Destiny×Memories

Past.49 ~落ちる星影~


「戦おか、“双騎士ナイト”。もう君らのこと新米やとか馬鹿にせんからさ。
 ……お互いの使命の下、勝ったほうが正義や」

 【愛神あいがみ】アーディは、そう言って武器である杖を構え、妖艶に笑む。
 それに倣うようにオレたちもそれぞれ武器を構えた。

「――“愛なき者へ祝福を! 『アモルランケア』”!!」

 アーディの魔法が降り注ぐ。光属性の魔力は、槍と化して空から墜ちてきた。
 それをなんとか躱し、こちらも反撃を開始する。

「――“虚ろなる宵闇よ,我が呼声に応えよ!! 『ナハト・スティマー』”!!」

「――“烈風よ,刃となりて全てを切り裂け! 『シュタイフェ・ブリーゼ』”!!」

 ソカルとフィリの魔法の間を縫うように走る、オレとナヅキ。
 ……けれどその攻撃を阻むように、天使たちがオレたちの前に現れた。

「……っ!!」

「あーもう! 鬱陶しいわね!!」

 オレの剣撃とナヅキの脚撃は、彼らに受け止められてしまう。
 すぐさま体勢を立て直し、天使たちに再度攻撃を放つナヅキ。
 それをサポートするように、オレもまた剣を振るった。

「――“愛深き暁光,我が身に宿り,彼の者たちへと解き放たん……『アウローラ・レイ』”!!」

「っヒア! ――“漆黒よ,彼の者の姿を飲み込め!! 『ニーゲル・シュルッケン』”!!」

 アーディの詠唱に気づいたソカルが、その光属性の魔法をかき消すように闇の呪文を唱える。
 彼に短く礼を言ってから、オレは天使たちの先にいる【愛神】を睨んだ。

(天使たちをどうにかしないと……【愛神】まで辿り着けない。けど、オレかナヅキどっちか一人だけで天使の相手は……)

 不甲斐なさに唇を噛みしめるオレだが、そんなことは今考えていても仕方がない。
 ソカルとフィリに、広範囲魔法を頼もうと口を開いた……瞬間だった。

 ――パンッ!!

 銃声が、一体の天使を貫いた。

「――“奏されし韻律よ,暗き闇を薙ぎ払え!! 『リトム・ジュエ』”!!」

 次いで響く、素早く紡がれた詠唱。ハープのような音を伴ったそれは、天使たちを拘束していく。
 ハッと振り返ると、そこには銃を構えたソレイユ先輩と彼に守られるように立つ深雪先輩がいた。

「っ先輩!」

「よ、悪いな遅くなって。大丈夫か?」

 オレたちを安心させるように笑うその人たちに、少しだけ肩の力が抜ける。

「……なんや、先輩さんたち来てしもたん? まあ二人増えたところで変わらへんけど」

「……さて、それはどうでしょう?

 ――ヒアくん、指示を!」

 嫌そうに顔をしかめるアーディに、深雪先輩が微笑んでみせた。
 その突然の無茶振りに一瞬固まるも、オレはすぐに頭を動かして全員に指示を出していく。

「ソカル、フィリ! 広範囲魔法頼む! 先輩たちはサポートをお願いします!
 ナヅキはオレと一緒に【愛神】を叩くぞ!!」

 それに頷いてくれた仲間たちと、行動を開始した。
 拘束され動けない天使たちに向けて、ソカルとフィリが詠唱を始める。
 当然【愛神】はそんな二人を妨害しようとしてくるが、ソレイユ先輩の銃弾とオレとナヅキの攻撃が、彼女を防いだ。

「はあっ!!」

「っ小賢しいわ……ッ!!」

 気合いと共に振るったオレの剣が、アーディの胴体を掠める。
 それに忌々しそうに舌打ちをする彼女だが、不意にソカルとフィリの魔力が場に満ちた。

「行くよ!

