「お、話は纏まったか?」
あれからオレたちは、先輩たちがいる部屋へと戻ってきた。
何となく気まずい思いを抱えていたため、真っ先にそう声をかけてくれたソレイユ先輩に内心感謝する。
「はい、まあ、なんとか……」
苦笑いをしながら答えると、先輩はそうかそうかといつも通り朗らかに笑ってくれた。
そんなソレイユ先輩から視線を外し、【神殺し】……ディアナを見やると、彼は無表情で壁にもたれかかっていた。
「……なんだ」
しばらく見ていたら、視線に気がついたらしい彼に睨まれた。オレは慌てて言い訳を考える。
「え、ええっと……。これからよろしくな、ディアナ!」
とりあえず笑顔でそう言うと、ディアナは黙って顔を背けてしまった。
……オレの背中越しに彼を睨んでるソカルの視線が痛いです……。
「ああ、そうそう」
そんな気まずい雰囲気のオレたちを見かねてか、唐突に深雪先輩が声を上げた。
自然とそちらへ視線を向けた面々に、先輩は花が咲くように笑っている。
「私たち、これから情報収集に行こうかと思うのですが……もし良ければご一緒しませんか?」
気分転換にもなりますし、という有無を言わせないような先輩の言葉に、オレたちはただ黙って頷くしかなかった。
+++
煌びやかに輝く中華風な街中を歩くこと数分、オレたちはこれまた一層煌びやかな……いわゆる酒場に来ていた。
アルコールの匂いが充満したその場所に、フィリとリブラが気持ち悪そうにしている。
リブラをナヅキに任せ、オレは倒れそうなフィリを支えながら前方にいた先輩たちへ声をかけた。
「……あの、先輩、オレたち未成年なんスけど」
「わかってるって! 別に酒飲まそうなんて思ってないから!」
引き気味のオレたちに、ソレイユ先輩は手をパタパタと振って苦笑いをしながら説明をしてくれる。
「ほら、情報収集っつったら酒場が定番だろ?
色んな旅人も集まるし、情報屋とかもいる場合もあるし」
そう言われ辺りを見回すが……どう見ても酔っ払いたちしか見当たらない。半信半疑で先輩方を見つめてると、不意に大声が酒場内に響いた。
「だから、本当に見たんだってばっ! 蒼い髪の男が魔物を一瞬で倒してだなぁ……!」
どうやら旅人らしいその声の主の言葉に、聞いていた周りの人たちは笑いながら話を流しているようだ。
すると、深雪先輩とソレイユ先輩が顔を見合わせ、その声の主の元へ歩いて行った。
慌ててオレたちも後を追いかけると、そこにいたのは壮年の男性だった。
「先ほどのお話、詳しく聞かせて頂けます?」
にっこりとこの場に似つかわしくないほどの笑顔を浮かべて詳細を促す深雪先輩に、男性は最初は不審そうな顔をしていたが、周りが誰も聞いてくれなかったこともあってかしばらくしてから話し始めてくれた。
「……見たんだよ。蒼い髪の……多分あんたらと同年代くらいの男がだな、変わった形の剣を持ってて。
魔物に囲まれていたから、いっちょ助けてやっかと思った瞬間にだ、そいつが剣を一振りしてな。
あっという間に魔物どもを倒しちまったんだよ」
「ジェスターさん、流石に話盛り過ぎッスよー!」
男性が話終えると、傍にいた別の若い男性が茶々を入れた。
「盛ってねぇって! ……くそ、誰も信じてくれやしねぇ」
苛立った様子の男性……ジェスターさんとやらに、再度深雪先輩が問いかける。
「変わった形の剣……と仰いましたが、一体どのような剣だったのですか?」
「ん? ああ……そうだな、星を象ったような形の剣だったな」
……流石にそんな剣を持って魔物を一瞬で倒すような奴はいないだろう。
オレは内心そう思いながら、先輩たちの様子を窺った。
ソレイユ先輩は何か考えているようで、深雪先輩は笑顔のままジェスターさんに感謝を伝えていた。
「……知り合い、とか?」
「……まさか」
ぽつりと呟くと、隣で同じように半信半疑ながら静観していたソカルが首を振った。
