Night×Knights

Chapter Final.騎士~物語の終焉~


「――“天空の光よ,流れ落ちろ! 『メテオリーテ』”!!」

「――“『蒼光撃醒』”!!」

 ルーの魔法で編んだ光の塊が空から降り注ぎ、カイゼルが魔物たちに蹴り技を入れる。

「夜おにいちゃん、朝おにいちゃん、レンおにいちゃん!!
 ここはぼくたちが抑えてるから、彼を……!!」

 ルーが攻撃の合間にこちらを見て、ランを頼むと叫ぶ。その言葉にレンと共に頷き、レンが詠唱を始めた。

「――“紅蓮の怒り,暮れなずむ世界に終焉を”」

「させないよレン! ――“轟け,雷鳴! 『ブリッツ』”!!」

 だけどそれを邪魔するように、ランが簡易魔法を放つ。

『――“《ダークエンド》”!!』

 そんな二人の間に降り立ち、『僕』はランの魔法を無効化した。

『レンの詠唱の邪魔はさせない』

「……くそ……ッ!! “双騎士ナイト”め!!」

 忌々しそうにこちらを睨み、ランは再び詠唱態勢に入ろうとするが……遅い。

『――“誓いし蒼空よ,我が魂に力を! 《シュヴェーレン》”!!』

 こちらの魔法が先にランに届く。空から落ちる薄暗い光が、彼を掠める。

「ぐ……ッ!!」

「リーダー!!」

「ランさま……ッきゃああっ!?」

 彼のうめき声に、リツとセルノアがランの名前を呼ぶ。だが、セルノアは誰かの攻撃が当たったのか悲鳴を上げた。

「……やってくれるね……忌々しい“双騎士”め……!!」

 ぞっとするほどに憎しみが籠った視線で睨むラン。
 ……ふと、僕はおぞましいほどの“闇”が彼を包み込んでいることに気が付いた。

「……何が仲間だ。何が友情だ。そんなくだらないものにしがみついて……愚かしい……!!」

『そんなことはない』

 その視線を真っ直ぐに受け止め、『僕』は語りかける。
 それは僕の言葉であり、夜の言葉でもあった。

『お前にだって、仲間はいるだろう? お前を想ってくれる人がいるだろう?』

「そんなもの、僕には……ッ」

 だが、そんな『僕』をきつく睨み、ランは無詠唱の魔法を放つ。

「僕にはいない、必要ないッ!!
 ――“『シュット・ドゥ・フードゥル』”!!」

『ッ!!』

 その名の通りの激しい落雷を何とかかわして、再度彼を見やった。

『……なら……レンは、リウはどうなる? リツは、セルノアは?』

「うるさい……!!」

 バチバチ、とランの周りに雷が集まる。巨大な魔法が発動しようとしているのがわかるが、『僕』は怯まず彼に訴えかけた。

『逃げるな!! お前にだって仲間や想ってくれる人はいるだろ!!』

「うるさいって言ってんだよぉぉぉぉッ!!」

 ランの叫びに呼応して、雷が大きな音を立てて落ちる。
 空へ飛び上がることでそれを避け、肩で大きく息をしているランを見つめた。

「……ラン。きみを包んでいるその“闇”は……」

 不意に、会話の主導権を握った夜がランに話しかける。

「……きみがそんな風になってしまったのは……【魔王因子ヘルファクター】によるもの、だよね」

 その言葉に、ランが大きく瞳を開く。弟は更に続けた。

「【魔王】は心の闇に付け入って、その人の心を壊してしまうから。……オレもそうだったから、よくわかるよ」

 魔物たちの暴走も、きみの中の【魔王因子】がきみの感情に呼応して、魔物たちの理性を“壊して”いたんだよね。
 淡々とそう語る夜に、僕もランも動揺する。

「夜……それは……」

「どうして……」

 けれど彼はそれには答えず、じっと彼を見据える。

「……だけど……もういいんだ、ラン。……【魔王】になるのは、オレだけでいい」

「僕……僕は……っ!!」

 首を振って涙を湛えるランに、“同化”を解除して、夜がそっと近付く。

「大丈夫。オレは、一人で背負っていけるから。きみが苦しむ必要なんて、どこにもないよ」

 だから、傍にいる人に目を向けてあげて。
 そう言って微笑んだ弟に、僕は胸中に不安が渦巻く。
 ……君は……どこへ行こうとしているの……?


