――光が収まった後、オレたちが目にしたのは薄暗い屋内だった。
先程の遺跡の中にあった転移陣と同じものから降り、部屋をぐるりと見回す。
すると、少し歩いた先に重たそうな石造りの扉があることに気が付いた。
「……ここが……あの城の中、なんすかね?」
「恐らくね。天使と【神】の気配を感じる。
……扉を開けたらすぐに戦闘になるかもしれない」
オレの問いに、隣にいた夜先輩が頷く。
案内人であったソレイユ先輩は、いない。置いていくことになってしまった先輩たちに胸が痛むけれど。
「……よし。行こう!」
先輩たちのためにも、進むしかない。
そう決心して、オレは扉を開いた……瞬間。
「……ッ!!」
魔力を帯びた矢が、オレたちを目掛けて飛んできた。
けれど、事前に予測したルーによって施された防御結界が、それらを弾く。
「ヒア!」
「わかってる!」
ナヅキに名を呼ばれ、オレは頷いて走り出した。目の前には、奇襲に失敗してどよめく天使たち。
「舐められたもんだな、オレたちも!」
心底苛立たしそうな声音で、カイゼルさんが一体の天使を蹴り飛ばす。
――それが、開戦の合図となった。
体勢を立て直した天使たちが、次々に矢や魔法を放ってくる。
オレたちはそれぞれそれらを躱し、或いは撃ち落としながら彼らに攻撃をしていった。
扉の先にあったのは広々とした廊下で、思いっきり戦っても問題はなさそうだ。
タンッと床を蹴り、オレは跳躍する。
炎の魔力を纏わせた剣を振るい、近くにいた天使を斬り裂いた。
数は天使たちの方が上回っているが、こちらが押している。
……でも。
「まずいね。人海戦術……というか、あいつら多分こっちの魔力切れを狙ってる」
隣にやってきたソカルが、ぽつりと呟いた。
確かに天使たちは無尽蔵に現れ、このままではこちらの魔力が先に底をつくだろう。
そんなオレとソカルの話を聞いていたらしいフィリが、全員に聞こえるように声を張り上げた。
「あのっ! 僕が魔術で一掃する……です! どこまでできるかはわかりませんが……っ!」
震える声で魔導書を握りしめるフィリは、それでもしっかりとした光を瞳に宿していて。
それを聞いたソカルとルー、そして夜先輩が頷いた。
「わかった。僕らも詠唱する」
「うん、みんなでやればきっと突破できるよ!」
「……よし。それじゃあみんな、フォローお願い」
突破口を開く役目を担ってくれる三人に頷いて、オレは天使の相手をしていたナヅキたちに作戦を話し、自分も時間稼ぎに参加することにする。
「――“焔よ,踊れ! 『テア』”!!」
そう短く詠唱し、生まれた炎を天使へと放つ。
炎の魔法に天使が怯んだ隙に、オレは愛剣である【炎剣】を振り下ろした。
すぐ横ではナヅキとカイゼルさんがそれぞれ天使たちを蹴り飛ばしている。
ディアナはリブラを守りつつ、前衛が討ち漏らした敵を捌いていた。
オレの隣に、【聖剣】を構えた朝先輩がトン、と降り立つ。
彼は真っ直ぐ前を見据えたまま、口を開いた。
「そろそろ詠唱できたみたいだよ。突破口が開いたらそのまま全員走って」
「わかりました!」
彼の言葉に頷いた瞬間、背後から詠唱が響いた。
「行くです!
――“……其は深海の女王,波間に揺らめく水の精! 『ビブリオ・マギアス=オンディーヌ』”!!」
「――“……彼の者たちの魂を喰らえ! どこまでも深く,深く,永久の眠りへ……『ソム・ペルペトゥーム=オブスキュア』”!!」
フィリの水の精霊魔法と、ソカルの闇の剣が天使たちを薙ぎ払っていく。
そして。
「――“終焉に紡ぐ鎮魂歌,我が魂によりて,生きる全ての生命を……消し去れ。『フィニス・ウィターエ』”!!」
夜先輩の闇の魔法が、残った彼らを消し去った。
「今だ!」
それを確認して、オレは声を張り上げ走り出す。
後ろから仲間たちがついてくるのを足音で確認し、長く広い廊下を一直線に走る。
(けど、どこに行けば……っ!)
