――だいじょうぶ、だよ――
夢の中で聞いたあの声が脳裏に響いたと思った、その瞬間。アイレスの炎の魔法は消え去っていた。
「……ッ!! 無効化魔法だと……!? いつの間に……!!」
驚くアイレスには先ほどの声は聞こえなかったらしい。
「一体……何が……」
呆然とするオレたち。ソカルが心配そうにオレを見た。
「ヒア、大丈夫!? ……ケガはない?」
「あ、ああ。なんとか……」
そんなオレたちを見ていたアイレスが、再び呪文を唱えようとする。
「さっきのはどうせまぐれだ!! 今度こそ当ててやるぜ!
――“天空を燃やす灼熱よ! 我が敵を薙ぎ払え!!”」
手をかざすアイレスを見て、オレは今度こそダメか、と硬直した。
【戦神】と呼ばれた彼の剣には、炎が集まっている。
――ちからが、ほしい?――
また、声が聞こえた。守るチカラを。戦うチカラを。
オレが、ここにある意味を。
――わかった……。きみのカラダ、かりるよ――
その瞬間、身体に何かが入ってくる感覚が、した。
「くらえッ!! “『スカイフレイム』”!!」
アイレスの炎が、オレたちを襲う。やばい、と思った瞬間、オレの身体が勝手に動いた。
『――“《ダークエンド》”!!』
口から勝手に言葉が出て、炎を無効化した。行き場を失った熱だけがその場に残り、じわりと熱い。
え、何、何が……!?
「ヒア……!?」
ソカルがひどく驚いたような顔をしている。もちろん、ナヅキたちも、アイレスも。
「お前……何者だ?」
飄々とした表情を消してオレを睨みつけるカミサマに、オレは辟易する。ふと手に違和感を覚えて見てみると、いつの間にかオレは変な形の剣を握っていた。
「な……なんだ、これ……」
見覚えのないその剣を見て、ソカルが呟く。
「コピシュ……?」
それはこの曲がった剣の名前なんだろうか。
何でお前が知ってるんだ、とかいろいろ考えていたら、また身体が勝手に動き出した。
『――“暗黒の世界,罪人の償い……。《ダークネス・アトーンメント》”!!』
暗い魔法を宿した剣で、アイレスに切りかかる。
「う……ッああああッ!!」
攻撃はアイレスに届いて、彼は悲鳴を上げて跪いた。
「くそ……ッ!! まだ覚醒して間もない“双騎士”がこんなに強いはずはない……!! なんで……!!」
ぶつぶつ呟くアイレスに、オレは複雑な思いになる。
だって、このチカラはオレのものじゃない。きっと……あの深い海のような空間で聞いた、あの声の主のものだから。
「……【戦神】。あれほど勝手な行動は慎むよう言ったはずですが?」
そんな思考の渦に沈むオレの前方から、不意にまた知らない声が聞こえた。
「……【識神】のお出ましかよ……」
アイレスが苦虫を潰したような顔でそう言った。【識神】……ってことは、またカミサマなのだろうか……?
「はじめまして、“双騎士”諸君。私は【識神】ミネル。
この馬鹿を回収に来ただけですので、そんなに警戒しなくて結構ですよ」
アイレスの後ろから姿を現した茶髪の男はそう名乗り、武器を構えたままだったオレたちを鼻で笑った。
「けど……あんたもそいつの仲間なんでしょ? だったら」
「先ほども言ったでしょう、私はこの馬鹿を回収しに来ただけだと。
今あなた方と争う気はありませんよ」
ナヅキの言葉に、ミネルはため息をつく。馬鹿呼ばわりされたアイレスは不満そうな顔だ。
「……最も、次にお会いするときは全力でお相手をさせていただきますが。
それでは、失礼いたします。“双騎士”諸君……そして……――」
最後の方の言葉は聞き取れなかった。二人の【神】の姿は最初からそこにいなかったかのように消えてしまったから。
「……に、逃げられたー……」
はあ、と脱力するナヅキに、ソカルが首を振る。
「見逃してもらった、と言った方が正しいね。
実際、今の僕らでは神と同等に戦うことすらできない」
その言葉に、オレは思わずギュッと拳を握った。
……あれ?
「あ……身体、動く……」
いつの間にかあの声の主は消えたようだ。
自由を取り戻した体に、心底ほっとする。助かったとはいえ、勝手に体を操られていい気はしない。
「そうだヒア、さっきのあれは一体……!」
思い出したかのようにソカルが問う。みんなもオレをじっと見る。そう、言われても……。
「オレもよくわからないし……」
困ったように言うと、みんなも困惑した表情をした。
本当に……なんだったんだ? あいつ……。
――ああ、また、名前を聞きそびれた。
+++
「【神】が動き出したようだぜ」
白で覆われた建物の中。金髪の青年が、淡々と報告をする。
……【神殿】と呼ばれるその建物の中で、最も厳かな雰囲気が漂うその場所に、“彼ら”は集まっていた。
「【太陽神】を殺そうと、奴らも必死なわけか」
彼より薄い金髪の青年が、深くため息をついた。
「どうしますか? 今の彼らに【神】と対等に戦う術はないはずです」
あるとしたら……という言葉を飲み込んで、白髪が首をかしげる。
「……あの二人に合流させよう。ちょうど今、近くにいるはずだから」
水色の髪の少年が、そっと笑って“彼ら”に指示を出した。
「【太陽神】も……《彼》も、殺させない」
それは、まるで深い海。
(……あなたへ。どうか、すべてを抱え込まないで)
Past.08 Fin.