Destiny×Memories

Past.47 ~覚悟を決めた瞳~


「ようこそ、“双騎士ナイト”の皆さま」

「……あい……り……?」

 思わずそう呟いたオレの隣に立つソカルも、驚いたように息を呑む。
 ふわりとした微笑みを湛えたその女性は……オレの幼なじみの少女・篠波ささなみ 藍璃アイリに瓜二つだった。

「……私は、ローズライン国女王、アリーシャ・ロマネーナと申します。
 皆さまのことは、我が騎士・フェリーネよりお聞きしております。……長旅、ご苦労さまでした」

 そう言って優雅に一礼をしてみせた女王に、オレたちも慌てて頭を下げる。
 それを見た彼女は、どうか顔を上げてくださいな、と軽やかに笑った。

「ふふ。私、堅苦しいのはあまり好きではないの。それに……」

 そこで一度言葉を区切り、彼女はオレに一瞬視線を向けて微笑んでから、再度口を開く。

「この世界のために頑張ってくださっている皆さまと、対等でいたいのです。
 どうか、畏まらないでくださいな」

 その言葉に、側に控えていたフェリーネさんと壮年の男性が深いため息を吐いた。

「……僭越ながら、陛下。彼らの中には、ローズラインの国民もいらっしゃるご様子。
 あまり、そのように気安くされては……」

「それでも彼らが、危険を冒してまでこの世界を救おうとしてくださっているのは事実。我が国民なら尚のことよ、ジル」

 自身にそうきっぱり言い放った女王に、男性は痛みを抑えるように頭に手を添える。
 それから気を取り直したように、「失礼致しました」と自己紹介を始めた。

「私はジルヴェスター・ロマネーナ。この国の宰相です。
 ……以後、お見知りおきを」

 そう名乗ってきっちりと頭を下げた男性……ジルヴェスターさんに、オレたちも再びぺこり、とお辞儀をする。
 そんな一連の流れを見て楽しそうに笑う女王に、フェリーネさん共々再度ため息を吐くジルヴェスターさん。
 ああ、苦労してるんだな……と遠い目になるオレを余所に、いつもどおりの笑顔で深雪先輩が彼に預かり物を手渡していた。

「こちら、グラウミール領主・ジークヴァルト様からの書状と、王立図書館管理者のキュリロス・ゾル氏から預かっていた書物です」

「はい、確かに受け取りました。
 ……それにしても、グラウミール伯爵はまだしも……」

 手に取った荷物を軽く確認したあと、ジルヴェスターさんはそれを女王へと渡しながら苦い顔をする。
 今度は女王までもが呆れたようにため息を吐いて、彼から荷物を受け取った。

「もう、キュリロスったら。“双騎士”の皆さまにお任せせず、自分で持ってきなさいな」

「本当に。あの男には困ったものですな……」

 二人は呆れながらもその眼差しは親しい者に向けているようで、オレやナヅキたちは首を傾げる。
 それに気づいた女王は、右手を口元に当てて上品に笑ってみせた。

「ふふ。キュリロスはああ見えて、王家の人間なのですよ?
 まあ……家のことより本が好きなものですから、王城には滅多に寄り付かない困った方なのですが……」

 ついでに宰相であるジルヴェスターさんも王家の人間で、自身の叔父にあたるのだ、と彼女は説明してくれた。

「さて、問題はこちらね。……天使の集団が港町を襲ったことはフェリーネから報告を受けていたけれど……。
 そう、グラウミールも襲われていたのですね……」

 憂いを帯びた瞳で、ジークヴァルトさんからの手紙を読んだ女王はそう独りごちる。
 しかしすぐに顔を上げて、ジルヴェスターさんに声をかけた。

「ジル。動ける兵士を集め、各街の警護の増援に向かうよう騎士団に要請してください。なるべく早く、お願いしますね」

「はっ!」

 その命令に敬礼を返したジルヴェスターさんは、無駄のない動きで謁見の間から出ていった。
 それを見送ってから、オレたちは女王へと視線を戻す。

「そういえば……フェリーネさんは、陛下からアタシたち“双騎士”のことを聞いた、と言っていましたけど……?」

 不意にナヅキが、思い出したように女王へとそう問いかけた。
 確かに、王都へ向かう船の中で、フェリーネさんは「女王陛下からオレたち“双騎士”の話は聞いていた」、と言っていた。
 けれど、不思議そうに自身を見つめるオレたち現“双騎士”とリブラ、それからマユカさんへと、女王は軽やかな笑みを向ける。