「ラン」

 詠唱を完成させたレンが、静かに兄の名を呼んだ。

「……レン……僕、僕は……」

 縋るように弟を見るラン。レンはそっと、目を伏せた。

「彼をどうするかは、レンおにいちゃん次第だよ」

 魔物たちを倒し終えセルノアを拘束したらしいみんなが、レンとランを囲むようにして集まった。
 その中で【太陽神】が、レンに『答え』を促す。

「……ラン。オレはお前を許すことはできない」

「……レン……」

 赤く染まった魔法が発動する寸前の手をランに向けるレン。リウが思わず目を逸らした。

「……レン。僕はずっと、君に傍にいてほしかった、ただ……それだけだったんだ……」

 頼る身内もいなくて寂しかったのだ、と膝をついて弱々しく笑うラン。
 気が付けば、彼を覆っていた深い“闇”は霧のように消えていっていた。

「そんな顔しないでよ、レン。……ねえ……傍にいられないくらいなら、一層のこと殺してよ……」

「…………ラン」

 俯いていた顔を上げて、何かを決意したような深緑の瞳で、レンは最後の呪文を唱える。

「――“悪夢を打ち砕け!! 《レンパイア・グロウ》の名の下に!!
 『フィアンマ・リベラツィオーネ』”!!」

 紅い炎の最上級魔法が……レンの決意が、ランを襲う。

「リーダー!!」

「ラン、さま……!!」

 リツとセルノアがランの名を叫ぶ。みんなが思わず目を反らす。
 赤い赤い炎が、墓標の地を照らした。

 そして……炎が止んだ。


「……っえ……?」


 呆然と、誰かが声を漏らした。そこには炎を食らったはずのランが、無傷で……生きていた。
 恐らくすんでのところで、レンは兄を仲間として識別したのだろう。咄嗟にそんな芸当が出来るのも、彼が鍛錬を積んだ優れた魔術師であるからだ。

「レン……?」

 リウが思わずレンを見る。彼は黙ってその場にしゃがみ込んだ。

「……わけねぇよ……」

「え……?」

 低く呟いたレンに、同じ目線になったランが聞き返す。

「殺せるわけ、ねぇよ……。
 お前はどうしようもねぇバカ兄だし、お前がやってきたことは許されるわけねぇ……。
 ……けど……オレにとっては、唯一の兄なんだよ……ッ!」

 そう言って、俯いて静かに涙を流すレン。

「れん、れん……ぼく、僕は……ッ」

「ラン……独りで背負い込ませてすまなかった……」

 その言葉に、ランも泣き出す。すれ違っていた想いは、やっと一つになれたんだ。

 +++

「今まで散々巻き込んどいて結果がこんなんで……すまない。
 イビアやアレキにも……申し訳ないと思っている。
 ……夜に偉そうなことを言っといて……このザマだしな」