 ――“……彼の者たちの魂を喰らえ! どこまでも深く,深く,永久の眠りへ……『ソム・ペルペトゥーム=オブスキュア』”!!」

「――“……烈風巻き起こせ,風の精よ! 『ビブリオ・マギアス=シルヴェストル』”!!」

 ソカルの闇属性の魔法で編まれた剣が降り注ぎ、次いでフィリの魔力が薄緑の女性のような姿を取り、風の刃を放っていく。
 二人の魔法は天使たちを貫き、ついに【愛神】を守るものはいなくなった。

「ナヅキ!」

「わかってる!」

 ソカルに【死神】のチカラを解放させるにしても、まずは【愛神】をある程度弱らせなければいけない。
 オレはナヅキに声をかけて、【愛神】アーディへと剣を振りかざしたのだった。

 +++

 ――キンッ!

 剣がぶつかる金属音が、城内に響き渡る。

「……無駄。お前の攻撃は……僕には、届かない」

「……っ」

 【森神もりがみ】アルティと対峙するディアナ。
 彼らの周囲には、アルティの配下である天使部隊が再度出現していた。
 光を宿さない瞳の天使たちを掻い潜りながらも、ディアナはアルティへと【神剣】を振るう。
 しかしその剣撃は、【森神】が作り上げた木々による防御魔法によって阻まれてしまった。
 その隙を突くように、天使がディアナへと剣を振り上げる。
 飛び退ることでなんとかその攻撃を回避したディアナだったが、彼はすでに浅くはない傷を負っていた。
 顔から滴り落ちる紅い雫を鬱陶しそうに拭って、彼は【森神】と天使部隊を睨みつける。

「何度やっても無駄……。いい加減、諦めたら?」

 呆れたような声音のアルティに、ディアナは薄く笑んだ。

「……僕は諦めない。少なくとも……お前を、ヒアたちの元に行かせるわけにはいかない」

 真っ直ぐに【森神】を見つめるディアナ。戯言を、そう呟き天使たちに攻撃指示を出そうとアルティが声をあげようとした……その時。

「――“虚ろなる幻影の空間よ,彼の者たちのユメを繋げ……『イリューゾニア』”!!」

 男の声と共に、幻属性の呪文が天使部隊を包み込んだ。
 幻覚を視せる彼の魔法の通り、天使たちは続々と地面に伏していく。

「――マユカ!」

「遅くなって悪い、ディアナ!」

 男……夏瀬なつせ 繭耶マユカはそう言ってディアナの隣に並び立つと、手に持つ白銀の剣を【森神】アルティへと向けた。

「さて、天使たちは倒したぞ。あとはお前だけだな、【森神】アルティ!」

「……生意気。たまたま【夢神ゆめがみ】のチカラを受け取っただけの……ただの人間の分際で」

 マユカの言葉に不愉快そうに顔を顰めたアルティ。
 だがマユカは気にも留めず、ディアナへと笑いかける。

「あはは、ぼろぼろだなディアナ。
 ……あいつ倒して、みんなのところに急ごうな!」

 言うやいなや剣を携えて駆け出したマユカは、その勢いのまま得物をアルティへと振り下ろした。
 木の障壁に阻まれても気にもせず、確かに厄介だな、と困ったように笑い、彼はディアナへと問いかける。

「ディアナ、なんか案あるか?」

「……無くはないが。お前には相当頑張ってもらうぞ?」

 アルティを見据えたままそう答えたディアナに、マユカは「任せろ!」と微笑んだ。

「――“閃光よ! 彼の者を焼き尽くせ! 『センテレオ・フィロー』”!!」

「無駄、だって……言ってるだろ……!!
 ――“生命溢れる大樹の森……我が魔力を糧に,彼の者たちへと花を咲かせよ! 『ブルームフルーフ』”!」

 ディアナの光線のような魔法が、木々の壁を燃やしていく。
 けれど、【森神】アルティは瞬時に詠唱を紡ぎ、魔力を解き放った。
 二人を対象にしたその地属性の魔法は、城内の床や壁の隙間から草花を生やし……ディアナとマユカを覆おうとする。
 それを剣で切り払いながら、マユカは駆け出した。

