Night×Knights

Chapter14. 捜索~狂気を宿す瞳~


 あれから僕たちは、夜を捜すためにオッフェンドの街を出た。
 まだ一日も経ってないからそんなに遠くへは行っていないだろうと、レンは言う。


「……ってか、リウ。予言で夜がどこ行くとかわかんねえの?」

「ごめんなさい……。個人的な未来は読めないの」

 広い草原を歩く僕たち。
 するとふとイビアがリウに尋ね、少し悲しそうな表情で彼女は首を横に振った。

「そっか……」

「とにかく、まだこの近くにいるかもしれませんし、行きましょう」

 同じく悲しげな表情で項垂れるイビアを深雪が優しく促し、イビアもそれに頷いて歩き出す。


 ――夜。君がいなくなってから、君を捜すためにみんなが一つになったよ。君の、ために。だから……――


 僕がそんな思考の渦に嵌まっていると、突然上空から大量の魔物が現れた。

「――ちっ!! こんな時に……!!」

 レンが文句を言いながらも呪文の詠唱体勢に入る。

「お前らに構ってるヒマはねぇんだよ!!」

「邪魔すんなってーのっ!!」

 ソレイユとイビアが叫び、それぞれ銃弾と呪符を放った。

「容赦はしませんヨ!!」

「覚悟しなっ!!」

 深雪と桜爛が短剣と双剣を振り回して地上に降り立った魔物を斬り捨てる。黒翼は刀、アレキは銃で黙々と魔物を倒していった。

「くそ……っ! キリがねぇ!!」

 魔物を蹴り倒しながら、カイゼルが愚痴をこぼす。確かに、これはあまりにも数が多い。
 僕も慌てて詠唱を始める。

「全員どけ!! ――“『バースト・フレイム』”!!」

 その時、呪文の詠唱を終えたらしいレンの声が響き渡り、直後に緋い炎が魔物たちを焼き払った。

「わわっまたきたよ!!」

 だが、リウと一緒に僕に守られていたルーに言われそちらを見ると、再び魔物たちが現れ、僕たちの元へ走ってきた。

「……くそっ!! どうすりゃいいんだよっ!!」

 ソレイユがうんざりとした口調で銃を向けた、瞬間。
 一つの閃光が煌めき、その場にいた魔物たちは一瞬で倒された。

「な……なにが起こったの……?」

 そう呟いたリウを始め、他のみんなも呆然と辺りを見回す。

「……よる……おにいちゃん……?」

 ルーの言葉にハッとして彼の視線の先を見ると、少し離れた場所に佇む人影があった。

 太陽の光に反射して、幻想的に輝く青い髪。白かった服は黒に染まり、服についているリボンがはたはたと風になびいている。
 その手に持っている淡い黄色の光を放っていたはずの剣も、今では闇を映したかのような黒色だった。

 俯いていて表情は見えないけど、間違いない。彼は……夜だ。
 僕の相方で、誰よりも大切な存在……!

「――……夜っ!!」

 彼は夜だと認識した瞬間、僕は彼の元へと走り出していた。
 それに気付いた彼は、僕の名を呼んで笑いかけてくれる……そのはずだった。
 ――だけど。


「来るな」


 近くへ行こうとした僕を拒絶した声は、冷たかった。
 ……いや、声だけじゃない。俯いていた顔を上げたことで見えた瞳も、何の感情も映さずにただ氷のように冷えていた。
 そして……何より。

「よ、る……?」

 見えたその瞳の色に、僕は思わず立ち止まってしまう。後ろのみんなが駆け寄ってくる足音が聞こえた。

「夜……っ!! お前、何で黙って行っちまうんだよ!?」

「そうだ!! みんな心配して……!!」

 中でもいち早く夜を認識したらしいイビアとアレキの言葉を、夜は遮る。

「――黙れ」

 普段の夜からは想像もできない冷めた声音と纏う黒いオーラのせいで、誰も何も言えなくなる。

「……『心配』? してくれなくて良いそんなの。頼んだ覚えもないしな」

 無表情だった彼の顔が、ニヤリと歪む。
 今までの彼とはかけ離れたその表情に、深雪やリウがヒュッと息を呑む。
 ――……君に一体、何があったの?

「……おま……っ何だよ、それ!!」

「仲間に黙ってどっか行かれたら、普通心配するに決まってんだろ?」

 ソレイユとカイゼルが夜に反論するが、彼はつまらなさそうな顔でみんなを一瞥した。

 ――……違う。違う。こんなの、こんなの……。

 こんなのは、夜じゃない。

「……き、みは……だれ……?
 その、瞳の色、は……」

 気が付くと僕は、夜にそう問いかけていた。……その葉言に、彼が傷付くとも知らずに。

「……誰……? ……ふ、ふふふ……。アハハハハッ!!」

 そんな問いに一瞬きょとんとした彼は、突然狂ったように笑い出した。その異様な光景に、僕らはゾッとする。

「……こんなの……夜じゃない……ッ」

 僕の知っている“夜”は、優しくて、自分より他人を優先して、だけどずっと、孤独で。
 ……こんな、歪な笑みを浮かべたことなんて、今まで一度も・・・・・・なかった、のに。

「何を言ってるんだ、朝」

 ふと、俯いていた顔を上げると、いつの間か目の前に彼がいた。ひどく穏やかな表情で、彼は僕を見つめている。
 ……どこまでも深い、深い……赤い瞳・・・で。

「オレは正真正銘、お前の大好きな夜だぜ?」

「……ち、がう……違う違う違うっ!!
 夜じゃない!! 君は夜じゃないっ!!」

 けれど、どこか薄気味悪さを感じさせる彼に悪寒が走り、僕は精一杯否定をする。

「なら、“夜”は……何だ?」

 光を宿さない真っ赤な瞳で、彼は僕を真っ直ぐに見据えた。

「……あ……。そ、れは……」

「『それは』、なに? ……答えられないのか?」

 そう……答えられない。
 僕は“夜”の本質を知っている。だけど、それを口に出すことは、出来ない。……しては、いけない。

(この期に及んで僕は、君に知られるのが怖かった)

 彼はその沈黙をどう捉えたのか、再び笑い声をあげた。

「……ふ、ふふ……アハハハハッ!! 所詮貴様もその程度か朝!!
 オレが“夜”でなければオレは何だ? “夜”は何だ?
 ……くだらない……。だれもオレをわかっていない……!!」

 死んでしまえ。

 夜の容姿で“彼”はそんな残酷な言葉を吐き、僕たちに背を向け歩き出す。
 その背に向かって、今まで黙って様子を見ていたレンが冷たく声をかけた。

「……一つ聞く。てめえは敵か、味方か?」

「……さあな」

 彼は少し振り返ってにこりと嗤い、やがて再び歩を進める。
 禍々しいほどに晴れ渡った空が眩しくて、くらり、と目眩がした。


 ……僕たちは痛いほどに思い知らされたのだ。

 彼の傷は、僕たちの想像以上に深いのだと……――


(きみを、傷付けたくなんてなかった)
(……だけど本当は、自分が傷付きたくなかっただけだった)


(たすけて、あさ)


 Chapter14.Fin.
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