

「そればっかりはヒアくんとの相性がよかった、としか。
 生まれ持った宿星……運命によって、強い魔力と“炎”に関する因縁を持って生まれたヒアくんは、最初から異世界の【太陽神】の……言い方は悪いけれど、スペアになることが決まっていたんだ」

「……運命……」

 ルーの答えに、ソカルたちが嫌そうに眉をひそめた。
 無表情気味のディアナでさえも、難しい顔をしている。
 ……だけど、オレは。

「――そっか。 じゃあ、仕方ないな」

 “運命”だって言うなら、受け入れるしかない。 どれだけあがいても、人の身ではどうすることもできないわけだから。
 しかし、相棒たちはそうではないらしい。

「仕方なくなんてない!! なんで君がそんな運命を背負わないといけないんだ!!」

「てかなんでアンタはそうやって簡単に受け入れちゃうの!?
 生まれる前から決められてたなんて……そんなの……!!」

 ソカルとナヅキが、オレの運命とやらに抗議する。
 それを見ていたリブラまでも、オレの手を取ってゆるゆると首を振った。

「……ヒアさん。 あなたにとっては取るに足らないことなのかもしれません。
 ですが……私は、私たちはあなたのように強くはないんです。 どうか、あなたの分まで怒らせてください」

 そう言いながら目を伏せた彼女の、女の子特有の柔らかな手のひらから伝わる感情は悲しげで。
 すぐそばにいたフィリの瞳も潤んでいる。

(……ああ、本当に……)

「――ありがとう。 そうやってみんなが怒ってくれるから、オレはどんなことも受け止めていけるんだ。
 ……ひとりじゃ、ないから」

 仲間たちの優しさに微笑めば、彼らは落ち着いたのか仕方ないな、という表情で各々ため息を吐いた。
 “運命”だって言うなら、受け入れるしかない。 その理不尽に怒ってくれる人がいるから、受け入れて、前に進めるんだ。

「……ルー、教えてくれ。 夜先輩は制御する方法があるって言ってた。
 どうやったら……“感情伝染このチカラ”を制御できるんだ?」

 ルーに視線を合わせてそう問えば、彼は優しげな笑みで答えてくれた。

「わかった。 制御方法はとっても簡単、だけどとってもむずかしいんだ。
 ――“自分の心と対話する”、たったそれだけ。 でもきっと……今のヒアくんなら、だいじょうぶ」

 ルーがそう言って、オレの目にその小さな右手を翳す。 途端に薄れていく意識に、【太陽神】の柔らかな声が届いた。

「自分を信じてね、ヒアくん」


 +++


 ――目を開けると、そこは真っ暗闇の世界だった。
 靴底程度の浅い水が、足元一面に広がっている。 それを跳ね上げながら、オレは暫し歩いて辺りを見回した。

「ここ、は……」

「君の精神世界だ、ヒア」

 漏れた呟きに、ふと降り注ぐ聞き慣れた声。
 その主を探すと、離れた場所に自分によく似た姿を見つけた。

「……クラアト」

 それはオレの前世……クラアトのものだった。
 紅い髪と瞳が、暗闇の中でも輝いて見える。

「……ルーは“自分の心と対話しろ”って言ってた。
 アンタと対話すればいいのか?」

「そうだね。 彼……夜がいなくなった今、君の心を占めているのは私の残留思念だ。
 だから……対話・・しよう、ヒア」

 そう言って、クラアトはどこからともなく取り出した剣を、スッとオレに突きつけた。
 ……それは、つまり。

「た、対話って……そういうこと!?」

「そういうこと、だ。 君と私の一対一の真剣勝負。
 ……ソカルや他の仲間もいないこの空間で、君だけのチカラを私に示すが良い」

 彼がそう宣言したと同時に、オレの手にも剣が握られていた。
 ……どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

「――行くぞ!」

 掛け声と共に走り出すクラアト。 その最初の一撃を、オレは慌てて剣で防ぐ。
 ガキン、と金属がぶつかる音が、宵闇の精神世界にこだまする。
 オレは彼を跳ね除け、後方へ跳んで距離を取った。

「……ッ!!」

「その程度かい、ヒア?
 ソカルや仲間たちの“感情”を受けてチカラが増す……“双騎士”としての能力がない、君自身のチカラは!」

 クラアトの言葉に、オレはグッと歯を噛み締める。
 ……そうだ。 オレはいつだって、仲間たちと共に戦ってきた。
 オレたち“双騎士”は契約したふたりがお互いの感情に呼応してチカラが上がるのだと、ソカルが説明してくれた事を思い出す。

(もし……オレ自身に【神】と相対するほどのチカラが、みんなを守れるだけのチカラがないのだとしたら?)

