あれからみんなの元へ戻った僕たちは、そこに新たに目付きの悪い金髪の青年と、黒い髪を頭の上で纏めている女性がいることに気が付いた。
誰だろう、と首を傾げていると、先ほどのルー、と名乗った赤髪の子どもが“双騎士(ナイト)”の“召喚者”なのだと紹介された。
「で、こっちの彼がルーの“契約者”、カイゼル・ビョルネ」
リウの紹介に、ムスッとした表情でルーの隣に突っ立ってる金髪の青年を見やる。
「ふ……不良……?」
「に、見えなくもないですネ……」
金髪ってだけならまだしも、失礼ながら目付きの悪さや纏う雰囲気からすると、きみたちの世界ではいわゆる不良と呼ばれるような、そういう人のように見える。
きみと深雪が思わず一歩後ずされば、カイゼル、という名の青年に案の定睨まれた。
「誰が不良だ誰が」
「どう見てもアンタが、だろ」
そんな彼にツッコんだのは、黒髪の女性だった。
どうやらこの世界にも不良というのはいるらしい。 物怖じしない度胸のある女性に、きみが名を尋ねた。
「ていうか……お姉さんは一体……?」
「ああ、アタシは桜爛(オウラン)。
コイツらのお守り役で、ただの船乗りさ」
「ふ……っ船乗り……!?」
なるほど、それは不良相手には物怖じなどするはずもないわけだ。
失礼だけれど、むしろ彼女の方がキツそうな印象を受ける。
桜爛、と名乗った彼女にきみが少したじろいでいると、不意に子どものかん高い声が聞こえた。
「おうらんおねえちゃんはいいヒトだよ、こわくないよ!
ぼくとカイゼルおにいちゃんをまもってくれるし、やさしいし!」
舌っ足らずな口調で一生懸命桜爛をフォローするルーが、そこにいた。
「だから、こわくないよぅ!!」
必死に、他人を。 誰かを。
ひゅっと息を呑んだきみに気づいて、僕は慌ててその顔を覗き込む。
ここではない、どこか遠くを見つめながら揺れる瞳。
ああ、ああ、思い出さないで、おねがい!!
(僕のことなんて……忘れてしまって、いいから……!!)
「……夜」
きみの手に触れる。 血の気の引いた細い手は、とても冷たくて。
周りを見渡すと、きみの様子がおかしいことに気づいたみんなが、心配そうに僕たちを見ていた。
「夜くん、大丈夫ですか?」
「疲れてるんじゃないのか?」
「ムリすんなよー?」
深雪が、ソレイユが、イビアが、心配そうにきみへと声をかけてくれる。
「ちょっと座ってなさい、ハーブティー煎れてあげるから」
「ほら、木陰にでも行くぞ」
リウが紅茶を煎れる準備して、カイゼルがきみの腕を引っ張って木陰に連れて行ってくれて。
「全く……体調悪いならさっさと言えってんだ……」
「まあまあ。 でもホントに大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
「……」
レンが文句言いながら心配してくれて、桜爛もそんなレンを宥めながら心配してくれて、黒翼も相変わらず無言だけれど着いてきてくれる。
「夜、大丈夫だよ。 大丈夫だから」
そして僕は、震えるきみの手をぎゅっと握っていた。
少しでも……ほんの少しでも、僕のぬくもりが届くように、願って。
……夜を気遣ってくれる彼らに、少しの驚きと……言いようのない恐怖や不安感を抱きながら。
(だって、夜の……“僕たち”の過去を知ったら……彼らは、どうするの……?)
