I'll -アイル-

Act.01 始まりの砂時計


 ――例えばそれは、嵐の夜――

「くそっ! また“シエラ”の連中がやられた!!」

「今度は二番隊が全滅らしい!!」

 ――例えばそれは、散りゆく花――

「おい、聞いたか。政府の奴らは『天使』っつー兵器を完成させたらしい。
 “シエラ”の連中はそれにやられたって話だ」

「そんな……!!」

 ――例えばそれは、終わりなき夢――

「ハリアさん!! オレたちも行こう!!」

「バカいうな!! 今行ったら奴らの二の舞だッ!!」

 ――例えばそれは、永遠を生きる……――

 +++

 ――ナイトファンタジア大陸、都市国家クレアリーフ。
 そこでは日夜、国を支配する政府とそれに反抗するレジスタンスの戦闘が行われていた。

 レジスタンスはいくつかのグループに分かれており、ハリアレス……通称ハリア率いるグループは、“I'llアイル”と呼ばれた。
 “I'll”は様々な種族が所属する四部隊からなる十六から二十歳までのグループで、そのほとんどは政府軍に両親や家族を殺された者たちで構成されている。

 戦いに明け暮れる毎日……そんな世界で、少年は暮らしていた。


 +++


 風が、吹いた。肩ほどまで伸ばした少年の銀色の髪が、柔らかに揺れている。
 街から少し離れたところにある、誰も居ない静かな草原。ここが、少年のお気に入りの場所だった。
 いつもの殺伐とした空気の街とは違った、柔らかな世界。
 赤と青の虹彩異色の瞳が、晴れた空を捉える。彼はそこへ向かって手を伸ばした。……血の気を失った、左手だった。
 哀しいほど蒼くて、高い空。そこに消えられたら……――

 ふと、他者の気配を感じて身を起こした彼の背に、声が掛けられる。

「やはりここにいましたか……カルマ」

 『カルマ』と呼ばれた少年は、声の主へと振り返る。
 そこには、赤い着物姿に艶やかな黒い髪、そして穏やかな灰色の瞳を湛えた少女が立っていた。

「……何の用だ、桜散サチ?」

「何の用だ、じゃないですよ。作戦会議、始まりますよ?」

 桜散は少し困ったような表情を浮かべながら、他の仲間からあなたを探して来るように言われた、とそのまま手を差し出した。

「会議……。ああ……そんなものもあったな」

「そんなものって……本当に、もう」

 呆れたようにため息を吐いた桜散から視線を外し、カルマはまた空へと目を向ける。その顔が、一瞬泣きそうに歪んだ。

「……カルマ?」

 心配そうな表情で、桜散がカルマの肩に手を置いた。
 年の割には小さく、薄い肩。食事を取ってもすぐに吐いてしまうのだと、いつだったか主治医でもある仲間の一人が悩ましげに呟いていたことを思い出した。

「……何でもない」

 そう答え立ち上がった彼を見て、桜散は悲しげに目を伏せる。

 ――結局誰も、あなたの心を開くことなど出来ないのですね……――

 +++

 街へ向かうため少し歩いたところで、二人は何かの気配を感じた。
 魔物に近いが、魔物ではない。それどころかヒトにも近い気配だ。

「カルマ……!」

「わかっている」

 誰だ、と尋ねようと、カルマは近くの草むらを見た。ガサリと音を立てて、それが動いたからだ。
 カルマは静かに近づき、草むらを掻き分ける。けれど、そこにいたのは……。

「……子ども……?」

「……っ!」

 そう、カルマより年下に見える、金髪の子どもがいた。それも、少年なのか少女なのかの判別がつかないような。
 だが、その子どもにはただ一つ……カルマたちとは決定的に違う点があった。

「この子……翼がありますね……」

 桜散がそう呟いた通り、子どもの背には真っ白な翼が生えていたのだった。

 カルマたちを見て完全に怯えきっているその子どもは、『ミカエル』と名乗った。真っ青な顔色が痛々しい。

「ミカエルは、なぜここにいるのですか?」

 桜散が優しく尋ねると、子どもは躊躇ったように口を噤んでから、弱々しく答えた。

「……逃げて……きたんです……」

「逃げてきた?」

 聞き返したカルマに、子どもは小さく頷く。コバルトブルーの瞳に、涙を浮かべて。

「ぼ、僕……っ政府、から……っ!」

「!! ……まさか、『政府の人工天使』……?」

 桜散の言葉に、カルマは目の前の子ども……ミカエルを見下ろす。泣き出しそうだった顔は、驚愕に彩られていた。

「ぼ、僕を……知っているんですか!?」

「……ああ。“シエラ”と言うレジスタンスグループの奴が『天使』に殺された、と」

 カルマがそう説明をすれば、ミカエルは俯いて静かに首を振った。

「……それ……僕、じゃ……ないです……」

「え?」

「……それはきっと、ラファ……僕の、お兄ちゃんです……。
 でも……ラファ……どうして……もう、手遅れなの……?」

 聞き返した桜散に、何かを堪えるようにミカエルは呟く。握りしめた拳からは、血の気が引いていた。

「……僕……っ!! 誰も殺したくなんてないんです!!
 嫌なんです!! 政府のやり方は、絶対に間違ってるって……だからっ!!」

 やがて顔をあげた子どもは、カルマにしがみつきそう叫んだ。溢れだした涙が、彼の服を濡らしていく。
 少し考えるそぶりを見せてから、カルマは子どもの頭に手を乗せた。

「……なら……オレたちのところへ、来るか?」

「……え?」

 思わず聞き返したミカエルに、カルマはもう一度言う。

「行く当てが無いんだろう? だったら来い」

 力強い彼の声音。ミカエルは涙を拭ってカルマを見上げた。凪いだような色違いの瞳が、しっかりと子どもを捉えていた。

(強い人、なんだ、この人は)

「カルマ、でも……ハリアさんの許可もなく……」

「許可なら後でもらえば良いだろう」

 戸惑う桜散を制して、カルマはミカエルの手を引いた。小さな子どもの手は、ひどく温かかった。

「……帰るぞ」


 始まりの砂時計は、さらさらと音を立てて流れ始める。


(きみは、それが哀しみの始まりだとも、気付かずに)


『■■■■、どうか、しあわせに……――』


 Act.01:終