次の日、朝早くから野営地を出発した僕たちは、早速君の修業の為にモンスターを探していた。
……一気にレベルが上がるようなモンスターはいないのだろうか。
そんな君の独り言もむなしく、目の前にクマのような大型のモンスターが現れた。
「……よし。 コイツを夜、朝。 お前らだけで倒してみろ」
レンの言葉に、君はしぶしぶ剣のスイッチを押し、僕も詠唱体勢に入る。
「ていうか……コイツの情報とかねぇの?」
「……コイツはクリフ。 ベア族だ」
せめて名前くらいは教えてほしいと君が呟けば、彼はそう答えてくれた。
「……てか、何で朝も修業?」
「いいからとっとと行け!!」
朝はオレよりも強いわけだし、一緒に修業をさせることもないんじゃないか?
君がそんな疑問を口にしたけれど、いい加減痺れを切らしたらしいレンに怒鳴られた。
(別に君より強いなんてことは、ないのだけれど)
「さて……倒す……ねぇ……」
僕たちの身長の倍くらいの大きさがあるその魔物を見上げて、君は呟く。 しかし無反応なそれは、どうやら僕たちのことは眼中にないらしい。
「よーし、一気に行くぞ朝!」
チャンスだと思ったらしく、剣を握り直した君がクリフに切りかかる。 ……ってダメだ、あれは確か……!!
「……!! ま、待って夜……ッ!!」
僕は慌てて声を出すが、君の剣は既にクリフに刺さっていた。 不思議そうな顔で僕の方へ振り向こうとした瞬間、君はそれによって吹き飛ばされてしまった。
「夜ッ!!」
「うお……頭打った……超いてぇ……。 つか何さっきの!?」
うまく受け身を取れなかったのか、蹲る君に僕は駆け寄って説明をする。
「クリフはね……自分が攻撃されると凶暴化して……」
「きょ、凶暴化ぁ!?」
「それで……相手を倒すまで暴れ続けるん、だ!」
僕たちの元に走ってきたクリフを、僕が喋りながら防御壁を作って防ぐ。 君は途端に驚いたような……それでいて怒ったような表情で、叫んだ。
「レーーンーーッ!!」
しかし元凶である彼は、リウと一緒に僕たちから随分離れた所で君と僕を見守っている。
「……あ、朝! どうしたらいい? どうしたら倒せる!?」
とりあえずレンへの文句は全部後にすることにしたらしい君は、僕を見やった。
「そ、そんなの僕に聞かれても……う、わぁ!?」
「朝っ!!」
しまった。 少し君に気をとられた瞬間、あの魔物に横殴りにされた。 強い痛みに動けずにいると、不意に君の絶叫が聞こえた。
「う、わぁぁぁぁぁーーッ!!」
薄目を開けて見てみれば、君は走り出して剣を滅茶苦茶に振り回していた。 ああ、そんなのでは倒せるわけないじゃない。
巨大なクマはそれでも怯まずに君へと向かってくる。 君は怖がって、それでも僕を守るためにたったひとりで立ち向かおうとしている。
(ああ、こんな、こんな痛みなんて……《君》に比べれば、こんなもの!!)
「よる」
必死に体を動かして、目の前にいた君の細い体を抱き締める。
「大丈夫。 君ひとりで背負わなくていいんだよ。 大丈夫」
その言葉に安心したのか、君の肩から力が抜ける。 言いたいことが沢山あるのだろう、それも全部終わってから聞こう。
「大丈夫。 今は、『もうひとりの君(ぼく)』がいる……」
ずっと、ずっとひとりだったんだ。 だからひとりで背負おうとした。 涙も、辛さも、痛みも……存在の重さも。
君はひとりでそうして泣いていた。 だけどもう、そんなことは……させないから、絶対に。
ひとつはふたつに、ふたつはひとつに。
その瞬間、目を開けていられないほどの光が草原を包んだ。
「“同化”……!」
そう呟いたのはリウだろうか。 目を開いて最初に見たのは、『自分であって自分ではない』存在の体だった。
――何が起こったのだろう。
そう思ったのも束の間、心の中に別の魂……君がいるのに気づいた。
ふたつは、ひとつに。 僕たちは、“ひとり”になったんだ。
驚きはしたものの、いつの間にか君の恐怖心は消えていたようだ。
そう理解すると、僕であって僕でない存在はその背に生えた漆黒の翼で飛び上がった。 それは僕の意志であり、君の意志でもある。
どこからか取り出した剣に風を纏わせて、巨大クマ……クリフをその頭上から真っ二つに切り裂いた。
『ギャアァァァーーー!!』
断末魔をあげながら、その魔物が青空に消えていったのと同時に、僕たちもそれぞれの姿に戻っていた。
「な……なん、だったんだ? アレ……」
自分の手を見て、君は呟く。 さすがの僕にも何が起きたのかはさっぱりわからない。
「すごいじゃない、二人とも!」
離れた場所にいたリウとレンが、僕たちに駆け寄ってくる。
「さすがだな。 読み通り“同化”したか」
レンは素直に感心している。 ……ん? 読み通り……?
「……ってまさか、レン! お前そのために!?」
「一時はどうなるかと思ったが……結果オーライだろ」
君の言葉に彼がニヤリと笑う。 まさか、そのために君をあんな危険な目に合わせたのだろうか、この魔術師は。
「くぉぉぉぉっ! この策士めっ!!」
「し、したたか……」
さすがの僕も呆然としてしまう。 荒業にも程があるよ!?
「まあまあ、二人とも。 よかったじゃない“同化”できて。
それがあなたたちふたりの力だよ」
「オレたちふたりの……」
「力……」
リウが優しく微笑んで、君と僕は顔を見合わせる。 先ほどまでの切羽詰まった表情ではなくただ嬉しそうな笑顔で、君は言葉を紡いだ。
「へへ……そっか。 これからもよろしくな、朝!」
「な……何、急に……」
そんな真っ直ぐな気持ちに、僕は思わず怪訝そうな顔をしながら後退った。
嬉しそうに笑う君と、穏やかに微笑む【予言者】と魔術師……。 暖かな日差しの中で見たその光景に、僕はひどく胸騒ぎがしたんだ。
まるで嵐の前の静けさのような……。
(……オレに初めて理解者が出来たということが……“この時のオレ”は、それがただ、嬉しかったんだ、朝)
知ってる。 わかって、いるんだよ……《夜》。
Reversed Act.05 …少年は、運命に怯えた。