「――“鏡界よ,夢幻を映せ! 『カレイドスコープ』”!!」

 走りながら唱えた言霊に従い、マユカの魔力がアルティの周囲に散らばり鏡と化す。
 更に万華鏡のようなそれらからマユカを模した鏡像が現れ、アルティへと攻撃していく。

「っ“ユメツナギ”め……!」

 “マユカ”たちの攻撃を食らいながら悪態をつくアルティ。
 猛攻の合間を縫って、彼は一瞬で防御壁を編み上げた。

「――“我が身を守れ! 『ヴェルディアスピス』”!」

 短縮詠唱で紡がれたそれは、“マユカ”たちを破壊しながらアルティを包み込む。
 そうしてドーム状に覆われた木々の壁の中から、【森神】は最上級魔法を詠唱し始めた。

「――“深緑よ,溢れる生命いのちよ。我が導きによりて,侵略者たちに罰を与えん……!
 アルティ・セレネの名の下に!! 『フォリア・ティモリア』”!!」

 防壁を飛び出して襲い来る、樹木の魔法。
 しかし、ディアナはいつもどおり冷静にマユカへと指示を飛ばした。

「マユカ、最上級魔法を!」

「ああ!
 ――“終熄しゅうそくせし幻想,覚醒せし鏡界! ユメウツツの狭間に呑まれよ!
 “Colorless”の名の下に!! 『ミラージュファンタズマ』”!!」

 素早く、けれど正確に唱えられた“ユメツナギ”マユカの最上級魔法が展開される。
 アルティが解き放った木々の前に立ちはだかる、巨大な鏡。

「っそんな鏡なんて……壊してやる……ッ!!」

 その鏡をキッと睨んで、アルティは最上級魔法で生み出した樹木に更にチカラを込める。
 ……しかし、それすらディアナの想定内だった。
 結果として、アルティの魔法はマユカの鏡に飲み込まれていった。幻と現世の狭間……鏡界へと。

「なっ……!」

「夜の無効化魔法の性質は“破壊”だが……こいつの最上級魔法は“吸収”だ。
 相手の攻撃を飲み込み、自分のモノとする……。無属性Colorlessの【異端者エレティック】故の魔法だな」

 驚くアルティへ、ディアナが説明をする。
 そして彼は、最上級魔法を放ったことで動けなくなっている【森神】アルティへと詠唱を始めた。

「これで……終わりだ。
 ――“夕凪に終焉を,やがて来たるべき未来へ。全てを屠る光よ,宿れ!

 【神殺し】の名の下に! 『ディオ・マタル』”!!」

「っああああ――ッ!!」

 彼の……【神殺しディーサイド】の最上級魔法が、魔力の果てた【森神】を貫く。
 そのまま崩れ落ちるアルティに近づき、【神剣】を突きつけながらディアナは彼に問いかけた。

「……【森神】アルティ。上位天使たちはどうした。
 なぜお前の周りには……下位天使しかいなかった?」

 アルティには、配下である上位天使……【力天使】ヴァーチェがいるはずだった。
 けれど、かの天使の姿は見当たらない。嫌な予感を覚えたディアナは、アルティを問い詰めたのだった。

