「ヒアってさあ、弱いよね」
猫耳娘の直球が、オレの心にグサリと刺さった。
事の発端は小一時間前。ドゥーアの街を出たオレたちは、草原で魔物を倒していた。
オレやリブラ以外のみんなは何やら戦い慣れていて、オレは完全に足手まとい状態だった。
そして、冒頭のナヅキの発言である。
「ソカル、アタシたちよりアンタのパートナーのが足手まといなんじゃない?」
ナヅキの言葉に、オレはぐっと黙る。
やめろよ……結構傷つくんだぞ。
「何? 僕のパートナーに文句あるの?」
売り言葉に買い言葉。まさに一触即発という雰囲気な二人に、オレとフィリは情けないことにおろおろとする。
「あ、そう言えば」
空気を読まない声が響いた。リブラだ。みんなが一斉に彼女を見やる。
「ヒアさんの真名は何ですか?」
「まな……って、何?」
そんな彼女が言ったのは、聞いたことのない言葉だった。オレが首を傾げると、リブラは説明してくれた。
「真名、です。“双騎士”なら契約時に真名で契約したと思うのですが……」
「ああ……。アタシの場合だと“Prism”なんだけど、アンタは?」
ナヅキの例に、オレはソカルと契約した時に言われた言葉を思い出す。そう言えば、そんな感じの単語を言っていたような気がする。
あれは他人に言って良いものなのだろうか。
一応ソカルに目配せをすると、彼は嫌そうな顔のまま黙っていた。
「……確か……そう、“Blaze”、だったはず」
黙ってるってことは言っても大丈夫なんだろう、と勝手に結論づけて、オレは答える。
「“Blaze”……“焔”、ですか」
リブラの言葉に、オレは皮肉だなあと笑う。
オレは焔なんて……嫌いなのに。
「じゃあ、もしかしたらアーくんは魔術師の素質があるのかもですね!」
フィリがわくわくした声で告げる。
まあ、適材適所とは言うけどさ。
「魔法なんて使ったことないぞ?」
「大丈夫ですよ、僕はこれでも魔術師の端くれ! 教えます、魔法!」
楽しそうだな、フィリ。
内心呆れながら、オレは魔法の特訓とやらを受けることにした。
+++
「まずは魔法陣を発動させるです」
ま、魔法陣って、何。と思っていると、フィリが詳しい説明をしてくれた。
「自分が使いたい魔法をイメージするですよ、単純に魔法を使うというのをイメージするだけでも大丈夫です」
よくわかるようなわからないようなその説明を受け、とりあえず目を瞑って実践してみるオレ。
えっと、イメージ、イメージ……。
「素質があれば大抵はそれで簡単な魔法が使えるです。上級魔法はまた別ですが」
珍しくよく喋るフィリの説明を流しながら、オレはなおもイメージしようとする。
簡単な魔法ってこう、あんまり派手じゃないやつだよな。ゲームの最初で覚えるような。
ふと、ふわりと足元が光る感覚に気づく。
「あれは……魔法、陣?」
「見たことない魔法陣です……。……アーくん、心に浮かんだ言葉を言ってください! それが呪文です!」
ナヅキとフィリの言葉に、魔法陣とやらを発動できたことを知る。フィリの指示に従い、オレは心に浮かんだ言葉を発する。
……ソカルが、辛そうな顔をしていたのには、気づかないまま。
「……――“焔よ,踊れ! 『テア』”!」
瞬間、ボッという物が燃える音に、ハッとする。見ると、目の前にあった木が、燃え、て。
「……あ……」
――お逃げください、××!――
『緋灯』
「あ……あ、」
――城が……燃えて、――
『緋灯』
「ああ、あ……」
――貴方の為に死ねるなら、私は……――
『大丈夫よ、緋灯』
「……っあ、あ……」
――貴方のせいではありませんから……どうか……――
『火は、あなたを守るわ、緋灯』
――ご自分を、責めないでください――
『だから、自分を責めないでね』
「っあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁッ!!」
+++
突如叫びだしたヒアに、僕は失敗した、と焦る。本来なら、彼が魔術を習得しようとしてる時点で止めるべきだったのだ。それを、僕は……。
「ヒア!!」
彼の元へ駆け寄る。とにかく、反省も後悔も後だ。
「ひ、が、みんな、もえて、」
錯乱状態のヒアを、精一杯抱き締める。
怖がらなくていい、どうか、何も思い出さないで。
「大丈夫、大丈夫、ヒア。大丈夫だよ」
豹変した事態におろおろとしている魔術師に、僕は指示を出す。猫耳やリブラはこの際無視だ。
「炎を消して! 早く!!」
「は、はいです! ――“水よ,飲み込め! 『アクア』”!!」
水属性の簡易魔法が、ヒアが出した炎を飲み込む。やがて炎は消え、辺りにはヒアのすすり泣く声だけが響いた。
「ヒア、もう大丈夫だよ」
「みんな……もえるん、だ。みんな、」
落ち着かせようと声をかけても、ヒアはまだ過去の幻影を見ているようで。
今のヒアに、その過去を全て知られてしまうのは得策ではない。きっと、また、壊れてしまう。
「ごめんね、ヒア……」
そっと、その意識を強制的に閉ざす。力無く倒れる彼の身体を、出来るだけ優しく地面に横たわらせた。
「一体……なんだったの……?」
呆然としている猫耳たちに視線を移す。だけど何も言えなくて、僕は冷たいヒアの手をぎゅっと握った。
いつだって、どんな過去だって。
君を傷つけるばかりなんだ。
(……きみへ。そのキオクは、本当に必要?)
Past.06 Fin.
Next⇒