I'll -アイル-

Act.16 さよならの、約束。


 ――お父さんたちは、どうしてたたかうの?

『そうだなあ……政府に抑圧されているのが嫌だから、かな』

 ――……よくあつ?

『簡単に言えば、自由がないってことだよ。
 お父さんたちは、それが嫌で戦ってるんだ』

 ――じゃあ、自由になったらどうなるの?

『それはね……■■■■たちやみんなが幸せに、笑って暮らせるようになるんだよ。
 政府の軍に怯えなくて済むんだ』

 ――そっか……。そうなったら良いね、お父さん!

『うん、お父さんとお母さんは頑張るよ。
 ■■■■たちが、この“I'llアイル”を継がなくて済むように……』

 約束、なんて曖昧で。
 踏み潰されるものなのだと、オレは知ったから。

『■■■■、どうか、幸せに……――』

 あなた達を殺されて、どうしてオレが幸せに、なれるのか。

 +++

 ……キリクとヒュライが、死んだ。
 鎌を振るいながら、ジョーカーは思考する。

(……ふたりとも、先に逝ってしまったのか)

 どこまでも広がる青空。カルマが見上げていた蒼穹。

(……死んだ人は、空に還り……みんなを見守ってくれている、だっけ)

 幼い頃、カルマが……■■■■が、語っていたおとぎ話。両親から聞いたのだと誇らしげに笑っていた。
 両親が亡くなった後もずっと、あの子は空を見つめていた。
 亡くした者たちは確かにそこにいるのだと、信じて……確かめるかのように。

「……僕も、君に見上げてもらえる“青空”に……なれるのかなあ……?」

 赤く赤く染まる、鎌と服。
 返り血を気にすることなく、ジョーカーは敵を屠っていく。

(この街の未来とか、割とどうでもいいけど……カルマやみんなが、笑って暮らせるためなら、頑張るしかないよねえ?)

 確認するように、そう内心で呟いた。
 ……殺戮という快楽に溺れそうな自分を、必死に留めるかのように……――

 +++

「行きますよ、機械の天使さん!
 ――『火焔舞連撃かえんぶれんげき』!!」


 桜散サチの炎をまとった斬撃が、機械の天使……ラファエルに当たる。
 次いで、ミカエルの魔法が放たれた。

「――“永遠の蒼穹,輝きを放て……『ファーマメント』”!!」

 空から降り注ぐ光が、機械の天使を直撃する。
 ……だが。

「あははハハハハハ!! ソんなモノ……効カナイ……!!」

 直撃した二つの攻撃。それでも、ラファエルは何事もなかったかのように宙に浮かんでいた。

「……やはり、簡単には倒れてくれませんね」

「……だとしても、倒れるまで攻撃するだけです」

 桜散の言葉に、ミカエルが再度魔法を唱えようと構える。

「……そうですね。行きます……――『爽舞瞬斬そうぶしゅんざん』!!」

 ミカエルが呪文を唱えている間に、高く飛び上がった桜散が、風を纏わせた刀をラファエルに振り下ろす。
 だが、彼は瞬時に結界を張り、桜散の攻撃を弾いた。

「……ッ!!」

「……さっちゃんッ!!」

 ミカエルが悲鳴を上げるが、ラファエルは更に詠唱を続けた。

「――“世界ニ終焉ヲ,十字架ヲ,光堕チル場所ヘ……『フェアブレッヒェン』”!!」

「ッきゃああああッ!!」

 強い閃光が、桜散を襲う。そのまま彼女は激しい音と共に地面に叩きつけられてしまった。

「さっちゃん……!!」

 至近距離で受けたせいか、桜散は意識を失って動かない。
 ミカエルは静かにラファエルを睨みつける。

(僕まで壊れてしまったら、ダメだ。みんなを傷つけるかもしれない……)