「こっちだ!」
とは言え、どこへ向かえばいいのだろう……。そう悩んでいると、ディアナが隣にやってきて声をかけてきた。
「わかるのか!?」
「ああ。【神】のチカラを感知した」
思わず驚きと共に問えば、【神殺し】はすっと前方を指差した。
そのまま彼に案内を任せることにして、オレは周りに意識を向ける。
(天使たちが追ってくる気配がない。……誘われてるのか?)
仮にそうだとしても、こちらの目的も【神】であるから問題はない。
オレが一人でそう納得していると、先行していたディアナがふと立ち止まった。
オレも後ろの仲間たちも続いて立ち止まり、それぞれ荒れた呼吸を整える。
「ディアナ?」
じっと何かを見つめるディアナ。その視線の先には、金色の絨毯が敷かれた広く長い階段があった。
「この先から……強いチカラを感じる」
「……うん。末端の僕でもわかる。
これは……【全能神】ゼウスのものだ」
隣に並んだソカルも、そう言って階段を見上げる。
オレたちは顔を見合わせて、それぞれ頷いた。
「……よし、行こう!」
「――おや、そう簡単に行かせるとでも?」
意を決したオレが階段に足をかけた瞬間、響いた声。
慌てて振り返ると、そこにはモノクルをかけた茶髪の男性……【識神】ミネルが立っていた。
その背後には、無数の天使。
「前には【全能神】、後ろには【識神】……ってわけね」
上等じゃない。そう笑ってみせたナヅキの瞳は、変わらず強い光を宿していて。
だからだろうか。オレは彼女が次に何を言うのか、感情伝染を使わなくてもわかってしまった。
「ナヅっ……!」
「ヒア」
名を呼びかけたオレを止めるように、彼女がオレを呼ぶ。
「ここは、アタシたちが引き受ける。……【全能神】は任せたわよ」
「……っ!」
無理だ、とは言えなかった。無茶だ、とも。
それは彼女に、彼女たちに失礼だったから。
「アーくん、ソーくん、先輩。僕たちを信じてください」
ナヅキの隣に並んだフィリも、真っ直ぐ前を見ていた。
過ぎる光景。過去の……前世の、アメリとの別れが、目の前の彼女たちと重なって見える。
……それでも。
(ナヅキとフィリは、オレたちを信じてくれてる。だから、オレも……信じなきゃ)
「僕も残ろう。【神】を倒せる者も、必要だろう」
そう言って前に進み出たのは、ディアナだった。
すっと【神剣】デイブレイクを【識神】に向けた彼は、背後にいたリブラに声をかける。
「リブラ、お前はヒアたちと共に……」
「わ、私も! 残ります!」
けれど、リブラはディアナの言葉を遮って、そう言った。
「何の力にもなれないかもしれませんが……最後まで、ナヅキさんやディアナさんたちと共に戦いたいのです!」
強い彼女の想いに、しかしディアナは首を縦に振ることは出来ず。
そんな彼の肩を叩いたのは、マユカさんだった。
「オレも残るよ。【全能神】は夜たちがいれば問題ないだろ、多分。
……リブラはお前が守ってやれ、ディアナ」
友の言葉に一瞬顔を顰めたが、やがてディアナはため息を吐いて承諾した。
「……時間がない。リブラ、危険だと思ったら構わず逃げろ。
……そして夜、ヒア。お前たちは先に行け」
「……わかった!」
そう言った彼に頷いて、オレはすでに天使たちと交戦していたナヅキとフィリに声をかける。
「ナヅキ、フィリ! 行ってくる!」
「はいはい、気をつけてね!」
「また後で会うですよ……絶対!」
二人の言葉を、想いを背に、オレたちは階段を駆け上がる。
「話は終わりですか? しかし、行かせるわけにはいきません。
――“轟け,雷鳴! 『ブリッツ』”!!」
短く響く、ミネルの雷属性の詠唱。だが。
「アーくんたちには、手出しさせません!