 今までのチカラは……ソカルが、みんながいてくれたからこそのチカラなのだとしたら?

(もしそうなら……オレは……)

「君は、仲間がいなければ何もできない……そんなつまらない男なのか?
 ならば君に仲間も世界も守る資格などない、ソカルの隣に立つ資格もない!
 ――ここで引導を渡してやろう」

 謳うように声を張り上げ、クラアトは再度走り出した。

「……お、れは……」

 迷うオレに、惑うオレに、クラアトの攻撃が降り注ぐ。
 手持ちの剣でそれを防ぐが、重いその剣撃にバランスを崩し……オレはばしゃ、と水しぶきを上げて、足元の水面に倒れてしまった。

「終わりだ、夕良ゆうら 緋灯ヒア
 ――“炎よ,我が魂に宿りし灼熱よ! 彼の者に粛清を! 『ラー・ホール・クイト』”!!」

 彼の剣から放たれた、灼熱の魔法。
 ……燃える。 燃えていく。 記憶の中の、大切な人たち。

(……だけど……もう、逃げない。 逃げたくない)

 ソカルが、みんながいなければ何もできないかもしれないオレだけど。
 だけど、だからこそ。

『ヒア!』

 思い出す、仲間たちの笑顔。 ……そうだ、みんなはここにいる。
 オレの心の中に、いつだって。

「――だからオレは戦える、何度だって立ち上がれる!
 ――“深火シンカ灯し悠遠,在るべき場所へと辿り着け……『マクリア・フォティア』”!!」

 オレのカラダから生み出された、紅蓮の渦。
 その魔力の塊はクラアトの魔法とぶつかって……そのまま、二つの炎は弾けて消滅した。
 残った熱さを振り払うように、オレは駆け出す。

「クラアトォォォっ!!」

「くっ!!」

 そうして彼の体を目掛け、自身の得物を振り下ろした。
 今度はクラアトがオレの攻撃を受け止める。 彼はオレを弾き返し、不敵な笑みを浮かべた。

「少しはやるようだね、ヒア」

「オレは……もう、逃げない。 目をそらさない。 負けない!
 ソカルやナヅキ、フィリ、リブラ……仲間たちとこの世界を守るんだ!」

「守る? なぜ? 君にとっては無関係の世界だ。 君だって、無関心だったはずだが?」

 嘲笑うようなクラアトに、オレはゆるゆるとかぶりを振る。

「今までは……確かにそうだった。
 だけど……オレたちのせいで傷ついた人たちがいた。 オレたちを信じてくれる人たちがいた。 オレたちの背中を押してくれた人たちがいた。
 だからもう、無関係なんかじゃない!」

 オレは知っているのだ。 知ってしまったのだ。
 この世界の人たちを。 この世界の景色を。 それに……――

「この世界だから生きていける人たちも知った。 ナヅキも、深雪先輩も、夜先輩も!
 みんなが生きていく世界を、みんなが愛したこの世界ローズラインを……オレは、守る!」

 故郷に帰れず、ここで生きていくしかない仲間たち。
 今までオレは、彼らに助けられてきた。 だから今度は、オレが彼らの世界を守る番なのだ。
 決意と共に、身体が紅く紅く光っていく。
 熱い。 ……ああ、けれど、あたたかい。 心が満たされていく感覚に、オレは頬を緩めた。
 光を手のひらへと集め、その手で剣を握る。 すると、得物は炎に包まれた。
 それがトリガーになったのか、突然頭に浮かんだ詠唱を口にする。

「――“其は黄昏,緋色の残映! 灯火よ! 光焔となりて世界を照らせ! 我が道に希望を,絆に誓いを!
 【Blaze】の名の下に! 『エスポワール=アーベントレーテ』”!!」

 それは真名まなを用いて発動する、最上級魔法。
 希望の夕焼け。 オレの想いを、オレの存在すべてを乗せたその炎属性の魔法は、驚いた顔のクラアトを飲み込んだ。
 ……瞬間。 真っ暗だった世界が、ガラスが割れるような音と共に砕け散る。
 崩れ去る暗闇と、その隙間から覗く夕焼け。

