Night×Knights

Black Wings~黒翼とイビア~


(それは、ひとつめのものがたり。吸血鬼と呪符使いの、はじまり――)

 +++

『――逃げなさい、××……』

 燃え盛る屋敷。

『早く、逃げなさい……』

 自分を逃がそうとする両親。

『――ははははは……っ! 全部、全部燃えてしまえ!!』

 主を裏切り、屋敷を燃やした男……。

『行きなさい、××!!』


「嫌だ……っ父様、母様ぁぁぁぁっ!!」

 ――朝。桜城サクラじょうの一室に、少年の叫び声が響く。

「……はあ……はあ……ゆ、め……」

 少年……黒翼こくよくは、手で顔を覆って深く溜め息を吐いた。

 ――もう、五年も経つのに……――

 黒翼の両親は、家臣の裏切りにより燃え盛る屋敷の中で死んだ。
 両親に逃がされ生き残った黒翼は、“妖狐”のえんようという双子の兄弟に保護された。
 そして裏切った家臣はすぐに焔に捕らえられ、城の牢屋に閉じ込められたのだった。

『――コイツをどうするかは、お前次第だ、黒翼』

 家臣が閉じ込められているその場所へ来た黒翼に、焔は言う。

『殺すも殴るもこき使うも、ぜーんぶクロの自由やで』

 焔の双子の弟・陽も、そう言って黒翼の頭を撫でた。
 自身を睨む男の黒い瞳。純血の、吸血鬼の瞳。

 ――彼は、純血派の男だった。
 吸血鬼の一族に生まれ、他の種族より自分たちが優れていると認識し……その尊き血に他種族の血が混ざることを嫌う思想の持ち主。
 それゆえに、妖狐を妻に迎えた吸血鬼の王――黒翼の父親に愛想を尽かし、妖狐の妃とその間に産まれた混血の吸血鬼……即ち黒翼を王諸共殺そうとしたのだと言う。
 結局両親は殺され、黒翼は母方の親戚である妖狐族に助け出された。
 それでも心に受けた傷は癒やされることはなく、黒翼は引きこもりがちになってしまった。

 母親譲りの藍色の瞳。けれど、完全な妖狐にも吸血鬼にもなれない自分。
 ……何のチカラもない、誰も守れない、自分。

 彼はその全てを憎んだ。憎んで、憎んで、憎んで――そして、ある時突然気が付いたのだ。

『……殺して何になる……?
 確かにこいつは殺してやりたいほど、憎い……。
 ……でも……殺しても……憎んでも……父様たちは帰ってこないんだ……』

 泣くことも叫ぶこともせず、彼はそっと、目を閉じたのだった。

 +++

 ――トントン。
 不意に部屋を仕切る襖を叩く音が控えめに響き、しばらくしてそれが開かれた。

「おはよう、黒翼。朝食出来ているぞ?」

 そう言って微笑んだのは、焔。炎のような紅い髪に、同じく紅い狐の耳が生えている。

「…………」

 黒翼は黙ったまま頷いて、布団から出たのだった。

 彼らが暮らしているのは、『妖界ようかいレムレシア』と呼ばれる世界。
 様々な妖怪たちが大小様々な国で肩を寄せ合って生きる惑星だ。
 そして、焔と陽はそのうちの一つ……『白鷺国ハクロコク』を治めている双子の王であった。

 黒翼は服を着替えて部屋の外へ出る。すると、視界一面を桃色が包んだ。
 この白鷺国の王城……“桜城”は、その名の通り城の周囲を桜の木が覆っている。
 季節に関係なく咲き誇る桜の花は、この国の象徴となっていた。

「おはようございます、つばさちゃん」

 ふと背後から声を掛けられる。
 黒翼がそれに振り返ると、薄い水色の髪と白い着物を着た女性……“雪女”の雪華せつかが微笑みながら立っていた。
 焔と陽の幼なじみで少しおっとりした性格の彼女は、まだ幼かった黒翼の面倒も見てくれ、彼にとって姉のような存在でもある。

「おっはよー黒ぉー! あ、セツもおはよーさん!」

 突然独特の喋り方をする軽いノリの声と共に、金の髪と金の耳、細い瞳以外は焔そっくりな男が現れた。
 焔の双子の弟、陽である。

「おはようございます、陽ちゃん。相変わらず朝から騒々しいですわね」

 にこり、と笑いながら、雪華は毒づく。それを聞いた陽は、大袈裟に泣き真似をした。

「ひっどー! セツは相変わらず冷たいなぁ!」

「雪女ですから」

 ――また始まった、と黒翼は二人に呆れたような視線を向ける。何せ彼らは顔を合わせる度にこれだ。
 喧嘩するほど何とやら……とは言うけれど、と密かに溜め息をつく黒翼。
 ふわりと風が吹き、桜の花弁が舞い散ってゆく。
 いつもの景色。いつものやり取り。繰り返すように変わらない、穏やかな日々。
 喧騒を背後に聞きながらその光景をぼんやりと見ていると、風が急に強くなった。

「……っ!?」

 風に舞っているたくさんの花弁が、意思を持ったかのように黒翼の方へと向かってくる。

 ――ザアアアア……!

