「この姿で逢うのは、はじめまして、だね。
……オレは……《夜》。【世界樹】の、夜。
そして……お兄ちゃん……朝のパートナーである、“双騎士”だ」
そう言って、彼はその手に持った星を模した剣を【愛神】に向けた。
「【愛神】アーディ。悪いけど、これ以上好き勝手はさせない。
……【世界樹】の名の下に」
「……っ!!」
言うやいなや、夜は【愛神】に斬りかかる。
彼女は杖でその斬撃を防ぐが、バランスを崩し空中から落下した。
おそらくアーディは、先ほどの最上級魔法の反動が残っていたのだろう。
それでも宙にいた【神】を一人で地に落とす辺り、彼の攻撃の強さが嫌でもわかる。
「アーディ様!」
「……っく……【世界樹】……なんで目覚めたんや……!!」
天使たちが彼女の名を呼びながら、その体を支える。しかし【愛神】はそれに目もくれず、ただひたすら上空に滞在している夜を睨んでいた。
「……よ、る」
不意に朝先輩の呟く声が聞こえ、オレは思わずそちらを向く。視線の先では、顔面蒼白な朝先輩が、深雪先輩とソレイユ先輩に支えられていた。
「……お兄ちゃん、ごめんね。終わったら……話、聞くから。
だから、今は……力を貸して」
彼のその言葉を受け、オレは呆然としていたソカルたちに指示を出す。
「……っソカル! 【死神】の力の解放準備を!
ナヅキはオレと一緒にソカルを守って、フィリとリブラは援護を頼む!」
その合図に仲間たちはハッとして、各々攻撃体勢に入った。
真っ先にナヅキが【愛神】へと駆けていく。彼女の切り替えの早さとフットワークの軽さには、毎回頭が下がる。
オレは剣を構え直してちらりと頭上の夜を見やった。彼も既にアーディを見据え、何かしらの魔法を放つため詠唱をしているようだ。
闇色の魔法陣が彼の足元に描かれていくのを確認しながら、オレも駆け出す。
「はああああ!!」
「っ“双騎士”風情が何人束になろうと無駄やわ!
……――“愛なき世界に粛清を! 『キュテリシア』”!!」
しかしアーディが簡易魔法を唱え、オレとナヅキの攻撃を防ぐ。
次いで天使たちがオレたちを襲おうと迫ってくるが。
「――“清浄なる水よ,全てを飲み込みたまえ! 『アクア=プリート』”!」
フィリの水属性の術が、すんでのところで彼らを飲み込み、猛攻を止めてくれた。
……だが、天使たちはそれを振り切り、剣や槍を掲げ突撃してくる。
「き、効いてないですー!!」
「フィリ!!」
涙声のフィリを庇うように、オレは自身の剣で天使の攻撃を受け止める。
ナヅキは何とか逃げ回っているようだし、そんな彼女のサポートをディアナとソレイユ先輩がしているので、そちらは大丈夫だろう。
「……――“ユグドラシルリンク……コンプリート。ターゲット、ロックオン。【魔剣】スターゲイザー,魔力解放。
『ノックス・メテオリーテ』”!!」
そんな中、暗い暗い……深海のような声が響く。夜だ。
彼の紡ぐ魔法が闇を纏う数多の剣へと変化して、天使たちを貫いた。
そうして動きを止めた天使たちだったが、傷を負っていない者たちはそれでも進撃してくる。
……まるで、恐れを知らないような。感情の一切が、ないような……――
「ちょっと、まずいな」
不意に、いつの間にか隣に並んでいたソレイユ先輩が声をかけてきた。
何がですか、と尋ねれば、彼は銃弾を一発天使たちに放ってから、アレだよ、と答えてくれた。
「あの天使たち、【愛神】の部下なのは部下なんだけど……たぶん、【愛神】に操られてる。
加えて、あの無敵っぷり……何かしらの強化もされてるっぽいな」
「……そんな……!」
感情を抑制され、操られ、そして強化まで施された天使たち。……それは、果たして本人たちの意志なのだろうか?
