Night×Knights

Reversed Act.01


「……よ、る」 

 

 ふわり、と目を開ける。

 眼前に広がる、愛おしいほどの……あお。 

 

「……よる」 

 

 君はゆっくり、ゆっくりと歩を進める。 背後にいる僕には、気がつかないようだ。 

 

「夜」 

 

 もっと大きな声を出す。 君は振り返って、僕を見た。 

 

(あ、少し、驚いている) 

 

 表情の乏しい君も、さすがに驚いているようだ。 僅かな変化を、僕は見逃したりしない。 

 

「……誰?」 

 

「……僕は……《悪魔》」 

 

 そう、《悪魔》。 ヒトの魂を入れられただけの創られた肉体。 

 他の世界ではそれを《人形》とも呼ぶそうだけれど……僕は《悪魔》で十分だった。 

 

「……夜。 僕と契約してくれたら、“異世界”へ連れていってあげるよ」 

 

 それは問いかけ。答えなんて、分かりきっているけれど。 

 伸ばした手を、君が掴む。 触れた手は、ひどく冷たかった。 

 

(ああ、ああ、この日を、どれだけ待ち望んだことか!!) 

 

 ――我、ローズラインの《悪魔》が契約せしは“Night”の名を持つ者。 共に闘うと誓った者……―― 

 

 暗転した視界の中で、僕は契約の詠唱を唱える。 

 

「僕に、名前をつけて、夜」 

 

「……名前?」 

 

 君は不思議そうに首を傾げた。 

 

「そう。僕に名前をつけることで、僕たちの契約は完了する」 

 

 不完全な僕は、名前を貰ってはじめて《僕》になれるから。 

 君は僕の顔をじっと見た後、そっと微笑んだ。 

 

 

 ――あさ。 

 

 

 君がくれた名前に、僕は胸が痛くなった。 

 

  +++

 

 ――やって来たのは、異世界・ローズライン。 

 君は記憶を心に封じ込め、無邪気に笑う。 

 それで、いい。君が傷付かず、笑っていられるなら。 どこまでも広がる空と大地が、君を癒してくれますように。 

 

 

「……うわ……オレ、初めて地平線なんて見たよ……」 

 

 きらきらとした眼差しで、異世界を見回す君。 そんな君に、隣からそっと声をかける。 

 

「ようこそ、夜。僕たちの世界へ」 

 

「ここ……本当に異世界……!?」 

 

 君はとても驚いている。 当たり前だよね、と頷いて、僕は説明をした。 

 

「そうだよ。ここは“ローズライン”大陸の中の村の一つ……“サントリア”」 

  

 風車が風を受けて大きく回る。 

 うんうん、と一人納得したらしい君が、僕に問いかけた。 

 

「で、オレはこれから何すればいいの? 

 村長さんに会って祭りの道具を買いに行く? それとも謎の遺跡で石版集める?」 

 

「……夜。ゲームのしすぎ」 

 

 元の世界で体験したのだろう、とてもじゃないがマニアックな例えに、内心苦笑いをこぼす。 

 

「僕たちは今から、予言者に会わなきゃいけない」 

 

 会わなきゃいけない、と言うか、会う約束をしていたんだけれど。 

 

「じゃあ、さっさと行こうぜ!  どこにいるんだ? その予言者は」 

 

「……それは……」 

 

 僕が言いかけた瞬間、明るい少女の声が草原に響いた。 

 

「あーっ! いたいた、見つけたぁ!」 

 

 笑って僕たちの方へ駆け寄ってくる女の子は、君より幼く、金のロングヘアーと白いワンピースを風に靡かせていた。 

 更ににその後ろから、不機嫌そうな顔の茶髪の男性がついてきている。 

 

「もう、探したよ! こんなところにいたのね」 

 

「……えーと……誰?」 

 

 約束した場所に来なかったから探しに来たのだろうか。 

 君は笑顔の少女に名を尋ねた。 

 

「あ、自己紹介がまだだったね! 

 私はリウ・リル・ラグナロク。こっちはレンパイア・グロウ。 

 私のことはリウ、彼のことはレンって呼んでね!」 

 

 屈託のない笑顔を君に向けて、少女は自己紹介をした。 

 

「あ……うん、よろしく。オレは夜。蛹海さなうみ ヨル。それと、こっちは……朝」 

 

「……まんまかよ」 

 

 君が慌てて僕の分まで紹介をしてくれると、レン、と呼ばれた青年がぼそり、と突っ込みをいれた。 

 

(別に僕は、構わないんだけどなぁ)

 

「わ……っ悪かったなネーミングセンスなくてっ!! 

 大体お前ら何者だよっ!!」 

 

 恥ずかしくなったのか、君は大声で問い質す。それに答えたのは、リウという少女だった。 

  

「ああ、えっとね。私は【予言者】。 

 で、レンは私の護衛で、魔術師よ」 

 

 その言葉に、君はすごく微妙そうな顔をした。 

 

 

 

 ――これが本当の、《物語の始まり》。 

 君と、僕と、異世界で。長い長い物語の……第一話。 

 

 

 

 Reversed Act.01…少年は再び物語を始める。