「ああ、それね。貴方たちもご存知かと思うけれど……以前、【予言者】リウ・リル・ラグナロクさんから“双騎士”について教えて頂いたのです。
 “もうしばらくしたら王都に来るから、その時はよろしくお願いします”、とね」

 微笑む彼女になるほど、と頷くオレたち現“双騎士”。
 金髪の【予言者】である彼女にもう一度会うことがあったならお礼を言うべきかな、と考えるオレをよそに、女王は先輩方と二、三言葉を交わし、やがて和やかな雰囲気のまま謁見は終わった。

 そして女王の好意により、オレたちは部屋を城内に用意され、更には夕食にまで招待されたわけだが……グラウミールのときと同じく、庶民一同は緊張で食事の味もわからなかった。

 その後、それぞれが思い思いに過ごす中、オレとソカルは仲間たちから離れ、あてもなく城内を歩いていた。

「……あのさ、ソカル。アリーシャ陛下ってやっぱり……」

 先ほど言葉を交わした若き女王の姿を思い出し、言い淀むオレに、ソカルはこくりと頷く。

「……うん。彼女は篠波さんと同じ魂……アメリの魂を持ってる。
 分かれたアメリの魂……もうひとりの、“アメリの生まれ変わり”だ」

 【死神】の発言に、だよな、と相槌を打つオレ。素人のオレが見ても分かるほど、女王は藍璃やアメリに似ていたのだ。
 以前ソカルは“藍璃はアメリの魂を半分しか宿してない”と言っていた。つまり、女王こそがその“アメリのもう半分の魂の持ち主”というわけで。

「……もう一度、話してみたいな。 女王とさ」

「私がどうかいたしましたか?」

 何を話すかは置いておくとして、となんとなく呟いたその独り言に、突然背後から声が返ってきた。
 驚いて振り向くと、そこには話題の中心人物……アリーシャ女王陛下が立っていた。

「っあ、ああアリーシャ陛下っ!? なんでこんなところに……!?」

「うふふ。貴方たちと個人的なお話がしたくて、フェリーネたちの目を盗んで部屋を抜け出してきちゃったの。
 こんばんは、ヒアさんにソカルさん」

 慌てるオレへ、女王は軽く一礼をしてみせる。
 それに釣られてぺこりと頭を下げたオレだが、いやいや、と顔を上げた。

「こ、こんばんは……じゃなくて! だめですよ、護衛もなしに……何かあったら……!」

「大丈夫ですよ。私、こう見ても剣を嗜んでいましたので!」

 アメリを思わせるいい笑顔で、手を胸の前で握りしめる女王。
 そういう問題ではないのだが、と焦るオレの横で、ソカルが「それで」と話を進める。

「僕らに話って何?」

「ええ、たいしたことではないのですが……。どこか、お部屋でお話しましょうか」

 女王にも臆さず普段どおりに話しかけるソカルに冷や汗をかき、すみません、と謝罪するオレを制しながら、女王は歩き出した。
 しかし、そんなオレたちに再度声がかけられる。

「ねえ、オレも混ぜてもらっていいかな? アリーシャ陛下に、話しておきたいことがあるんだ」

 そう言ってオレとソカルの背後から現れたのは、夜先輩だった。特徴的な青い長髪が、廊下に飾られた蝋燭ろうそくの灯りにきらめいている。

「ええ、構いませんよ」

 女王は特に驚くことなく夜先輩を受け入れ、再び足を踏み出した。
 ……もしかしたら、案外彼のことも【予言者】から聞いていたのかもしれない。

「……それにしても夜先輩、アリーシャ陛下に話って……?」

「個人的なことだよ」

 相変わらず穏やかに笑う先輩に首を傾げながらも、オレたちは女王に連れられて近くの部屋に入った。
 彼女いわく、適当に選んだ部屋だとのことだったが、それでも高級そうな、けれど落ち着いた色合いの調度品が置いてある。
 その中にあるワインレッドのソファに腰かけた女王は、オレたちにも座るように促し、「さて」と話を始めた。

