Destiny×Memories

Past.57 ~双星の梯子~


 ――翌朝。
 オレたちは、桜華の奥にある洞窟……“神の洞窟”へと到着した。
 青く光る鉱物が照らす内部をしばらく進んでいくと、不意に視界が開ける。

「……行き止まり?」

 ナヅキの声が洞窟内に木霊した。
 オレたち全員が入っても余裕のあるその広間のような空間は、奥に祭壇がある以外は何も……先へ進む道すらもない、いわゆる行き止まりのようだ。
 先輩たちに声をかけようとしたその時、双子がその祭壇の前へと進み出た。

「……それじゃあ、早速“転移ゲート”を再構築するけど」

「みんな、準備はいい?」

 朝先輩と夜先輩が、仲間たちに問う。
 それに各々が頷いたのを確認すると、彼らは向き合ってお互いの指を絡めるように手を繋いだ。

「――“ユグドラシルリンク……認証完了。
 其はセカイを繋ぎ,トビラを開く神のきざはし”」

「――“ユグドラシルリンク・コンプリート。転移ゲート、再構築リビルド開始スタート
 名称コード……クレプスキュール・レヨン。即ち,『双星の梯子クレプスキュール・レヨン』”――!!」

 双子の【世界樹ユグドラシル】の足元に展開された、青く輝く魔法陣。
 二人の詠唱により、それは一層強く輝いて――

「……階段……?」

 呟いたオレの目の前……祭壇のあった場所に現れたのは、星屑を散りばめたような階段だった。
 これが、“転移ゲート”なのだろうか?
 疑問に思うオレだったが、不意に聞こえたドサリ、という音にハッと視線を戻す。

「夜、朝!!」

「先輩!!」

 そこには、真っ青な顔で膝をつく夜先輩と朝先輩がいた。
 慌てて駆け寄るオレたちに、彼らは困ったように微笑む。

「……やはり、結界を張りながらゲートの再構築は厳しいか」

「……まあ、そりゃね。
 でも、できないわけじゃないよ」

 眉を顰めるディアナに答えた朝先輩が、階段を指差した。

「さすがに“神の祭壇”にあったゲートと同じものは無理だったけど」

「というか、直接神々の世界……天界に繋ぐゲートを構築すると、普通に拒絶されるだろうしね……。
 言ってしまえば、正面突破は無理っていう話だよ」

 朝先輩の言葉を引き継いで、そう説明する夜先輩。
 つまり……この階段は、直接一直線に天界へと繋がっているわけではない、ということらしい。

「じゃあ、この階段は登って行っても大丈夫なのか?」

「そう……だね。一応、遠回りだけど天界には繋がってるはずだから。……ただ、何があるかはわからないよ」

「再構築の際、何かに妨害されたみたい。多分、神々によるものだと思うから……」

「用心するに越したことはない、と」

 首を傾げたマユカさんに、朝先輩と夜先輩がそれぞれ答えた。
 それを聞いた黒翼が、ぽつりと呟いてすっと階段を見据え、側にいたオレも釣られてそれを再度見やる。
 “双星の梯子”と名付けられた星屑の階段の上部は、闇に包まれていて見えない。
 ……だけど。

「……何にしても、行くしかない」

 行かなければ、いけない。……この世界のために。
 階段の下に集う、仲間たち。オレは膝をついたままの双子に問いかけた。

「夜先輩たちは……?」

「オレたちは、少し休んでから行くよ。
 ……だいじょうぶ。必ず、追いつくから」

 先に行ってて。
 そう微笑んだ夜先輩の顔色は確かに悪くて。オレは少し考えてから、頷いた。

(他に誰か残しても……この先に何があるかわからない。
 だったら、先輩たちには悪いけど、戦力はこれ以上削らない方がいい)

