翌朝。
修道院を出た僕たちは、何事も経験が一番、ということで、君の修業をすることにした。
「……何ですかコレは」
目の前に現れた魔物に、君は若干引きながら魔術師に問う。
「スライム族、ギガスライムだ」
確かに見た目はスライムだし、とても大きいからギガなのも納得できる。 君もそう思ったのか、軽く頷きかけて……慌ててまた彼を見やった。
「あ、あのさ……初心者って普通もう十倍くらい小さいスライムと戦うもんじゃない?」
「あほか。どこにでもそんなちっこいスライムがいるわけないだろう」
レンの正論に、君は反論も出来ず言葉に詰まる。
「……夜、コレが現実だよ……」
何だか可哀想になって、思わず肩に手を置いて慰めてみた。
しかし効果は真逆だったようで、君は僕の手を振り払ってから、我関せず、とぷるぷる揺れているギガスライムに斬りかかりに行った。
「あっ、ちょ、夜っ!!」
慌てて静止の声を出すが、すでに時遅し。君が魔物に剣を降り下ろした、刹那。
――ぽふっ。
……とても可愛らしい音がして、君は魔物にはね飛ばされた。
「なっ……!?」
何とか着地して驚いている君の元へ、僕は駆け寄る。
「スライム族は軟体たからね……そりゃそうなるよ……」
怪我がないことを確認しながら諭せば、君はショックを受けたような顔をした。
(本当に、君は、表情がよく変わるようになったね)
「……剣じゃ倒せないフラグですか」
「今のままじゃね」
落ち込む君に苦笑いで相槌を打つと、魔術師が僕たちの前に立った。
「オレの魔法で弱らせる。そこを切れ」
「わ……わかった!」
君が頷いたのを確認してから、彼は呪文を唱え始めた。
「――“生きとし生ける者に告ぐ,虚空に描きし紅き紋,紡ぎし灯りをいざ示さん……”――」
レンの足元に魔法陣が現れ、紅く光る。……これは、炎属性の魔法か。
「――“『ブラスト・フレイム』”!!」
瞬間、眩い光を伴った炎が、ギガスライムへ向けて放たれる。
「今だ、夜!!」
「お……おう!!」
レンが叫び、君が返事をして走り出す。しかし前方にはレンが出した炎。
僕はそっと、呪文を唱える。
「――“疾風よ,彼の者を包みたまえ……。『クードヴァン』”!!」
僕が放った風の魔法が君を包み込んで、炎の中に道を作る。君はその道を全力で駆け抜けて、飛び上がった。
「うぉりゃああぁぁぁぁっ!!」
その勢いのまま、炎により少し溶けかかっていた魔物を上から下へ真っ二つにした。
「すごいじゃない、三人とも! チームワークはばっちりね!」
今までどこにいたのか、リウがやってきて拍手する。
「レンと朝のおかげだ。さんきゅ」
君がお礼を言ってくれたから、僕はそっと微笑んだ。魔術師は照れたのか、踵を返して歩き始めていた。
「でも、最後にやっつけたのは夜なんだし。夜もカッコよかったよ!」
リウが笑いながら言い、レンに追いつく為に軽やかに走っていく。
「うわ……『カッコよかった』なんて生まれて初めて言われた……」
真っ赤な顔をしてぽつり、と呟いた君に、呆れたように溜め息を吐いてみた。
「……さすが彼女いない歴=年齢……」
「うるさいぞ悪魔」
怪訝そうに睨む君を横目で見て、僕は嬉しくなって密かに笑う。
(だって、君が沢山の表情を見せてくれる)
(それだけで……幸せだった、のに)
「夜ー! 朝ー! 早くー!!」
少し離れた場所で、リウが手を振っている。レンも立ち止まって僕たちを待っている。
「行こうぜ、朝」
「……うん」
僕たちは顔を見合わせて今度はちゃんと笑い合うと、『仲間』の元へと駆け出した。
蒼い空と、どこまでも続く緑の草原。その狭間で、君は確かに笑っていた。
……その先の未来が、悲しいものであるとも知らずに。
Reversed Act.03…少年は、彼の手を握る。