その想像以上の外道さに、オレは思わず顔を青くする。
「……それならそれで、倒すだけ」
けれど、ふわりと地上に降り立った夜は、事もなさ気に言い放った。
「倒すだけって……簡単に言うけど、」
「……お兄ちゃん」
どうやってだよ、と言いかけたオレの言葉を遮って、夜は深雪先輩に支えられていた朝先輩に手を伸ばす。
お兄ちゃん、と呼ばれた彼は涙を湛えた瞳のまま、うん、とふわりと笑みながら頷いて……その不健康そうな青白い手を取ったのだった。
その瞬間、ふたりの間に光が溢れ出す。
目を開けていられなくなるほどの、眩い光が。
「な……何が、起こって……!?」
光がやんで瞳を開くと、そこには朝先輩も夜もいなかった。だが、その代わりに長い青の髪と白と黒の翼を持った青年が、宙に佇んでいる。
星空を映したマントが夜風にはためき、両の手に持つ宵闇と夜明けを模したような二種の剣が、闇夜に輝いていた。
「あれ、は……?」
驚愕に目を開くオレたち現“双騎士”組をよそに、《彼》は翼を羽撃かせ天使たちへと迫る。
「あれは……“同化”。夜くんと朝くんのみが使えるという能力です。
……それより、恐らく天使たちは《彼》がなんとかしてくださるでしょう。私たちも援護に行きます。
ヒアくんたちは、ディアナさんと一緒に【愛神】の撃破をお願いしますネ」
隣にやってきた深雪先輩が、オレの呟きに答えてくれた。そして、そのまま指示を出して《彼》の方へ走り去ってしまう。
残されたオレたちは思わず顔を見合わせて……とりあえず【愛神】を倒そう、とそれぞれ武器を構えたのだった。
「……ソカル、【死神】のチカラを開放するタイミングは任せる! ディアナ、オレが意識を失ったあとのこと、頼む!」
「わかった!」
「了解した」
オレの言葉に、ソカルとディアナが頷いてくれる。
それに安堵して、オレは天使たちの防御が消えてがら空きになった【愛神】アーディへと駆け出した。
「っ舐められたもんやわ、新米の“双騎士”の相手やなんて!」
「いつまでも新米新米って舐めてんのはそっちだろ!」
軽くかわしていく彼女に、オレとナヅキ、そしてディアナはそれでも食いついて攻撃を続けた。
時折後方からフィリの魔法も飛んでくる。……そう、彼女に詠唱させる暇を与えないように、オレたちは得物を振るい続ける。
オレたちの体力がなくなるのが先か、アーディが避けきれなくなるのが先か。
しかし、それは唐突に“届いた”。
ディアナの斬撃とナヅキの脚撃によって、【愛神】がバランスを崩した。
その瞬間、オレの剣が彼女に届く。切っ先は確かに、【愛神】の頬を掠めたのだ。
「っ“双騎士”……ッ!!」
大きく後退してオレたちを睨む【愛神】。……だが、タイムリミットだ。もちろん、彼女にとっての。
「ヒア、いくよ!」
「ああ!」
「――“我がチカラと共に封じし彼の者のキオクよ,其の意志に,遺志に,呼応し再生せよ……『レゲネラツィオーン』”!」
ソカルの呼び声に頷けば、すぐさま詠唱が響いた。
その暖かな闇色の魔法はオレを包み込んで、緩やかに意識が遠のいていく。
砂の匂いと、遠くから聞こえる誰かの笑い声。守りたかった、大切な……――
+++
【愛神】と対峙していたヒアたちのいる辺りから、闇属性の魔法が発動したと気づく。
……それは鍵。ヒアが自身の記憶を取り戻すために必要な、鍵。
(……思い出してほしくなんか、ないのに)
(……夜……?)