「よるおにいちゃん」
木陰に座らされたきみの隣に、ルーがちょこんと座る。
その反対側に座っていた僕は、ふたりの会話を見守ることにした。
「ごめんね」
「な、何だよ急に」
泣きそうな顔で突然謝られ、きみは慌てたような声を出す。
そうして謝られるようなことなどされていない、という顔で、子どもに続きを促した。
「……ぼく……ヒトのかんじょうを、よけいにひきだしちゃうっていうか……さっきみたいなこと、よくあって……。
よるおにいちゃんみたいなヒトは、とくに」
「ええっと……話がよくわからないけど……。
つまり……オレの体調が悪くなったとかってのはお前のせいとかそういうこと?」
最も、きみは本気でこの子供のせいだなんて思ってもいないようだけど。
問えば、彼はコクリ、と頷いた。
「うん。 ……ごめんね、そんなつもりはなかったの……」
「わかってるよ、大丈夫。
お前は桜爛さんを庇いたかっただけだろ? ならいいよ別に。
お前が謝る必要なんてないよ、ルー」
むしろ、見かけだけで警戒してしまったオレに非があるのだ。
きみがそう言ってぽふぽふと赤い髪を撫でてやれば、ルーはやっと笑顔を見せた。
「けど、オレみたいな人って……?」
「うん……。 あんなになったのはおにいちゃんだけだけど、その……じぶんをせめすぎちゃうヒトっていうか……」
責めすぎ? ときみは子どもの言葉にきょとんとする。
……そう、きみは何も悪くない。 悪くないんだよ。
自身の手をかたく握りしめる僕に気づかないまま、子どもは更に続けた。
「みゆきちゃんみたいにひらきなおっちゃったり、こくよくおにいちゃんみたいにココロをとざしちゃったりしちゃうと、こんなこと、ないんだけどね」
子どもの発言に、きみは何かが引っかかったのか「ん?」と首を傾げた。
だけどルーは気にせず、言葉を重ねる。
「だからね、よるおにいちゃん」
まっすぐな虹彩異色の瞳で、ルーはきみを真正面から見つめた。
「自分を責めすぎちゃ、ダメだよ」
ふわり、と笑うその子どもはあまりにも眩しい。
きみは視線を反らしながら、話題を変えた。
「……てか、何でお前……深雪や黒翼のこと、知ってるんだ?」
「ぼく、ヒトのかんじょうが、なんとなくわかるの。
それがわるいかんじょうなら引きだして……みちびくの」
この子は、ルーは、きみを導くというのだろうか。
(……僕ではなく、こんな小さな子どもが、きみを?)
それこそ子どもじみた幼い嫉妬。 ちらりと視線が合えば、子どもは僕に向かってにこりと微笑んだ。
「それが、【太陽神】としての、ぼくの役目」
ルー・トゥアハ・デ・ダナーン。
ケルト神話における神の名。
ダーナ神族のルー。 【太陽神】。
笑う子どもは、悔しいけれど……とても綺麗で……――
「……太陽の光だ……」
僕たちには眩しすぎるよ、ルー。
リウが煎れてくれた紅茶を飲みながら休憩している時に、そいつは突然やってきた。
「よお、勇者ども! 今日こそ首を頂きに……って、うわー! 何か人数増えてるーっ!!」
このテンションは……言うまでもなく、“黒き救世主(ダークメシア)”のメンバーであるらしい少年、リツだ。
彼は元気に登場した割に、最後に戦ったときから人数が増えた僕たちに驚いている。
「誰だあの愉快な少年は」
「お知り合いですか?」
ソレイユと深雪がレンに尋ねる。
……まさか敵だとは思わないだろう。
「本人曰わく“黒き救世主(ダークメシア)”の一員……らしい」
先日の戦いから、どうやらレンも彼が本当に敵なのかと疑っているらしい。
……まあ、仕方がないとは思うけれど……。
「ふははははっ! しかし今日のオレには強力な仲間がい」
――バシッ!!
仁王立ちして叫んでいる途中のリツを、誰かが後ろから勢いよく殴りつけた。
「リツ……うるさい……」
そこにはリツと同い年くらいの女の子が、いた。
緑の髪で、耳は猫を思わせるそれになっている。
「い、いわゆる半獣人(ビーストクォーター)ってやつですか……」
さすがファンタジーの世界、実際にいるんだな、獣人って。
きみが感動したように呟いたのと同時に、彼女の後ろから多種多様な魔物たちが現れた。
「……どうやら“獣使い(ビーストテイマー)”みたいだな」
レンの一言に、僕たちも身構える。
“獣使い”。 魔物を使役する存在。 ……その稀有な能力ゆえにあまりに数が少なく、ほとんどのヒトは空想の存在だと思っているらしいが。 閑話休題。
「お、オレも……!」
「君はまだ本調子じゃないからダメ」
僕の思考が横に逸れた隙に、きみが慌てて立ち上がろうとしていた。
僕はそっときみの腕を引っ張って制止させる。 未だ顔色の悪いきみを、戦わせるわけにはいかない。
「朝、ルー! 夜とリウを頼んだぞ!」
レンの指示に、ルーと共に言われなくても、と頷いた。
きみは僕やルーに守られるのが嫌なのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
「時には他の人の戦いを見るのも大事だよ」
不満げなきみに気付いたのか、リウは苦笑を浮かべてそう言ったけれど……――
――このときの“オレ”は、何もできない自分が、何よりも腹立たしかったんだ……――
(……そう。 だけど、僕はきみを守りたかった。 たとえそれが、エゴだとしても……)
微睡むように揺蕩う。 遠くから聞こえる水音。
まだ遠い、僕たちの距離。
Reversed Act.08 ……少年は揺らめいて。