二人だけの結婚式


 旅の途中、見つけた廃村。とはいえ魔物に荒らされた形跡はほとんどなく、ただ人口の減少により衰退したようだ。
 ここで休憩させてもらおうか、なんて仲間たちが決め、オレはひとり村を見て回っていた。
 水の止まった噴水。草に覆われた歩道。ガラスの割れた窓から覗く、ぼろぼろに朽ちた家具が残された屋内。

(……好きだな、こういうの)

 静寂がまとわりつく。生も死も喪ったこの空間は、とても落ち着いた。
 しばらく歩くと、海が見えた。それほど大きくはない岬には、灯台ではなく教会が鎮座している。
 中に入ってみると、一部の壁が崩れて外の空と海が目に入った。
 座れそうな椅子に腰掛け、ぼんやりと水平線を眺める。
 交わっているように見える、青空と碧海。……けれど、実際は交わることのない、平行線なのだ。

(……よるが海なら、お兄ちゃんはきっと空。……交われない。ひとつに、なれない……)

 とりとめのない思考は、それをオレと兄に例え、自分の心を自分で抉る。
 生産性のない自傷行為。いつものことだ。痛みと憎悪しか与えられなかったオレは、やはり痛みがないと生きていけなくて。
 兄や仲間たちはそれを良しと思わないのか、いつもしかめっ面をする。

(……救いようがないな、オレは)

 そっと目を閉じる。波音だけが、教会に響く。
 ……ふと、近づく足音に気づいた。慣れ親しんだ、その気配は。

「……ここにいたの、夜」

 ああ、やはり。瞳を開けて入り口を見やれば、最愛の兄の姿があった。
 オレを探していたのだろう、どこかホッとした表情で、彼はオレに寄り添う。

「……どうしたの?」

「別に、どうも……」

 してない、と続くはずだった言葉は、兄が目元に触れたことで霧散した。

「だって、夜、泣いてる」

「……っ」

 涙を拭う兄の手は、潮風のせいか少し冷たくて。
 それがなぜか悲しくて、切なくて、オレは無意識に唇を重ねていた。

「……夜? ……やっぱり、何かあったんでしょ?」

 唇を離した途端に降り注ぐ、柔らかな兄の声。彼にしがみついて、オレはとつとつと懺悔した。
 ……海と空は一つになれない、平行線であるという……とりとめのない、自傷行為の話を。
 話したあと、しばらくしてから兄は深くため息をついた。
 怒らせてしまったかな、と不安になるオレの手を引いて、彼は歩き出す。

「……お兄ちゃん?」

 着いた先は、教会の最深部。祭壇と、薔薇をあしらったステンドグラスが飾られた、祈りの場。

「……誓いを聞いてくれる人は、いないけど」

 そう言った兄と、向き合うオレ。
 波音。静寂。手を重ねる。

「――誓うよ。例え、海と空が交われなくても、僕たちの心は交われる。
 ……愛してるよ、夜。ずっと……ずっと、一生、そばにいるよ」

 誓いの言葉。優しい兄の笑み。
 少し前に貰った指輪を、今一度嵌め直す。……ああ、これは。

(結婚式、なんだ)

 二人だけの、小さな結婚式。
 そう認識した途端、涙がどんどん溢れてきた。
 夜は泣き虫だね、と困ったように笑う兄に、笑い返して、言葉を紡ぐ。

「……よるも、誓うよ。
 お兄ちゃんと……ずっと、ずっと、一緒にいるって……!」

 病めるときも、健やかなるときも。
 海と空は交われなくても、この心は一つだから。

 嬉しそうに微笑んだ兄と、誓いのキスを交わす。
 祝福するような潮騒と、ステンドグラスから漏れる光が、オレたちを包み込んだ。

 ……不安はもう、消えていた。