――まあまあ、緋灯ったら。火が怖いの?
――仕方がないわね……。ほら、火はもうないわ。
――ふふ、大丈夫よ、火はあなたの名前なんだから。
――あなたを傷つけたりなんて、しないわ。
「……母さんは、嘘つきだ」
ふわりと意識が浮上する。いつの間にか眠っていたらしい。
起き上がり辺りを見回すと、ドアに寄りかかって立っているソカルがいた。
……どうやらオレはまだ、異世界とやらにいるようだ。
「やっと起きたね、ヒア」
「おー。……ここは?」
ドアの方からオレが座るベッドまで近づいてきたソカルに、オレは尋ねる。
「修道院の部屋の中。君、あれから意識を失っちゃったから」
あれから……? ああ、そうだ。
そういえばオレは、目の前に居るコイツと『契約』とか言うものをしたんだったか。
「……なあ、『契約』したらどうなんの? なんか効果とかあるのか?」
「まあね。基本的には戦うときにお互いの感情に呼応して戦力が上がる、と言われてる」
た、戦うんだ、やっぱり……。
「……ん? 基本的には……ってことは、例外もあるってことか?」
「らしいよ。僕も詳しくは知らないけど……前にいた“双騎士”がそうだったらしい」
「前にいたって……じゃあそいつらがカミサマと戦えばいいんじゃん……」
なんでオレがわざわざやらなきゃいけないのだろう。
先代がいるならそいつらに任せればいいじゃないか。だってオレ、一般人だし。
内心で思わずそんな愚痴を零してしまうオレ。
「……うーん、それができるなら今頃やってるんじゃないのかな……」
先代についてはよく知らないらしいソカルもため息をついた。
「……でさ、ソカル。契約したら次はどーすんだよ?」
とりあえずため息ついていても埒があかないので、今後の予定を聞いてみる。
確かこういうのはボスを倒せば元の世界に戻れるとか、そういうオチなはず。
「神に会うために……王都を目指さなきゃいけない」
「王都? って県庁所在地みたいなあれか。カミサマはそこにいんの?」
「実際にそこにいるわけじゃないけどね。王都にある“神の祭壇”……そこに行けばいいらしい」
“神の祭壇”というまた胡散臭いワードに思わず顔をしかめてしまう。
「結局お前もよくわかんねぇってことか」
「仕方ないだろ、僕だってこんなの初めてだし」
まあそうそう体験できることではないよな。小さくため息をついて、オレはベッドから降りた。
「……んじゃー今から行くか……って、もう外真っ暗じゃん……」
窓の外を見ると、完全に日が沈んだ後だった。……オレ、どれだけ眠ってたんだよ……。
「出発は明日の朝だね」
「……だな」
ああ、何かやる気半減だ。元からそんなになかったけれど。
はあ、とふたたびため息をついて、オレはベッドに座る。
「寝ようにもさっきまで寝てたしなー」
「……それは眠れないね……。……じゃあ、聞いてもいいかな」
オレのぼやきに返事をしてから、ソカルはそう言った。
「何を?」
「さっき寝言で……」
「寝言!?」
うわ、オレ何言ったんだろ。慌てるオレを横目に、彼は続けた。
「……『母さんは嘘つきだ』って。……何かあったの?」
「え? ……あー……そういや今日は久々にあの夢見なかったな……」
代わりに見たのは幼い頃の夢だ。火を怖がるオレに、母さんは笑って火を消してくれた。
優しかった、母さんの夢。
「……あの、言いたくないなら別に」
「えっ!? あ、いやそういうつもりじゃないんだけどっ」
急に黙ってしまったからソカルは勘違いしたらしくて、オレは急いで首を振る。
「えーとな、ガキの頃の夢を見たんだけど……。オレ、ガキの頃火が怖くてさ。火を見るたびに泣きじゃくってたんだ。
それで母さんはオレがいるときは火を使わないでくれて……。火は怖くない、オレを傷つけたりしないって言ってくれて。
でも……母さんも父さんもその数年後、交通事故で……」
奇跡的に助かったオレは、燃え盛る車の中で焼け死んでいく両親を見ているしかなかった。
「その時思ったよ、やっぱり火は……怖いんだって」
よく見るあの夢でも、火は『オレ』の大切なものを奪っていくから。
「そう……。ごめん、何か……」
「え、いや、いいって! 気にするなよ! そうやって気を使われる方がオレは嫌だし」
急にしおらしくなったソカルに、オレはまた慌てる。
死神と言いつつ意外と人間味のあるコイツに、少し好感が持てた。
「ってか、オレはさっきまで寝てたから良いけど……お前、そろそろ寝ろよ。明日持たないぞ?」
オレがそう言って笑うと、ソカルも少し微笑んで頷いた。
「そうだね。そうする。おやすみ、ヒア」
もぞもぞとオレの隣のベッドにもぐって、ソカルは挨拶をする。
「おー。おやすみ」
オレはそっと笑って、電気を消してやった。
風力発電だというこの村にある風車の音が、静かになった部屋に響いていた。
+++
そして、次の日の朝。
「うーん、良い天気!」
「そうだね。絶好の出発日和だね」
清々しく晴れた空に、オレは思い切り伸びをし、ソカルも頷く。
「ほらこれ、お弁当。しっかりやるんだよ!」
そう言って二人分のお弁当を渡してくれたのはリーサさん。どうやら見送りをしてくれるらしい。
そのリーサさんの背後には修道院に住む子供たちもいて、みんな手を振ってくれている。
「がんばってねー!」
「カミサマなんてやっつけちゃえー!」
思い思いの言葉を口にする子供たちに、オレとソカルは笑いかけた。
「おー、がんばるがんばる。行ってきます!」
リーサさんと子供たちの声援を受け、オレたちはどこまでも続く草原を歩き出した。最初はとりあえず次の街に行くらしい。
二人旅って不安だけど……まあ、なんとかなるだろうな。
オレはひどく軽い気持ちで、前を歩くソカルの後を追った。
+++
「――異世界の勇者が動き出したか……。アズールめ、余計な真似を」
どこかの場所で、黒い影が呟いた。
「どうしますか?」
「……ふっ。我らが手を下すまでもない。その辺の魔物に食われるだろう」
「ですが……勇者を守るために『奴ら』が現れないとも限りません」
別の黒い影の言葉に、リーダー格らしい影は笑った。
「それはそれで好都合だ。『奴ら』が……“守護者”どもが出てきた時……それが我らが動く時」
影は椅子から立ち上がり、言った。
「さあどう出る、【太陽神】の守護者ども……。くく……『神戦争』の始まりだ!!」
焔の少年は、揺らめいて。
(きみへ。そのキオクを、疑って)
Past.03 Fin.