とりあえず何とかイビアを落ち着かせてから、僕たちはアレキに事情を説明してもらった。
そうして語られたのは、ひとつの悲劇。
「マリアは……マリア・ジョシュアは、オレの妹で……イビアの恋人だった」
イビアは元々、ドゥーアの街の出身らしい。
アレキとは幼なじみで、その妹であるマリアともよく一緒に遊んでいたそうだ。
そして、次第に二人は惹かれ合い、やがて恋仲になったと言う。
「……だが、そこで事件は起きた」
ドゥーアの街は昔から治安が良かった。
自警団、という有志の警備団体のお陰だとされているが、実際は“殺し屋”たちが裏で他の街から流れてきた悪人や罪人を殺していたことも大きいという。
……けれど、それが悲劇の引き金となってしまった。
「マリアは……“殺し屋”と悪人の戦闘に巻き込まれて……殺された」
その日は、いつもは路地裏で“殺し屋”と争うはずの罪人の男が、街の広場まで逃げてきたそうだ。
そして、たまたまその場にいたマリアはその男に人質に取られ、彼と対峙していた“殺し屋”は、彼女ごと罪人を……――
「……なるほど。 だからイビアが『お前らの仲間が殺した』だの何だの言ってたわけか」
カイゼルがイビアを見て納得したように頷いた。
……大切な人を殺された痛みは、簡単には想像できなくて。 俯くイビアの姿に、僕たちは何も言えなかった。
「……だからってオレたちを恨むのは筋違いってやつだろ」
「……っああそうだろうな、そうだろうけど……仕方ないだろう!?
お前ら“殺し屋”さえいなければ、彼女は死なずに済んだんだからなっ!!」
ソレイユの溜め息混じりの言葉に反発して、イビアが再び叫ぶ。
……ふと、僕は隣にいる君の様子がおかしいことに気がついた。
顔面蒼白で、息がうまくできないのか、呼吸が荒くなっている。
「夜……大丈夫? 部屋に行こう?」
「よるおにいちゃん、あんまりココにいちゃダメ。 あさおにいちゃん、つれてってあげて……」
そう声をかけると、君はゆるゆるを首を横に振ったけれど。
ルーも君を気遣って、部屋へ戻るよう促してくれる。
……もしかして、ルーが持つ感情がわかるという能力を経由して、イビアの感情が君に伝わってるとかいうのだろうか。
だとしたら……この子どもの能力は、なんて厄介なのだろう。
「そうですネ……。 貴方が私たちを恨むのは、まあ仕方ありませんネ。
ですが……失ったモノはもう戻らない。 そう、わかっているのでしょう?」
深雪の真紅の瞳が、イビアを真っ直ぐに捉える。
「けど……っ!!」
「イビア」
イビアが再び口を開くのを、それまで心配そうに事の成り行きを見守っていた黒翼が遮った。
「……忘れろ、とは……言わない。 でも、深雪の言う通りだから……恨んでも、何も成らない」
そっとイビアの腕を掴んで、黒翼は彼を宥める。
「……お前は、あいつらの味方なのか、姫」
「味方とかそういう問題じゃない。 そういう問題じゃ、ないんだ……。
……ただ……お前に恨んで欲しくないだけなんだ」
黒翼はきっと、自分の考えを口に出すのが苦手なのだろう。
それでも一生懸命イビアに訴えて……伝わらなくて、もどかしく思っているのかもしれない。
「……っじゃあ、この怒りはどこにぶつければいいんだよ!?」
「……この……っわからず屋ッ!!」
平行線を辿る会話に、とうとう黒翼が声を荒げた。
無口で無表情そうに見えた彼は、実は喜怒哀楽が激しいのだと僕たちは今になって知る。
「な……っ!?」
「わからず屋だ、お前はっ!!
人が死んで……恨んで……それでどう成る!? 怒りで人を殺すのか!? 殺してどう成る!? 死者が生き返るのか!? 違うだろう!?
何故それがわからない!? 恨んでも何も成らない……死者は、生き返らないんだ……っ!!」
一気にそう叫びながら、黒翼は涙を流す。 痛みを堪えながら、ただ必死にその人を負の連鎖から救おうとしていた。
「ひ、め」
「俺だって……俺だって、家族を殺された。 殺した奴を恨んだ。 だけど……父様も母様も、生き返らなかった……。
意味など無いんだ、恨んだって、何にも……!」
彼はなおも訴える。 そんな黒翼の境遇に、その叫びに、他のみんなも思わず唖然としていた。
……そう。 恨むことは意味がなくて、失ったモノは戻ってこないから。
(……じゃあ、ここにいる『僕』という存在は……なに?)
