「お前らに何がわかる……?
誰にも必要とされずに、誰からも愛されずに。
お前のせいだと責められ虐げられてきたオレの痛みがッ!!」
涙を堪えた声を荒らげながら、“夜”は初めてずっと内に秘めていたであろうその感情を吐露した。
「――“煉獄の闇,全てを破壊する剣となれ! 『フェーゲフォイアー』”!!」
不意に、“夜”が魔法を発動した。
以前の彼には使えなかったはずの暗い色を宿した闇属性の魔法剣に、僕たちは驚愕して行動が一瞬遅れる。
大地を抉りながら僕たち全員を対象として向かってくるそれを止めたのは、【太陽神】だった。
「――“光よ,我らを護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」
光属性の魔法で作られた盾が僕たちの前に現れ、闇を消し去る。
その力強くも優しい色をした左右異色の瞳に“夜”が怯んだ隙を突いて、僕は彼に近付いた。
「……泣かないで、夜」
「……っいや、やだ……来るなぁッ!!」
彼が叫ぶと同時に、周りの木々や草花が壊れ、地面がひび割れる。
……おそらくこれも、黒翼の言う【魔王】の影響によるものなのだろう。
「きらい、きらい、きらい、きらい!!
みんな嫌い!! みんなオレを傷付ける!! だから……だから!!」
夜の足元に、再度魔法陣が描かれる。
真っ黒に染まった剣を掲げ、彼は高らかに詠唱した。
「――“夢幻の闇,終わり無き世界を包む影,我が剣へ宿れ! 『テネーブル』”!!」
闇色の魔法剣が、僕へと向かってくる。
……逃げられない。
(逃げることは、赦されない。彼を拒むことは、赦されない)
……戦えない。
(戦うことは、赦されない。彼を傷付ける者は、僕自身が赦せない)
ああ、それでも。
きっと夜は泣いているのだ。“闇”の中で、独りぼっちで。昔から君は、そうだったから。
だけど、今は違う。僕たちがいる。“もう一人の君”がいる。
君がひとりで泣く理由なんて、どこにもないよ。
「――朝ッ!!」
キン、と響く金属の音と、僕を呼ぶ声。
僕の前に立ち塞がった黒翼が、“夜”の凶刃を受け止めていた。
周りを見れば、仲間たちが僕を庇うように戦闘態勢に入っている。
「……夜を、傷つけないで」
それは、自分でも驚くほど小さくて……幼い声だった。
みんなはそれに頷いて、黒翼から距離を取った“夜”へと視線を移す。
「……そうは言うけどさあ、アレどうにかしないと」
「朝くん、何か案はありますか?」
イビアと深雪の言葉に、僕は胸元を握り締める。
【創造神】アズール様から貰ったチカラ。それがあれば、きっと。
「……少し、時間を稼いでほしい」
僕の頼みに、みんなはそれぞれ了解の意を示して“夜”に武器を向ける。
びくり、と体を震わせた“夜”は、怯えたように呪文を唱えた。
「――“侵食されし闇よ……破壊せよ! 『エロジオン』”!!」
その悲鳴じみた詠唱によって、闇の魔法が無数の枝と化して僕たちを襲う。
ソレイユとアレキが銃撃で、イビアが呪符でそれらを撃ち落とし、深雪と黒翼、桜爛が得物を手に斬り裂いていく。
「朝!!」
彼らの迎撃を潜り抜け僕のもとへやってきた枝を、カイゼルが打ち砕く。
そうして仲間たちに守られた僕は、呪文を口にした。
「――“其は朝焼けの祈り。空虚なる時に終わりを告げる,祝福の鐘”」
光の魔力を手に集める。創造するカタチは、女神の弓。
「――“暁光よ,宵闇を照らし星辰を映せ! 【神造生命】の名の下に……! 『アストラヴェロス』”!!」
――かつて女神……【創造神】アズール・ローゼリアは、この光の弓で【魔王】を斃したという。
放たれた光矢は、真っ直ぐに“夜”へと向かう。
“真名”を必要とする、最上級の魔法詠唱。それは闇を祓う想いの結晶。
夜は傷つけず、彼に取り憑いた【魔王】だけを貫くはずだ。
「――ッ!!」
光の矢は夜の体を通り抜け、彼から黒い影を引き離す。
……だけど。