……うん、まさかな……。
+++
翌朝。
桜華を出たオレたちは、いつも通り次の街を目指していた。先頭を先輩方が、最後尾をディアナが歩いている。
和気あいあいと進む先輩方、そしてナヅキ、リブラ、フィリを横目に、オレとソカル、ディアナは黙々と歩を進めていた。
オレは何度かディアナに声をかけようかと思ったのだが、何を話そうと考えて結局やめる、ということを繰り返している。
(わ、話題が見つからない……)
オレたち三人の間に流れる奇妙な沈黙を気に留める人は誰もいない。どうしようかと悩んでいると、不意に前方から殺気が流れてきた。
慌てて前を見やると、先頭を歩いていた先輩たちの少し先に数匹の魔物がいる。
咄嗟に武器を構えるが、深雪先輩もソレイユ先輩も警戒はしているものの動かない。
「ど、どうしたんスか? 魔物ッスよ?」
思わず声をかけてみるが、先輩たち……そしてディアナは相変わらず動こうとしない。
と、言うよりは、魔物とは別の『何か』を見ているようだ。
視線の先を追いかけようとした瞬間、不意に詠唱が響き渡る。
「――“永劫の光よ,星の導きによりて,一閃を放て……『スターライト・ブリッツ』”!!」
青年の声によるその詠唱が終わった後、辺り一面が光に包まれた。
その光に思わず目を閉じ再び開くと、魔物たちは跡形もなく消えていた。
「……すごい、です……」
ぽつり、とフィリが呟く。
オレは内心同意しながら、魔物たちを倒した相手を見ようと先輩たちの視線の先をようやく見た。
(……何だ、あの剣……?)
そこにいたのは、先輩たちと同年代くらいの、蒼い髪と星を象った剣を持ち、黒を基調とした服を纏った青年だった。
「……あの方……昨夜ジェスターさんが仰ってた方と、特徴が一致しますね……」
リブラの言葉に、昨日旅人の男性……ジェスターさんから聞いた話を思い出す。
(蒼い髪の……先輩たちと同年代くらいの男が、星を象った変わった形の剣を持っていて。
魔物に囲まれていたけど、彼が剣を一振りすると、魔物たちはあっという間に倒れてしまった……)
確かに、ジェスターさんの話と同じだ。問題は先輩たちとディアナが、彼を凝視していることだろう。
「……あの、」
知り合いッスか? と聞こうとしたオレの質問は、深雪先輩が発した声にかき消されてしまった。
「……朝くん」
かけられたその言葉に、青年がこちらを見る。
蒼い髪、紅い瞳。どこかで見たことがあるようなその姿に、オレは立ち尽くす。
……彼は、先輩たちを通り越して真っ直ぐにオレを……睨んでいたからだ。
「……っ!」
先ほどの殺気は彼からだったのか、と身を固くするオレの前に、深雪先輩が庇うように立ちふさがる。
「朝くん」
どうやら“朝”というのが彼の名前らしい。
先輩が再度呼びかけると、彼はようやく先輩たちに視線を移した。
「……あなたが“いなくなった”こと……レンさんからお聞きしました。
ですが……なぜここにいらっしゃるのですか?」
レン、というと、確か【予言者】の少女……リウさんと一緒にいた茶髪の男性だったはずだ。
オレたちが出会った時にはイビアさんと黒翼が一緒だったけど……そうか、深雪先輩たちも知り合いだったのか。
「…………」
「朝くん」
尚も黙したままの彼に、再三その名を呼ぶ先輩。
しばらくして、彼はやっと口を開いた。
「……殺す」
「……え?」
短く呟かれた言葉に、オレたちは固まる。こ、殺す、って……誰を……?
「……夕良緋灯。君を殺す。
……それで、《彼》に逢えるのなら……手段は、選ばない」
オレを、殺す?
困惑しながらも、《彼》という単語に、脳裏に蒼い髪の少年が過ぎる。
(嗚呼、そうか、目の前の青年は《彼》に似ているんだ)
だけど《彼》はただ静かに、世界を見守っていた。
Past.27 Fin.