「……教えない……と言いたいところだけど。
 惜しかった、ね……? もう少し早く……気づけてたら……」

 地に倒れ伏しながらも、うっすらと笑ってみせるアルティ。
 ……その瞬間、訝しげに眉を顰めたディアナたちの耳に、「パキン……ッ」と何かが壊れる音が届いた。

「な、んだ……今の音……!?」

「……っまさか」

 辺りを見回すマユカとは対象的に、ディアナはじっと虚空を睨みつける。
 そしてキラキラと淡く光りながら消えゆく【森神】に、視線を移した。

「……なるほどな。上位天使たちに“神の祭壇”の破壊を命じていたのか」

「そう、正解……。まあ、今更知ったところで……無意味だけどね……?」

 さよなら、と言い残し、【森神】アルティは空へと還っていく。
 それは、彼を討伐した、という証だった。
 ディアナとマユカは揃って深く息を吐く。

「……ディアナ、“神の祭壇”って……?」

 剣を鞘に仕舞いながら、マユカが問いかけた。
 ディアナは少し考える素振りを見せたあと、「ヒアたちの元へ向かいながら説明する」と歩き始める。

「……“神の祭壇”とは、わかりやすく言うと“転移ゲート”だ。
 この世界から、他の世界へ向かうための」

「……それ、結構大事なものなんじゃないのか?」

 つまり転移ゲートが破壊された、ということは、自分はともかくヒアたちは元の世界へ帰れないのでは。
 ディアナの説明に、マユカは深刻そうな顔で呟いた。

「だいたい、そんなの壊したら……【神】たちだって自分の世界に帰れないんじゃないのか?」

「まあ……神々はゲートなんて通らずとも、自力で世界を超えられるからな。
 問題は……僕たちが、神々の元へ辿り着くことが難しくなった、といったところか」

「難しくなったって……本拠地に殴り込めなくなって、防戦一方、無関係な被害者多数……みたいなことになるのか。
 それは……困るな」

 苦虫を噛み潰したような顔で呻るマユカ。しかしディアナは相変わらず冷静に、それでいてどこか楽しげに微笑んだ。

「だが、“神の祭壇”が破壊されたことなど、夜と朝はとっくに気づいているだろう。
 【世界樹ユグドラシル】であるあの双子なら、応急処置くらい思いつくはずだ。
 なにせ夜は勝手に【魔王】と【世界樹】なんてものになっているくらいだからな」

 むしろそうであってもらわねばそれこそ困る、と言い放つ彼に、マユカは案外怒ってるんだな、とため息を吐いたのだった。


 +++


「――“夢幻の闇,終わり無き世界を包む影,我が剣へ宿れ……『テネーブル』”!!」

 深い闇を纏わせた【魔剣】スターゲイザーを、【識神しきがみ】ミネルへと振り下ろす。
 それを剣で受け止めたミネルだが、そのまま後方へと吹き飛んでいった。
 幾重もの魔法と剣の撃ち合いで、お互い少なくない傷を負っている。
 けれど、オレも彼も、一歩も引かない。“譲れないもの”が……あるから。

「……やりますね、【魔王】ナイトメア。
 ですが……そろそろ限界でしょう。やはり、ただの人間である貴方に【魔王】のチカラは重すぎるのでは?」

 体勢を立て直してから右目のモノクルをかけ直し、嘲笑を浮かべるミネル。
 オレはそれには答えず、すっと【魔剣】をミネルへと構えた。
 ……確かに、彼の言うとおり……ここ数時間の戦闘で、魔力も体力も底を尽きかけている。
 これ以上戦いが長引けば、【魔王】のチカラが暴走する可能性もある。

(でも……だからと言って、諦めるわけにも、負けるわけにもいかないから)

 そうして再度詠唱しようと集中した……その刹那。

 ――パキン……ッ!

 何かが壊れる音が、聞こえた。
 それに気を取られた瞬間、【識神】ミネルの斬撃がオレを襲う。

「ッ!!」

 すぐさま自身の剣でそれを防ぐが、重たいその一撃にバランスを崩してしまった。
 青みを帯びた黒い翼を羽撃かせ、なんとか落下を防ぎながらオレは彼に声をかける。

「……さっきの音。“神の祭壇”を破壊した音だね」

「ええ、正解です。……ですが、今更知ったところで何になると?」

 勝ち誇ったような顔で笑うミネルに、こちらも流れる血を拭って微笑んでみせた。

「……忘れたの? オレは、【世界樹】だよ?」

 その言葉に、彼は不快そうに眉を顰める。
 “神の祭壇”……つまり、転移ゲートは破壊されてしまったけれど、手がないわけじゃない・・・・・・・・・・
 最も、まずは目の間の【神】をどうにかしなければならないのだが。

