――カンッ!! カンッ!!
早朝特有の柔らかでどこか冷たさを持つ空気の中、剣がぶつかり合う音色が響いた。
……ここはランカスト。ローズライン大陸の中でもそれなりに大きな街だ。
白い建物が立ち並ぶ海に面した閑静な住宅街とは違い、今僕らがいるのは旅人たちで溢れるメインストリートだった。
昨日の夕方頃にこの街に着き、そのメインストリートの一角にある宿屋に泊まった僕ら。
そして一夜明けた今、こんな朝早くから剣術の修行をしているのは、ヒアと黒翼とか言う名前の剣士だった。
事の発端は昨夜。ヒアが剣士に、剣術の特訓をしてくれと頼んだからだ。
+++
「……特訓?」
ヒアの突然の言葉に、剣士は怪訝そうな顔をする。
「そう、黒翼って剣得意だろ?
だから教えてほしいんだ。……オレはもう、足手まといになりたくない」
真っ直ぐな瞳ではっきりとそう言ったヒアに、剣士は考えるそぶりを見せる。
ふと彼の隣にいた呪符使いの視線が僕に向いた。……恐らく僕の反応を見ようとしているんだろう。僕はそっと顔を背けた。
(そりゃあ、先代の“双騎士”だと言う彼らのことは許せないし嫌いだし、剣術の稽古でヒアが怪我するのは嫌だけど!)
すっかりやる気満々なヒアを見ていたら、彼の意思を尊重すべきだと思えてきた。
剣術ならヒアがパニックを起こすこともないだろうし、もしものときは全力で止めに入ればいい。
そこまで考えた僕は、結局ため息をひとつ吐いてから、彼の紅い髪を軽く叩いて「頑張ってね」と声をかけたのだった。
――カンッ……!!
何度目かの打ち合いの後、剣が弾き飛ばされる音が聞こえて僕は思考の渦から脱する。
音の方へ視線を向けると、尻餅をついているヒアと相変わらず無表情なまま剣を納めている剣士が目に入った。
「勝負あり、だなー」
同じように観戦していた呪符使いが、のんびりと声を上げる。僕は黙ってヒアに駆け寄った。
良かった。悔しそうにしてはいるけど、怪我はないようだ。
「くっそー、もう一回!!」
「何度やっても同じだ。瞬発力は有るが反応が鈍い。それに持久力不足だ」
淡々と告げる剣士に、ヒアは図星だったのかそっぽを向く。
仕方ないじゃん、オレ一般人なんだし、と呟く姿に苦笑いが零れる。
「いやまあ、良い方じゃないのか?
ヒアみたいに異世界から召喚された別のヤツは体力もそんなになかったし」
「……別のヤツ?」
からからと笑う呪符使いに、ヒアが首を傾げる。はらはらと見守っていた魔術師も興味を持ったのか近付いてきた。
「そ。確かお前と同じ……――」
「イビア」
言いかけた呪符使いの言葉を、剣士が冷めた声で制する。
「……っと、悪いな。今の話はナシ!」
「ええー!」
慌てて取り繕ったように笑う彼に、ヒアと魔術師が残念そうな声を出す。
僕は黙したまま、彼らを睨んだ。
「みなさーん、朝ご飯ができましたよー!」
僕と彼らの間に流れるピリピリとした空気を打ち消すように、おっとりとした声が響く。
猫耳娘と一緒に朝食の手伝いをしていたリブラが、笑顔で手を振っていた。
+++
「このスープ、あたしが作ったんだよ」
「へえー、ナヅキって料理うまいんだなー」
わいわい、と楽しげな会話をしながら、朝食を食べるヒアたち。
もちろん僕も食べてはいるけど、自分でもわかるくらいすこぶる不機嫌だ。
原因は……もう言うまでもないだろう。呪符使いの方はヒアたちの会話の輪に入って楽しげに笑っているし、剣士は剣士で黙々と朝食を食べている。
「そういえばさ」
そんな取りとめのないことを考えていた僕の思考を、不意に響いた猫耳娘の声が遮った。
「神様は神様じゃないと倒せないって、リブラ言ってたわよね」
「は、はい……そうです。【神】は特別な存在ですから」
どういう流れでそういう会話になったのか、僕にはわからないけど……猫耳娘の言葉に、リブラが頷いた。
「ずっと思ってたんだけど……ソカル、アンタ確か【死神】じゃなかったっけ?」
「あ」
彼女がそう言うと、思い出したような声を上げてヒアやリブラ、魔術師が僕の方に視線を向けた。
「ってことはだよ、ソカルだったら【神】を倒せるんじゃないの?」
「確かに。ソカル、どうなんだよ?」
僕の横に座っているヒアが、じっと僕を見つめて答えを促した。
呪符使いや剣士も、僕に視線を向けたまま黙っている。
(きっと、わかってて黙っているんだろう。なにせ彼らは……――)
「ソカル?」
黙ったままの僕の顔を、ヒアが覗き込んでくる。
僕はため息を一つ吐いて……それから、言葉を紡いだ。
「……【死神】の力は、今は使えない」
『……え?』
呪符使いと剣士以外の面々が、揃って間の抜けた声を出した。
「え、それってどういう……」
困惑した表情のヒアから視線を外して、僕は呟く。
「……確かに僕は【死神】ではあるけれど……今は、とある事情で【死神】の力は封じられてる」
「封じられてるって……じゃあ封印を解けば……!!」
わくわくした様子で言うリブラに、僕は……そっと笑う。
(それが歪な笑みだったなんて、僕にはわからないまま)
「封印は、解かない。……解けない。解けるはずが……ないんだ」
呆然としているヒアを、横目でちらりと見やる。
《きみ》の、ためにも。僕は……――
がたん、と椅子から立ち上がって、僕は部屋を出る。
「ソカル」
黙ったままだった呪符使いが、僕の名を呼んで引き止める。
「お前も、そうやって逃げるのか。お前を取り巻く、世界から」
ああやっぱり、彼らはすべて知っているのだろう。僕はただ笑んだまま、部屋を出た。
そうして閉ざした扉に背を向け、その場にずるずると座り込む。ひんやりとした床が少しだけ心地よかった。
「……××××……」
呟いたそれは、誰に聞かれるでもなく朝の空気に溶けていった。
そっと閉じた僕の瞼の裏に焼き付いて離れないのは、深い深い、《きみ》の紅。
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