 しばらくして落ち着いてから、レンが不意に僕たちに謝った。

「なーに言ってんだよ! 気にしてねえって!」

「悲しい結末に成らなくて、良かった」

「レンさんは優しいですから、きっとこうすると思ってましたヨ」

 ソレイユが、黒翼が、深雪が、優しく微笑む。

「まあ……兄弟喧嘩が終わってよかったな」

「うんうん。あたしはランを殺さなくてよかったって思ってるよ」

「もう、だいじょうぶだね……よかった……」

 カイゼルが、桜爛が、ルーが、安心したように言葉を紡ぐ。

「……オレは……これでよかったと、思うよ」

「……レンが決めたことだ、オレが……オレたちがどうこう言えることじゃないさ」

 イビアとアレキも、潤んだ瞳で笑顔を見せた。

「いいんだよ。……大切な家族を殺してしまわなくて、本当によかった」

 夜が穏やかな声でそう言って、僕もこくり、と頷いた。


「……ラン、レン……」

 ふとリウがレンとランに近付き、ぺこりと頭を下げる。

「ごめんなさい……わたし、私のせいでこんな……っ」

「リウ、お前は悪くない。お前のせいじゃない……!」

「……お嬢様……」

 レンが涙を流すリウを抱きしめ、ランがリウを呼びかけて……結局かける言葉が見つからず、視線を二人から反らしていた。

「レン、リウ……」

「イビアさん」

 イビアがそんな彼らを見兼ねたかのように名を呼ぶ。けど、深雪がそれをそっと止めた。

「ここからは彼らの問題です。……私たちは、そっとしておきましょう」

 その言葉に頷いて、僕たちは静かにその戦場となった広場を離れた。

 +++

「二人とも……本当にごめん……」


 レンとリウに向かって深々と頭を下げるラン。二人はお互いに顔を見合わせて、そして涙で濡れた顔に微笑を浮かべた。

「お互い様だ、ラン」

 レンがランに手を差し伸べる。
 五年前と比べて大きく、大人の男性の手になった彼を見て、ランはそれだけの長い時間が経っていたことに、今さら気がついた。

「お前の気持ちに気づいてやれなかったオレも悪かった。
 ……たった一人の血を分けた兄弟なのにな」

 その顔がどこか悲しげで、思わず俯いてしまうラン。

「でも……僕は、僕たちの故郷を壊した……」

「まあそれに関しては……お前が罪を償っていくしかないな」

 苦笑いする弟に、ランは黙って頷くことしかできなかった。

「……ラン。貴方が一人で背負うことはないわ」

 それまで二人の会話を聞いていたリウが、口を開く。

「貴方は一人じゃない……夜と朝が言ってたでしょう?」

「お嬢様……けど……」

「リーダー」

 ランの不安げな声を遮ったのは、セルノアに支えられてなんとか立っているリツだった。

「リーダー、そこの【予言者】さんの言うとおりッス。オレたちがいるッス」

「ランさまは、私たちを救ってくれた。今度は、私たちがランさまを救う番、です」

 リツとセルノアが優しく笑うと、ランは黙って二人を抱きしめ、ぽろぽろと泣いた。

「……ッ……ありがとう、レン……お嬢様……リツ、セルノア……」

 消え入りそうな声で、ランは感謝の言葉を呟いた。


「……本当に行くのか?」

 心配そうなレンの声に、ランはこくり、と頷いた。
 散々泣いて落ち着いたのか、ランはリツとセルノアを連れてプロイラを去ると言った。

「私たちと……レンと、一緒にいてもいいのよ?」

 【予言】で視た未来は変えられたから、と言いながらリウも心配そうな表情を浮かべるが、ランは静かに首を振る。

「いいんだ、レン、お嬢様。僕たちは僕たちで、贖罪の旅に出る」

 微笑んだその視線には、もう狂気などなかった。

「大丈夫、リーダーはオレたちで面倒見るから!」

「はい、大丈夫です」

 親指を立てて笑うリツと、彼を真似して親指を立てるセルノア。
 そんな二人を見て、ランは心外だ、と言わんばかりにため息を吐いた。

「面倒を見るって、まるで僕が子供みたいだな!」

「え、違うんスか?」

 リツが笑いながらそう返すと、ランもセルノアも……レンもリウも、堪えきれずに笑い出した。

「あはは……まあ、違いないかな……」

 可笑しそうに笑うランに、ひとしきり笑い終えたらしいレンが近づく。