「こ、れは……」

 闇がすべて消え去ったあと、世界は夕空へと変貌した。
 足元の水面も、鏡張りのように夕陽を映している。
 そんな幻想的な風景に見惚れるオレに、声がかけられた。

「おめでとう、ヒア」

「クラアト」

 微笑を湛えて祝福を伝えたのは、クラアトだった。
 だが、彼の体は半透明になっていて、背後の夕焼けが透けて見える。

「君は自分の心に……私に打ち勝った。
 もう君は、君だけの夕良 緋灯だ。 クラアトでもない、他の何者でもない、たった一人の生命だ」

 その証拠に、見てごらん。
 そう言って足元を指差した彼に釣られて下を見ると、見慣れない服を身にまとった自分が映っていた。

「……え!? 服が、変わってる……!? いつの間に!?」

 いつものオレンジ色のマントは深紅に。 白かった袖なしのトップスは、赤みがかった黒に黄色いラインが入った長袖の服に変わっていた。
 ついでに足もロングパンツとブーツを身に着け、耳飾りや首飾りは消えている。
 何よりも、手に持っていた剣もまた姿を変えていた。
 この精神世界の夕焼けを移したかのような刀身と、花弁のような鍔。
 オレは特徴的なその剣を空に掲げ、まじまじと見つめた。

「この剣は……?」

「それは君の剣。 君のチカラの象徴。
 そうだな……【炎剣】トワイライト、というのはどうだろう?」

「トワイライト……って、安直だな!?
 ……けどまあ、それでいいか。 そっか、オレの剣か……」

 クラアトによっていとも簡単に決められてしまった剣の名前だが、他に思い浮かばないので良しとする。
 すると、トワイライトはパッとオレの手の中から消えてしまった。
 驚くオレに、クラアトがクスクスと笑う。

「案ずることはないよ、ヒア。 君が望めば、トワイライトはいつでも君の手に現れる。 なにせ、それは君のチカラだからね」

「な、なるほど……」

 クラアトの説明に納得した、と頷くと、不意に体が淡い光を放ち始めた。

「ああ、もう目覚める時間だね。 みんながヒア、君のことを待ってる」

 ゆっくりと薄れていく意識と、同時に消えていくクラアトの姿。
 オレは思わず彼に手を伸ばす。

「お前、は……?」

「……私はクラアトの残留思念。 君が自分の心わたしに打ち勝ったのだから、消えるのが定めさ。
 ……ヒア、君は君だ。思い出した君の“希望”と共に、君の人生を生きなさい。
 ……ソカルを、よろしく頼むよ」

 ぶわり、と溢れる光に、彼の姿が見えなくなった。
 オレは必死に頷いて、せめて届くように、大きな声を上げた。

「――ありがとう、クラアト!」


 +++


 きらきらと瞬く光と共に、現実へと帰還したヒアを見送って、クラアトはため息を吐いた。

「……やれやれ。 こんなにも長い間自分の心にいた亡霊に、“ありがとう”、とは」

 自分の転生者は、ずいぶんとお人好しなようだ。
 ふっと笑みを浮かべ、大切な従者の姿を思い浮かべる。

「なるほど、ソカルが心を開くわけだ。
 ……少し、羨ましいね」

 ソカルとこれからの人生を歩める彼が。 ソカルと真の意味で平等に並び立つことができる彼が。
 だからこそ、クラアトは祈り、願う。

「……彼らの行く末に、幸多からんことを……――」


 +++


「う……」

「ヒア!?」

 再度意識が浮上する。 漏れた声と共に目を開けると、心配そうな顔のソカルが真っ先に視界に飛び込んできた。
 いつもどおりな彼の行動に「大丈夫」と微笑んで、オレは体を起こす。
 いつの間にか真っ白なシーツのベッドに寝かされていたようだ。
 ふかふかなそれの上に座ると、精神世界で変わった衣服が目についた。

(現実世界こっちでも変わってたのか)

「ヒアくん、無事に打ち勝てたみたいだね。 自分の心に」

「……ああ、なんとかな」

 安堵の表情を浮かべたルーに頷けば、「何があったの?」とナヅキが尋ねてきた。
 オレは仲間たちの顔をぐるりと見回して、問いに答える。

「……精神世界で、クラアトと戦った」

「えっ……!?」

 さっと顔色が悪くなるソカルに、苦笑いをひとつ。
 大丈夫だったの? と心配そうにオレの肩に置かれた彼の手をやんわりと離して、それから、精神世界で起きた出来事を彼らに説明した。