「……片翼の【世界樹】に、何ができるのです?」

 ミネルはそう、冷たく言い放ったけれど……――

「片翼、なんて、勝手に決めつけないでくれる?」

「――“永劫の光よ,星の導きによりて,一閃を放て……『スターライト・ブリッツ』”!!」

 オレの笑みと共に、の詠唱が響き渡る。
 オレたちがいる更に上空から放たれた光属性の魔法は、避けようとしたミネルの左肩を貫いた。

「……ッ!!」

「……おまたせ、夜。全く、無茶ばかりしすぎ」

 傷を押さえるミネルには目もくれず、オレの横に並んだ兄の背には、オレとは正反対の青みがかった白い翼が生えている。
 兄はオレの頬についた傷をひと撫でし、心配そうな表情でそう言った。
 それにごめんね、と微笑んでから、オレはミネルに視線を向ける。

「っさすがですね、もう片翼の【世界樹】……。
 貴方には天使部隊を差し向けたはずですが」

「そんなの、全員倒したよ。数が多くて手こずりはしたけどね。
 それにしても、僕と夜……他の“双騎士”たちや【神殺し】も分断するとか、なかなか考えたね」

 まあ結果は見ての通りだけど、なんてにっこりと笑う兄は、“感情伝染”なんてなくてもわかるくらい怒っているようで。
 苦く笑いながらも、オレはミネルへと詠唱を始めた。

「――“煉獄の闇,全てを破壊する剣となれ! 『フェーゲフォイアー』”!!」

「――“黎明の閃光,悪しき存在へと降り注げ。『オーバーレイン』”!!」

 オレの闇の魔法と兄の光の魔法が、【識神】に向かっていく。
 けれど……あと少しで届く、という瞬間、彼の前に光の壁が出現した。

「っあれは……」

「ご無事ですか、ミネル様!」

 そう言いながら現れたのは、二体の上位天使たち。
 一体は【識神】ミネルの配下である【智天使】ヘルヴィ。
 そして、もう一体は。

「……確か、元【歌神】の配下……【主天使】アスクだっけ?」

「ご存知とは、光栄です。……【魔王】ナイトメア」

 上位天使たちは、【神】と契約することで通常の天使よりも強い能力を得られるが、その代わりに一蓮托生の運命となる。
 つまり、【神】が死ねば契約した上位天使も死ぬそうだ。 逆はないらしいけれど。
 その中で、【歌神候補】だったルトの師でもあった先代【歌神】から契約を切られ、【歌神】たちが死した後も生き延びたのが、金色に近い白髪を風になびかせる彼……【主天使】アスクだった。

 けれど、無表情な瞳で恭しくお辞儀をしたその天使の発言に、隣の兄が怪訝そうな顔でオレに視線を向けた。

「【魔王】……って、どういうこと?」

「……それは……」

 問いかけてきた兄に、ミネルたちを倒してから、と言いかけたオレだったが……オレたちの様子に気づいたミネルが、にやりと嗤う。

「……おや。【魔王】はご自身の兄君に事の仔細をお話しておられないので?」

「……黙って。きみたちには関係ない」

「感心しませんね、身内にまで隠し事とは……。
 良いですか、【世界樹】の片割れよ。貴方の弟君は、その魂を深き闇へ堕とし……当代の【魔王】と成ったのです」

 静止を求めるオレを無視して、ミネルは兄へとそう告げた。
 兄は勢いよくオレの肩を掴んで、問い詰める。

「なに、それ……どういうこと!? 夜、今の話本当なの!?
 なんで、【魔王】に……っいつから、どうして!?」

 錯乱したような兄に、胸が締め付けられる。
 ……ただ彼やみんなを守りたかっただけ、なんて。

(……そんなの、五年前に【魔王】の闇から助け出してくれた先代“双騎士”みんなからしてみれば……言い訳にもならないから)

 押し黙るオレを見て、兄が更に言葉を重ねようとした……けれど。

「やれやれ。心中お察しします、兄君。
 ですが……ここは戦場、ですよ!

 ――“轟け,雷鳴! 『ブリッツ』”!!」

「……ッ!!」

 【識神】が、オレではなく兄を狙って雷属性の魔法を撃つ。
 ……きっと、このあとのオレの行動を見抜いた上での詠唱なのだろう。
 だけど……それでも。

(彼を守るために、オレよるは……!!)