「まずは私の話から聞いてもらえますか?」

「もちろん」

 頷いた夜先輩に「ありがとう」と微笑んで、女王は続ける。

「……ヒアさん、ソカルさん。私は貴方たちのことを……アイリから聞いていました」

「……えっ!?」

 彼女から齎された突然の言葉に、オレとソカルは驚いて大きな声を出してしまった。
 アイリ……藍璃……!? オレは自身の幼なじみである少女の顔を思い浮かべる。
 しかし女王はオレたちの反応を気にも留めず、事情を説明をしてくれた。

「実は私、少し前からアイリと夢の中でお話ができているの。
 はじめは驚きました、なにせ子どもの頃の自分にそっくりな女の子が夢に出てきて……しかも、違う世界に生きてるのですから」

「……ただの夢、とかは思わなかったんですか?」

「それにしては彼女の話が妙に現実味を帯びていたもの。
 でも私たち、とっても仲良しになったのよ。ヒアさんのお話も、いつもアイリから聞いていましたし」

 恐る恐る放ったオレの発言を否定する彼女。
 ……一体藍璃から何を聞いていたのだろう。知りたいような、知りたくないような……。
 微妙な顔をするオレに、アリーシャ女王は「そんな顔をしないでくださいな」と苦笑いを浮かべた。
 そして、彼女はさらに爆弾を投下する。

「それに……私もアイリも、最近不思議な夢を視るのです。
 遠い遠い昔……私たちが“アメリ”と呼ばれていた頃の夢を」

「っ!?」

「アメリの記憶……!? どうして……いや、そもそも本当に!?」

 女王と藍璃が、彼女たちの前世……“アメリ”の記憶を思い出している。
 その事実にオレは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥り、ソカルは衝撃のあまりガタン、とソファから立ち上がった。
 だが、本当のことですよ、と頷く女王に、相棒は「そう……」と思い悩んだ様子ですとん、と座り直す。
 彼に何か声をかけるべきか、と考えるオレだったが、それを今まで黙って話を聞いていた夜先輩が遮った。

「……たぶん、だけどね。
 ヒアが前世の……“クラアト”だった頃の記憶を取り戻す度に、彼女たちもその“アメリ”だったときの記憶を取り戻してたんじゃないかな? 連鎖するようにさ」

 先輩の推測に、オレは隣の相棒を見やる。
 彼は「なるほど」と呟いて、夜先輩に同意した。

「……それはあるかもしれない。クラアトの記憶は……アメリとも深く関係あるから」

 言いながらも、ソカルは苦しげな表情を浮かべている。
 不安、焦燥、後悔。相棒から伝わる負の感情に、オレは思わず彼の白い手を握りしめた。

「……大丈夫だよ。ありがとう、ヒア。
 ……一つ……言っておくけど」

 全然“大丈夫”じゃないくせに、オレにそう笑いかけてから、ソカルはアリーシャ女王へと向き直る。
 彼女は居住まいを正して、「何でしょうか」と首を傾げた。

「……この先、君たちは辛い記憶を視ることになる。きっと……次で、最後だから」

 そう言って俯いてしまったソカル。悲しい感情が、次から次へと波のように流れてくる。

「最後……って……それって……」

「ごめんヒア、ごめんね……ごめん……。でも、お願い。できればもう、記憶を取り戻さないで……っ!!」

 項垂れたまま懇願する相棒に、心が締め付けられる。
 ……だけど。

「……ごめん。それは聞けない。例え……藍璃やアリーシャ陛下に辛い思いをさせたとしても……決めたから。
 オレは、過去に立ち向かうって」

「そうですね。例え悲しい結末だったとしても……私たちはそれを受け止める覚悟はできています。
 それが……私たちの“今”に繋がっているのだから」

 オレたち二人の決意に、ソカルは「……だよね」と呟き、そっと立ち上がった。

「ソカル?」

「……ごめん、少しひとりにさせて」

 名前を呼んだオレへそう返して、彼はふらふらと部屋を出ていってしまった。
 ドアの閉まる音が、耳に残って離れない。

「ソカル……」

「彼は彼なりに……苦悩しているのですね。
 ……さて、おまたせいたしました、夜さん。それで、貴方のご用件は?」

 悲しげに彼を見送ったあと、女王は気を取り直して夜先輩にそう尋ねた。
 その切り替えの早さに、オレと先輩は思わず顔を見合わせて苦笑いを交わす。

(そういうところも、アメリに似てるんだな)