「ラン……。お前が自分で決めたことを、オレは否定したり口出ししたりしない。
 だが……たまにはオレの元に帰ってこい。いいな?」

「うん、わかったよレン。ありがとう」

 ぽんぽんと頭を軽く叩いてレンが言うと、ランは幼い子供のように素直に頷いた。

「これじゃあ、どっちがお兄さんかわからないわね」

 そう言ってリウがくすくすと笑うと、リツとセルノアも同意して再び笑った。

「……レン、お嬢様。あの夜という少年……なんだか、不安だ」

 不意に真面目な顔で、ランが訴える。

 ……彼はまるで、この世界の全ての業を、たった一人で背負おうとしているかのような……――

 彼のそんな漠然とした不安に、二人はきょとんとする。

「……まあ、杞憂なら良いのだけれど。
 それじゃあ、いってきます!」

 それまでの深刻そうな雰囲気を消して大きく手を振り、プロイラの街から離れるランとリツ、セルノア。
 その三人を見送って、リウは呟いた。

「……よかった、ランが昔みたいに戻って」

「ああ」

 彼女の嬉しそうな声に幸せそうに答えるレン。

「あの時お前が視た未来……それも、やっと終わったんだな」

 ――五年前、【予言者】たるリウが視た未来。
 それは、ランが“闇”に飲まれてレンを殺し、その絶望の果てに世界を破壊してしまう……というものだった。
 そのために幼いリウはレンをランの側に置いていてはいけないと考えたのだが……それが果たしていいことだったのか、今になってもわからない。
 夜や朝、レンの説得で事なきを得たものの、自分たちだけではきっと何も出来なかっただろう、とリウは目を伏せる。

 ……それにしても、夜のことが不安だなんて……どういうことなのだろう?
 確かに先ほど、二人で何か話しているようだったけれど……。

 去り際に残したランの言葉が気になったリウだが、ふとレンが気を取り直したかのように声を上げ、思考の渦から脱する。

「……オレたちも、オレたちの仲間の元へ戻るか」

「……そうね」

 薄暗かった墓標の地に、優しく光が射していた。

 +++

 レンとリウが、ランと対話していたその頃。
 彼らから幾分か離れた街の入り口近くの住宅地だったであろう場所に、僕たちは待機していた。

「これで、全部終わったんだな……」

 唐突に、夜がぽつりと呟く。心底ほっとしたような声音に、僕もそっと肩の力を抜いた。

「ああ、終わったんだ。全部」

 ソレイユが夜の頭を撫でてそう頷く。みんなもどこか安心したような、それでいて解放されたような表情を浮かべていた。

「よかった……もう、大丈夫、なんだ……」

 ふわり、と夜は安堵の表情で笑う。
 あ、と思った、次の瞬間。

 夜の体が、ぐらりと傾いた。

「――夜ッ!?」

 慌ててその細い体を支える。みんなも驚いたように夜を見た。

「ごめん……お兄ちゃん……ちょっと……眠らせて……」

 弱々しい声で、夜は謝罪を口にする。
 どういう、こと……?
 ゆっくりと閉ざされた瞳。何度名前を呼んでも、目を覚まさない弟。

「夜、夜!?」

「夜くん!!」

「おい、夜ッ!!」

 それぞれが彼の名を呼ぶ中、悲しげな表情のルーが夜に近づいて、その蒼い髪を撫でた。

「夜おにいちゃんは……しばらくの間、休息が必要なんだよ」

 慌てる僕たちに、【太陽神】がそっと告げる。

「休息……?」

「頑張りすぎたから……“闇”の、【魔王】の力を使いすぎたから……傷ついた心を癒すために、深い深い眠りについたの。
 次に目を覚ますのは……どれくらい先になるかはわからないけど……」

 その子どもの言葉に、僕たちはただ、言葉を失くした。
 連日続いた戦闘で、夜の体力も心も限界を迎えていた……ルーはそう言いたいらしい。

 青白い顔で眠る弟を抱きしめて、僕はやっと、言葉を絞り出す。

「……そう、か……。夜……ごめんね……。
 だけどずっと……待ってるから……待ってる、から……」

 いつかの未来で、君がまた僕の傍で笑ってくれる日を、ずっと、ずっと、待ってる。

 ずっと、ずっと……――


 僕たちの物語は、こうして幕を閉じた。
 いつかまた、君が目覚めるその日まで……――

 おやすみ。


(また、会いましょう)


 Night×Knights
 Fin.