「ッ朝ァァァァッ!!」
「っ!?」
引き離されてもなお、赤い目をした“夜”が剣を僕へと振り下ろした。
ガン、と鈍い衝撃を伴って、僕はそれを弓で受け止める。
僕に似た……いや、それよりも濃い紅から、透明な涙が溢れていた。
「……夜、ひとりにしてごめんね。怖かったよね。辛かったよね……」
「……い、やだ……おれ、オレ、は、」
【魔王】のチカラに怯むこともなく、僕は武装を解除しそっと彼を抱き締める。
深い“闇”を抱く彼を、照らすように。
「“ここ”で、泣いていいんだよ、夜……」
優しい歌が聴こえる。歌唄いが“夜”のために紡ぐ子守歌だ。
「夜おにいちゃん」
ふとルーが傍に来て、“夜”の手を握る。
彼はただ、震えていた。
「よく、がんばったね」
「……っ!!」
温かいその言葉を受け、“夜”は息を呑み……崩れ落ちるようにしゃがみ込んで、泣いた。
「……っずっと……ずっと、痛いって泣きたかった……」
「……うん」
「ずっと、ずっと、いやだって言いたかった……」
「うん……」
「でもこわくて……っ。いたくて……っ。だれもたすけてくれなかった……っ!!」
「夜……っ!!」
ぽつりぽつりと話し出す彼を抱き締め、僕はただ、相槌を打つ。
「それで……わかったんだ。
おれは、ずっとずっとひとりなんだって。おれにはたすけられる価値なんてないんだって。
よるはあのヒトを……ころした、から。すくってもらえないんだって……」
「夜……違う、違うよ夜……!!」
たどたどしく話す彼に、違う、と首を振る僕。
違うんだ、夜、君は……――
「きっと、あのヒトもよるのこと憎んでる。恨んでる。
おれ、おれさえ、よるさえいなければ……っ!!」
「違う夜、憎んでなんていない!
恨んでなんか、いるはずないよ!!」
悲しいことを言わないで、お願いだから。
僕の声は届いていないのか、彼は更に慟哭する。
「おれ、が……よるが、いるから……。
よるさえ……よるさえ産まれてこなければよかったのにッ!!」
そう叫んだ彼を、僕はただ必死に抱き込む。
「夜……そんなこと、ないよ……。
僕は君がいてよかったって、思うよ。
生きていてくれて……よかったって……!」
「嘘、だ。だって、だってみんな……だってみんな、よるのことなんかいらないって!!
おとうさんも……おかあさんも……みんな……みんなっ!!」
僕の言葉に、夜は嘘だ、と首を振る。
どの『みんな』を指しているのだろう。彼を傷付けた『みんな』か、僕たちか。
ただわかるのは、彼がとても傷ついているということだった。
「いらなくなんてないよ。君がいなきゃ僕は嫌だよ。君がいなきゃ……僕は、生きていけない。
僕には……夜、君が必要なんだよ。
夜のこと、大切で……大好きだから。世界中で、誰よりも」
未だに深い“闇”の中にいる彼を、照らすように包み込む。傷は癒せなくても、分かち合うことはできるから。
涙でぐちゃぐちゃになった彼の顔に、両手でそっと触れる。
年の割に酷くほっそりとした頬が、“同じ”なはずなのに僕より少し低いその身長が、とても痛々しく感じた。
「……っ……あ、さ……朝ぁ……」
恐る恐る僕の服を握り締める夜。そんな彼を安心させるように、僕はなるべく優しく背中を叩く。
ちょうど、母親が幼子をあやすように。……彼は、知らないだろうけれど。
「大丈夫、大丈夫だよ、夜……。
僕がいる。みんないる。もう、痛くないよ。怖くないよ。
僕が君を、守るから。
だから……帰ろう、夜……?」
僕たちを優しく見守る仲間たち。夜を落ち着かせるための優しい歌を歌う深雪。彼の手をそっと握っているルー。
君を傷つけるものは、もう、何もないよ。
そう言うと、しばらくして彼はこくんと頷いた。
「いたく……ない、なら……かえ、る……」
涙で潤んだ、幼子のような拙い返事。
事実、彼は幼子のままなのだ。
ずっと、ずっと心を押し殺して生きてきたから。今やっと、心に素直になれたから。