 それらは擦れ合う音を出しながら、驚く彼の視界を覆う。

「――っ!!」

 風が止んだ後、そこには黒翼の姿は無かった……。

 +++

 ――異世界・ローズライン。大陸の東端にあるサントリア村。
 そこにある孤児院を兼ねた修道院で、橙色の髪の少年……イビア・レイル・フィレーネは暮らしていた。

「全く……シスターってば人使い荒すぎだろ……」

 文句を言いながら歩く彼の両手には、水が一杯に入ったバケツが揺れている。

「仕方ないだろ……オレたち以外は女子供しかいないんだから」

 その隣を歩く茶髪の青年、レンパイア・グロウの両手にも、同じようにバケツがぶら下がっていた。
 二人は修道院のシスターから、近くの井戸まで水を汲んでくるよう頼まれ、そこから帰ってくる途中だった。

「……あれ?」

 不意に、イビアが何かを見つけた、と声を上げる。

「どうした?」

「いや……あれ、人かな?」

 イビアが指を差した先を見やると、琥珀色の髪と白を基調とした服を身に纏った人物が、草原に倒れていた。

「……人、だな」

「おーい、大丈夫かぁ?」

 イビアは倒れている少年、と思わしき人物に近寄り、バケツを地面に置いてその身体を揺する。

「う……」

「あ。生きてる」

「イビア、そいつを修道院へ運ぶぞ」

 反応を返した彼を見て、レンがイビアに指示をする。

「はいはーい。よっと」

 バケツの代わりに倒れている少年を抱き上げて、イビアはレンの後を追ったのだった。

 +++

「“召喚者”ね」

 少年を修道院の空き部屋のベッドに寝かせて、一息吐いたときにやって来た金髪の少女……リウ・リル・ラグナロクの第一声が、これだ。
 ちなみにレンはシスターの元へと汲んだ水を持っていった。

「“召喚者”……って、言い伝えの?」

 このローズラインには、創世歴より伝わる言い伝えがあった。
 曰わく、『世界が危機に陥った時、異世界から勇者が召喚され、この世界に住む者と契約し世界を救うだろう』といった内容である。

「そ。彼はその一人目。まあこんなに早く来るなんて意外だったけど……」

 幼いながらも【予言者】と呼ばれる存在であるリウ。
 彼女はその未来予知の力で彼が他の世界から転移してくることを視ていたのだという。

「ふーん……。けど、言い伝えによると、こいつが“召喚者”ってことは誰かが“契約者”にならなきゃいけないんだよな?」

「そうね」

「……誰なんだ? リウ、予言で知ってるんだろ?」

 頷いたリウに、知りたい、とイビアは彼女をじっと見つめて尋ねる。

「それは……――」

「ん……」

 リウが言いかけた瞬間、少年がぱちりと目を覚ました。

「あ、目、覚めたか? 大丈夫?」

「こ……こは……?」

 イビアの言葉に、少年は彼を見て問いかけた。

「ここはローズライン。
 ……驚かないで聞いてほしいのだけど……あなたの住んでいた世界とは、違う世界なの」

 リウは彼を刺激しないよう、優しげな声で少年に答える。

「違う……世界……?」

「……なあ、オレはイビア。イビア・レイル・フィレーネ。
 お前の名前は?」

 戸惑う少年に、イビアが場を明るくしようと自己紹介をする。
 少し間を置いて、彼は小さく自身の名を告げた。

「……黒翼……」

 黒翼、と名乗った少年にリウも自己紹介をし、先ほどの言い伝えの話……黒翼は“召喚者”という存在だ、ということを説明した。

「……それで、俺に何をしろと言うんだ……?」

 黒翼の表情は訝しげだ。
 当然だろう、目が覚めていきなりここは今まで自分がいた世界とは違うと言われ、自分は“召喚者”……異世界から来た勇者だなどと言われても、普通は誰だって信じない。
 イビアはそう納得しながらも、黒翼に語りかけた。