 グッと拳を握り、壊れたように笑い続ける兄の名を、叫んだ。

「ラファエルッ!!」

 瞬間、ぴたり、と止んだ笑い声に、思わず後ずさりするが、それでもミカエルは真白の翼を羽撃かせ、兄と同じ高さまで飛び上がった。

「……ダレ、オマエ……? 違う、ミカエル、は、オレの、オトウト……?」

「……ラファ……辛いんだよね、苦しいんだよね……そんな姿になってまで……」

 そっと、機械の天使を抱きしめる純白の天使。

「ごめんね。ごめんね、ラファエル兄さん。君を救うことができない僕を、赦して……。
 ……ううん、赦さなくて、いいから……」

「……みか、える」

 機械の天使がその幼い身体を抱き返そうと、手を伸ばす。


「――僕も君を、赦さないから」


 はっきりと放たれた言葉と、至近距離で展開したミカエルの光の魔法。
 それは、機械の天使をより深みに堕とすには、十分で……――

「アアアアアアアアアッ!!」

 純白の天使の手から落ちる、機械の天使。

「いたい? くるしい? でも、あの研究所で受けた苦しみって、こんなものじゃなかったよね……。
 大切な人を失う苦しみって、こんなのじゃ全然、足りないよね?」

 にっこりと笑って、ミカエルは地に伏したラファエルに再度魔法を放とうと詠唱を始める。

「……ナゼ、なぜ、ミカエル……チガウ、アレハ、敵……敵……?」

 壊れていきながら、泣きながら、ミカエルを見上げる。

「そうだよ、ラファエル。僕たちは君の敵だよ。
 ……――“純白の光よ,悪しき存在に断罪を!! 『ヒン・リヒテン』”!!」

「ッ……!!」

 桜散のときのように上手く結界を張れなかったのか、機械の天使はダメージを受ける。

「ねえ、ラファ、覚えてる? 僕たちが研究所の中でした約束……。
 自由になったら、一緒にこの街を飛ぼうねって」

「……ヤクソク……」

 ふわり、とミカエルは兄の傍に降り立つ。

「自由なんてないんだ、君たち政府がいる限り……。
 だって、ほら、ラファ、君だって、今だって、ずっと囚われの身だ」

 全てを赦すような笑顔。そのまま、天使は残酷な言葉を吐き続ける。

「約束、なんて破られるものだ。最初に破ったのは僕? それとも君?
 自由を求めて政府を抜け出した僕? 自由を失って政府に居続けた君?
 ……ねえ、どっちだろう?」

「シラナイ……そんなモノ……知ラナイ……お前ハ敵……コロス……っ!!」

 ラファエルの足元に魔法陣が浮かび上がる。

「――“『シュメルツ』”!!」

 地面から放たれた、黒い光の魔法。……壊れていく、彼の魔法。
 しかしミカエルはそれをふわりと避け、笑った。

「うん、約束は破られた。僕たちは敵同士。殺してあげる、ラファエル」

 傾きかけた陽の光を翼に受け、純白の天使は……ただ、笑みを深めた。

「しんで、兄さん」

 +++


 少し離れた場所で、最上級魔法を放つタイミングを窺っていたカルマとハリアは、ミカエルの様子がおかしいことに気付く。

「どうしたんだ……あいつ……!」

「……恐らく、ミカも壊れかけているんだろう……早く、終わらせなければ」

 困惑したハリアに、冷静な声でカルマが答える。
 しかし彼は彼なりに、動かない桜散も、壊れつつあるミカエルも心配していた。

(もう……誰も、失いたくないから)

「兄さん、最上級魔法を」

「……わかってる、オレに命令すんじゃねーよ」

 けれど……本当に、ラファエルを殺してしまって大丈夫なのか?
 ふとハリアの胸にそんな不安がよぎる。
 兄を喪ったミカエルが、兄のように完全に壊れるという可能性も……否めない。
 しかし、桜散も倒れミカエルも壊れつつある今……ラファエルを殺して、ミカエルを止める以外の選択肢は、なかった。
 魔法陣をえがく。強い、強い、光の魔法意思

「……行くぞ。
 ――“聖なる光よ,荘厳なる光よ,宵闇を照らし,世界に祝福を……そして……異端者に,終焉を。
 《ハリアレス・ライトニング》の名の下に!! 『ハイリヒ・レーゲンボーゲン』”!!」

 ハリアが撃った、光属性の最上級魔法。その名の通り、彼の背後に展開した魔法陣から、輝く七色の光がラファエルに向かって飛び放つ。

「ッアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ミカエルに気を取られていたラファエルは、それを受けてしまった。

「光属性の、攻撃特化最上級魔法……ハリアさんの魔法だね。
 それでも死なないなんて、君って結構しぶといんだね」

 純白の天使はその羽を、服を兄の血で染めながら、ゆるりと笑う。
 機械の天使はすでに息も絶え絶えで、ただミカエルと、ハリアたちを睨んでいた。

「大丈夫だよ……すぐに、【制裁者】たる彼の魔法が、君を殺してくれるから……」

 痛いのはもう、嫌でしょう?

「……――“永遠の闇を……その記憶を。
 我がチカラ,刃となりて,彼の者を貫け……どこまでも深く,深く,暗黒のセカイへ……”」

 足元に展開する、闇色の魔法陣。
 カルマが静かに、真名を必要とする最上級魔法を唱え始めた。
 ……彼の両親が死んだ日、封じた名を。同時にココロが死んだ、自分自身の名を。


「……――“《メモリア・・・・クロイツ・・・・》の名の下に。
 『シュテルプリヒ・シュトラーフェ』!!”」


 約束、なんて、破られるものだから。

(メモリア、どうか、しあわせに……――)

 溢れ出すキオク、メモリア。
 ただ痛いだけのそれに、どれほどの価値があるのだろう……?


 純白の天使は、笑ったまま、涙を流して……――


「さよなら、兄さん」


 約束、なんて曖昧で。
 破られると、僕は知ったから……――


 ないているのは、だれ?


 Act:16 終