Destiny×Memories

Past.26 ~悲しい記憶~


 とりあえず、詳しい話は次の街で。

 そう言った先輩たちに同意して、辿り着いたのは中華風な建物が建ち並ぶ、桜華オウカと言う名の街だった。
 煌びやかな灯りに彩られた大通りの一角、これまた中華風な宿屋の一室にオレたちは集まっていた。


「では、改めて自己紹介からですネ」

 深雪先輩の声に、金髪の少年……【神殺しディーサイド】が口を開く。

「……僕は【神殺し】……ディアナだ」

 それに釣られて、オレたちもぽつぽつと自己紹介を行う。
 一通り終った後で、ナヅキが深雪先輩たちを睨んだ。

「で、【神殺し】ってどういうこと?
 確かに【戦神いくさがみ】やソカルが存在を知ってたみたいだけど……」

「僕たちじゃ、ダメってことです……?」

 前に聞いた【戦神】の話では、【神殺し】は今はボロボロだとか言っていたような。
 泣きそうなフィリの声を聞きながら、オレはソカルを見やった。案の定、睨み殺しそうな表情をしている。

「いやいや、そんなことはないって。ソカルもそんな怖い顔すんなよ」

「……っ【神殺し】が来れるなら僕らが、ヒアが記憶を取り戻す必要なんてなかったんだッ!!」

 ソカルの怒りは最もだ。
 まあオレは『オレ』の過去を知りたかったから、別に先輩方を責める気は毛頭ないわけだが……。
 それより気になるのは、《あいつ》が【神殺し】を知っていて、更には『呼んだ』と言っていた点だ。

(お前、あの【神殺し】ってやつのこと知ってんのか?)

 脳裏に“いる”であろう《彼》に問いかける。……だが、返事がない。何なんだ、もう。

「ええっと……とりあえず、オレたち別室に行こう。んで頭冷やそうぜ。
 先輩方も【神殺し】……じゃなかった、ディアナも、オレたちも」

 考える時間は必要だ。自分たちが、“召喚”された理由を。
 そう提案すると、一番先輩たちを睨んでいたナヅキとソカルが渋々頷き、泣きそうな顔のフィリも同意した。
 唯一無反応、というか何かを考え込んでいたのが、意外にもリブラだった。
 神様好きの彼女には連日の【神】との戦いは堪えたかもしれないし、もしかしたら【神殺し】についても何か知っているのかもしれない。
 それでもリブラは彼女にしては無表情でオレたち現“双騎士ナイト”たちに着いてきた。


 +++


「なんなのよ、もうっ!!」


 別室に入るなり、ナヅキが怒鳴った。
 彼女の隣にいたフィリがビックリしてまた泣き出しそうになっているのを宥めながら、オレは苦笑いを零す。

「まあ……これはオレ個人の意見なんだけど……現状【神】を倒せるのってソカルしかいないだろ?
 だからもう一人くらい【神】を倒せる奴がいても心強いって思うんだけどなぁ」

 そう言うと予想外にもフィリも同意見だったみたいで、こくりと頷いている。

「ぼ、僕もそう思うです……。アーくんとソーくんにばかり負担をかけさせるのは……」

「だったら最初から来たら良かったんだ。ヒアに……辛い記憶を、思い出させてしまって……!!」

 涙目のフィリが訴えても、ソカルは主張を変えない。
 うん、これは平行線だ。そこでオレは無言を貫いているリブラに声をかけた。

「なあ、リブラはどう思う?」

 だがオレの言葉にも彼女は反応せず、ただぼうっと何かを考えているようだった。

「リーブーラーっ!」

「……えっ! あ、はい……なんでしょうか?」

 これは完全に話を聞いてなかったな。全員がそう思っただろう。

「だから、アンタはこのタイミングでの【神殺し】の出現にどう思っているのかって聞いてんのよ!!」

「ちょ、ナっちゃん、リっちゃんに八つ当たりするのやめてくださいです……!」

 胸倉を掴みそうな勢いのナヅキを、さっきまでとは打って変わって焦った様子で止めるフィリ。
 それでもリブラは怯えることもなく、ぽつぽつと話し出した。

「……聞いたことが、あります。【神殺し】は、最初で最後の友だった【神】をその手にかけたと……」


 リブラの話はこうだ。

 【神殺し】ディアナは異世界のある村で生まれた。だが彼の母親は彼を生んで亡くなったそうだ。
 その後彼を引き取ったのは村長を兼ねていた村の神父だった。
 恐らく【神殺し】としての紋章をもって生まれた彼を保護、或いは監視するためだったのだろう、とリブラは語った。
 【神殺し】は名を与えられなかった。村人との接触も、ほとんど禁じられていたという。