苦々しい思いを心の中で吐露すると、気がついたらしい兄が不思議そうに尋ねてきた。
それになんでもない、と答えてから、《オレ》は両手の剣を振るって、目の前の天使を切り払った。
……これは“同化”。オレとお兄ちゃんの絆の証。……オレたちは、ふたりでひとりだから。
『――“誓いし蒼空よ,我が魂に力を! 《シュヴェーレン》”!!』
呪文を唱えて、光と闇の魔法を放つ。それによって、天使たちはほとんどが消滅したようだ。
地上で彼らの相手をする深雪たちを見つけ、《オレ》は下降する。
『――“幻想の煌き,闇を纏い解き放て! 《ライトナイト》”!!』
再度魔法を発動し、ソレイユと戦っていた天使の一人を切り裂いた。
「サンキュ、助かった! ……それにしても、その姿見るのも随分久々だな」
「ですネー、なんだか懐かしくて泣いてしまいそうです」
嬉しそうに笑うふたりに、《オレ》も自然と笑みが溢れる。
……ああ、勇気を出して目覚めてよかった。みんなが笑ってくれるなら……本当に、よかった。
「終わったら、アレコレ聞くからな! 逃げるなよ、夜!」
『……逃げないよ』
残った天使に銃を放ちながらそう叫んだソレイユに、会話の主導権を握ったオレは苦笑いでそう答えたのだった。
+++
意識が浮上して、瞳を開く。布越しに届く日の光と、鼻をくすぐる砂の匂い。
そして、傍らに感じる人の気配がふたつ。
「もう、聞いてますか、クラアト様?」
「……ああ、すまない。少し考え事をしていた。……何だったかな?」
「今度、三人で出かけたいねって話だよ」
少し怒ったような女の子の声は、アメリ。申し訳なさそうな男の声は、『オレ』……クラアト。苦笑いを浮かべたような声は……ソカルだった。
椅子に腰掛けているような感覚からして、ここは室内……『オレ』の部屋なのだろう。
「……そうだったね。しかし、どこに出かけようか?
そもそも許しが出るのかな」
「そこはほら、ソカルくんに街を案内するとかで許可をもぎ取りましょう!
クラアト様もたまには息抜きをしなければダメですし!」
からからと笑うアメリに、ソカルは「それでいいのかなあ……」と困ったような声音で呟く。
そんなふたりのやりとりが面白くて……懐かしくて。思わずオレは、『オレ』と共に笑い声を上げた。
「相変わらずアメリは強引だね。そこが君のいいところではあるけれど」
「あ、あわわ……すみませんクラアト様! 差し出がましい真似を……」
「いやいや、怒ってなどいないよ。ソカルの面倒もよく見てくれて、アメリには本当に感謝しているからね」
慌てたように謝る彼女に、クラアトは首を横に振って瞳を覆う布を外す。
そこには真っ赤な顔をしたアメリと、呆れたような表情をしたソカルがいた。
「……クラアト?」
そんなふたりを見ていると、ソカルが怪訝そうな顔で首を傾げてきた。
「……なんでもないよ。ただ、幸せだなあと思っただけさ」
……そう、幸せだったんだ、『オレ』は。
傍にアメリがいて、ソカルがいるこの平凡な時間が、何よりも……どんなものよりも大切で、幸せだったんだ。
(そう……だから『オレ』は……『私』は、二人を守るために……――)
脳裏に響く、誰かの声。ああ、もうすぐ。
もうすぐこの記憶の再生は終わるのだろう。
すべてを焼き尽くす炎が、ほら、もうすぐそこまで……――
+++
【死神】のチカラが戻ってくる。懐かしくて、胸が痛くなるほどの……チカラが。
……あとひとつ。そのひとつが戻れば、ヒアはすべて思い出して……僕は【死神】としての権能をすべて取り戻すことになる。
(今さら後戻りが出来ないことはわかっている。だからこそ、僕は、ヒアを……)
天使たちを全滅させて、【愛神】と交戦を始めたセンパイたちを横目に、僕は鎌を握った。
息を吸う。【神】を屠るための魔法を起動させる。
「……行けるか、ソカル・ジェフティ」
「……当たり前だろ」
意識を失ったヒアを地面に横たえてくれた【神殺し】の問いかけに、当然だと頷いた。
僕の暗い色の魔法陣と、彼の厳かな白の魔法陣が輝く。
「――“永久なる時間の果て,暗闇に潜む光を……死に至る光を。目覚めぬ悪夢に紡ぐ死を…… 。【死神】の名の下に。
『シュヴァルツ・ フロイントハイン 』”!!」
「――“夕凪に終焉を,やがて来たるべき未来へ。全てを屠る光よ,宿れ! 【神殺し】の名の下に!
