僕たちの前に現れた4人組。 彼らは一体……？

 

「お……お前ら、一体……」

 

　君が彼らに尋ねると、リウが傍にやってきて答えた。

 

「現れたわね、新たな“双騎士(ナイト)”」

 

「な……ナイト……？」

 

　聞き慣れない言葉に君が首を傾げれば、彼女は「そう言えば、説明してなかったね」と微笑んだ。

 

「簡単に言うと、あなたと朝みたいなことよ。

　異世界から召喚された“召喚者”と、この世界に住んでる“契約者”。 二人合わせて“双騎士”と呼ばれる存在なの」

 

 

(そう、その呼び名を僕は知っていた)

 

 

　理解した、と君が頷くと、彼女は魔術師の分まで自己紹介を始めた。

 

「さて、それじゃあ自己紹介をしましょうか。

　私は【予言者】のリウ。 リウ・リル・ラグナロク。

　そっちにいるのは魔術師のレンパイア・グロウ。 よろしくね！」

 

「オレは夜。 蛹海 夜(さなうみ よる)。

　こっちは朝(あさ)。 よろしくな！」

 

　それに倣って君も名乗り、ついでに僕のことも紹介してくれた。 自分から名乗るつもりはなかったので、とても助かる。

 

「夜と朝……ってまんまだなー」

 

「いや、それツッコミ禁止だろ……」

 

　オレンジ髪の青年ののんびりとしたツッコミを、金髪の青年が止めている。

　君は引き攣ったような笑みを浮かべながら、彼らに自己紹介を催促する。

 

「あー……大丈夫、そのリアクション2回目だから。

　……で、お前らは？」

 

「あ、オレはイビア！ イビア・レイル・フィレーネ。

　実はリウやレンとは同じ修道院で暮らしていた仲だったりするんだけど……まあそれは置いといて」

 

　……どうやら彼女たちと知り合いらしい。

　彼女が先ほどから笑顔なのは、友達に久しぶりに会えたから……なのだろうか。 よくわからないけれど。

 

「さっきの説明的に言うと……オレは“契約者”だ。

　んで、こっちは黒翼(こくよく)。 オレは姫って呼んでるけどな。 姫は“召喚者”だ」

 

　オレンジ髪……改め、イビアがそう言って、よろしく、と笑う。

　黒翼というのは、ずっと黙ったままの琥珀色の髪を後頭部で一つに纏めている少年の名前らしい。

 

「……男、だよな？ 何で姫……？」

 

「姫っぽいだろ？」

 

　君の素朴な疑問に、イビアは当然、という風に答えた。

　……姫っぽいかどうかはともかくとして、当の本人が彼を睨んでいるのは教えてあげるべきか否か……。

　そんなことに悩む君と僕を余所に、彼は他の二人を促していた。

 

「はい、次お前らなー」

 

「おー。 オレはソレイユ。 ソレイユ・ソルア。 “契約者”だ」

 

　ソレイユ、と名乗ったのは金髪の方。 片手に魔銃を持っていることから、先ほど銃を放って魔物から助けてくれたのは彼なのだろう。

 

「私は深雪です。 羽崇 深雪(うたか みゆき)。 ……えっと、“召喚者”、です。

　よろしくお願いしますネ」

 

　にこり、と笑ったのはあの白髪の歌唄い。 それらに頷いてから、君はふと首を傾げた。

 

「うたか……みゆき……？ なんか、聞き覚えが……」

 

　君がその顔を見ながら呟くと、歌唄いはビクリと反応した。

 

「お前さ、もしかしてオレと同じ世界……日本から来た？」

 

「……はい」

 

　君と歌唄いの会話を、僕は黙って聞くことにした。 君が記憶を取り戻してしまうようなら、無理やりにでも中断させよう……そう思いながら。

 

「やっぱりか。 どこに住んでた？ オレ、神原(かんばら)なんだけど」

 

「わあ、近いですネ。 私、虹原(にじはら)です」

 

　神原区と虹原区は隣接する地域だ。 お互いに特に目立った特色もない、静かな場所だった、と記憶している。

 

「高校生、だよな？ オレ、神原第二高校だったんだけど」

 

「私は……北雫(きたしずく)学園、です」

 

「北雫……って、あの進学校の？」

 

　君が通っていた神原第二高校は、学力も治安もごく普通な公立校だ。

　それに比べて、北雫学園は学力も高く通ってるのがお金持ちばかり、加えて小学校からエスカレーター式で進学出来る県内トップレベルの私立校だった。

　しかし君は違うことが気になるらしく、何かを思い出すような仕草で首を傾げた。

 

「……北雫学園って……確かこの間、何か事件なかったっけ……？」

 

　歌唄いがまたビクリと反応する。 ……それは僕が“知らない”話だろうか。 少しばかり、胸がもやもやする。

 

(それは馬鹿みたいな、子供じみた嫉妬だったなんて)

 

「っあーーーーっ！！」

 

「！！」

 

「な、なんだよ急に？」

 

