Night×Knights

Chapter24. 悲哀~語られる悲劇~


 あの後、微妙に気まずい空気の中、僕たちは次の街……グラウミールへと辿り着いた。
 質素ながらも落ち着いた雰囲気のある、木材と石材で作られた街並みの先に、田園風景が広がっている。

 そんな穏やかな景色を見て回る余裕もなく、僕たちは宿の一室に集まっていた。
 未だ泣き止まないリウを慰めている深雪や桜爛を横目で見ながら、その重たい空気に耐えかねたらしいソレイユが、レンに尋ねた。

「レン……お前とリウと……あのランってやつの間に一体何があったんだ?」

 その問いにレンとリウ以外の全員が一斉にレンを見るが、彼は黙ったまま俯いてしまった。

「レン……オレたち“双騎士ナイト”は知る権利があるはずだろ?」

「“黒き救世主ダークメシア”は世界とリウを狙ってる、ってお前言ってたけど……」

 カイゼルとイビアが、レンに詰め寄る。

 しかし彼は相変わらず黙したまま……何かをすごく悩んでいるようにも見えた。

「……レン。教えてくれないと、オレたちは……どうすることも、できない」

 すると、今までずっと黙っていた夜が、じっとレンの深緑の瞳を見つめる。
 しばらく沈黙が続いた後、彼は観念したかのようにため息を吐いた。

「……『プロイラ』という今は亡き街を、知っているか?」

 突然のその問いかけに、僕たちはきょとんとする。

「……プロイラ? ってーと、あれか。五年ほど前に謎の火災で灰になったっつう……」

「ああ、そんな街あったねぇ」

 五年前。先ほどレンと青年の間で出てきたキーワードだ。
 カイゼルと桜爛が思い出したかのように頷く。
 イビアやアレキもそう言えば……と反応をしていることから、どうやらそれなりに有名な街だったらしい。
 
「さっきの奴もレンも、五年前……って言ったけど……その街のことか?」

 アレキが首を傾げると、レンがそれに苦々しい顔で頷く。

「ああ。オレとラン、リウは……その街の出身だ」

 そして、レンの口から語られるのは、全ての発端の悲しい悲しい昔話。
 覚えているのは三人しかいないであろう、忘れられた街の悲劇。

 +++

 ――数年前。

 レンとラン、リウの三人が生まれ育ったプロイラは、レンガの街並みが美しく、大きな時計台がシンボルの綺麗な街だった。
 深い森の先にあるせいか、年々住人の数は減っていたが、のんびりとした空気が流れていたという。

 幼い頃に両親を亡くしていたランとレンの双子の兄弟は、とても仲がいいと評判だった。
 どこへ行くにも二人一緒、お互いがお互いを大切だと言っていた。

 そんな二人の運命が変わったのは、今から八年前。領主の娘のリウ・リル・ラグナロクが、予言の能力に目覚めたのだ。
 その能力で、リウは未来……『現在』へ至るまでの未来を予言し、『最悪の結末』を覆すために、レンを自身の守護者に選んだ。
 選ばれたレンはリウの祖父であり、名高い魔術師でもあったスウ・セル・ラグナロクに魔術を教えてもらい、守護者の名に恥じないように必死で勉強をした。

 それを見て面白くないのは、レンの兄であるランだった。


「なんで、レン! あんな子どものために君が犠牲にならなきゃいけないの!?」

「子どもって……年はあまり変わらないだろ?」

 癇癪を起こしたような兄に、苦笑いをしながら答えるレン。

「そんなの、関係ないでしょう!? なんでレンなの!?」

 その場にいない【予言者】の少女に怒り続けるランを、レンが苦笑いをこぼしながら宥める。
 それはレンがリウの守護者に任命されたあの日からずっと繰り返し続き、いわば日常茶飯事となっていった。
 お互いが大切で、二人で肩を寄せ合って生きてきた。二人だけの世界で、お互いがいればそれでよかった。
 そこに突如割り込んできたリウを、ランは快く思っていなかったのだ。