 何より、彼らが「必ず追いつく」と言っているのだ。
 オレたちは、それを信じて進むしかない。
 深呼吸を、ひとつ。それからオレは、仲間たちに声をかけたのだった。

「――行こう!」


 +++


 階段を登る。辺りは暗く、足場に散りばめられた星々の灯りがなければ、近くの仲間の姿も見えなかっただろう。
 永遠に続くと思われたその階梯だったが、唐突に終わりを告げた。
 突然どこからともなく溢れ出した光に、包まれてしまったからだ。

「なっ……!?」

 眩い光に思わず目を閉じてしまった。
 けれど、それはすぐさま収束し、オレは恐る恐る瞳を開ける。

「ここ、は……?」

 いつの間にか階段は消えていて、辺りには薄い星明かりが照らす闇夜が広がっていた。
 足元には半透明の道が、真っ直ぐに奥まで続いている。

「……どうやら、これが“妨害”の結果みたいだな」

 後方にいたソレイユ先輩が、そう発言した。
 それに同意したのは、オレの隣にいたソカルだった。

「多分ね。……この先から、天使の気配を感じるよ」

 彼の言葉を受け、途端に走る緊張感。
 けれど、構わずオレは歩き出した。もとより、戦闘は覚悟の上だ。

「――粛清対象、発見。これより迎撃体制に移行する」

 不意に聞こえた、無機質な声色。
 同時に降り注ぐ、光矢の雨。

「いきなり……ッ!!」

「下がって!
 ――“光よ,護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」

 咄嗟に剣を構えるオレの前にルーが躍り出て、素早く防御魔法を編み上げた。
 光の盾に阻まれ消える矢。その奥に、通路を塞ぐように数え切れないくらいの天使たちがいた。

「第二波、来るぞ!」

「撃ち落とす! 前衛、走れ!!」

 そのあまりの多さにゾッとしていると、ディアナとソレイユ先輩の声が飛んだ。
 ハッと我に返ったオレは、ソレイユ先輩の指示に従い走り出す。
 前方から再度放たれた、光の矢。それを宣言通り撃ち落としていくソレイユ先輩の銃弾と、ソカルとフィリの魔法。
 頭上で消滅していく魔術の閃光を掻い潜り、前衛……オレとナヅキ、ディアナとマユカさん、黒翼とカイゼルさんは天使たちへと辿り着いた。

「道を切り拓きます!」

 オレは短く叫んで、剣を振るった。けれど容易く受け止められてしまい、金属音が高く鳴る。

「邪魔っ!」

 ナヅキが回し蹴りを放ち、オレと対峙していた天使もまとめて吹き飛ばした。
 その隙に、オレは紅い魔法陣を足元に展開させ、詠唱する。

「――“灼熱よ! 紅火によりて彼の者を薙ぎ払え! 『フレムフレイ』”!!」

「――“深淵よ,その昏き闇によって彼の者を殲滅せよ! 『アップグルント』”!!」

 脳裏に浮かんだ呪文を唱え生まれた焔の蝶たちが、天使の軍団にまとわりつく。
 同時に背後から響いたソカルの闇の法撃が、追い撃ちをかけた。
 近くではディアナと黒翼、カイゼルさんとマユカさんがそれぞれ天使を撃破している。

(数は多いけど……なんとか、いける……!)