「“契約者”を探して契約して、この世界を助けてほしいんだ」

「……何故?」

「あなたには力があるからよ。この世界を助ける力が。
 この世界はいずれ悪意に飲み込まれてしまう。
 だから、あなたに……ううん、あなたたち“双騎士ナイト”に、この世界を救ってほしいの」

 首を傾げた黒翼に、リウがそう答えて微笑んだ。

「……貴方『達』?」

「あっそうだぞリウ! お前さっきもコイツのこと『一人目』って……!」

 だが、黒翼はわけがわからないと眉をひそめ、イビアもリウに先ほどの疑問の答えを促した。

「ああ、そのことね。“双騎士”……“召喚者”と“契約者”は二人だけじゃないの。
 合計で八人。あなたたちは残りの六人を探して一緒に悪意を……“黒き救世主ダークメシア”を倒してほしいの」

「“黒き救世主”……?」

「なんだそれ……っていうかあなたたちって」

 リウの言葉に二人はますます訝しげな表情を浮かべる。……だが。

「“黒き救世主”は……この世界と【予言者】であるリウを狙う連中だ」

 その疑問に答えたのはリウではなく、シスターの元から戻ってきたレンだった。

「この世界とリウを!?」

 イビアはその発言に驚く。
 二人とはそれなりに長い付き合いにはなるが、そのような話は一切聞いたことがなかったからだ。

「な、なんでそんな……!!」

「私は【予言者】。未来が視えるから、その力が厄介なんでしょうね。
 ……私だって、好きでこの力を持ってるわけではないのにね」

 悲しげに微笑んで、リウはそう言う。

「……リウ……」

 イビアはそんな友人の表情を見て、その名を呼ぶことしかできなかった。

 リウとレンはこのサントリア村の出身ではない。
 どこか遠くから来た、ということを初めて会ったときにレンから聞いた。
 イビア自身もこの村の出身ではなく、元々は隣町の生まれだった。
 だが、ある事件を境に故郷を出て一人でこの村にやってきたのだ。
 そのときには既にリウとレンは修道院で暮らしていて、年が近かったこともありイビアはすぐに二人と打ち解けた。
 しかし、時折見せるリウの悲しげな表情がイビアはずっと気になっていた。
 彼女が【予言者】ということは知らされていたが、その力のせいで狙われているということ。
 それが彼女にそんな表情をさせている、ということに今初めて気付いたのだ。

 ――なあ、マリア……。オレは君を守れなかった。
 そんなオレでも守れるかな? 大切な、友達を……。

 イビアの脳裏に浮かぶのは、故郷にいた頃の記憶。
 けれど、大切だったはずの山吹色の髪の少女は、微笑んですらくれなかった。
 思い出すのは彼女の最期の姿。閉じられた瞳。
 冷たい、冷たい、躰……――

(……憎い。彼女を殺した、あの男が……)

「イビア」

 思考の渦に嵌まっていた彼を現実に戻したのは、リウの声だった。

「あなたはさっき聞いたよね、あなたたちって? と。
 その前に、黒翼の“契約者”は誰か、とも。
 ……答えてあげるわ、その問いに」

 一度言葉を区切り、リウは続けた。
 きょとんとしているイビアを、橙色の瞳で真っ直ぐに見つめて。

「あなたよ、イビア。……黒翼の“契約者”は、あなた」

「……ええっ!?」

 彼女の言葉にイビアは当然驚く。口には出さないが、黒翼も驚いているようだ。

「そ、んな! 無理だって、オレは……!!」

 イビアはそこで一度口を閉ざし、搾り出すような声で、続けた。

「オレは、恋人を、マリアを守れなかったんだ……。
 そんなオレにリウや世界を救うなんて……できるはずが」

「バカか、てめぇは」

 そんなイビアを遮ったのは、レンだった。
 冷たささえ感じる瞳で、彼はイビアを睨む。

「……れ、ん?」

「何をやる前から諦めてやがる。
 どうせ諦めるならやってみてから諦めろ。守れなかったなら今度こそ守ってみろ。
 それが出来ないなら、イビア。お前は何で生きているんだ?」

