この異世界にも、一年の始まりを祝う文化があるらしい。
王都を始めとする主要都市では、盛大なパーティーなどの催し物があるし、小さな村や町でもお祭り騒ぎになるのだとか。
それは【創造神】アズール・ローゼリアの生誕を祝う“聖誕祭”(日本でいうクリスマスのような行事らしい)にも引けを取らぬほどの盛り上がり様で、王都では女王によるカウントダウンまで行われるのだとか。
さて、そんな話を後輩たちに楽しげに語ったお祭り大好き人間こと深雪の手によって、オレたち“双騎士”とその仲間たちは忘年会とやらをすることになった。
飲めや歌えやの大騒ぎ、は言い過ぎだとして、それでも後輩たちも他の仲間たちも楽しそうに談笑していた。
オレとしても初めての体験だし、みんなの笑顔を見ることができて嬉しい。
やがて夜も更けてきた頃、今日は無礼講です、と宣言した主催の思いつきで、各々恋愛話だの家族の話だのを話し始めて。
人に語るような恋も愛も家族の話すらもないオレは、ただ苦笑いを浮かべていた。
「……夜、外行かない?」
そんな時だった。 隣に座っていた兄が、そう囁いたのは。
盛り上がる仲間たちに黙って、ふたりでそっと屋外へ出る。
ドアを開けた瞬間に襲ってきた冷気に身を縮めていたら、兄が笑ってオレの手を握ってくれた。 あたたかい。
そのまま無言で歩き続けるオレたち。 頭上には、満天の星空。
吐く息は白くて、街灯に煌めきながら消えていった。
民家からは楽しそうな笑い声が聞こえる。 街の奥に佇む教会から、祈りの歌が届く。
……この世界に、自分たちしかいないような錯覚に陥った。 賑やかな世界から離れて、真っ暗な海に漕ぎ出すみたいに。
それでもよかった。 静かな場所が好きだし、兄が一緒なら何も怖くないから。
「……夜」
不意に、兄が立ち止まった。 いつの間にか小高い丘の上に着いていた。
足元には、先ほどまでいた小さな街が見える。 きらきらと輝く明かりが、なんだか眩しい。
「何考えてたの?」
兄にそう尋ねられて、オレは首を横に振る。 なんでもないよ、とりとめのないことだから、と。
そう? と首を傾げながらも、兄はその場に腰を下ろした。 それに倣ってオレも地面に座り込む。
「……さむいね」
「そうだね」
隙間なんてないくらいぴったりと肩を寄せ合って、オレたちは夜空を見上げた。
兄が仲間たちの会話に入れないオレを気遣ってくれたのも、単に自分がオレとふたりっきりで過ごしたかったのも、オレは知っている。
だからオレは、その肩にぽす、と頭を乗せて甘えることにした。
優しく髪を撫でてくれる手は、冷たくて……でも、嫌じゃなくて。
「……来年も……その先も、ずっと……お兄ちゃんと一緒にいたいな」
ぽつり、とこぼしたそれは、本音だった。 星空に掛けるにはあまりにも拙い、切なる願いで祈りだった。
けれど彼はふわりと微笑んで、オレの頭を抱きかかえた。
「一緒にいれるよ。 当たり前じゃない」
どこまでも優しい声。 そうだね、と頷くだけで精一杯だった。 砂糖菓子のように甘くて……泣いてしまいそうだから。
「……あ」
兄の呟きに、顔を上げる。 教会の鐘の音が、離れた場所にいるオレたちにも届いた。
それは、新しい年を告げる音。 一年が始まる、最初のメロディ。
「夜、見て」
兄が指差した先を視線で辿ると、星空からきらきらと光が降り注いできた。
流れ星のシャワーのようなそれは、【創造神】からの贈り物。 この一年もよろしくね、と、世界中の人々に微笑んでいるのだとか。
途端に、眼下の街が騒がしくなる。 わあ、という歓声と共に、住人たちが家から飛び出してきたのだ。
そのまま彼らは隣人に新年の挨拶をし、談笑をし始めた。
「……あ、深雪たちだ」
ふと、見慣れた仲間たちの姿をその中に見つけた。
夜空を見上げて何かを話している彼らは、どうやらこちらには気づいていないようで。
ほんの少しだけ、安心する。
流星群のような光は、未だ途絶えず。 この世界の神様は案外お祭り騒ぎもヒトのことも好きなんだな、と感心してしまう。
……この世界の要たるオレたち【世界樹】は、自分たちのことしか考えていないのに。
「……僕たちも、何かする?」
考えていることがわかったのか、同じことを考えていたのか。 突然兄がそんなことを言い出した。
けれどオレはゆるゆると首を振る。
「いいよ、別に。 アズールがオレたちの分までやってくれるよ」
一般的に周知されているアズールと違って、オレたちはほとんど存在を知られていないのだ。
無理に目立つ必要はない、と言えば、そうだね、と笑みを返された。 ……答えなんてわかってたくせに。
「……ね、夜」
「……なに?」
兄に名を呼ばれ、そちらに顔を向ける。 紅い瞳にオレの顔が映っているのがわかるほど、至近距離で見つめ合う。
「今年もよろしくね……ってうわ、夜!?」
嬉しそうににっこりと笑って告げられたそれに、オレは思わず彼に抱きついた。
突然だったためバランスを取れず倒れそうになるが、兄はなんとかそうならずにオレを抱きとめてくれた。
「もう、いきなりびっくりするじゃない」
「……ごめん。 なんか……嬉しくて」
文句を言いながらも離そうとしない辺り、兄も兄だな、と思う。
嬉しい? と聞き返した彼に、オレはこくりと頷いた。
兄が笑ってくれるのが、新年最初に見たのが彼の笑顔だったことが、とても嬉しかった。
「……こっちこそ、今年も……これからも、よろしくね。 お兄ちゃん」
けれど質問には答えず、こちらも微笑んでそう返す。
オレの笑顔が好きだと普段から所構わず言ってのける兄は、感極まったようにオレを強く強く抱きしめたのだった。
今年も、来年も、その先も。
兄が笑って、その隣に自分がいて、仲間たちもいるのなら……きっと、世界は輝いて見えるから。
この流星の空のように……ずっと、ずっと。