 ……けれど、油断大敵とはよく言ったもので。

「――ヒア!」

 聞こえた相棒の声にハッと振り向くと、ソカルを始めとした後衛組が、新たに現れた天使たちに囲まれていた。

「ソカル!!」

「っ分断が目的か……!!」

 彼らに気を取られた隙に、こちらも天使に囲まれてしまう。
 そうして天使たちの攻撃をなんとか防いでいると、後方から魔術による光が届いた。

「なっ……!!」

 眩いその光が収束したあと、その場にはソカルたちも天使たちも消え去っていて……――

「……っソカル――!!」

 オレは思わず相棒の名を叫ぶ。どうしよう。どうすれば!?
 側にいたナヅキも、フィリやリブラが消えて混乱しているようだった。
 ……けれど。

「――“全てを焼き尽くす光の波! 『リヒトヴェレン』” !!」

 言霊通りに編み上げられた光の波が、天使たちを飲み込む。
 ハッと我に返れば、ディアナが【神剣】を片手にオレたちに視線を向けていた。

「しっかりしろ、ヒア、ナヅキ!
 ……恐らく敵の転移魔法によるものだろう。この空間内のどこかに飛ばされたのなら、合流できるはずだ」

「……だな。うん、オレたちはオレたちで、みんなを信じて進むしかないよ」

 ディアナとマユカさんの言葉に、オレとナヅキは目を合わせる。
 ……そうだ。きっと、ソカルたちは大丈夫。なぜなら。

「……大丈夫。今も、ずっと、感情ココロは繋がってるから」

 感情をチカラに変えて戦う双騎士オレたち。そして、“感情伝染”を持つ、オレ。
 制御していた“感情伝染チカラ”を解除してみれば、真っ先に伝わる……ずっと側にいた、ソカルのココロ。
 オレを心配する彼の感情おもいに「大丈夫だよ」と呟いて、オレは真っ直ぐ前を見据えた。
 天使たちは最初に比べると減りはしたが、まだまだ大量にいる。
 相変わらず不安げなナヅキが、ポツリと呟いた。

「大丈夫って言うけど……向こうはほとんど後衛じゃない」

 それに答えたのは、襲ってきた天使を蹴り飛ばしたカイゼルさんだった。

「……別に、後衛しかできねえわけじゃねえだろ。ソカルも深雪も」

「……えっ深雪先輩?」

 突如聞こえた名前に、思わず聞き返してしまう。
 けれど発言者のカイゼルさんとマユカさん、そして黒翼でさえも、何とも言えない顔をして黙ってしまった。

「……?」

 再度顔を合わせるオレとナヅキ。
 しかしそんなオレたちを、呆れたようなため息を吐いたディアナが「ともかく、突破するぞ」と促したのだった。


 +++


「――はあっ!!」

 白い髪と服を踊らせ、天使に斬りかかる――歌唄い深雪
 その戦いっぷりに、僕らは困惑していた。

 ヒアたちと分断され、僕らは恐らく別の場所に飛ばされた。
 再度合流するために、今は取り囲む天使たちを倒そう……となったのはいいのだけれど。

(……このセンパイ、前衛も出来たんだ……)

 後衛ばかりのこのメンバーで、前衛も出来る僕が先陣を切らねば……と思っていたのだが、一人で頑張る必要はなさそうだ。

「っソカル!」

「わかってる、よ!」

 背後から聞こえた呪符使いイビアの声に答え、僕は鎌を振るう。
 そうして稼いだ時間で、魔術師たちが詠唱を完了させた。

「――“清浄なる水よ,全てを飲み込みたまえ! 『アクア=プリート』”!!」

「――“天空の光よ,流れ落ちよ! 『メテオリーテ』”!!」

 フィリの水属性魔法が天使たちを飲み込み、ルーが放った隕石のような光の塊が、彼らを襲う。
 敵全体を対象とした広範囲魔法に、天使たちは倒れ伏し……視界が開けた。

「走るぞ!」

 銃士ソレイユの指示に、僕らは一斉に走り出す。
 先頭をアルビノの歌唄いが、殿を僕が務め、天使の包囲網を抜け出した。
 そうしてしばらく走り、追手が来ないことを確認して、僕らはようやく息をつく。

「はあ……みんな、無事か?」

「な、なんとか……」

 ぐるりと辺りを警戒しながら問いかけたソレイユに、ルーが呼吸を整えながら頷いた。

「随分と走りましたが……ここはどこでしょう?」

「ナッちゃんたち、無事ですかね……」

 リブラとフィリが不安げに周囲を見回す。それに釣られて僕も視線を動かしてみるが、景色は先ほどと大差なく、星空のままだった。

「……感情は繋がってる。きっと、ヒアたちは無事だよ」

「うん。ぼくもさっき確認してみたけど……カイゼルお兄ちゃんも、ヒアくんたちも、みんな大丈夫。
 繋がってるよ、この夜空の先に」

 感情をチカラに変えて戦うからか、僕ら“双騎士ナイト”は相棒とのリンクが途切れていないかを確認できるようだ。
 瞳を閉じてヒアとのリンクを確認した僕に、ルーも同意する。
 彼が指差した星空の先に、小さな光を見つけた。