 レンの厳しい叱責に、イビアはぐっと黙る。

「……イビア、レンはあなたを思って言ってくれてるの。
 あなたなら、絶対に大丈夫だって」

 俯くイビアに、リウがそれにしても言い過ぎだけどね、と優しく声をかける。

「……俺が、イビアと契約すれば……リウも世界も救える……?」

 それまで黙って話を聞いていた黒翼が、不意にぽつりと呟いた。

「……ほう。てめぇは物分りがいいじゃねえか」

「……俺は、この世界の事を全然知らない。でも、お前達は悪い奴では無い、と思う……。
 俺も……両親を、助けられなかった。だからこそ……今度は、助けたい。守りたい。
 ……守れる自分に、なりたい」

 感嘆の声を上げたレンの方を一瞥し、イビアに向き直った黒翼は、ぽつりぽつりと語りかける。

「……お前、」

「だから、力を貸して欲しい……。一緒に守ろう?」

 黒翼は幼さを含んだ静かな声音で、彼に手を差し伸べた。
 その手をじい、と見つめたイビアだったが……やがて深くため息を吐き。

「……っあーもう! オレより年下っぽい奴にそう言われちゃあオレの立場がねぇじゃん!」

 突然、観念したかのように彼は大声でそう言った。
 そして、ぽかんとしている黒翼の手を握り返して、笑顔を浮かべる。

「おう。一緒に頑張ろうぜ、姫!」

「……ひ、め……?」

 自分のことをそう呼んだイビアに、黒翼は明らかに嫌そうな顔をする。

「俺、男だけど……」

「え、でも見た目姫っぽいし、ちっさくて可愛いし。いいじゃん別に!」

 朗らかに笑うイビアに黒翼はひどく微妙そうな顔をしたが、根がマイペースな彼は気にせずリウに話しかけた。

「で、契約ってどーすんだ?」

 今まで二人の様子を微笑ましく見ていたリウは突然話題を振られ、一瞬きょとんとするがすぐに気を取り直してまた微笑んだ。

「“契約者”が亜人種なら、やり方は“契約者”が知ってるけど……そうね、人間の場合は知らなくて当然ね。
 レン、仲介してあげて?」

「……仕方ねぇな……」

 リウの頼みは断れないのか、レンは溜め息を吐いてから瞳を閉じ、意識を集中させた。

「――“紡ぐ者,紡がれし者。途切れぬ糸,途切れぬ音。結びし力は光となる……”」

 レンが詠唱し始めると、イビアと黒翼の足元に魔方陣が浮かび上がる。
 それと同時に、二人の意識は遠のいていった。

「な……――」

 ぐらり、と揺れる視界と眩しい光の中で、イビアは山吹色の髪の少女を見た気がした。

 +++

『――ローズラインの呪符使い、イビア・レイル・フィレーネが契約せしは、“Wing”の名を持つ者。他者を護ると誓った者』

 レンの声が暗闇に響く。
 黒翼とイビアはその空間で向かい合わせに立っていた。

『お前らは“他者を護る”という誓いで結ばれた“双騎士”だ。
 それはリウであったり他の奴だったり……互いだったり』

 レンのその言葉を聞いて、イビアは改めて黒翼を見た。

「……護る、か……。護ってみせるさ、今度こそ。
 ……姫、オレに力を貸してくれ」

 そう言って差し出されたイビアの手を握って、黒翼は少し微笑んだ。

「……うん。一緒に、護ろう」

 その瞬間、暗闇が晴れ、二人は元の場所……修道院の一室に戻っていた。

「あ、あれ? 戻ってる……」

 イビアと黒翼はぽかんとして辺りを見回す。

「無事に契約出来たみたいね」

 そんな彼らに、リウが声をかける。二人は彼女の方を向いた。

「……契約出来たって……あれだけで出来てんの?」

 イビアがリウに問う。
 物的証拠もなく、契約が出来たという実感がないからだ。

「まあね。あんまり実感ないでしょうけど、普段はそんなものだから」

 軽く笑って、リウはイビアの問いに答える。
 イビアと黒翼は、顔を見合わせて溜め息を吐いた。

「……“双騎士”ってのはお互いの感情に呼応して力が上がるんだ。
 戦闘になったら嫌でもわかる」

 レンの面倒くさそうな説明に頷き、イビアはリウに視線を戻す。

「……でさ、オレたちもう出発していいんだよな? レンたちは着いてくるのか?」

「ううん、私たちはこれからここに来る“双騎士”を待たなきゃ」

 首を傾げたイビアに、リウは穏やかに笑んだ。

「え? そうなのか?」

「ええ。もう一人、異世界からここに来る子がいるの。
 説明してあげなきゃ可哀想でしょ?」

