「……よ、る」
ふわり、と目を開ける。
眼前に広がる、愛おしいほどの……あお。
「……よる」
君はゆっくり、ゆっくりと歩を進める。 背後にいる僕には、気がつかないようだ。
「夜」
もっと大きな声を出す。 君は振り返って、僕を見た。
(あ、少し、驚いている)
表情の乏しい君も、さすがに驚いているようだ。 僅かな変化を、僕は見逃したりしない。
「……誰?」
「……僕は……《悪魔》」
そう、《悪魔》。 ヒトの魂を入れられただけの創られた肉体。
他の世界ではそれを《人形》とも呼ぶそうだけれど……僕は《悪魔》で十分だった。
「……夜。 僕と契約してくれたら、“異世界”へ連れていってあげるよ」
それは問いかけ。答えなんて、分かりきっているけれど。
伸ばした手を、君が掴む。 触れた手は、ひどく冷たかった。
(ああ、ああ、この日を、どれだけ待ち望んだことか!!)
――我、ローズラインの《悪魔》が契約せしは“Night”の名を持つ者。 共に闘うと誓った者……――
暗転した視界の中で、僕は契約の詠唱を唱える。
「僕に、名前をつけて、夜」
「……名前?」
君は不思議そうに首を傾げた。
「そう。僕に名前をつけることで、僕たちの契約は完了する」
不完全な僕は、名前を貰ってはじめて《僕》になれるから。
君は僕の顔をじっと見た後、そっと微笑んだ。
――あさ。
君がくれた名前に、僕は胸が痛くなった。
+++
――やって来たのは、異世界・ローズライン。
君は記憶を心に封じ込め、無邪気に笑う。
それで、いい。君が傷付かず、笑っていられるなら。 どこまでも広がる空と大地が、君を癒してくれますように。
「……うわ……オレ、初めて地平線なんて見たよ……」
きらきらとした眼差しで、異世界を見回す君。 そんな君に、隣からそっと声をかける。
「ようこそ、夜。僕たちの世界へ」
「ここ……本当に異世界……!?」
君はとても驚いている。 当たり前だよね、と頷いて、僕は説明をした。
「そうだよ。ここは“ローズライン”大陸の中の村の一つ……“サントリア”」
風車が風を受けて大きく回る。
うんうん、と一人納得したらしい君が、僕に問いかけた。
「で、オレはこれから何すればいいの?
村長さんに会って祭りの道具を買いに行く? それとも謎の遺跡で石版集める?」
「……夜。ゲームのしすぎ」
元の世界で体験したのだろう、とてもじゃないがマニアックな例えに、内心苦笑いをこぼす。
「僕たちは今から、予言者に会わなきゃいけない」
会わなきゃいけない、と言うか、会う約束をしていたんだけれど。
「じゃあ、さっさと行こうぜ! どこにいるんだ? その予言者は」
「……それは……」
僕が言いかけた瞬間、明るい少女の声が草原に響いた。
「あーっ! いたいた、見つけたぁ!」
笑って僕たちの方へ駆け寄ってくる女の子は、君より幼く、金のロングヘアーと白いワンピースを風に靡かせていた。
更ににその後ろから、不機嫌そうな顔の茶髪の男性がついてきている。
「もう、探したよ! こんなところにいたのね」
「……えーと……誰?」
約束した場所に来なかったから探しに来たのだろうか。
君は笑顔の少女に名を尋ねた。
「あ、自己紹介がまだだったね!
私はリウ・リル・ラグナロク。こっちはレンパイア・グロウ。
私のことはリウ、彼のことはレンって呼んでね!」
屈託のない笑顔を君に向けて、少女は自己紹介をした。
「あ……うん、よろしく。オレは夜。蛹海 夜。それと、こっちは……朝」
「……まんまかよ」
君が慌てて僕の分まで紹介をしてくれると、レン、と呼ばれた青年がぼそり、と突っ込みをいれた。
(別に僕は、構わないんだけどなぁ)
「わ……っ悪かったなネーミングセンスなくてっ!!
大体お前ら何者だよっ!!」
恥ずかしくなったのか、君は大声で問い質す。それに答えたのは、リウという少女だった。
「ああ、えっとね。私は【予言者】。
で、レンは私の護衛で、魔術師よ」
その言葉に、君はすごく微妙そうな顔をした。
――これが本当の、《物語の始まり》。
君と、僕と、異世界で。長い長い物語の……第一話。
Reversed Act.01…少年は再び物語を始める。