「あれは……?」

「多分、出口……じゃないかな?」

 それに首を傾げると、イビアがそう答える。

「実際どうかはともかく、そこへ向かった方が良さそうですネ」

 敵の罠かもしれませんが。
 手の中の短剣を器用にくるりと回しながら微笑んだ深雪に、僕ら後輩組は思わず顔を見合わせた。

「……どうかしましたか?」

「いやいや、多分深雪にビビってる……じゃなくて、驚いてるんだよ……」

 そんな僕らを不思議そうな顔で見る深雪に、相棒ソレイユがツッコミを入れる。

「――ああ。ふふ、恥ずかしながら私、実は前衛派なんですよネ」

 前衛は若い方にお任せしようと思っていたんですけどネェ、などと言ってあっけらかんと笑うその歌唄いに、僕らは呆然としてしまった。

「まあまあ、ソカル以外にも前衛として戦える奴がいていいじゃん?
 ともかく進もうぜ!」

 けれど、イビアがそう言って僕らを促し、歩き出す。

「……確かに、ソーくんの負担が減るのはいいことですよね」

「……ですね! でもソカルさん、無理はしないでくださいね」

 それぞれ納得したのか、頷いて彼の後を追いかけるフィリとリブラを見て、僕も頭を振って気を取り直す。

「“双騎士”発見。攻撃開始」

 そうして聞こえた抑揚のない声音に、僕と深雪は駆け出した。
 背後では術師たちが即座に詠唱を始めている。

(……けど、神々にも上位天使にも遭遇しない……?)

 僕らを分断したなら、これを機に上位天使や神々が襲撃すればいい。
 だが、周囲にある気配は下位天使のものだけ。

(何かの作戦か……それとも)

 鎌を振るって天使を切り捨てながら思案する僕だったが、後方から聞こえたフィリの声に思考を中断する。

「一掃します!
 ――“氷華ヒョウカ煌めけ,風花よ! 『ビブリオ・マギアス=フリースヴェルグ』”!!」

 詠唱によって顕現する、氷の巨鳥。
 短縮詠唱とはいえ精霊魔法であるが故に、その威力は十分だ。

(そもそも詠唱破棄をすると起動しないはずの精霊魔法を短縮で発動できるって、フィリほんと何者なんだ……?)

 現代ローズラインに伝わる精霊魔法ビブリオ・マギアスとは、消滅したとされる精霊たちを魔力マギアにより復元する、という魔法だ。
 各魔術にも使われる元素の主たる精霊を、擬似的にとはいえ召喚するようなものだ。当然、詠唱も省略や破棄などせずきちんと手順を踏まなければならないはずなのだが。
 彼によって宣言通り一掃された天使たちを見送って、僕はフィリに声をかけようと振り返り……――

「っフィリ、リブラ!!」

 名を叫び、二人の元へ駆け出す。え、と仲間たちが振り向いた、その先には。

「っ【熾天使】セラフィ……!!」

 見られぬ上位天使――咄嗟に銃弾を放ったソレイユ曰く、【熾天使】セラフィ――が無表情で剣を構えていた。

「【堕天使】……ソレイユ・ソルア。堕ちてなお、【全能神】様に逆らうか。
 ――“光に滅せよ。『ロストレイ』”!!」

「っ――“光よ,護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」

 それは簡易魔法だった。けれど、上級魔法に匹敵するほどの魔力の収束と、威力。
 すぐさまルーが防御魔法を張り難を逃れるが、即座に再び詠唱をされてしまう。

「――“黎明の閃光,大いなる威光,粛清を齎せ! 『オーバーレイン』”!!」

「っ!!」

 【熾天使】により降り注ぐ、天光の矢。それをソレイユとイビア、そして僕とで弾いていくが……キリがない。
 ある程度の被弾は覚悟し、リブラに回復を頼むか……そう、考えた時だった。