「お兄ちゃん……っ!! ――ッ“ダークエンド”!!」

 翼を動かして、兄の前へと身を投げ出す。
 そして無効化魔法を唱えたが……次いで、ミネルの配下である【智天使】ヘルヴィが弓矢を放った。
 その光魔法を織り込んだ矢が、オレの黒い翼を貫く。
 オレの名を呼ぶ、兄の悲鳴。落下する感覚。
 遠のく空に、意識が掠れて……――


 +++


 ――その、少し前。

 オレたち現“双騎士”組と深雪先輩、ソレイユ先輩は、【愛神】アーディと未だ交戦していた。

「さすがは【神】。無駄に防御力も体力も高いな」

 銃を構えながらアーディを睨むソレイユ先輩。
 逃げ回りつつも高火力の魔法を瞬時に放つ彼女に、こちらも既に満身創痍だった。
 ソカルに【死神】のチカラを解放させないように、と彼を重点的に狙っているのも苦戦している理由だった。

「――“海鳴ウミナリ轟け,溟海メイカイよ! 其は深海の女王,波間に揺らめく水の精!
 『ビブリオ・マギアス=オンディーヌ』”!!」

 フィリが魔導書を捲り呪文を唱えると、魔術によって出現した水流が女性の姿を模って、アーディへと飛んでいく。

 先ほどの風属性の魔法といい、それらの魔法は“精霊魔魔法というらしい。 現代のローズラインには現存しない精霊たちを、詠唱によって復元する魔法なのだとか。
 王都の王立図書館でフィリが読んでいた魔導書……“ロゼル・グリモワール全集”とやらに記述されていた、と後日フィリ本人が教えてくれた。
 ソカルは「読んですぐに使用できるようなものじゃないんだけど……精霊魔法ってすっごく難しいらしいし……」と困惑していたが。 閑話休題。

「――“『グラシディ・クイフォス』”!!」

 けれどフィリのその魔法は、アーディを襲う前にかき消されてしまった。
 木の葉の刃が、復元された精霊を切り裂いたのだ。

「……【力天使】ヴァーチェ……!!」

 上空から飛んできたは、【森神】アルティの部下である【力天使】ヴァーチェ。
 しかしオレたちを睨む彼に驚いたのは、【愛神】アーディもだった。

「ヴァーチェくん……? なんでここに……?」

「……アルティ様からのご命令です。“自分にもしものことがあったら、アーディ様のもとへ向かうように”、と」

 その言葉に、オレたちはアルティが撃破されたのだと知る。
 アーディは手を胸元でぎゅっと握りしめて、俯いた。

「アルティくん……ヴァーチェくんとの契約切っとったんやね。
 ……負けられへんな、アルティくんの為にも」

 そう独り言ちてから、彼女はキッとオレたちを見据える。

「……もうひと勝負と行こか。私は……負けれへんから」

「それはこっちも同じだ!」

 アーディの言葉に、オレもそう宣言して剣を構え直した。
 それに忌まわしい、と呟いたヴァーチェが、全体を対象とした魔法の詠唱を始める。

「――“地に溢れる徒花よ,彼の者達に裁きを! 『フローラリア・ゼロ』” !!」

 レンガが敷き詰められた鋪道を割って、地面から草花が飛び出してきた。
 各々迎撃するが、その数は多い。加えて、アーディとヴァーチェが更に呪文を唱え始めたのが視界の端に映った。

「っくそ……!
 ――“炎よ踊れ! 『テア』”!!」

 オレは素早く短い詠唱の魔法を放ち、眼前の草花を燃やす。
 焼ける臭いに頭が痛むが、開けた道を駆け抜ける。

「無駄だ。

 ――“花影カエイに堕ちる残華ザンカ,深き樹海へとねむれ! 『サルトゥス・フローリア』”!!」

 だが、そんなオレへと詠唱を完成させたヴァーチェの魔法が襲いかかった。
 避けるのも魔法を撃つのも間に合わない。仲間たちがオレの名を呼んだ、その時。

「――“全てを焼き尽くす光の波! 『リヒトヴェレン』”!!」

 光の魔法が、ヴァーチェの花木を焼き尽くした。

「……ディアナ、マユカさん!!」

「ディアナさん!!」

 そこに立っていたのは、ディアナとマユカさんだった。ふたりとも、ずいぶんと怪我をしている。人のことは言えないが。
 物陰に隠れていたリブラが慌てて彼らへと駆け寄って、その傷を癒やしていく。
 その様子を見ていたヴァーチェが、きつく彼らを睨みつけた。

