「――“灼熱より出でし混沌,全てを燃やせ! 『カロルカオス』”!!」
レンの詠唱が響いて、炎の魔法がランへと奔る。それがきっかけとなり、僕たちも彼に続いて呪文を唱え始めた。
「――“創造の光,剣となりて突き刺され! 『フラガラッハ』”!!」
「――“侵食されし闇よ……破壊せよ! 『エロジオン』”!!」
ルーと夜の魔法……光と闇が、周囲にいた魔物たちへ届く。しかし彼らはダメージを負ったものの、消滅には至らなかった。
「……ッ!! みんな……あいつらをやっつけてッ!!」
セルノアがそう叫ぶと、魔物たちが一斉に僕たちに襲い掛かる。
「――“紅き旋律よ,死を紡げ! 『モルテ・カンターレ』”!!」
「――“堕ちた光よ,天の意思を放て!! 『ゾルド・アレイ』”!!」
魔物たちにとっさに反応した深雪が、呪文を唱える。
その音属性の魔法により響いた旋律で、前方にいた数匹の魔物たちが息の根を止め、それに続いてソレイユが銃弾に光属性の魔力を込め放った。
「――“静寂を切り裂く翼よ,我が剣に力を! 『翔炎剣』”!!」
「――“輝く星よ,流れ堕ちろ!! 『シュテルンシュヌッペ』”!!」
飛び上がった黒翼が魔物へ刀を振り下ろしながら風と炎の複合魔法を唱え、それをフォローするために僕も光の魔法を放つ。
そうした僕たちの攻撃で、半数近くの魔物が空へと還った。
「ほらほら、そんなものではまだまだ僕らは倒せないよ?」
しかし、その戦いを瓦礫の上から傍観していたランがくすくすと笑う。
「くそ……てめえ!! 降りて来い!!」
目の前にいた魔物を蹴り倒しながらカイゼルがランに叫んだ。
「だめだ……キリがない……ッ!!」
銃を撃ちながらアレキがぼやく。そう、それほどまでに魔物たちは多かった。
「はははっ。君たちは所詮その程度、か」
嘲笑うランを、僕たちはキッと睨む。魔物たちが邪魔をして、この位置からでは彼には攻撃が届かない。
「――“蒼天の誓い,全てを薙ぎ払え!! 『ジュラメント』”!!」
不意に戦場に届いた詠唱と共に大量の札が魔物たちに貼りつき、彼らを倒していった。
「へえ……吹っ切れた顔をしているね。面白くないなあ」
つまらなさそうな表情をしたランの視線の先には、呪符を構えたイビアの姿。
「……オレは……オレを想ってくれる友達の、みんなのために生きる。だから……!
――“『グレウル』”!!」
そう言って光を宿した呪符を投げる彼の明るさを増した瞳には、もう迷いはない。
「イビア……!」
どこか安心したように黒翼が微笑んで、その名を呼んだ。
「……何が想ってくれる友達だ……何がみんなのためだ……ッ!!」
だけどランは、何かに耐えるように呟いて僕たちをじっと睨んだ。
「リツ! セルノア!! “双騎士”たちを殺せ!!」
「りょーかいっ!」
「はい、ランさま」
ランのその言葉に、ひどく軽いノリのリツと無表情のセルノアが強く頷く。
「――“混沌より出でし大地よ,その怒りを解放せよ! 『カオス・リベラシオン』”!!」
魔物たちを飛び越え、リツが剣を僕たちへ振り下ろしながら魔法を放つ。
「……ッ!! “『ダークエンド』”!!」
その地属性の攻撃は、夜が無効化魔法でかき消しながら剣で受け止めた。
「よお、ひよっこ勇者! ついに決着をつける時が来たな!!」
「……」
お互い剣を構えて距離を取り、睨み合う二人。先に動いたのは、夜だった。
「――“煉獄の闇,全てを破壊する剣となれ! 『フェーゲフォイアー』”!!」
闇を纏った魔法剣をリツへと振るう。攻撃は、彼の頬を掠めた。
「くそ……ッ!!
