I'll -アイル-

Act.03 夢みたものは。


 “I'llアイル”の四部隊が出撃した頃、政府軍も動き出した。


「じゃあ、今日も元気よくぶっ殺してくっかな」


 そう言った少年の背には、灰色に近い翼が生えている。
 金の髪と強い紺色の瞳。彼……ラファエルは“政府の天使”だ。
 戦闘能力を極限まで上げた、人工天使。生まれてから今まで、彼らは戦うことしか教えられていない。

「ついでにミカも探してくるか」

 彼にとって、唯一の家族である双子の弟……ミカエルは、政府軍内ではすでに裏切り者とされている。

「……いいのか、ラファ? ミカはお前の弟だろう?」

 隣にいた黒髪の少年……ケイジが、心配そうな声音で言った。

「んなのカンケーねぇよ。別に」

 ぶっきらぼうにそう答えつつも、彼の心は複雑だった。
 握り締めた拳が震えていることに気付いたケイジは、深くため息を吐いたのだった。

 +++

 ――旧街道。

「あたし達の方が早かったみたいだね」

 二番隊のジュリアが、辺りを見回して呟く。彼女の言う通り、まだ敵影は見えない。

「つーかマジで来んのかよ」

 同じく二番隊のフィリアがミカエルをきつく睨んだ。それにたじろぎながら、子どもは頷く。

「ほ、本当です……っ!!」

「フィリア、みっくんの言うコト信じられないんなら帰れば?」

 呆れたようにため息をつきながら、フィーネがフィリアを咎める。

「けど……」

「……“みっくん”……?」

 フィリアが反論しようとするのと、困惑したミカエルが聞こえた呼び名に首を傾げたのは同時だった。

「そ。“みっくん”。アンタのニックネームだよ。……嫌かな?」

「嫌……じゃ、ないですけど……」

 しかし、無邪気に笑うフィーネにふるふると首を振ったミカエルを、敵影に気付いた桜散サチが遮る。

「皆さん、来ましたよ!!」

「……行くぞッ!!」

 ハリアの声と共に、ミカエルを含む一番隊、二番隊の八人は政府軍の前に躍り出た。
 軍は三十人ほどの小隊で編成されており、ミカエルの情報通り彼らは極秘に街へ侵入する予定なのだろう。

「!! 何者だ貴様ら……ッ!!」

「レジスタンスだよー!」

 ふざけた調子で言いながら、ジュリアが光属性の魔法を発動させた。それを皮切りに、他のメンバーも攻撃を始める。
 ……だがその時、彼らの頭上から声がした。

「なるほど……レジスタンス、ね……」

 全員が空を見上げると、ミカエルそっくりの少年がふわりと浮いていた。その背には灰色の翼。
 彼もまた、“人工天使”であると“I'll”のメンバーは気付く。

「……ラファエル……」

 彼を見たミカエルが、ぽつりと呟いた。その顔には、困惑の色が浮かんでいる。

「やあ、ミカ。お前がコイツらに囮作戦のコトを教えたのか?」

 ラファエルと呼ばれた少年は、ミカエルの前に降り立ちそう言った。警戒するカルマを制して、ミカエルはじっともう一人の“天使”を見つめる。

「……だったら、どうするの?」

「……“裏切り者”は処分ってコトになってるけど」

 一度言葉を切ってから、ラファエルは続けた。その手をミカエルに伸ばしながら。

「また軍に戻るってんなら、兄ちゃんが上層部に掛け合ってやるぜ?」

「……いやだ!」

 そんな兄の掌を、ミカエルは払い除けた。その瞳には、強い意思と涙を浮かべている。

「な……っ!!」

「ごめん、ラファ。でも、僕は……」

 ……ラファエルは、ミカエルにとって唯一の家族だった。
 いつも自分を守ってくれた、ぶっきらぼうだが優しい双子の兄。辛い日々も、彼がいれば耐えられた。

(……だけど、それじゃあダメなんだ。ラファを……兄さんを、助けるために……僕は……!!)

「僕は、軍には戻らないッ!!」


 +++


(……蒼穹の向こうには、何があるの?)

 カルマたちが、政府軍と対峙していた頃。
 大通りには、ヒュライ率いる三番隊とジョーカー率いる四番隊が待機していた。

「うーん、来ないねぇ、ラズカちゃん」

 四番隊のヒサメが退屈そうに三番隊のラズカに話しかける。

「そうね……いい加減、暇なんだけどね」

 そんな少女二人の会話を聞きながら、ヒュライは内心で独りごちる。

(確かに、暇だな。早く大暴れしたいのに……)

 ちらり、と隣を見ると、四番隊隊長のジョーカーがへらへらと笑いながら突っ立っている。
 不意に彼がこちらを向いて、ヒュライと目が合った。彼のくすんだ金髪が、さらさらと風に揺れている。

「ホント、暇だねぇ」

 ジョーカーが笑顔のままヒュライに話しかけ、彼は黙って頷く。
 似たような身の上だと言うのに、全く性格の異なる自分たちは、何が違うのだろう?
 少し考えて、ヒュライはため息をついた。答えなんてわかりきっていた。
 上を見ると、青い空に白い雲が流れている。
 幼い頃から空が好きだったカルマ。そんな彼とずっと一緒にいたから、ジョーカーは今もあんなにも笑っていられるのだ、きっと。
 そういえば、と、ヒュライは思い出す。
 カルマはよく空を見上げてるけど、空に何かあるのだろうか……?

「敵影発見! 来たぞ!!」

 そんな彼の思考を、三番隊のラトリの声が断ち切った。
 八人は道に出て、現れた政府軍を迎え撃つ。逃げ惑う者、闘う者……相手側の反応は様々だ。
 ヒュライは手に持った二つの短剣を、相手に突き刺す。その相手から流れる紅い液体を、彼は綺麗だと思った。

(オレの好きな色。紅い色。オレを裁いてもらうあの子の、片目の色……)

 そう考える間にも、彼はどんどん敵を屠っていく。気がつくと、政府軍は誰も居なかった。
 ただ自分の足元に、変わり果てた肉体があるだけ。

(なんだ、つまらない。もっともっと、壊したかったのに……)

 彼にとって、“破壊”……人を屠ることは、ある種の存在意義だった。何もかもを壊してしまいたくなる衝動に、いつも襲われていた。
 なぜ自分が“こう”なったのか、彼は覚えていない。

(まあでも、もともと“I'll”は、ちょっとワケあり・・・・な連中の集まりだし)

 自分の隊の無口なエルフの少年・キリクや、自分と同類なジョーカーが良い例だ。
 それでもヒュライは時々、自分の行為に罪悪感を覚える。きっとこれは、微かに残っている良心が痛んでいるのだろう。
 そんな時は、裁いてほしくなる……というより、殺してほしくなる。自分を、誰か……いや、ヒュライよりも二つも年下なのに大人びていて、他人に心を閉ざしている、オッドアイの幼き【制裁者】に。

(きっとあの子なら、裁いてくれる。……これは、願いだけれど)

 ……なぜあの子が他のレジスタンスの者たちから【制裁者】と呼ばれているのか、ヒュライには思い出せない。
 衝動に身を任せている内に、大切なことをたくさん忘れていってしまった彼には。

  ヒュライはふと、青空を見上げた。
 自分もまだ“普通”で、あの子も笑っていた眩しい日々を、少しだけ思い出した。
 もうあの子は……カルマは、自分たちに笑いかけてくれることはないのだろうか。
 そう思うと、なぜか、切なくなった。


 彼の中の青空は、もう、微笑まない。


 Act.03:終