「――“永劫の光よ,星の導きによりて,一閃を放て……『スターライト・ブリッツ』”!!」

「 くっ……!!」

 光属性の詠唱が響き渡り、セラフィを薙ぎ払う。

「……っ朝!?」

 そこにいたのは、“転移ゲート”の入口で待機していたはずの双子の【世界樹】の片割れ……朝だった。


 +++


「――“焔よ,踊れ! 『テア』”!!」

 ――突如現れた【智天使】ヘルヴィに、オレたちは応戦していた。
 オレとディアナ、マユカさんが魔法と剣の両方で戦い、ナヅキと黒翼、カイゼルさんがそのままヘルヴィへと立ち向かっている。
 だが、彼はこちらの攻撃を軽やかに避け、更に下位天使たちも再度現れてしまった。

「っ僕とマユカの魔法で掃討する! 時間稼ぎを!」

「させるか!
 ――“汝,天墜つる光の雨! 世界を彩れ! 『レーゲンリヒト』”!!」

 ディアナの指示にそれぞれ動こうとするが、ヘルヴィの魔法がそれを遮る。
 詠唱と共に弓から放たれた光矢の雨が、オレたちを襲った。
 黒翼とディアナがそれぞれ防いでくれるが、その隙を突いて下位天使たちが得物を振るう。

「っくそ……!」

「下位天使を何とかしないと……!」

 彼らの猛攻にカイゼルさんが悪態をつき、ナヅキも焦ったような声を漏らした。
 恐らく、下位天使たちは何度倒してもまた現れるのだろう。であれば、【智天使】ヘルヴィを先に倒すべきかもしれない。
 ……最も、そのためには周囲を取り囲む下位天使を突破しなければならないのだが。

(……そうだ、マユカさんなら!)

 ふと思い出した、彼の魔法。港町カントスアにて初めてマユカさんと出逢ったときに彼が天使に使った、あの幻属性の魔法なら……!

「マユカさん!」

 オレはすぐに彼に声をかける。すると彼はこちらの意図を読んでいたようで、オレたちが天使たちを抑えている間にすでに詠唱を完成させていた。

「任せろ!
 ――“虚ろなる幻影の空間よ,彼の者たちのユメを繋げ! 『イリューゾニア』”!!」

 対象に幻影を見せ、戦意を奪う【ユメツナギ】マユカさんの魔法。その言霊通り、下位天使たちは次々と倒れていった。

「っ【ユメツナギ】……【異端者エレティック】か!」

 キッとマユカさんを睨む、【智天使】ヘルヴィ。
 天使の意識がマユカさんに向いている間に、オレと黒翼は頷き合い彼に向かって駆け出した。

「――“聖焔よ! 我がつるぎに宿りて全てを燃やせ! 『セイクリッド・フレア』”!!」

「――“『炎舞連斬』”!!」

 オレと黒翼が同時に放った炎属性の魔法剣が、ヘルヴィを襲う。
 二つの炎は間違いなく彼の体を貫いた……はず、だった。

「な……!?」

 けれど手応えは全くなく、彼の姿はゆらりと消えてしまった。

「甘い。甘すぎるぞ、“双騎士”!」

「っ幻影か……!」

 消えた彼の姿に、オレたちは身を寄せ合って警戒する。
 夜空を見渡せど、天使は視えない。

(どこだ……!?)

 焦るオレを嘲笑うかのように、ヘルヴィは姿を見せないまま影響を始めた。

「――“天満つる光の使者よ,彼の者たちへ鉄槌を! 『ルクラジエーション』”!!」

 魔力の収束。天からの光線が、オレたちを襲う。

「――“『桜花守護陣』”!!」

 黒翼が剣を床に突き刺し、結界魔法を発動させた。桜の花弁が、彼の詠唱と共に宙を舞う。
 だが、空からの攻撃は止むことはなく……。

「っこのままじゃ……ッ!!」

 焦燥感に駆られたマユカさんの声音が、結界内に響く。
 じりじりと削られていく、黒翼の結界。

(どうしたら……!)

