――白い建物……【神殿】の中。
「深雪たちは、無事にヒアたちと合流出来たようね」
金髪の少女……【予言者】リウ・リル・ラグナロクが、傍にいた赤い髪の子どもに話しかける。
「うん、まにあって、よかった……。ほんと、黒翼おにいちゃんは無茶ばかりするんだから」
くすくすと優しく笑う子どもに相槌を打ってから、リウは遠くを見つめて呟いた。
「彼は、どうするのかしら……?」
「大丈夫だよ」
子どものどこまでも優しい声に、再びそちらを見やるリウ。
子どもは慈愛に満ちた左右異色の瞳で、言葉を続けた。
「だって、ヒアくんたちも“双騎士”だもの」
「……そうね」
【太陽神】のその笑みに、リウも釣られて優しく笑んだ。
+++
……意識が浮上して、真っ先に見えたのは、閉ざされた視界だった。
砂埃の匂いと、隣に人の気配を感じる。
それに戸惑っていると、『オレ』はその隣にいた人物に話しかけた。
「……私の視界は閉ざされているのではなく、自ら閉ざしているのだよ」
「……どうして……?」
聞き覚えのある声が、困惑したように問いかける。この、声は、もしかしなくても。
「クラアト、どうして君は、そんな……」
「私のこの紅い瞳は不吉だからね。……私自身も、余計なモノを視てしまうし」
そう言って『オレ』は、瞳を閉ざしていた布を取る。
開けた視界に映ったのは、夕焼けの光と案の定というか隣にいた人物……ソカルだった。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼……思い、出した)
そう……思い出した。
『オレ』の名は、“クラアト”……この砂漠の国の、国王候補。そして、ソカルは『オレ』の従者だった。
「それにね」
悲しげな顔で黙ってしまったソカルに優しく笑んでから、『オレ』は再び口を開いた。
「この瞳が不吉だと言って、私が王に相応しくないと……私を王にしたくないと言う者たちがいるのも事実だからね」
「…………」
俯くソカルの頭を撫でて、『オレ』は続けた。
「私のこのチカラを、神聖なるモノだと言って私を王にしたい者たちと、不吉だと言ってそうしたくない者たち。
……ソカル、私は、疲れてしまったんだ。私が原因で起こる、そんな醜い争いに」
「クラアト……」
名を呼ぶソカルに再度そっと笑いかけてから、『オレ』は再び瞳を布で隠した。
闇に閉ざされる視界。だけど、『オレ』はそれに慣れてしまった。
(そう、疲れたんだ。この生に、運命に)
(だから、『オレ』は……――)
+++
意識を失ったヒアを、静かに地面に横たえる。
封じていたチカラが戻ってくる感覚に、ヒアが記憶の一部を取り戻したのだと感じる。
(……本当にこれで良かったのかなんて、わからないけど)
鎌を握り締めて立ち上がる。【神】と戦うみんなを見やって、僕は深呼吸をした。
(やらなきゃ、だってこれは、『命令』だから)
吸血鬼の剣士は、どうやら止血には成功したものの意識が戻らないらしい。
「ほんと……バカだよね」
一歩、また一歩と最前線に近付く。背に【死神】の翼を生やして、【戦神】を睨む。
「ヒアを守るのは、パートナーである僕の役目なのにさ」
それなのに、別のことに気を取られて他人に守らせるなんて……。
ヒアに、あの記憶を思い出させることになるなんて。
「ほんと……バカすぎて、嫌になるよ」
鎌を【戦神】に向けて、僕は詠唱を始めた。
「――“永久なる時間の果て,暗闇に潜む光を……死に至る光を。
目覚めぬ悪夢に紡ぐ死を……。【死神】の名の下に”」
「っ最上級、魔法ですか……っ!?」
魔術師の言葉を聞きながら、僕は【戦神】と対峙していた連中に声をかける。