「レンもレンだよ、リウお嬢様リウお嬢様リウお嬢様って!!
 僕とお嬢様、どっちが大切なの!?」

 涙目になりながら、ランは尚もレンに問い詰める。レンは軽くため息を吐いて、それに答えた。

「オレにはリウを守る使命がある。それが、未来へ繋がるなら」

「レンッ!!」  

 不満げな声で、ランは弟の名を呼んだ。が、レンはそんな兄を見て、いつものように苦笑を浮かべ、続けた。

「だが、ラン。お前はオレの大切な兄……片割れだ。どっちかなんて、選べない」

 それだけ言って、レンは魔術の勉強のために出掛けていった。残されたランは、崩れ落ちるように座り込み、静かに涙を流した。

「僕にはレンがいればそれでいい。
 だけど君は……もう、そう思ってくれないの……?」


 それから三年の月日が流れ、レンも魔術の腕が上達してきた頃。
 ある日レンがリウに呼ばれ、それが気に食わないランはこっそりと弟の後をつけた。

「リウ。話ってなんだ?」

「うん……あのね」

 幼い【予言者】は、自らが視た未来をレンに伝える。……それは『現在』に至るまでの過程であり、道標でもあった。

「……レンとランは、一緒にいちゃいけないの」

 その『未来』を伝え終えた後、リウは辛そうな表情でレンに言った。

「……どういう、意味だ……?」

「二人が一緒にいると……よくないことが起きるの。だから……」

 意味がわからず尋ねたレンに、リウは言葉を濁しながら説明をしようとするのだが。

「ふざけるなッ!!」

 レンによく似た声が聞こえ、二人は慌てて振り向く。そこには、レンの双子の兄……ランがいた。

「ラン……! なんで、お前」

「お嬢様、どういうこと!? どうして僕とレンは一緒にいてはいけないの!?」

 レンの疑問にも答えず、ランはただリウに詰め寄る。

「それ、は……世界に、あなたに、よくないから……」

「世界!? 僕!? そんなもの、どうでもいいよ!」

 泣きそうなリウの言葉を遮って、ランは泣き叫ぶ。

「予言、予言、予言予言予言予言!! 未来が何!? 予言が何!? 【予言者】だったら僕たちを引き離していいとか思っているの!?
 たった二人の兄弟なんだよ!? 今までずっと一緒に支え合って生きてたんだよっ!? なのに……ッ!!」

「ちが……っ!!」

「ラン、止めろッ!!」

 リウに殴りかかろうとするランと、彼を羽交い締めにしてそれを止めるレン。
 彼女を庇ったことが気に食わなかったのか、ランはレンを見て、再び慟哭する。

「レンもレンだッ!! お嬢様お嬢様って!!
 ……レンと離れないといけない未来なんていらない、そんな予言をするお嬢様なんていらないッ!!」

 ランの足元に魔法陣が現れる。それは彼が得意とする『雷』属性の術式。
 その魔力に反応して、空気中の静電気が雲へと集まる。

「!? ラン、止め……ッ!!」

「みんな……ッみんな死んじゃえぇぇぇッ!!」

 レンの制止の声も聞かず絶叫したランに呼応するように魔法陣が輝き、曇った空から大量の雷が落ち、街を襲った。

「きゃああああ!?」

「リウっ!!」

 とっさにリウを庇うレン。視線の先には狂ったような笑顔を浮かべる兄がいた。

「……みんな、みんな死ねばいい……僕とレンを引き離す世界なんて……みんなみんなみんな!!」

 あはははは、と笑い続けるランの背後で、落雷の影響によって街は赤く燃える炎に包まれていった。

「……っ!! 私たちの、街が……ッ!!」

 レンに抱きしめられているリウが、必死に手を伸ばす。
 燃える街、燃え落ちる時計台、逃げ惑う人々、思い出……沢山のものが、燃えて逝く。

「……ッ!?」

 ハッとレンが頭上を見上げると、燃えた建物が瓦礫と化し、レンたちに向かって落ちてきていた。レンはグッとリウを抱きしめる力を強くする。

「……――“光よ,護りし盾となれ! 『シーセル』”!!」

 突然詠唱が聞こえ、レンたちを光で編まれた盾が包み込む。瓦礫はその盾に弾かれ、レンもリウも無傷だった。

「……大丈夫か、リウ、レン」

「師匠!」

「おじいさま!!」

 光の盾を作ったのは、レンの魔術の師でありリウの祖父……スウだった。

「すみません、師匠……ランが、」

「わかっている」

 痛みを堪えた表情で謝るレンに、スウは優しく笑った。

「あの子は……どう足掻いても、『この道』を進む運命だった。
 レン、リウ。辛い思いをさせたな……ランにも」

 スウが手を上げ、小さく呪文を唱えると、レンたちを囲っていた炎が消え、細い道が出来た。

「逃げろ、リウ、レン。お前たちはこんなところで死んではいけない」

「……でも、おじいさまっ!!」

「ランが……街の人たちだって、まだ!!」

 スウの言葉に、二人はここに残ると反対する。だが、彼はそんなレンたちを叱咤した。

「お前たちが生きなければ、誰がランを止め救うのだ!?
 生きろ……リウ、レン。この街の分まで!!」

 黙ってしまった二人の子供に、スウは今度は優しい声で、瞳で、笑った。

「私が生き残っている住人たちを退避させる。
 ……いきなさい。レン、リウを頼んだぞ……」

 その瞬間、レンたちとスウの間を炎が埋める。

「師匠ォォォォッ!!」

「おじいさまぁぁぁぁっ!!」


 燃えて逝く。燃えて逝く。沢山の人々が、建物が、思い出が。
 燃え盛る街から逃げ出した二人は、ただ、涙を流すしかできなかった……。


 Chapter24.Fin.

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