Night×Knights

Blood×Songs ~深雪とソレイユ~


 

(それはふたつめの出逢いのものがたり。 歌唄いと堕天使の、はじまり――)

 

 

 

 羽崇 深雪(うたか みゆき)は学校の屋上にいた。 アルビノの白い髪や肌は、瞳と同じ真紅に染まっている。

 

「――っ羽崇(うたか)っ!!」

 

 突然背後から声が聞こえる。

 深雪が後ろを振り向くと、そこには教師たちがいた。 地上からは救急車のサイレンがけたたましく響いている。

 

 

 虹原区にある北雫(きたしずく)学園。 富豪の子ども達が集まるこの学園で、その事件は起きた。

 一人の生徒が突然、持っていたナイフで友人たちを刺したのだ。 その犯人こそが……。

 

 

「羽崇……お前、何で友達を刺したんだ!」

 

 そう、深雪だった。 教師の言葉に、深雪は薄く笑う。

 

 

 羽崇 深雪は髪と肌が白く紅い瞳という日本人離れした容姿を持つ、少し大人しいがごく普通の高校生だ。

 

 容姿端麗で成績優秀、さらに礼儀正しく、この北雫学園には相応しい生徒だと教師たちは一目置いており、その穏やかで優しい性格により友人も多かった。

 

 何より、音楽においては天才的だった。

 

 絶対音感を持ち、ピアノを初めとする楽器全般を演奏でき歌も上手い。 音楽教師はそんな深雪を特に可愛がっていたし、有名な音楽大学から勧誘も来ていた。

 

 そんな明るい未来が待っているであろう生徒が、なぜ。 教師たちは不思議で仕方なかった。

 

 

「羽崇、答えろ!! 黙っていたら何もわからないだろう!?」

 

「……もう、限界だったんです」

 

 ぽつり。 紅に染まった白い髪を風になびかせながら、深雪は呟いた。

 

「もう、嫌だったんです。 全部。 ……だから、殺そうと思ったんです……みんな。

 ……家では両親が冷たくなってますよ」

 

 泣きそうな顔で、アルビノが笑う。

 

「――っ羽崇お前……っ!!」

 

 教師が怒鳴る。 地上から、パトカーの音も聞こえてきた。

 

「勝手に私に期待する方が間違ってたんです。 ……勝手に私の人生を決めて」

 

 私の人生は私だけのものなのに、なぜ両親も友人も、勝手に私の未来を決めるのか。

 深雪はそう呟いてから教師たちを見て、ふわりと微笑んだ。

 

「……さよならです、先生」

 

 笑顔のまま、深雪は身を宙に投げ出す。

 教師たちが驚いて手を伸ばすが、その身体は地面に叩きつけられることはなく、その名の通り雪のように消えていった。

 

 

 +++ 

 

 

「♪~」

 

 

 異世界・ローズラインにある、ドゥーアの街。

 

 薄暗い路地裏に、その場に似合わない澄んだ歌声が響く。 その声の主が歩く度に、ぺちゃり、という水溜まりを踏んだような音がしていた。

 

 宵闇のような黒いマントを羽織り、その手には赤色に染まった短剣を握っている。

 そして反対の手に持つ赤色が染みている大きな袋を袋を引きずるように、その人は歩く。

 

 紅い月が、不気味に笑っていた。

 

 

 不意に、反対方向から慌ただしい足音が聞こえてきた。 その人は唄うことを止め、ただじっと暗闇を見つめる。

 足音と共に闇から出てきたのは、青年だった。

 

「お前か! ここ一週間、犯罪者を殺している“雪うさぎ”と言う名の“殺し屋”は!!」

 

 “雪うさぎ”、と呼ばれたその人は、短剣を青年に突きつける。

 

「……犯罪者を殺しているんですから、問題はないでしょう?」

 

 冷めた声で、“雪うさぎ”は言う。

 

「犯罪者でも……生きているんだ!」

 

 それを殺すお前も犯罪者だと、青年は“雪うさぎ”を捕まえようとする。

 しかし“雪うさぎ”はそれをひらりとかわして、反対方向へ逃げ出した。

 

「逃がすな!」

 

 青年の声が響き、“雪うさぎ”の進行方向から別の人間が数人現れる。

 

「!! ……自警団の方々ですか……」

 