「……たった一人の、生命……。 そっか、クラアトに勝ったんだね」

「そ。 だから服とか剣とか変わった……のかな?」

 新しい剣、【炎剣】トワイライトを見せながらそう言うと、ルーがこくりと首を振る。

「ヒアくんのチカラは今まで、前世の彼……クラアトさんのチカラを借りていた状態だったんだ。
 でも、ヒアくんが“ヒアくんである”という存在証明を取り戻した今……君のチカラは、君だけのモノへと変化した」

「ヒアだけのチカラ……」

 感慨深げに呟いたソカルに、オレは笑いかけようとして……ふと、気づいてしまった。

「……感情が、伝わってこない……?」

「え!?」

 首を傾げたオレに、驚く仲間たち。 すると、ルーがにっこりと微笑んだ。

「ヒアくんがクラアトさんに……自分の心に勝ったからね。 “感情伝染”が制御できるようになったんだよ。
 もう、他人の感情を知ることで自分の心を隠したりごまかしたりする必要がなくなったから。
 望まない限り、他人の感情が伝わることはなくなったから……安心してね」

 その説明に、ソカルたちは安堵の息を吐く。
 オレも肩の荷が下りたような、そんな気分で彼らに倣った。
 フィリやリブラは涙ぐんでいて、「本当に良かった」と声をかけてくれる。

「……みんな、迷惑かけて……いや。 心配かけて、ごめん。
 でも、もう大丈夫。 みんながいるから、オレは前を向いて生きていけるんだ」

「ヒア……!」
 
 笑って告げた言葉に、ソカルたちは笑顔になってくれた。
 その笑顔があるから、オレは戦える。 強くなれる。
 だから。

「みんなで、この世界を守ろう!」

「うん!」

「はい!」

 声に出した決意に、仲間たちはそれぞれ頷いてくれたのだった。
 

 +++


「こんにちは、夜、朝」

 ――雲海を見下ろす純白の廊下。
 お兄ちゃんと和解したあと、そろそろみんなのもとに戻ろうか、と立ち上がった時。 不意に、女性に声をかけられた。

「……アズール」

「アズール様」

 ……そう、そこにいたのはローズラインの【創造神】……アズール・ローゼリア、その人だった。
 手入れの行き届いた紺碧の髪と装飾が、しゃらりと揺れている。

「何か用?」

「うん、ちょっと……朝にね」

 そう言って兄を見やる彼女に、オレたちは訝しげに首を傾げた。

「夜が目覚めた今、【魔剣】スターゲイザーは夜の元に戻ったでしょう?
 だから、朝にも新しいチカラを渡しておこうと思ってね」

「新しい……チカラ?」

 不思議そうな兄に、楽しげに笑む女神は「手を出して」と促す。
 兄がそれにおとなしく従うと、アズールがその上に自身の手を重ねた。
 その瞬間、二人の間に魔法陣が展開する。 “双騎士”の契約時に現れる陣に似たそれは、淡い光で二人を包み込んだ。

「――“我がチカラ,我が願い……彼の者の想いに姿を変えよ。 『ムータティア』”!」

 短い詠唱と共に、彼女のチカラが兄と女神の手に収束していく。
 そうして光が収まったあと……それは、一振りの剣の形になっていた。

「……これは?」

「君の新しいチカラ。
 朝の魔力に合わせて調整した専用の武器……【聖剣】モルゲンレーテ、だよ」

 【創造神】によって造られたその剣は、名前の通り朝焼けを映したような刀身が特徴的だった。
 オレの持つ【魔剣】と瓜二つな【聖剣】を、兄はしばらくまじまじと見つめていた。

 ……元の世界地球で産まれることができなかった兄は、魂だけの状態でずっとオレを見守っていてくれて……やがて、異世界の女神アズールに出逢った。
 そして彼はアズールに肉体を造ってもらい、血の繋がらない双子の兄弟として、この世界でオレと出逢うことができたのだそうだ。
 自分が造ったイノチだからか、アズールはたまに兄の様子を見に来る。
 それはまるで……まるで、あの人母親のようで。 兄が無事に産まれていたら……あの人も、きっとこんな風に……――

(……そうしたら、オレよるも愛してもらえた……?)