――“烈風巻き起こせ,風の精よ! 『ビブリオ・マギアス=シルヴェストル』”!!」
フィリの精霊魔法がミネルのそれを凌駕し、オレたちを守ってくれた。
オレは彼に短く礼を言い、再び走り出す。
……振り返ることは、しなかった。
+++
「……やれやれ。行ってしまいましたか……困りましたね」
「……そう言う割には、あんまり困ってなさそうね」
ヒアたちの姿が見えなくなり、ミネルは表情を変えずそう呟いた。
それに反応したナヅキは、彼を睨みながらも軽口を返す。
「当然です。彼らに【全能神】ゼウス様が倒せるわけがありません。
……そして、貴方方も」
言うや否や、【識神】ミネルは剣をナヅキに向けて詠唱した。
「――“深き闇に閃光を,昏き暁に雷響を! 『ライジング・レイ』”!!」
迸る雷の魔法が、ナヅキたちを襲う。
彼らは咄嗟にそれを避け、更にフィリが魔導書を開き魔法を放った。
「――“我が刃となりし烈風,あらゆる事象を切り裂け! 『アネモス』”!!」
描かれた術式に従って現れた風の刃が、天使たちを斬り刻む。
魔刃を剣で弾いて難を逃れたミネルは、軽く舌打ちをした。
「……なるほど、厄介ですね。
古の精霊魔法の使い手……さすがの魔力量です」
心底感心したように……それでいて忌々しそうに、【識神】はフィリに称賛の言葉を贈る。
その次の瞬間、彼の姿は消え……――
「っフィリ!!」
「……え……っ」
驚き目を見開いたフィリの眼前に、剣を振りかざし現れた。
悲鳴をあげるナヅキ。しかしそれが振り下ろされる瞬間、割って入った者がいた。
「っフィリ!」
ガキン、と鈍い金属音を立てて、剣と剣がぶつかり合う。
揺れる金糸の髪。フィリを助けたのは、ディアナだった。
「ディアナ、さん……! ありがとうです!」
「礼はいい、下がっていろ!」
ミネルの剣を弾き返しながらそう叫んだディアナに、フィリは頷いて後方にいたリブラの側へと駆け寄る。
「……【神殺し】……ッ!」
「【識神】ミネル。【創造神】の名の下に、お前を屠らせてもらう!」
ディアナは【神剣】をミネルへと振り降ろし、短く詠唱した。
「――“光よ,爆ぜよ!! 『エクリクシス』”!!」
「っ! ――“紫電奔れ,雷雲よ! 『キュムロニンバス』”!!」
【神殺し】の光の魔法を打ち消すように、すぐさまミネルも魔法を放つ。
相殺する光と雷。目を焼くような閃光が廊下を埋める中、ミネルは間髪入れず攻撃した。
「――“集え,電雷! 響け,雷鳴! 『アストラスパーダ』”!!」
雷を纏った魔法剣が、彼と対峙していたディアナを貫く。……だが。
(感触が……ない……!?)
光が収まり、ミネルは自身の剣がディアナの体に刺さっていることを確認する。けれど、その手には肉体を貫いた感触が伝わって来なかった。
「……まさか!」
「そのまさかだ、【識神】ミネル!!」
ミネルが辿り着いた一つの可能性に顔を上げたのと同時に、彼の頭上から声が降り注ぐ。
そこにいたのは、魔法で生み出した鏡の破片を足場にし高く飛び上がった――
「っ【異端者】、夏瀬 繭耶《マユカ》……ッ!!」
――マユカだった。
彼は落下する速度と重力を利用し、ミネルへと剣を突き立てる。
「ぐっ……!!」
「ディアナ!!」
ミネルは寸でのところでそれを避けるが、腕に切創ができてしまった。
一方でマユカは、避けることを想定済みだったのか着地してすぐにディアナを呼んだ。
「わかっている!