「ええ……。えっと……うーん……。この流れで言うの、すごい勇気いるんだけど……。
 ……まあいいか。単刀直入に話すよ」

 アメリとの共通点を見つけて内心ほっこりしているオレとは裏腹に、微妙な空気になってしまったことに辟易しながら、夜先輩は言葉を続ける。

「……アリーシャ陛下。あなたの弟のことなんだけど」

「弟……リツ? 貴方、リツのことをご存知なの!?」

 彼の発言に、今度は女王が驚愕に目を見開いた。
 女王の弟君がどうしたのだろうか? と状況についていけないオレは首をかたむける。
 しかし、そんなオレに気づいたらしい彼女が、弟君について教えてくれた。

「……私の弟……リツは、父である前王が統治していた頃……【予言者】を騙る男の妄言に騙され、国から追放されてしまったのです。
 その後、私が独自に調査して、全て真実ではないと明らかにし……リツにも国へ帰ってくるよう何度も便りを出しているのですが……」

 ふう、と物憂げにため息を吐いた女王に、オレはその弟君が未だ帰還していないことに気づく。
 思わず傍に座っている夜先輩を見やるが、彼はにっこりと笑って本題を告げた。

「うん、リツは“今さら帰れるか”って言ってたけど……昼間、城下町で会ったよ」

 ばったり会って、昼食を奢ってくれたよ。と、それはそれは楽しそうな顔で、先輩はそう話す。
 ……なんと言うか、こんなに楽しそうな先輩は初めて見るから新鮮だ。

「……え、ええ!? リツ、ロマネーナに帰ってきているの!?
 ああ……早く言ってくだされば会いに行ったのに……!!」

「大丈夫、もうしばらく滞在するって言ってたから。今日はさすがに遅いし、明日また会えるよ」

 驚いてあわあわと取り乱す女王と、面白そうに笑っている夜先輩。なんだこの状況、と思いながら、オレはふと疑問をぶつけた。

「てか、夜先輩。女王陛下の弟君と親しいんスか?」

「うん、まあね。友だち……ってやつかな」

 そう言って照れくさそうに笑う先輩が、ごくごく普通の少年に見えて。それがなんだか嬉しくて、そして心底安心する。

(案外普通のヒトなんだな、夜先輩も)

 図書館でナヅキがディアナのことを“案外フツー”だと評したように、オレも夜先輩に同じ感想を抱いた。
 そうっスか、とオレは微笑みながら頷き、女王もまた嬉しそうな表情を浮かべている。

「良かった。リツ、ちゃんとお友だちができたのね……本当に良かった……。
 夜さん、ありがとうございます。……リツのこと、これからもよろしくお願いしますね」

「うん、もちろん」

 お互いに笑顔を浮かべて、アリーシャ女王と夜先輩は握手を交わした。

「さて、そろそろお休みくださいな。ここまで大変だったのでしょう? 旅のお話もぜひお聞きしたいけれど……まずは休息を。
 私も、明日の朝さっそくリツに会いに行きますし!」

 女王としての顔と、姉としての顔。ふたつの顔を使い分けながら、彼女は部屋の扉を開けた。
 その気遣いが、他者を思い遣るその行動が、遠い過去にいる“彼女”とそっくりで。

(本当に……アメリの生まれ変わりなんだな、陛下は)

 オレはなぜか、無性に泣きたくなってしまったのだった。


 +++


 夜先輩と共にみんなのところへ戻ると、意外にも全員まだ眠っていなかった。

「ソカルも戻って来てたんだな」

「うん、さっきね。……心配かけてごめんね、ヒア」

 部屋の片隅でナヅキたちと話していたソカルにそう声をかけると、申し訳なさそうに謝ってきた。
 それに気にしてない、と答えてから、オレは辺りを見回してみる。

 先ほどいた部屋と変わらない広い室内には、大きめのベッドがふたつとテーブルがひとつ、二人がけの赤いソファがふたつ。
 それぞれ二人部屋や三人部屋が用意されているが、とりあえずここで雑談やこれからの相談をしているのだ。
 ベッドの周りには、オレたち現“双騎士”組とリブラ、ソファの近くには先輩たち先代“双騎士”とマユカさんがいる。
 ディアナは相変わらず、みんなから離れた場所で壁にもたれて立っていた。

