Night×Knights

Chapter23. 決別~選ぶ道~


「僕は“黒き救世主ダークメシア”のリーダーだ」

 ニヤリと歪な笑顔で言い放った青年……ラン。僕たちの顔には当然驚いた表情が浮かぶ。

「“黒き救世主ダークメシア”のリーダー……って……」

「レンの、兄貴が……?」

 ソレイユとアレキがみんなの思いを代弁したかのように呟いた。
 レンはランを睨み付け、リウはしゃがみ込んで泣き出してしまった。

「どういうことだよレン! なんでお前の家族がオレたちと敵対してんだよ!?」

 イビアがレンに詰め寄る。だけど彼は黙ったまま、グッと強く拳を握り締めただけだった。

「なんとか言えよ……!」

「言えるわけなんてないよね?」

 更に問い質すイビアを遮って、ランがくすくすと笑いながら声をあげる。

「“世界を救う”などと言う名目で、君たち“双騎士ナイト”に自分の双子の兄を殺させようとしたのだから!」

「……っちが……ッ!!」

 その言葉に、泣いていたリウが顔を上げ、とっさに否定する。

「違うわ、ランっ!! レンは……レンも私も、それでも貴方を救おうと!!」

「甘いんだよ、お嬢様は」

 だがランは、ひどく冷めた目でリウを見下ろした。

「レンは優しいからね、僕を殺すなんてできないさ。僕だってレンを殺したくはないよ。
 だけれど、ね……お嬢様」

 一度区切り、ランはまた歪んだ笑顔で続ける。

「僕を救いたいのなら、君が死ねばいいと思うのだけれど。全ては君のせいなのだから!!」

「――ッ!!」

「ってめぇ……ッ!!」

 あはは、と狂ったように笑うランにリウは息を飲み、レンは彼女を庇うように立ち兄であるその人を睨んだ。

「全て……リウのせい、って……!!」

「テキトーなこと言ってんじゃねえぞっ!!」

 話についていけない僕たちは、ただ呆然と三人のやりとりを見ていたけれど、アレキとイビアが正義感からかランに反発した。

「適当なんかじゃあないさ。ねえ、お嬢様?」

「……わた……私は……ッ」

 笑いながら責め続けるランに、リウはただ涙をこぼした。

「……“――『クリムゾン・ブレイブ』”ッ!!」

 突然叫ぶような詠唱が聞こえ、ランを激しい炎が襲った。

「……それ以上……リウを泣かせるようなことを言うな……ッ!!」

 炎の魔法を唱えた本人……レンが、ランをきつく睨む。ランは寸前で炎を避けたのか無傷だった。

「……どうしてだい、レン? 僕はただ、君を……」

「黙れッ!!」

 心底信じられない、というような表情で、ランはレンを見る。
 レンは相変わらず怒りがこもった瞳で、彼を睨んでいた。

 +++

「こんなに怒ってるレン見るの、そういや初めてだなあ」

「そうですネー」

 事の成り行きを黙って見ていたソレイユと深雪が、場に合わないゆるい会話を交わす。
 彼らは彼らなりに、重い空気を和ませようとしているのかもしれない。……多分。

 だけど確かに、レンはいつも不機嫌そうな顔をしてはいたけど、ここまで怒りを露にしたことはなかったはずだ。

「強い憎悪……殺意。だけど、感情の奥にある、深い哀しみ……」

 【太陽神】が切なそうにレンとランを見やる。

「レンおにいちゃんは、辛いんだ……」

 それは……そうだろう。自分と一緒に生まれ育った双子の兄を……殺したいほど憎んでいる、だなんて。
 僕は思わず隣にいた夜の手を、強く握った。

 +++

「……酷いよ、レン。君はいつだってお嬢様お嬢様……。
 僕はずっと、ずっと君のために生きてきたのに……」

「ラン……」

 悲哀に満ちた表情で、ランは呟く。それに複雑そうな顔で反応したレンは、彼の名を呼んだ。

「酷い、よ。レン……。僕は……僕は……ッ!!
 ――……ふ、ふふ……ふ……。まあ、今はいいさ」

 しかし、泣きそうな声だったはずの彼は突然、不気味な笑い声を上げた。
 その豹変にレンたちは勿論、僕たちも思わず後退ってしまう。

「あははは!! 今日はまだ見逃してあげることにするよ、お嬢様!
 でもね、明日……そう、明日も会いに来るからね、もちろん、レンにだけれど。その時には容赦はしないよ、ふふふ……」

 どこか狂ってしまったかのようにランは笑って、そう宣言した。

「ランッ!!」

「ラン……」

 レンがランに向けて怒鳴り、真っ青な顔をしたリウが怯えたように彼を見る。
 僕たちはただ、その狂気の重さに動けないままだった。
 ランは更に高らかに続ける。

「今度は、確実に殺すよ。絶対に殺す。だって、そうでしょう? お嬢様。
 君がいなくなれば……君がいなくなれば、僕とレンはずっとずぅっと一緒にいられるのだから!!
 ……君が死なないのなら、こんな世界なんてイラナイ。どの道殺すけど、君のことなんて!」

 あはははは、と笑い続けるランに、リウが耐え切れなくなったように叫んだ。

「私だって……私だって、好きでこんな力を持っているわけじゃないわっ!!」

 だけど、ランはそれすら切り捨てるように憎悪を宿した眼差しでリウを睨みながら冷たく言い放った。

「じゃあ、死んでよ。目障りな【予言者】リウ・リル・ラグナロク」

「……ッ!!」

 はっきりと向けられた殺意と憎悪に、リウは身を固くする。
 レンが詠唱体勢に入るが、ランはそんなレンを見ると先程まで纏っていた負の感情などまるでなかったかのようににこやかに笑って、言った。

「嫌だなあ、顔が怖いよ、レン。
 言ったでしょう? 一日待ってあげるって。そっちの方が面白いでしょう? 精々死に怯えるお嬢様を慰めてあげることだね。
 最期になるだろうから、それくらい許してあげるよ。僕は優しいからね」

「貴様……ッ!!」

 笑い狂うランを、穴が開くんじゃないかというくらいに睨むレン。
 だけど彼はそんな弟を愛しそうに見た後、上空から現れた巨鳥……おそらくセルノアが差し向けたのだろう……に掴まり去っていった。

「ラン……!! 貴様、待てぇぇッ!!」

 レンが叫ぶ。けれど、巨鳥とランは既に見えなくなっていた。

「……リウさん……大丈夫ですか……?」

 深く傷付きしゃがみこんでいたリウに、深雪がそっと手を差し伸べる。リウはただ黙って、その色素の薄い手を握った。
 レンが彼女の傍に来て躊躇いがちにぽん、と頭を撫で、痛みを堪えたような辛そうな声で、静かに謝罪を音に乗せた。

「……すまない、リウ……」

 世界を蝕む痛みは、こんなにも小さくて……深い、深い、傷だった。


「……彼の狂気……あれは、まさか……【魔王因子ヘルファクター】……?」


 そう呟いた君の声には、気が付けずに。


 Chapter23.Fin.

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