「よるおにいちゃん」
突然、ルーが君を呼んだ。
ハッと視線をそちらへ移すと、心配そうな色をした虹彩異色の瞳が、君を見つめている。
君は真っ青な顔色で、がたがたと震えていた。
「大丈夫、夜?」
自分の思考に気を取られて、君の異常に気づけなかった自身に嫌気がさすけれど。
僕は手を掴んで、声をかける。 ゆるゆると顔を上げた君は、絶望したような、泣き出しそうな瞳をしていた。
(ああ、そんな、『昔』のような表情をしないで)
「これ以上ここにいるのはダメね……。 朝、行こう」
リウの言葉に、僕はわかっている、と頷く。
僕と彼女が手を引き、君を先ほどまでいた二階の部屋へと連れて行ったのだった。
+++
「……夜、大丈夫? 落ち着いた?」
部屋のベッドに君を座らせる。 そして手を繋いだまま、君の呼吸が落ち着くのを、じっと待っていた。
やがて息が整ってきた頃、僕はそう声をかける。
階下ではまだ言い争いが続いているのだろう。 時々大声が響いてくる。
「……ん、へーき。 落ち着いた」
「……あんまり無茶しちゃダメよ?」
僕に大丈夫、と答えた君は、心配そうな顔のリウにも苦笑いでこくりと頷いた。
「……オレって……何で、こんな……?」
「こんな……って、“なぜルーの力に反応するか”ってこと?」
「うん」
僕の言葉に、君は不安げに頷く。
ルーは『自分を責めすぎるから』と言っていた。 それは恐らく真実なのだろう。
(自分を責める必要なんて、どこにもないのに)
「うーん……私たちはルーじゃないからわからないけど……夜の過去や性格が何か関係してるんじゃないのかしら?」
リウは頬に手を当てて考える仕草をしながら、そう答えた。
「……かこ……って?」
「……夜、貴方……本当に……何も、覚えてないの?」
「……へ?」
突然の言葉に、僕はどきりとする。 さあ、と血の気が引いたのがわかる。
(やめて、やめて……!)
「ルーの力に反応して……何か思い出したり、とかは?」
「……え……?」
君の顔色も悪く、ぎゅっと握りしめた手は震えていて。
「……私も……【予言者】として、断片的にしか知らないけど……夜。 貴方は……」
「い、や……」
これ以上はダメだ、と脳裏で警鐘が鳴り響く。
(思い出させないで、これまでの『君』が壊れてしまうから!!)
「っリウ!!」
気がつけば僕は、【予言者】たる彼女に向かって大声をあげていた。
驚いたような君と彼女の視線が、僕を貫くけれど。
「……あ、さ……?」
「やめろ……っ。 思い出させるな……っ!!」
戸惑いを隠しきれない君の声が、僕の名前を呼ぶ。
そんな君を庇うようにその前面に立ちながら、僕は言葉を紡いだ。
「……朝……あの、ごめん、なさい……私」
リウが狼狽えながら僕に謝ってくる。 ……謝るのは、僕ではないだろうに。
妙に重たい雰囲気が漂い始めたその時、突然部屋の扉が開いた。
「……」
「……黒翼……?」
琥珀色のポニーテールを揺らしながら涙を堪えた瞳で部屋に入ってきたのは、先ほどまでイビアと言い争っていた黒翼だった。
「どうしたんだよ? 大丈夫か……?」
君がおいで、と手招きをすると、彼は意外にも素直に従って、あろうことか君に思い切り抱きついた。
「よ、るー……」
「うお。 ……よしよし、イビアに苛められたんだな?」
無口で無表情気味のこの少年は、実はリウ曰く僕たちより年下らしい。
ぐずぐずと泣きじゃくる黒翼が弟みたいで可愛いのか、君はぽんぽんと頭を撫でる。
そんな微笑ましいのであろう光景にすら、僕は嫉妬してしまったわけだけれど。
「下のケンカは終わったの?」
リウが黒翼に尋ねると、彼は知らない、と呟く。 ……どうやらイビアたちを放置してきたらしい。
「全く……“双騎士”がこれじゃあ……戦うにも戦えないわね」
ふう、と溜め息を吐いてから、少女はケンカを止めてくると言って部屋を出ていった。
「……“双騎士”って……何だろうな……?」
そうして彼女が閉めた扉を見つめながら、君はずっと疑問に思っていたであろう事柄に首を傾げる。
それに対して、僕は事前に聞いていた説明を口に出した。
「……戦う時に、お互いの感情……戦意に呼応して戦力が上がるって聞いたけど」
少し自信がなさげになってしまったけれど、仕方がないだろう。 なぜなら僕たちは。
「……そんなこと……あったっけ?」
「……ない、ね」
二人して、なぜだろう、と視線を合わせて考え込んだ。
……“彼女”から聞いた話だと、“双騎士”の契約はもれなくそんなメリットがあるらしいのだが。
「……リウが……二人は“特別”だって言ってた、けど……」
不意に、ぼそり、と涙声が聞こえた。 黒翼だ。
いつの間にやら君の隣にちょこんと座って、僕たちの会話を黙って聞いていたらしい。
彼が言うには、“同化”というチカラは僕たち二人にしか出来ず、それ故に君と僕は特別なのだ、とリウから説明されたのだそうだ。
……“特別”。 そうか、だから……――
「……特別……って、何で?」
君の問いかけに、黒翼は知らないと首を振っていた。
そのまま君は、僕に目を向ける。
その真っ直ぐな青い瞳に、僕はゆるく笑んでみせたのだった。
……うまく笑えていないとは、気づかずに。
(思い出さないで、お願い……)
――けれど、運命はいつだって……残酷だった。
Reversed Act.11…少年の祈りは届かずに。