 夜先輩がオレと行動をしていたので、相方である朝先輩はさぞかし怒っているのだろう……と思いきやそんなことはなく、彼はごく普通に弟へ「おかえり」と挨拶をしていた。
 後で夜先輩に尋ねると、「アリーシャ陛下のところにリツの話しに行くって、ちゃんと伝えてたから」とドヤ顔で返されてしまったが。
 閑話休題。


「で、ナヅキたちは何の話してたんだ?」

 オレが戻ってきたとき、ナヅキたちは何か困ったような、不安げな感情を抱えていた。
 部屋の観察を終えたオレは、それが気になって彼女たちにそう問いかける。

「えっと……その……今更なのですが、ちょっと気になることが……」

「気になること?」

 リブラの返答に首を傾げれば、彼女たちはじっと先輩たち……というより、夜先輩と朝先輩へと視線を向けた。

「……?」

 それに気づき、不思議そうにこちらを見返す先輩たち。
 一瞬の沈黙のあと、ナヅキがぽつりと呟いた。

「【世界樹ユグドラシル】って、何?」

 彼女の発言に、先輩方……というか、夜先輩と朝先輩は互いに顔を合わせる。
 そして、夜先輩が困ったように微笑んだ。

「えっと……そっか。説明してなかったね」

 確かに、ちょくちょく話題に上がるものの、【世界樹】とやらの詳しい話を聞いたことはない。
 はい、と頷いたオレたち現“双騎士”に、先輩ふたりは噛み砕いて説明してくれた。

「【世界樹】っていうのは……この世界のくさび。世界が世界であるための、要なんだ」

 【世界樹ユグドラシル】。それは各世界に一つは存在する“守護者”そのもの。
 世界の守護者として多大なチカラを得られるが、代償としてその世界から移動……つまり次元移動が出来ないという。
 原則として寿命以外で死んでしまった場合、その世界は滅びてしまう。だからこそ、各世界では【世界樹】を守る組織や存在がいるのだそうだ。

「ローズラインの場合は、私たち先代“双騎士”がそれに当たりますネ」

 夜先輩の説明に、深雪先輩が合いの手を入れる。
 そうだね、と微笑んで、彼は話を続けた。

「【世界樹】は、オレたちのようなヒトである場合もあるし、その名の通り樹木である場合もあれば、他の動植物や……自然界そのもの、という場合もあるんだ」

「まあ、僕たちのように“ふたりでひとり”の【世界樹】は珍しいみたいだけど。
 強いチカラを持っているモノが【世界樹】に選ばれる、らしい。
 ……ざっくりとした説明は大体こんな感じ。何か質問があれば聞くけど?」

 そう言った朝先輩へ、オレは恐る恐る手をあげた。先ほどの夜先輩の話が本当なら、それはつまり。

「……次元移動ができないって……つまり、夜先輩は……元の世界に帰れないん、ですか……?」

 生まれ故郷に帰れない。もし自分がそんな立場になってしまったら……そう思うとぞっとしてしまった。
 すでに家族はいないけれど、藍璃や親代わりの親戚、友人など、親しい人たちと会えなくなるのは……とても、辛い。

(今度こそきちんと、正面から、向き合いたいから)