 “雪うさぎ”は走るのを止め、立ち止まった。

 

 このドゥーアの街は、自警団と呼ばれる民間組織が治安を管理・監視している。

 とはいえ犯罪は起こるもので、そんな犯罪者たちのほとんどは“雪うさぎ”たち“殺し屋”を生業としている者たちが殺していた。

 

 しかし“殺し屋”と自警団が協力関係であるかというとそうでもなく、むしろ犯罪者といえども生きている者を殺す“殺し屋”を自警団は目の敵にしていた。

 

 その例が、今の“雪うさぎ”が置かれたこの状況だ。

 

 

「さあ、観念するんだな、“雪うさぎ”!」

 

 青年が“雪うさぎ”に銃を向ける。 それと同時に、他の自警団員たちも銃を構えた。

 短剣では銃に勝てない。 ましてや多勢に無勢だ。 この状況をどう切り抜けるか……“雪うさぎ”が考えた、その時だった。

 

 ――パァン……ッ

 

 上空から銃の音が聞こえ、自警団の一人が手にしていた銃を落とした。 どうやら腕を撃たれたらしい。

 自警団員たちがそこに向かって銃を構え直すが、一人、また一人と銃を落とし腕を押さえて蹲った。

 

「今だ、走れっ!!」

 

 その場所から突然声が聞こえ、“雪うさぎ”は声の主が自分を助けてくれたのだと理解したのと同時に、指示に従って走り出した。

 

「くそ……逃がすかっ!!」

 

 青年が逃げる“雪うさぎ”を追いかけようとするが、上空からの攻撃に足止めされる。

 

「くそ……ッ」

 

 銃声が止んだ頃には、“雪うさぎ”の黒い影は闇に溶け込んで見つけられなかった。

 

 

 

 

「いやー、久しぶりだなぁ“目深”―!」

 

 

 あれから“雪うさぎ”……羽崇 深雪(うたか みゆき)は、行き着けの酒場へと逃げてきた。

 しかし酒場というのは表向きで、実際には深雪と同じ“殺し屋”たちの情報交換所兼溜まり場となっている。

 

 そして、その場所には先ほど深雪を助けてくれた銃使いもいて、今は他の“殺し屋”たちに囲まれ騒がれていた。

 深雪はそれから少し離れたカウンターで、酒場のマスターに飲み物を注文していた。

 

 

「ほい、“雪うさぎ”。 ココアだ」

 

「ありがとうございます」

 

 マスターから差し出された温かいココアを受け取り、深雪は軽く微笑む。 甘い香りが深雪を包んだ。

 

 “雪うさぎ”というのは深雪の“殺し屋”としての通り名だ。

 “殺し屋”たちは他の“殺し屋”の本名を知らず、代わりに通り名で呼び合っている。

 

 一週間ほど前にこの世界へとやってきて何もわからず呆然としていた深雪に、通り名と共に住む場所と仕事を与えたのがここのマスターだった。

 

 

「へー、お前“雪うさぎ”っていうんだ」

 

 不意に声をかけられた深雪が振り向くと、先ほどまで他の“殺し屋”たちに囲まれていたはずの銃使いが立っていた。

 

「オレ、“目深(まぶか)”。 よろしくなー“雪うさぎ”」

 

 へらへら笑いながら自己紹介をした銃使いは、“目深”という名の通り黒い帽子を深く被っていた。

 

「……こちらこそ、よろしくお願いします。 先ほどはありがとうございました」

 

 深雪がそう言って頭を下げると、“目深”は少し驚いたような反応をした。

 

「え!? い、いや、別にいいけどさ。 ……お前礼儀正しいんだな」

 

 “殺し屋”にしちゃあ珍しいぜ、などと言いながら彼は深雪の隣の椅子の座る。

 

「マスター、オレにも飲み物くれよー」

 

「……久しぶりだってのになんだその態度は」

 

 飲み物を注文する“目深”にマスターがツッコミを入れているのを聞きながら、深雪はふと首をかしげる。

 

「……久しぶり?」

 

 そう言えばさっき、他の“殺し屋”たちも彼に対してそう言っていた気がする。

 

「ん? ああ、“雪うさぎ”は知らねぇんだっけか。

 こいつ、一ヶ月くらい行方知れずになってやがったんだ」

 