「……【神殺し】に【異端者】。アルティ様の、仇……!!」

 どうやら【森神】アルティを倒したのは、ディアナとマユカさんらしい。
 二人はそれぞれの剣を天使と【神】へと向けた。

「【力天使】ヴァーチェ、【愛神】アーディ。
 ……次はお前たちの番だ」

「……せっかく分断したのに、揃ってもて残念やわあ。
 仲良しこよしで結構やけど、多勢に無勢すぎるやん?」

 真っ直ぐに自身を見つめるディアナを物ともせず、アーディは呆れたようにため息を吐く。
 そんな一触即発な空気に包まれるオレたちだったが……不意に、それを切り裂くような悲鳴が聞こえた。

「っ夜――ッ!!」

 それは、朝先輩の声だった。
 驚いて空を見上げると、黒い羽を背に生やした夜先輩が落下していた。
 意識がないのか重力に従ったまま落ちゆく彼を助けようと、白い羽を携えた朝先輩が後を追っているけれど……その背後から、【識神】ミネルと見知らぬ天使二体が魔法を撃っている。
 しかしそれらを見ずに軽々とかわしながら、朝先輩はついに弟の手を掴み、抱きかかえた。
 そのまま彼は、翼を羽撃かせて深雪先輩たちの傍に着陸する。

「夜!」

「夜くん!!」

 朝先輩や深雪先輩たちの呼び声に、夜先輩は目を覚ましたようだった。

「う……。……あはは……こめん、ドジっちゃった」

 それからへにゃりと微笑んだ彼は、朝先輩の手を借りながらも立ち上がる。
 そして、先輩は彼らが先ほどまで滞空していた位置から降りてきた【識神】ミネルたちを見上げた。

「……ずいぶんと手こずっているようですね、アーディ」

「ごめんなあ、ミネルくん。……この子ら、結構強いわ。
 ……さすが、アズールちゃんが選んだだけのことはあるな」

 眉を顰めるミネルに、アーディは苦笑いを浮かべる。
 だが、その視線はオレたちへと向けられたままで。
 ……二体の【神】と、三体の上位天使。こちらは満身創痍ながらも、分断されていた仲間が全員揃った状態だ。
 夜先輩がスッと【魔剣】を彼らへと突きつけ、オレたちも得物を持ち直す。

「……これ以上、この世界ローズラインで好き勝手はさせない」

「っ【魔王】ナイトメア……!」

 深海のように冷たい夜先輩の声に、【愛神】アーディが忌々しげにその名を呼んだ。
 それに反応したのは、深雪先輩とマユカさん、そしてオレ以外の現“双騎士”組とリブラだった。

「魔王……とは……?」

「どういう……?」

 困惑する彼らに反して、朝先輩は何とも言えない表情を浮かべて手を握りしめている。……きっと、【識神】に何かを言われたのだろう。
 件の夜先輩はゆるく笑んで、「詳しいことはあとでね」とやんわりと言及をかわしていた。
 オレは全員の意識を神々へと向けるよう、声を張り上げる。

「話はあとだ! まずは【神】と天使たちを倒そう!!」

 そう言うと、様々な感情に揺らいでいた仲間たちはハッと気を取り直してくれた。
 対峙するオレたち“双騎士”と【神】。

(これ以上被害を出さないためにも、彼らは絶対に倒さないと……!)

 ぎゅっと剣を握りしめる。隣に並んだ相棒ソカルに頷いて、オレは駆け出したのだった。



(最後のキオク。綻び始めていた、キオクの封印)

(怖いけれど……ヒアを信じるって、決めたから)

 覚悟を決めた【死神】の紅い瞳は、走る相棒の背とその先にいる同胞かみを見つめていた。



 Past.49 Fin.
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