“――果てなき光よ,我が魂を以て彼の者を貫く鎖となれ! 『カテナディルーチェ』”!!」
素早く詠唱したディアナの足元の陣から、光の鎖が現れミネルを拘束する。
【識神】がそれに舌打ちをしたのと同時に、天使の頭を踏みつけて跳躍したナヅキが、魔力を込めた足技を披露した。
「――“『光蹴撃破』”!!」
身動きの取れないミネルはそのまま後方へ蹴り飛ばされ、天使たちがその身を守ろうと彼の周囲へ集まるが。
「――“氷華煌めけ,風花よ! 『ビブリオ・マギアス=フリースヴェルグ』”!!」
リブラの隣で詠唱していたフィリが、最後の一文を紡いだ。
現出した氷の鳥が、天使もろともミネルを撃つ。
――だが。
「……やれやれ。相変わらず、さすがの連携技ですね」
氷霧が晴れたその先には、傷を負いながらも立ち続けるミネルの姿があった。
「感心してる場合? 言っとくけど、天使たちはもう――」
そのしぶとさに呆れながらナヅキが声をかけるが、ミネルの不敵な笑みと響く羽音に言葉を失くしてしまう。
「……この城は我らの本拠地。近衛兵たる天使など……いくらでもいるのですよ?」
「っひどい……!」
暗に天使たちを道具と思っているような発言に、リブラが悲鳴ともつかない非難の声を上げた。
「酷い? 何を仰るのやら。天使は【神】の所有物。
使ってやっているだけ有り難く思うべきです、ね!」
言い切ると同時に、ミネルは目にも留まらぬ速さでリブラの前に移動し、その剣を振り上げる。
「っリブラ!」
ナヅキが彼女の名を叫ぶが、再度現れた天使たちに阻まれて近づくことすらできない。
リブラは自身の命を狙う凶器を、すっと見据えて微笑んだ。
「……貴方に、私は殺せない」
「――リブラは、僕が守る!!」
そして剣が降りた瞬間――彼女が腕につけていたブレスレットが眩い光を放ち、防御壁を編み上げる。
それと同時にディアナが叫び、ミネルを背後から貫いた。
「ぐ、あ……ッ!!」
彼は血を吐きふらつきながらも、ディアナと……そして防御壁に守られたリブラを睨む。
「……なるほど、【神殺し】のチカラが込められた結界、ですか……。
しかし使用は一度きりのはず」
……そう、リブラが身につけていたブレスレットは、決戦前夜の桜華でディアナから贈られたものだった。
ディアナの【神殺し】の魔力が籠もったそれは、リブラの危機に反応して【神】が触れられぬ結界を作る魔具であった。
「確かに一度きりだが……ここでお前を倒せばいい話だ」
言い切ったディアナに、ミネルは不気味に笑い出した。
「ふ、ふふ……舐められたものですね、私も。
――ならば、倒していただきましょうか。【識神】という、脅威を」
彼がそう言って腕を掲げると、更に多くの天使が集まってくる。
しかしその天使たちは、ミネルに近づくと溶けるように消えていった。
「なっ……!?」
「これは……魔力を吸収している、ですか……!?」
驚くナヅキとフィリを余所に、吸収した魔力でディアナに貫かれた傷すら癒やすミネル。
なおも増え続ける天使の無機質な眼差しに、マユカが悪態をついた。
「いやいや、多すぎだろ! ソレイユがいなくてよかったなホント!」
「同感だな。……リブラ、しばらくそこで待っていろ」
彼らの同胞であるソレイユがこの光景を見れば、きっと怒りに身を任せるだろう……そう考えたマユカに、ディアナが同意する。
ディアナは結界の中から仲間たちの傷を癒やしていたリブラにそう声をかけ、ナヅキたちへと視線を向けた。
「ナヅキ、フィリ! 天使たちは任せた!」
「はいはい、やってやるわよ! ……フィリ、いけるわよね?」
「もちろん! 任せてくださいです、ナッちゃん!」
ディアナの指示を受け、背中合わせで相棒に声を掛け合う二人。
無尽蔵に現れる天使たちに囲まれても、彼らの瞳から闘志は消えていなかった。
「……ここからが大詰めだ。倒すぞ――【識神】を!」
+++
――ダンッ!!
階段を駆け上がった勢いのまま、豪奢で重たそうな扉を蹴り開けたのは、カイゼルさんだった。
罠が、とか危険なのでは、とか頭に過ぎったのは一瞬のこと。
蝋燭による最低限の灯りしかないその広い部屋の奥に人影を見つけたオレたちの間に緊張が走る。
「……ここまで辿り着くとは。流石は“双騎士”。
あの忌々しき女神の下僕よ」
重く、深く、心を見透かされそうな声。
ルーが一歩前に踏み出て、腕を横に振り部屋の中の闇を払った。
(……あれが……【全能神】……!)