 ……やがて、村の教会に封じられていた【神剣】を手に取った彼は、そのまま村を出てしまった。【神殺し】としての、使命を果たすために。

 そうして村を出た彼は、【創造神】の力を借りながら、【神】を殺していくうちにある世界へたどり着く。
 そこには【龍神】と呼ばれる青年がたった一人で暮らしていた。
 人の姿と意識を保つ彼は、やがて完全なる【龍】となり他の世界を喰らい尽くしてしまう可能性があった。


「一緒に運命に抗おう」


 二人の意見は一致した。もう誰も殺したくない【神殺し】と、世界を壊したくない【龍神】。
 名前がなかった二人は、お互いに名づけ合った。

【神殺し】……ディアナと、【龍神】……リシュア。それが、お互いにつけられた個を表す名だった。

 残された時間の中で、リシュアが【龍】にならない方法を探す日々。
 穏やかではあるが焦りと忙しないその日々で、二人は意気投合し、次第に親友になっていった。
 だけど運命には抗えず、リシュアはほぼ完全に【龍】になってしまった。

 穢れた世界を破壊する、本当の【龍神】に。


「僕をころして、ディアナ」


 親友の、たった一人の親友の頼みに……ディアナは……――



 話を聞き終えて、オレたちは微妙な空気になる。
 当然だ。友だちを手にかけるなんて……辛すぎるだろう。
 ポロポロ泣いてるフィリを横目に、不意にナヅキが首を傾げた。

「……リブラ、アンタなんでそんな話を知っているの?」

 その言葉に、リブラは悲しげな笑みを浮かべる。

「父が、神父だったのです……。そして私も……シスターで……この【神殺し】さんについて、『いつか出逢うだろう』と父から伝え聞いていました。
 ……父は、【創造神】アズールさまから神託を受けたそうです」

 本来はドゥーアの街のシスターで、あの時オレたちに着いてきたのは咄嗟の判断で……【神】を倒すと言うオレたちを危険だと判断したのだと、彼女は懺悔するかのように告白した。
 だけど今、【神】が正しいのかオレたち“双騎士”が正しいのかわからなくなり、更には【神殺し】までやって来て……正直困惑しているという。

「アンタ……」

 怒っているのか悲しんでいるのか区別しがたい顔で、ナヅキがリブラを見つめる。
 そんな彼女らを横目に、何となく隣のソカルにこっそり視線を向けるが、意外にも彼は無表情だった。オレは思わず呟いてしまう。

「意外と冷静なんだな、ソカル」

「え? ……ああ……【神】に詳しいからそういう職業だろうとは思っていたし」

 それより【神殺し】が気になるのだと、不満そうな顔になった彼は答えてくれた。

「まあ……リブラのことはともかくさ、来ちゃったもんは仕方ないし、【神殺し】がいてくれたら心強いじゃん?」

「そう、ですね……」

 オレが改めてそう言うと、フィリが未だ涙目ながらも再度頷いてくれた。

「……ま、実力次第ね」

「……まあ、ヒアが良いならいいけど」

 ナヅキとソカルも同意してくれて、リブラも静かに頷く。
 うん、なんとかオレたち現“双騎士”の意見は一致したみたいだ。

「……でも、【神殺し】の負担軽減、とかなんだろうけど……何でオレたち“召喚”されたんだろうな」

 何となく呟くと、同じ“召喚者”であるナヅキが首を傾げた。

「……アンタ、元の世界に戻りたいの?」

 そう聞かれて、脳裏に浮かんだのは幼馴染の藍璃アイリの姿だった。

「そりゃ……戻れるなら戻りたい、けど……」

 何か、忘れてる気がする。今まであの炎の夢のことばかり気にしていたけれど……。


 ――これは、きみの過去を超える旅――


 不意に、《あいつ》の声が聞こえた気がした。
 過去。炎の、中で……。ただ、白い、空間で……。


(ごめんね、緋灯ひあ……)


 泣いたのは、誰だったっけ……?

「ヒア?」

 オレを現実に戻したのは、不思議そうなソカルの表情だった。オレは慌てて首を振り、逆にナヅキに問いかけた。

「な、何でもない。てかナヅキは戻りたくないのかよ?」

「……アタシのことは……いいでしょ、別に。全員が全員の過去を知ってるわけじゃないんだから」

 どうしても言いたくないらしいナヅキがそう言うと、みんな黙ってしまった。
 確かにそうだ。リブラはさっき少し打ち明けてくれたけど、みんなの過去をみんな知らない。

「……そうだな、まあいいか。言いたいときに言ってくれたら、それで」

 自身のあやふやな記憶がまた蘇ってきそうで、オレはそれを塞ぐように笑った。



 ――事実に直面した時、きみは、……オレと同じように壊れる? それとも……――



 聴こえてきたのは、あの昏くて深い、海の声だった。



 Past.26 Fin.

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