彼の返事に、僕たちは微笑む。
「……おかえり、夜」
「――朝。そのまま夜を捕まえとけよ」
不意に隣から聞こえたその声に視線を移せば、ソレイユが銃口を未だ夜の背後にいる影へと向けていた。
僕がこくり、と頷いたのを確認し、彼は詠唱する。
「――“汝,天を穿つ光の雨! 降り注げ,『レーゲンリヒト』”!」
光の銃弾が、“天使族”としてのチカラを取り戻したというソレイユの魔力が、【魔王】の影を祓っていく。
【魔王】は【神】に連なるモノ。【神】は同じ神族か天使族にしか倒せない。
そんな知識を脳裏に浮かべながら、僕は夜を抱く腕に力を込めた。
と同時に、血のように紅かった夜の瞳も、瞬き一つで元の青に戻ったようだ。
あの紅も、やはり【魔王】に由来するものだったらしい。
夜の頬に触れてそれを確認した僕は、再度彼を抱き直した。
「……あれが、夜に宿ってたっつう【魔王】の“闇”……?」
「恐らく」
イビアの呟きに、黒翼がこくりと頷く。
「けれど、まだ夜の中から完全に“闇”が消えた訳じゃない」
僕の腕の中で泣きじゃくる夜を見ながら、彼はそう続けた。
「だとしても……もしまた夜が“闇”に飲み込まれても、また照らせばいいだけだろ?」
ニッと不敵に笑って……それでいてどこか安心したように、ソレイユが言う。
「そうだな。……オレたちは、仲間なんだから」
そんなソレイユに同意して頷くアレキ。
彼らのやり取りを見て、涙目のリウが僕たちの元へ駆け寄ってきた。
「……っ夜っ!! おかえりなさいっ!!」
それを機に、他のみんなも夜と僕に駆け寄る。
「お帰りなさい、夜くん」
「全く、どうなるかと思ったぜー」
「無事で良かったよ、夜」
「よく頑張ったな、夜」
「お帰り、夜……」
「心配かけさせんな、ったく……」
「いっぱい泣け。……今までの分もな」
「もしまたアンタを傷つける奴がいたら、アタシたちがぶっ倒してやるよ!」
深雪、イビア、ソレイユ、アレキ、黒翼、レン、カイゼル、桜爛。
みんなが思い思いの言葉を夜にかけ、彼はただ頷いて、僕にしがみついた。
「……っ夜!!」
そんな中、不意に少年の声が聞こえた。
「……あれ、リツまだいたんだ」
「すっかり忘れてましたネ」
そういえば、と顔を見合わせたソレイユと深雪が言うとおり、声の主は存在を忘れられていたリツだった。
「うっせ! オレはお前らには話しかけてねぇよ!」
忘れていたと言われ、少なからずショックを受けたらしい彼は、“夜”に刺された左肩と脇腹を痛そうに押さえていた。
「……傷、大丈夫?」
「こんくらい……平気だっつうの。
それよか……その。……っ夜!!」
僕が心配して声をかけると照れたようにそっぽを向いて、リツは夜を呼んだ。
「……?」
「今日は退いてやる!
でも、次に会ったら容赦しないからな!!」
僕から少し顔を離して首を傾げた彼に、リツは指を突き出してそう宣言をする。
「オレはお前のライバルだからな!
あとっ! 仲間は大事にしろよ!!」
そんだけ!! と一方的に言い放って、巨鳥を呼んで去っていったリツに僕たちはきょとんとする。
結構傷は深そうだったけれど、意外と丈夫なのかな、と僕は内心で感心した。
「な……何だったんだアレ……」
「随分好意的になったな……」
リツが去った方角を見て、イビアとアレキが呟く。
どうやら彼は彼なりに夜を心配してくれていたらしい。……本当に敵なのだろうか……?
しかしそんな僕の疑問も、夜が再びそっと僕の肩に顔をうずめたことで霧散する。
取り戻せたあたたかなぬくもりに、青の瞳に、僕は心底ほっとして深く息を吐いたのだった。
みんなの優しい想いが、君を包み込む。もう傷つけない。必ず、守るから。
そう決意した夕闇に、夜の嗚咽が溶けていった。
(……ありがとう)
Chapter18.Fin.
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