『ディオ・マタル』”!!」
闇と光、そのふたつの最上級魔法が、【愛神】を襲う。
それぞれの光を纏う武器が、彼女へと。
……しかし。
「やれやれ……危ないところでしたね、アーディ」
突然第三者の声が聞こえたと思ったら、長身の男がアーディを抱えて僕らの魔法を避けた。
「っ【識神】ミネル……!!」
「み、ミネルくん……っ」
その茶髪の男は、【識神】ミネル。……確か、【戦神】アイレスとの戦闘中に現れた【神】の一人だ。
【神殺し】が剣を彼に向け、【愛神】は安堵したような……それでいて、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
「アーディをここまで追い詰めるとは。……それに、【世界樹】まで目覚めてしまうなど……。
先代はまだしも、当代の“双騎士”たちを見くびりすぎていましたね。これは……計画を変更する必要がありそうです」
「……ミネルくん、ごめん、ごめんな……。私、失敗してもたな……」
「……慣れないことをするからですよ、アーディ。
貴女は……人間に危害を加えるような【神】ではないでしょうに」
キツい眼差しでこちらを睨む【識神】に、【愛神】が泣きそうな声で謝罪をした。
それに呆れつつ心配そうな顔を向けた彼は、僕らに言い放つ。
「多勢に無勢、分が悪すぎますね。さすがに撤退させていただきますよ」
『……逃がすと思っているのか』
【愛神】を抱えたまま後退した【識神】に、同化した存在は詠唱のため魔法陣を起動させる。
しかし、【識神】はそんな《彼》に薄い笑みを向けてみせた。
「想定外の顕出とは言え、私がこの戦場に何の策もなくやってきたと?
……すみませんね、これ以上こちらも【神】を喪うわけにはいかないのですよ」
「……移動魔法か」
言いながらどんどん体が透けていく二人に、【神殺し】が呟く。無詠唱ということは、ここに来る前から予めそれを発動させておいたのだろう。
用意周到に、僕らの魔法に邪魔されないよう防御結界まで張って。
「それでは、また会いましょう、“双騎士”一行」
そう言い残し、完全に消え去った【神】二人。僕らはしばらく彼らがいた場所をじっと睨んでいた。
「……相変わらず、逃げ足の早いことで」
苦々しい声で呟いたのは、銃士のセンパイだった。
それをきっかけに、各々武装を解く。《彼》もまた……同化とやらを解除したようだ。
「……夜」
「夜くん……っ」
それに反応したのは、【神殺し】とセンパイ二人。蒼の剣士は隣にいる彼をじっと見ている。
僕は地面に横たわったまま未だに目を覚まさないヒアの傍に膝をつく。そこに所在なさげな猫耳娘たちも集まってきた。
「……おはよう、かな? ……久しぶり。
……心配かけて、ごめんね」
それぞれの視線に、彼がそう苦笑いを浮かべると、耐えきれなくなったのか蒼の剣士が彼に抱きついた。
「っ夜……!! 夜、夜、夜……っ!!」
「……お兄ちゃん、ごめんね……。待っててくれて、ありがとう」
肩に顔をうずめて泣きじゃくる剣士に、彼はその頭を優しく撫でる。
センパイたちは安心したような、泣き出しそうな顔で二人を見守っていた。
(そんな光景が、うらやましい、なんて)
……僕にはもう、絶対に取り戻せない光景なのに。
彼らの姿に、僕はあの砂漠に埋もれた、短くて懐かしい日々を重ねてしまった。
(……でも、だからこそ、ヒアは……ヒアだけは……――)
強くその手を握ると、ヒアが身動ぎをする。そうして開いた橙色の瞳に、僕はひどく安堵したのだった。
命を奪うしか出来ないこの手に残った、たったひとつの希望。
主と交わした最期の約束。忘れない……忘れたくない。
『……その時は、ソカル。《私》を、頼むよ……――』
脳裏に響く、主の声。記憶の再生は終わる。
……それはヒアに、どれだけの傷を残してしまうのだろうか……?
すべてを焼き尽くす炎が、ああ、もうすぐそこまで……――
Past.41 Fin.