――“空虚なる星の声よ,侵略者を屠る力となれ!! 『フューネラティオ』”!!」
リツが反撃として放った魔法が、隕石ほどの大きさで降り注ぐ土塊となり夜を襲う。
「夜!!」
僕は思わず弟の名を叫ぶ。けれど夜はギリギリで回避したようで、腕にかすり傷を負っただけだった。
「へー、やるじゃねーか夜!!」
剣を構えなおし、夜の名前を呼ぶリツ。だけど夜はそれに答えず、再び魔法を詠唱して彼へと向かう。
「……――“永久の闇,我が心を映し彼の者を切り裂け!! 『トゥジュール』”!!」
「……くっ!!」
それを何とか剣で受け止めるリツ。すると、唐突に夜が呟いた。
「……なんで」
「……あ?」
一度リツから離れて、夜は再度彼に問う。
「……なんでリツは“黒き救世主”にいるんだ?」
「……っ」
闇を纏う蒼の瞳に見つめられ、リツはぐっと押し黙った。
+++
「アイツ……!! 何してんだ!!」
夜の様子に、魔物の相手をしていたレンが叫ぶ。
「待てよ、レン。きっと夜には何か考えがあるんだろ」
ソレイユが苦笑しながらレンをなだめる。
その間にも彼は、ちゃっかりと魔力を込めた銃弾をレンの目の前にいたげっ歯類のような魔物に当てていた。
「……ソレイユの言うとおりです。夜くんを、信じましょう」
仲間ですから、と優しく笑う歌唄いに僕たちは全員頷いて、魔物たちに集中した。
+++
「なあ……なんで」
「うるせぇよ!!」
夜の再三の問いかけに、リツが大声を上げる。
「“敵”であるお前に教える義理も必要もねぇだろ!!
――“大いなる大地よ,瓦礫となりて降り注げ!! 『ロックフォール』”!!」
「――“『ダークエンド』”!!」
剣を振りかざし魔法を唱えたリツだが、それは形を成す寸前で夜の魔法で無効化されてしまった。
「……ッ」
「リツ」
焦るリツを、夜が答えを促すようにじっと見据えている。
「なんだよ……ッ!! 国から、世界から捨てられたオレを拾ってくれた人について行くことが……そんなに悪いことかよぉぉぉッ!!
――“『イーラ』”ッ!!」
その視線に耐えられなくなったのか、リツはそれだけ叫ぶと無詠唱の簡易魔法を放った。
「ッ!! ……捨て、られた?」
それを避けた夜が、驚いたように呟く。
「――“厳格なる大地よ! 我が怒りを吸収し解き放て!!
《リッゼル・アスクト》の名の下に!! ……『テッラ・ディ・ラビア』”!!」
リツはその声を無視して、魔法を唱えた。どうやら土属性の最上級魔法のようだ。僕は揺れる大地を踏みしめて夜の元へ駆け出した。
「夜……ッ!!」
「――“『ダークエン……』ッ!?」
大地から舞い上がった土の塊が夜に降り注ぎ、彼は剣を構えて無効化魔法を唱えようとする。
だけどそれより早く、リツの攻撃が夜に届いた。
「夜――――ッ!!」
叫ぶ僕。手を伸ばす。触れた身体。
大切な弟。僕は……夜を、守りたい……!!
――光が、僕たちを包んだ。
「“同化”……ッ!!」
「これはこれは……。“双騎士”の本領発揮、見せていただこうか」
その光に驚き警戒をするリツの後ろで、ランがくすくすと楽しげに笑っているのがわかる。
……やがて光が収まって、僕たちは『一つ』の存在になった。
……“同化”。僕と夜を繋ぐ『絆』の証。
『――“漆黒の空,黎明の月……紡ぎし世界よ,閉じろ! 《ワールドエンド》”!!』
『僕』はリツと、いつの間にか彼の傍にいたランを目掛けて攻撃をする。黒く深い闇の魔法は、咄嗟にランを庇ったリツに命中した。
「っああああッ!?」
「リツッ!!」
リツの叫び声に、セルノアが悲鳴を上げる。
「よくもリツを……ッ!!」
セルノアのその涙を湛えた声に、魔物たちが攻撃を仕掛けようと反応する。
「――“紅に染まる世界よ,悪しき意志に終焉を!! 『エンド・スカーレット』”!!」
だけどその前に、詠唱を終わらせたレンの炎が先頭にいた魔物たちを焼き払った。
「っ!? みんなッ!!」
「まだまだぁ!!
――“聖なる夜明けの光よ,我が呪符に宿れ!! 『ブレイキング・ドーン』”!!」
「――“疾風を纏いし剣よ,爆ぜろ!! 『爆風炎連剣』”!!」
セルノアの涙声に臆することなく、イビアが光の呪符を飛ばし黒翼が風と炎を刀に宿して魔物を切り払う。
「――“遥か彼方,悠久より紡がれし旋律よ,響け!! 『レイディアント・メロディック』”!!」
「――“幽玄なる天の光よ,蒼穹を疾れ!! 『スカイレイ』”!!」
それに続くように、深雪とソレイユの呪文が放たれ、魔物たちを一掃する。
「……ッなんだよお前ら……ずいぶん強くなってんじゃん……」
倒れたまま、剣を握る力を失くしたリツが弱々しく呟いた。
「なるほど……《お互いの感情に呼応して戦力が上がる》……か……」
そんなリツの言葉を受けて、ランがまたくすくすと笑みを深めた。
大切な君を守りたいんだ、いつだって、ずっと。
それぞれ想いが、墓標の地に響き渡る。
Chapter29.Fin.