 結界内から攻撃しようにも、ヘルヴィの居所がわからない。
 まさに万事休す。そんな言葉が脳裏を過ぎった……その時。

「諦めちゃ、だめだよ。
 ――“破壊。消滅。流転。再生。滞ることなく流れていけ……闇の果てへ。『ダークエンド』”!!」

 聞き慣れた声が、魔法無効化魔法を唱えた。
 それと共に現れたのは、漆黒の翼。深い海のような髪。

「っ夜先輩!?」

「夜!?」

 ――そう、彼は“転移ゲート”の入り口で待機しているはずの、夜先輩だった。
 驚くオレたちを余所に、彼は手に持った【魔剣】スターゲイザーを空へと掲げる。

「……【智天使】ヘルヴィ。光の屈折を利用して上手く隠れたみたいだけど……」

 すっと、この星空と同じ瞳が、何もない空間を捉えた。

「夜空は、オレの領域だ。
 ――“星屑よ! 彼の者を撃ち落とせ! 『スターダスト・ミーティア』”!!」

 先輩の詠唱により、降り注ぐは流星群。
 それは一箇所に集中し……被弾した【智天使】ヘルヴィが、ついに姿を現した。

「っ【世界樹】め……!!」

「先輩……!」

 睨みつけるヘルヴィを横目に、ふわり、とオレたちの側へ降り立った夜先輩。
 ……けれど、その顔面は相変わらず蒼白だ。

「夜、助かった。あとは後ろで休んでろ」

「ん、そうする」

 彼の特徴的な頭を撫でて駆け出したカイゼルさんに、夜先輩はへにゃりと笑う。
 ともあれ、彼が作ってくれた機会を無駄にはしない。

「……深雪たちの方には、お兄ちゃんが飛んでくれたから。
 とりあえず、ヘルヴィを退けて……みんなと合流しよう」

 魔法を放つため足元に陣をえがいたオレとディアナ、そしてマユカさんに、夜先輩がそう提案した。

「わかりました!
 ――“其は生まれ出づる紅星,燃え盛るは刹那の煌めき! 『イスタンテ・ノヴァ』”!!」

「――“鏡よ,ユメを映し彼の者を貫け! 『レーヴミロワール』”!!」

 それに頷いて、オレは手早く詠唱する。
 そうして生まれた炎の剣を、ヘルヴィへと振り下ろした。今度は確実に、手応えがある。
 マユカさんの幻属性の魔法剣もまた、天使を斬り裂いた。

「っ舐めるなよ……!
 ――“光輝,収束せよ! 『ライジング・アロー』”!!」

 傷を負い、オレたちから距離を取ったヘルヴィが、数多の光矢を撃ち放つ。
 黒翼が刀を振るってそれらを弾くが、刀身に当たった瞬間にその矢が爆ぜた。

「……爆破系の魔術か」

 冷静な黒翼の解説通り、地面に当たった矢も次々と小規模な爆発を起こしていく。
 なんとか当たらないように避けるも、これでは近づくことすらできない。

「夜、行けるか?」

 不意に、ディアナが背後で休んでいた夜先輩に声をかける。
 彼は青い顔で、それでもいつもどおり微笑んでみせた。

「うん。……“壊す”よ。
 ――“『ダークエンド』”!!」

「っ!!」

 無詠唱で放たれた無効化魔法が、ヘルヴィの魔法矢を宣言通り“壊して”いく。
 それに天使が怯んだ隙に、ディアナの詠唱が完成した。

「――“果てなき光よ,我が魂を以て彼の者を貫く鎖となれ……『カテナディルーチェ』”!!」

 白く輝く魔法陣から現れた光の鎖が、ヘルヴィの翼を貫きその体を拘束する。

「くっ……!!」

「今だ、走れ!!」

 身動きが取れなくなった上位天使を確認し、カイゼルさんが指示を出した。
 目指すは、前方に見える光。
 夜先輩を抱えて走るカイゼルさんの背を追いかけるように、オレたちは走り出す。
 どんどん近づく光。その中に飛び込むように、オレは足を踏み入れて……――