　君の突然の大声に、僕はもちろん、それまで呆然と二人の会話を聞いていたリウやレン……銃士と呪符使い、剣士までもが驚く。

 

「わ、わりぃ……。 いや、じゃなくて！ ……深雪、ちょっと来い！」

 

　有無を言わさず歌唄いの手を引っ張って、君は僕から離れていってしまった。

 

 

 

 

「……なんなんだろうな、一体」

 

　パートナーを連れていかれた銃使い……ソレイユが、苦笑いを浮かべながら僕に話しかけた。

　僕はそれを無視しながら、離れた場所で歌唄いと話す君をじっと見ているわけだけど……。

 

「……なんか……あいつ、怒ってる？」

 

　声は全く聞こえないものの、動作や雰囲気でわかることはある。

　呪符使い……イビアの不安げな視線に、ソレイユも困ったような顔をしていた。

 

「なー、リウ。 あいつら大丈夫なのか？」

 

「……そうね。 お互い同じ世界出身だから、二人にしかわからない話があるだけだと思うのだけど……」

 

　イビアの問いかけに言い淀む予言者は、ちらりと僕へと視線を向ける。

　それを黙殺して、僕はぐっと手を握りしめた。

 

　仕方ない。 仕方ないとは言え、離れていた日々で君はどれだけの痛みと記憶を抱いていたのだろう。

　その時そばにいられなかったのが辛い。 ……いいや、そばにいたところで何もできなかった。 だからこれは、ただの自己満足だ。

 

(僕にできることは、せめて、君が過去を思い出さないようにと願う事だけだった)

 

　何とも言えない雰囲気になった僕たちだったが、突然視線の先にいた君が倒れたことで、途端に騒がしくなる。

 

「よ、夜！？」

 

「っ君たちはそこにいて！」

 

　心配そうに夜の名を呼ぶリウたちにそう叫んで、僕は君の元へと走り出した。

 

 

「夜！！」

 

　青い顔で地面に横たわる君。

　その傍らには、深雪が白い服が汚れることも厭わず膝をついていた。

 

「あ、朝くん……！ ごめんなさい、ごめんなさい……私……！」

 

「……落ち着いて。 何があったの？」

 

「……私の、過去の話をしていて……それが夜くんの琴線に触れてしまったみたいで……突然……っ」

 

　僕の姿を見て泣きそうな声で謝罪を繰り返す深雪に、逆に冷静になる。

　問いただせば、歌唄いはぽつりぽつりと状況を話してくれた。

　過去。 よくわからないが、深雪のそれがトリガーとなって君の過去の記憶を刺激したのかもしれない。

　無理に起こすのも良くないかと思い、それでも君の辛そうな寝顔に何もできなくて……。

 

　“あのとき”と、おなじ……ーー

 

 

 

　――どうして？ どうしてあの子が……っ！！――

 

　泣かないで。 泣かないで……。

 

　――どうしてあの子なの？ どうして……――

 

　泣かないで、夜。

 

　――あの子じゃなくてアンタが……！！――

 

　ごめんなさい。 ……生まれなくて、ごめんなさい。

 

　――返して。 あの子を、あの子を返して……ッ！！――

 

　ごめん……なさい……。 君の隣にいてあげられなくて……ごめんなさい……。

 

 

 

 

「存在しちゃいけないものなんて、何もないよ」

 

 

　その声は、暗闇にいる僕たちを照らすように。

 

 

「きみ、は……？」

 

　人の気配に顔を上げれば、赤い髪と虹彩異色の瞳を持つ子どもがそこにいた。

　困ったような表情の深雪と目を合わせ、呟くように子どもに問いかける。

 

「ぼくはルー。 ルー・トゥアハ・デ・ダナーンだよ！」

 

　そう名乗った子どもに、深雪が首を傾げた。

 

「トゥアハ・デ・ダナーン……。 確か、ケルト神話の……？」

 

　しかし、それと同時に君が身じろぎする。

　ハッと君の顔を覗き込めば、深い海のような色の瞳が開かれた。

 

「……えーと……オレ……？」

 

「夜っ！！ 心配したんだよ！？」

 

「大丈夫ですか、夜くん？」

 

　未だぼーっとしている顔で状況を確認しようとする君に、僕と深雪は声をかける。

 

「あー……ごめん。 大丈夫。 もう平気！」

 

　僕たちに大丈夫、と笑う君は、すっかり“いつもどおり”で。

　ほっと息を吐いた僕の後ろから、ルーがひょっこりと顔を出した。

 

「あ。 よかった！ 目、さめたんだね！」

 

「……だ、誰だ……？」

 

　無邪気そうに笑う子どもに君が尋ねると、彼は「おにいちゃんにはまだ言ってなかったね」と頷いてから、にっこりと笑ったのだった。

 

「ぼくはルー！ ルー・トゥアハ・デ・ダナーン！

【太陽神】です！」

 

 

 

　輝くようなその声に、僕たちは助けられていく。

　僕たちを囚える暗い闇を、照らすように。

 

 

 

 

　Reversed Act.07 …少年に届く救済の光。