部屋が光に包まれたことで、明らかになる【全能神】の容姿。
青年の姿をしたその【神】の長く白い髪は毛先が黒く、金の瞳は冷たくオレたちを捉えていた。
「ふむ。元の世界に捨てられし光の御子。【太陽神】か」
ルーの姿を認め、すっと目を細める【全能神】。
彼は次に、夜先輩を睨んだ。
「……当代の【魔王】……いや、【破壊神】。
あの異端者のチカラを継ぎし者が、我の前に姿を現すとはな」
「……先代ときみの禍根とか、正直どうでもいいしオレには関係ないことだ。
けど……ローズラインの【世界樹】として、きみの暴挙は赦せない」
先輩は凪いだ瞳で、【魔剣】スターゲイザーを【全能神】へと突きつける。
「ほう、我を倒すと。良いだろう……貴様らを斃し、【創造神】を屠り……貴様らの世界を、滅ぼすとしよう」
何の感情も宿さずそう言い切った最高神に、オレたちは武器を構え直した。
走り出すカイゼルさんに、オレも続く。
「【神】だか何だか知らねえが、ぶっ倒す!」
彼はそう意気込むと、【全能神】との距離を一気に詰めて拳を振り下ろした。
……けれど。
「――ッ!!」
「カイゼルさん!!」
【全能神】の僅か数センチ手前で、カイゼルさんの拳は半透明な光の壁に阻まれてしまった。
オレも剣で薙ぎ払ってみるが、びくともしない。
「……結界か」
「如何にも、ただの人間よ。この壁は、壊せぬ」
この結界を壊さない限り、【全能神】にダメージを与えることは不可能だ。
だけど……こちらには、“彼”がいる。
「ハッ。壊せねえわけねえだろ。――夜!」
カイゼルさんがその名を呼んだのとほぼ同時に、その人は【魔剣】を結界へと突き刺した。
「――“壊す”よ」
短く呟いた宣言通り、パキン、と音を立てて【全能神】の結界は“破壊”される。
【全能神】は予測していたのか、特に動じることはなく「ほう」と漏らしただけだった。
「っお兄ちゃんたち、避けて!」
不意に、後方で詠唱していたルーが叫ぶ。
え、と思った次の瞬間、オレは強い力で突き飛ばされた。
直後に襲う眩いほどの光線。あのままそこにいれば、まず間違いなく消し炭になっていただろう。
「チッ。無詠唱であの威力かよ」
悪態をついたカイゼルさんが、先ほどオレを突き飛ばして助けてくれたようだ。夜先輩も飛び上がることで光線を避けたらしい。
カイゼルさんへ簡単に礼を言って、オレは【全能神】を見た。
その隙に修復される、防御結界。それを確認したソカルが、なるほど、と呟いた。
「壊しても壊しても修復する……ってやつかな。厄介だね」
だが、壊さないとこちらの攻撃は弾かれてしまう。
オレは夜先輩に視線を向けた。
「……先輩。一応聞くッスけど、結界を破壊してなおかつ【全能神】の魔法も無効化する……とかは?」
「うーん、できなくはないと思うけど。たぶん、一度目の攻撃は防げても、二度目はむりだね」
【全能神】に目を向けたまま、さらりと答えた夜先輩。
ですよね、と納得して、オレは更に考える。
「……でも、あの結界をどうにかしないことには【全能神】に攻撃できないんだよな」
「だったら壊しゃいいだろ。そんでオレたちで即攻撃だ」
吐き捨てるように言い放ったカイゼルさんに、朝先輩とソカルが同時にため息を吐いた。
だが、とりあえずそれしかなさそうだ。
「……夜先輩、お願いします」
「ん、わかった」
こちらの作戦会議中も一切攻撃をしてこない【全能神】。結界を張っているから……という理由ではないことくらい、オレでもわかる。
(舐められてる、な。まずはあの余裕そうな顔を崩すところからだ!)
決意を新たに、オレは剣を構えて再度駆け出す。
視界の先では、夜先輩が再び結界を“破壊”していた。
「行きます!!
――“聖焔よ! 我が剣に宿りて全てを燃やせ! 『セイクリッド・フレア』”!!」
聖なる炎を纏った魔法剣を、【全能神】へと振り下ろす。それはいとも簡単に避けられたが、即座にカイゼルさんの飛び蹴りが彼を襲った。
――しかし。
「――“『カテナディルーチェ』”」
短く唱えた【全能神】の足元に描かれた魔法陣から、鎖が現れる。
それはカイゼルさんを捕らえ、そのまま横へと投げつけた。
「カイゼル!」
「カイゼルお兄ちゃん!」
先輩たちとルーが悲鳴を上げる。
勢いよく壁に叩きつけられた彼は、血を流しながらもそれでも立ち上がった。
オレもまた、【全能神】に魔法を放つ。
「――“焔よ,踊れ! 『テア』”!!」
だが、先ほどのやり取りの間に、【全能神】を守る結界が復元されていた。オレの炎はそれに弾かれ、霧散する。
「くっ……!」
「夜、壊して! ルー、ソカル、合わせて!」
苦々しく顔を歪めたオレの背後から、朝先輩の指示が飛んだ。
それに一つ頷いた夜先輩が【魔剣】を振り下ろし、結界を壊す。
するとすぐに、三人の詠唱が響いた。
「――“其は蒼に輝きし流星群,彼の者の元へ流れ堕ちよ! 『シュテルンシュヌッペ』”!」
「――“天空の覚醒,祈りの虹となれ! 『ラピスアルクス』”!!」
「――“終わりなき宵闇,那由多の果てへ……墜落せよ! 『テネブリス』”! 」
光と闇の魔法が、結界の“壊”れた【全能神】へと降り注ぐ。
激しい閃光と爆発音。オレは焦りを感じながらも、剣を握る手に力を込めた。
次いで、トドメとばかりに夜先輩の詠唱が耳に届く。
「――“煉獄の闇,全てを破壊する剣となれ! 『フェーゲフォイアー』”!!」
背に青みがかった翼を生やした夜先輩が、【魔剣】スターゲイザーを振り上げ闇色の衝撃波を飛ばした。
彼らの魔法は部屋の奥の壁をも壊し、それによって外に広がる青空が視界に飛び込んできた。
(でも、多分……まだ……!)