 けれど、夜先輩は一度目を見開いてから、すぐにあの困ったような微笑を浮かべた。

「うん、そう。オレは元の世界には帰れない。
 ……でも別に、問題はないよ。オレの大切なものは、ローズラインにあるから」

 そう言い切った夜先輩が、寂しくて……悲しくて。
 でも、と言いかけたオレを止めたのは、ナヅキだった。

「やめなさいよ、ヒア。……アタシだって別に、故郷に帰りたいワケじゃない。
 そんなヒトがいてもおかしくないでしょ? みんなそれぞれ、考え方も想いも違うんだから」

 大事なのは、それを受け止めてどうするか、でしょ。
 ……うん、ナヅキの言うとおりだ。彼女の考えに、オレは同意して頷いた。
 そんなオレたちの様子を伺って、ほっと息を吐く夜先輩。
 深雪先輩から、なんとなく彼の生い立ちを聞いてはいるが……帰郷を拒むほどとは。
 しかし、オレはその思いを飲み込んで、先輩を真っ直ぐに見つめる。

「……わかりました。説明、ありがとうございます、先輩」

 どういたしまして、と笑ってくれた夜先輩の感情は、少し揺れていた。


 +++



 みんなが寝静まった頃、オレは城の屋根に座って星空を眺めていた。
 青色を帯びた黒い翼が、夜風に揺られている。

「……ヒアは強いね。辛い過去があったのに、きちんと向き合おうとしている」

 先ほど見た、後輩の力強い橙色の瞳。あれをきっと、覚悟を決めた瞳だと呼ぶのだろう。

「……オレはむしろ、この世界に縛られてほっとした。
 もう、故郷に戻らなくていいんだって……安心したんだ」

 故郷で受け続けた、実の両親からの暴力。周りの無関心な瞳。……死を、望み続けていた自分。
 何もかも、取り戻したくないものだ。当たり前だけれど。
 ここには大切な仲間がいる。こんなオレを受け入れてくれた、大切な人たちが。……なにより。

「……お兄ちゃんがいる世界から、離れたくないよ」

 世界でいちばん大切な、大切な兄。
 彼やみんなを守るために、オレはここにいる。
 チカラを手に入れ、その副作用として・・・・・・・・【世界樹】になり、それに兄を巻き込んで……それでも、その選択に悔いはない。

「……でも」

 ああ、でも、兄には平穏な世界で生きていてほしかった。
 それだけが、心残りだった。

『……きっと、あさくんも同じことを言うと思うな』

 脳裏に響くのは、独り言を聞いていた魂の同居人……ツィールト・ザンク。
 そうだね、お兄ちゃんは優しいから。呟いたオレに、ルトは苦笑いを零したようだった。

『似てるんだね、よるくんとあさくん』

 双子だもんね、と柔らかな声音で語りかけるルト。
 そのどこまでも穏やかなソプラノボイスに、オレの心も落ち着いていく。
 お兄ちゃんの肉体は、ローズラインの神さま……アズール・ローゼリアが作ったもので、厳密に言えばオレとお兄ちゃんには“血の繋がり”はない。
 内心でそれがトラウマやコンプレックスとなっているオレを、ルトはいつも的確に受け止めて包み込んでくれるのだ。

「……ありがとう、ルト」

『ふふ、どういたしまして』

 やがて、次第に空が白みだす。青とオレンジのグラデーション。朝焼けの世界は、きれいで。

「……あ」

 すっと、ひとつの流れ星が見えた。……嫌な予感がする。

「……っ“ユグドラシルリンク、コンプリート!
 シールド展開……対象、王都ロマネーナ! 【魔剣】スターゲイザー,魔力解放……『ファ・ヴェンティア』”!!」

 咄嗟に立ち上がり、防御魔法を展開した。対象は、この王都全域。
 ……だけど、片翼ひとりだけだと不十分で。

(そもそも、譲り受けたチカラが“防御には向いてない”ってのもあるし……っ!)

 防御魔法の外から、何者かがそれを破ろうと攻撃を加えている。二回、三回。魔法にヒビが入り始めた。

「……うん、これはやばいね……。大方予想は着くけど……」

 ……魔法で編んだ結界が壊される。
 その先に視えたのは、予想通り【神】と天使たちだった。

「……防御魔法とは、小癪な真似を。
 ですが、破壊を司る・・・・・貴方のチカラでは、防御など無意味に等しい。
 ……片翼の【世界樹】、蛹海さなうみ ヨル……いえ、【魔王】ナイトメアよ」

 そうオレを見据えるのは……【十神】が一人、【識神しきがみ】ミネルだった。



 夜が明ける。朝が来る。……それは、災厄の日のはじまり。



 Past.47 Fin.
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