「……そいつとその“契約者”を連れてお前らに合流する。いいな?」

 有無を言わせないような声でそう言ったレンに、イビアは再度頷いた。

「……あ、でも今日はもう遅いから出発は明日の朝ね」

「――……えっ? あ、はい……?」

 よし、と今にでも飛び出しそうだった彼を、リウがまったりとした声音で止める。
 ふと外を見ると、いつの間にか夕陽が草原を照らしていた。

「焦っても仕方ないからね。ゆっくりでいいのよ」

「……ゆっくり、って……狙われてるのはお前なんだから」

「うん、そうね。でもこの旅は……それだけじゃないから」

 イビアのツッコミを、リウは柔らかに笑って流す。

「……どういうことだ?」

「私が狙われてるだけなら、ここや別の場所で隠れてたり敵を迎え撃てばいいでしょ?
 でも、それじゃあダメなの。私がよくても、あなたたちやレンがダメなの」

 イビアの疑問に答えてから、リウはレンを見る。
 レンはバツの悪そうな顔をして、視線を逸らした。

「オレたちや……レンがダメって?」

「これはただ、私を守るためだけの戦いじゃない。
 あなたたちの、過去と戦う旅でもあるの」

「過去と……戦う?」

 脳裏に巡る、恋人が生きていた幸せな日々。
 奪われた、そんな平穏な日々。
 イビアのその深緑の瞳に、密かに憎悪が宿る。

「そう。レンにもあなたにも黒翼にも他の“双騎士”にも、みんな辛い過去がある。
 これは、それを乗り越えるための旅なの。わかった?」

「……なんでそんなみんな、過去に色々あるんだ?」

「それは……」

 リウが言いかけた時、それまで黙っていた黒翼が不意にがくん、と膝をついた。

「うわ、姫!?」

「…………っ」

 どうやら立ち上がろうにも力が入らないらしい。慌てたイビアはリウとレンを見る。

「レン、お前こいつに何したんだよ!?」

「なんでオレのせいなんだ、なんで」

「うーん……お腹空いたのかしら」

 イビアとレンがくだらない言い争いをしている横で、のんびりとした口調のリウが黒翼に近づいた。

「あなた、確か吸血鬼だったよね」

「……っ!?」

「は……? 吸血鬼っ!?」

 リウの言葉に黒翼とイビアが驚く。

「何で……知って、」

「【予言者】だからね。知らないことはほとんどないわ」

 得意げに笑うリウに、二人は脱力した。

「あなたはイビアと契約した。つまりそれはイビアの血しか受け付けられない体質になったってこと。
 力を与える代価として、力の源を与えてもらう。それがあなたたちの契約よ」

「ふーん……じゃあ他の“双騎士”もそうなんだ」

 イビアの問いかけに、リウは少し考えてから首を振った。

「基本的にはそうね。代価は人それぞれなんだけれど。
 ……ああ、でも、一組だけ違う子たちがいるわ」

「え、そうなのか?」

「うん。まあその二人にはいずれ会うし……ある意味この旅の核心とも言えるから、彼らの話はその時にね」

 少し複雑そうな表情を浮かべた彼女に納得して、イビアは黒翼に腕を差し出す。

「へえ……まあそういうことなら。
 姫、ほら。これでいいか?」

「……良いのか?」

「いいも何も……飲まなきゃ死んじゃうんだろ?」

「死には……しない。俺は……混血の吸血鬼だから」

 ヒトと同じ食べ物でも大丈夫だと、彼は首を振る。

「でも、力が出ないんだろ? オレは大丈夫だからさ」

 ほら、と、戸惑う黒翼にイビアは促す。
 黒翼は意を決したように頷くと、イビアに近づいてその腕にそっと噛みついた。

「……いっ……」

「あ……ごめ、」

「いいって。大丈夫大丈夫」

 痛みに耐えるイビアを気遣うように黒翼が離れようとするが、彼はそれを許さず、黒翼の頭を無理矢理抑えつける。
 そんなイビアの行動に観念したかのように、黒翼はその血を飲んだ。

「……ええと……その……有難う」

「いいって。パートナーなんだし! よろしくな、相棒!」

 戸惑った様子で謝罪を述べる黒翼に、イビアはにっと笑ってその琥珀色の頭を撫でた。
 その笑顔につられたように、黒翼も少し微笑む。
 そんな二人をリウとレンは優しく見守っていた。
 ……【予言者かのじょ】は、少し悲しげな表情を浮かべながら。

(……イビア……守るって、契約……)

 その先にある運命も、痛みも、二人は何も知らなかった。



 Black×Wings Fin.