「……ありがとう、アズール様。 このチカラで……世界も、夜も、守ってみせるよ」

 思考の渦に入り込みかけたオレを、柔らかな兄の声が引き上げる。
 微笑んだ兄にアズールは満足そうに頷いて、やがてふわりと姿を消した。
 ……相変わらず、神出鬼没な女神だ。

「……みんなのところに戻ろっか、夜」

「……うん」

 彼女が消えた場所を呆れ半分で見ていると、兄がそう言って手を差し出した。
 それを迷うことなく握り返して、オレたちは仲間が待つ部屋へと歩き出したのだった。


 +++


 先輩たちがいる大部屋へと戻ると、意外にも彼らは和気あいあいと雑談をしていた。
 思わずドアの近くにいたソレイユ先輩を見やると、彼は笑顔で「和解した」と教えてくれた。

「ヒアくん、先ほどはすみませんでした」

 ぺこり、と頭を下げたのは深雪先輩。 どうやら、“感情伝染”で先輩たちの……言うなれば負の感情が伝わってしまったことの謝罪らしい。
 ソレイユ先輩やイビア先輩……そして夜先輩にまで謝られ、オレは慌てて大丈夫だと伝える。

「謝ってもらうようなことではないですし! それに……もう、大丈夫です。
 “感情伝染”、制御できるようになりましたから」

 にっこりと笑って、もう感情が伝わらないと言えば、先輩たちはホッとした顔を見せてくれた。

「……お兄ちゃんたちも落ち着いたみたいだし、これからの話をしよっか」

 そんな穏やかな空気の中、不意にルーが声をあげる。
 ……これからの話。 【神】との戦い。
 王都での戦闘を思い出して苦い気持ちになるオレをよそに、ディアナが説明を始めた。

「先の戦闘の折、【神】は上位天使たちに“神の祭壇”の破壊を指示していたようだ。
 結果として、“神の祭壇”は……破壊された」

「“神の祭壇”……って、なんだ?」

 ディアナの話に首を傾げれば、窓際にいたマユカさんが答えてくれる。

「ディアナから聞いた話だと、確か転移ゲート……だったかな」

「転移ゲート……ですか?」

 問い返したのは、リブラ。 それに首肯して、ディアナは続けた。

「そうだ。 この世界と別の異世界セカイを繋ぐゲート。
 “神の祭壇”はその役割を担っていたのだが……」

「天使たちに破壊された今、オレたちはこの世界から出ることができないな。
 当然、ヒアたちが元の世界に帰るのも無理だし、神々の住まう世界……“天界”へも行けなくなった、ってことだな」

「そんな……!」

 ディアナの後をついでそう語ったソレイユ先輩に、オレたちは絶句する。
 “神の祭壇”。 確か、最初の頃にソカルが教えてくれた旅の目的地だ。
 まさか転移ゲートとやらだったとはソカルも知らなかったようで、隣の彼は驚いたような顔をしている。
 しかし、そのゲートを破壊されたということは……つまり、神々の本拠地を叩けないばかりか、一生元の世界に帰れない可能性もある、というわけだ。
 けれどディアナは冷静に、かつどこか楽しげに口元を歪めた。

「で? 夜。 お前のことだ、すでに何か対策のひとつやふたつ考えているんだろう?」

 その視線を受けた夜先輩は、困ったように笑んでいる。
 彼の隣にいる朝先輩が、何とも言えない顔で【神殺し】を見やってため息を吐いた。

「対策、というほどのことではないけれど。
 ……オレとお兄ちゃんの【世界樹】のチカラで、転移ゲートを再構築するよ」

「ただ、本来ゲートがあった“神の祭壇”は壊されていて近づけない。
 だから、別の場所にゲートを造るよ」

 夜先輩と朝先輩の双子がそう答えると、「別の場所?」とナヅキが聞き返した。

「そう。 今ここで再構築するより、現地で再構築したほうが……最悪の事態に備えることができるし、ギリギリまで壊されなくて済むと思う。
 だから、明日にでもそこへ向かおう」

 了解の意を示してそれぞれ頷くオレたち。
 二対の【世界樹】が示した、ゲート設置地。 それは。

「――それは、桜華オウカにある、“神の洞窟”。
 その場所に色濃く残る【創造神】アズール・ローゼリアのチカラをもとに、転移ゲートを構築する」

「神の……洞窟……」

 夜先輩の言葉を、オレは反芻するように呟く。
 桜華、といえば、確か中華風な街だ。 先輩たちが言うには、街の奥の森の先に、件の洞窟があるらしい。

「……当然、【神】からの妨害もあるだろう。 だが……――」

「それくらい乗り越えないと、世界なんか守れっこないってな!」

 冷静な黒翼と、朗らかに笑うイビアさんに同意する。
 そうだ、どんなことも乗り越えてきた。 みんなと一緒に。
 オレは仲間たちを見回して、覚悟を口にしたのだった。

「――行こう、“神の洞窟”へ……!!」



 Past.53 Fin.
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