「みんな、そこを退いて!!」
「!?」
驚く【戦神】と、彼から離れたみんなを確認してから、僕は【戦神】の前に降り立った。
「……死んでよね、【戦神】アイレス。我が主の名の下に……。
“『シュヴァルツ・フロイントハイン』”!!」
鎌を振って、自身の最上級魔法を放つ。
ゼロ距離だったからか、【戦神】は避けることも出来ずに黒い魔法を受けた。
「……っな……オレが……なぜ……ッ!?」
よろめきながら、【戦神】は僕を睨み付ける。僕は再度鎌を構えて、彼を睨み返した。
「お前は【死神】のチカラを封印していると聞いてたのに……。チカラを解放しないって聞いていたのに……ッ!!」
「僕だって、封印を解きたくなんかなかったさ。
……でもこれは……ヒアとクラアトからの、『命令』だから」
ゆっくりとカラダが消えて逝く【戦神】の絶叫が、この場所に響き渡る。
「あ、ああ、あぁぁぁぁぁぁ……ッ!! ぜ、うす……さま……ッ!!」
それだけを残して、【戦神】アイレスは……その命を終えた。
慟哭は消え、静寂が僕らを包む。
「倒した、の……?」
猫耳娘の声が、ぽつりと戦場であった草原に広がる。
「……そう、みたいですね……」
リブラがそれに答えて、彼女らと魔術師、そして僕までもが一斉に安堵のため息を吐いた。
「あ……ソーくん、アーくんは……?」
「そ、そうよ! それに黒翼も……あとアンタたち、誰なの?」
魔術師が心配そうにヒアを見やると、猫耳娘も便乗して呪符使いと突然現れた二人組にそう尋ねた。
「えーと……黒翼はまあ、大丈夫だと思うけど一端連れて帰る。
お前らの旅の連れは、オレたちじゃなくてコイツらにバトンタッチするな」
「ヒアの方は……」
呪符使いが剣士を抱えながら二人組を指差して答えて、僕もヒアを見やれば、ちょうど彼が起きたところだった。
+++
目が覚めて真っ先に見えたのは、傾きかけた太陽だった。あの砂漠の記憶が脳裏を横切る。
ゆっくりと身体を起こせば、心配そうな顔のソカルが声をかけてきた。
「ヒア……大丈夫?」
それに曖昧に頷いてから、オレはぐるりと周囲を見回した。
心配そうなみんなの表情はあれど、どうやら無事に【戦神】を倒したようだ。
「ヒア、オレたちはここでお別れな。後はこの二人が一緒に旅するから」
イビアさんの言葉にもただ頷いて、先ほど突如として現れたその二人組を見つめる。
「あの……おふたりも……“双騎士”ですか?」
「お、よくわかったな。
そう、オレたちも“双騎士”。イビアたちの仲間だ」
リブラの問いかけに答えたのは、金髪の青年だった。
彼女はイビアさんたちと二人組を交互に見ながら、ええと、と続けた。
「皆さん、お揃いの星形のアクセサリーや刺繍をつけてらっしゃるので、そうなのかなぁと……」
言われるまで全くもって気付かなかったけど、リブラの言うとおりイビアさんは手袋に、黒翼はポニーテールの髪留めに、白髪の方は頭の左側に、そして金髪の方は左耳に、揃って星を模したモノを付けていた。
(……よく見てるなぁ……)
「わあ、気付いて下さってありがとうございます!
いやあ、嫌がった方もいらっしゃいましたが、こうして区別も付きますし、『先代“双騎士”お揃い作戦』は成功ですネ、ソレイユ!」
「だな!」
にっこりと満面の笑顔の二人組に、イビアさんが気付かなくても良かったのになぁ、と苦笑いを零した。
……ていうか、なんだその作戦……。
「では改めて自己紹介を、現“双騎士”の皆さん。……私は深雪、と申します」
「オレはソレイユ・ソルア。よろしくな、現“双騎士”!」
あの記憶と同じ夕焼けが、オレたちを包んでいた。
Past.21 Fin.