“感情伝染”を制御しているはずなのに、伝わってくる感情……強い憎悪と、怒り。
それは紛れもなく、爆煙から何事もなく姿を現した……【全能神】ゼウスのものだ。
「……女神の下僕が。好き勝手してくれる」
「下僕なんかじゃない。オレたちは、オレたちの意思でここにいる!」
相変わらずの無表情で吐き捨てた【全能神】に、オレはそう叫び返す。
そこで【全能神】はやっと表情を変えた。ほんの少し口角を上げ、皮肉るような薄い笑みを浮かべたのだ。
「だが、女神が貴様らを喚び寄せ、戦わせたのは事実。
されどあの女は今も貴様らに姿を見せず、高みの見物をしているのだろう」
……確かに、と思ってしまった。
確かにオレたち現“双騎士”たちは、事の発端である【創造神】アズール・ローゼリアに逢ったことがない。
そんな微かな動揺を、しかし【全能神】は見逃してはくれなかった。
「愚かなり、“双騎士”。
――“永遠の業火に抱かれよ。『ディモス』”!!」
迫りくる炎の塊。それは、【戦神】アイレスが使用していた魔法で――
「ッ!!
――“其は生まれ出づる紅星,燃え盛るは刹那の煌めき! 『イスタンテ・ノヴァ』”!!」
オレは咄嗟に同じ炎属性の魔法を唱え、相殺しようと試みる。
だが――それは、無意味だった。
オレの魔力は、いとも簡単に【全能神】のそれに飲み込まれてしまったからだ。
「なっ……!!」
勢いすら衰えず、突き進んでくる炎塊。
けれど、その魔法とオレの間に割って入った者がいた。夜先輩だ。
「――“破壊。消滅。流転。再生。滞ることなく流れていけ……闇の果てへ! 『ダークエンド』”!!」
流れるように詠唱された無効化魔法が、【全能神】の魔法を掻き消した。
ホッと息をつき、オレは【全能神】に視線を戻す。
(他の【神】の魔法も使えるとか、威力がデカいとか……まさに神々の王って感じだな)
だけど負けるわけにはいかない。
女神の思惑がどうあれ、オレたちはローズラインを守るためにここにいるのだから。
オレは震える自身の足を叱咤して、剣を握り直す。
「【全能神】! 【創造神】がどんなことを考えてるか、オレたちはわからない……けど!
ローズラインは、壊させはしない!」
それは紛れもない、オレ自身の意思であり決意。
自分の心に言い聞かせるように叫んだオレを、けれど【全能神】は冷めた眼差しで一瞥しただけだった。
「……壊させはしない、か。それは我も同じこと」
「は……?」
突然の言葉に、オレは思わず目を見開く。
彼は構わず淡々と告げた。
「そも、先代の【破壊神】 がこの天界を破壊しようとし、我はそれを阻止したに過ぎぬ。
そして……貴様らも。我というこの世界の【世界樹】を倒すということは、この世界を破壊すると同義。
我はそれを阻止し、この世界を守る……それは貴様らと何が違う?」
「そ、れは……」
理路整然とした彼の話に、オレは言葉を失くしてしまった。
彼もまた、守るべきもののために戦っている。
オレたちがローズラインを守るのと同じように、【全能神】も天界のためにオレたちに牙を向く。
……であれば、正義はどちらにあるのか?
【創造神】は未だ、黙して語らず。
オレたちの“正義”と神々の“正義”。似ているようで相反するそれは、果たしてどちらが正しいのか……――
オレは、答えることが出来なかった。
Past.59 Fin.
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