「っ!!」

 眩しさに、思わず目を閉じる。――だけど。

「ヒア!」

 聞こえたのは、相棒の声。恐る恐る瞳を開けると、眼前に安堵した表情のソカルがいた。周りには、分断されていた後衛組と朝先輩もいる。
 どうやら、無事に交流できたようだ。

「っソカル、みんな! よかった……!」

 ホッとしてそう声をかけると、ソカルが「ヒアも無事で良かった」と微笑んでくれた。
 先ほど夜先輩が言ったように、彼らの窮地に朝先輩が駆けつけてくれたらしい。
 夜先輩に寄り添う朝先輩の顔色も、まだ悪いままだ。
 それでも彼らは嫌な予感がしたから、と助けに来てくれたのだ。
 それぞれ状況を説明し終わって、オレは改めて今いる空間を見回した。
 星をあしらった、円形の床。目の前には、星と樹が描かれた大きな扉が一つあるだけだ。
 壁はなく、あるいは透明で、外の景色がよく見える。
 外は先ほどまでいた夜空の空間ではなく、夜明けを彩った空模様だった。

「ここは……?」

「中間地点だよ。あの扉の先が、神々の世界……“天界”だ」

 首を傾げたオレに、夜先輩がその青白い指をすっと扉へと向ける。
 思わず握り締めたオレの手を、隣の相棒がそっと握ってくれた。

「……夜と朝は……ローズラインから出られないんだっけ?」

 ふと聞こえたイビアさんの声に、オレはハッと双子を見やる。
 そうだ、彼らは【世界樹】としてのチカラの代償で、次元移動ができない……つまり、ローズラインから出られないはずだ。
 けれど、彼ら双子はゆるゆると首を振った。

「確かに、次元移動はできないけど」

「今はだいじょうぶ。天界とローズラインは、オレたち自身が創り上げた“転移ゲート”で繋がってる……つまり、ローズラインの領域でもあるから」

 まあ、時間制限はあるけどね。
 そう言って穏やかに笑う二人の先輩の顔色は、先ほどより幾分かマシになっていて。
 時間制限? と聞き返したナヅキに、双子はこくりと頷いた。

「ざっと半日くらいかな。そのくらいの時間で、“転移ゲート”のチカラも落ち着くだろうから」

 とどのつまり、【世界樹】である二人が天界へ赴けるのは“転移ゲート”を再構築した直後で、ローズラインと天界の領域が混ざり合っている今だからこそ、ということらしい。

「……それ、逆のパターンもあるんじゃ?」

「天界の【世界樹】……【全能神】がローズラインに来るかもってこと?
 それはだいじょうぶ。ローズライン側の出入り口は、封鎖してあるから」

 イビアさんの最もな問いに、夜先輩は事も無げにそう答えた。
 天使や他の【神】の移動は今まで通り許してしまうけれど、とも言っていたが……どうあれ、【全能神】がゲートを通れないのであれば問題はないだろう。……多分。
 再度扉へと視線を向けたオレと同じタイミングで、ディアナがそれへと近づいた。

「……ともあれ、先を急ぐぞ」

 【神殺しディーサイド】の発言に、オレたちはそれぞれ顔を合わせて頷き合う。
 この先に、何があるかはわからない。どれほどの戦いが待っているのかも。
 だけど。

(……絶対に、負けない)

 改めてそう決意し、隣のソカルと手を繋いだ。
 ゆっくりと扉が開いていく。
 爽やかな風と驚くほど穏やかな光が、オレたちを包み込んだ。



 Past.57 Fin.
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