「あはは。 まあ、こうして無事に戻ってきたんだし、もっとオレの無事を祝ってくれよー」

 

 カウンターのテーブルに肘を着き、やはり“目深”はへらへらと笑う。

 

「へいへい、無事で何よりだぜ“目深”」

 

 ごとん、とココアをテーブルに置いて、マスターはおざなりな返事をする。 ほわほわとした温かい湯気が立ち込めている。

 

「ちょっ、何でそんなテキトーな祝い方!?」

 

 ちょっとオレ泣きそう、などと言いながら、“目深”はそれを一口飲む。 その様子を見ていた深雪は、彼に何気なく尋ねてみた。

 

「一ヶ月も行方不明って……何をしていたんですか?」

 

 その言葉に“目深”はにやりと笑うと、腰のホルダーから二丁の銃を取り出した。

 

「じゃーん! オレの新しい銃!

 いやあ、しっくり来るのがなくてさー。 ずっと良いヤツ探してたら気づいたら一ヶ月も経ってたんだ!」

 

 すりすりと愛しそうに二丁の銃に頬擦りをする“目深”に、マスターが呆れたようにため息をついた。

 

「……んなことだろうと思っていたぜ……」

 

「えーと……良い銃が見つかってよかったですネ……?」

 

 深雪も若干苦笑いになりながら、“目深”に返事をする。

 

「ああ! もーオレ幸せ! 何でもできそう!」

 

 本当に幸せそうに言う“目深”を横目に、マスターがそっと深雪に耳打ちをする。

 

「“雪うさぎ”、放っておいていいぜ。 アイツはただの銃バカだからな」

 

「は、はあ……」

 

「おい、聞こえてるぜマスター」

 

 しかし地獄耳なのか、彼はギロリとマスターを睨んだ。 マスターは両手を挙げて降参、と首を振る。

 

「おー怖い怖い。 ……それよりお前、これからどうすんだ?」

 

 マスターの言葉に、“目深”は今度はきょとんとする。

 帽子の下から覗くころころと変わる表情を、深雪が楽しそうに見ている。

 

「どう、って?」

 

「“殺し屋”続けていくことくらいはわかってっけど、この街に留まんのか?」

 

「うーん、そうしようかなぁ。 ……面白いのがいるし」

 

 そう言った“目深”は深雪と目を合わせ、にやりと笑った。

 

「うわー、気に入られちまったな“雪うさぎ”……」

 

「え、え?」

 

 話を聞いていただけの深雪は、突然話を振られ呆然とする。

 

「んじゃあお前“雪うさぎ”のとこ……つってもこの酒場の上の階だが……そこに泊めてもらえ。

 もちろん家賃は払ってもらうけどな」

 

「え、ちょっと待ってください何でそんな勝手に……!」

 

 いくらマスターには家を借りている恩があるとはいえ、突然の出来事に深雪は慌てる。

 

「えー、いいじゃん別に。

 オレも他のむさい野郎と一緒に暮らすより、お前みたいなカワイイ子と暮らしたいな」

 

 いつの間にか“目深”の手が深雪の肩に回っていた。 どこかひんやりとした手だ、と深雪はぼんやりと思う。

 

「“目深”、雪うさぎに手ぇ出すなよ……」

 

「あはは、わーかってるってー」

 

 マスターにジロリと睨まれ、“目深”はへらへらと笑う。

 その様子を見ながら、深雪はこっそりとため息をついた。

 

 

 

 

「ここが私の部屋です。 ……自由に使ってください」

 

 あれから深雪は、“目深”を自室へ案内した。

 

「へー。 何か何もないのな」

 

 彼の言葉どおり、深雪の部屋には必要最低限の家具しかなかった。

 何も持たずこの世界へやって来た深雪にマスターが急ぎで用意してくれたものだ。

 

「……まだここに来て一週間ですからネ」

 

「ん? お前別の街の出身? ……まあそうだよな、見かけない顔だし」

 

 深雪が笑えば、“目深”が銃をテーブルの上に置きながら首を傾げた。

 

「ええ、まあ……そんなところです」

 

 それに曖昧な返事をしただけだが、“目深”もそれ以上聞いてはこなかった。 夜特有の静けさが、ふたりを包んでいる。

 

「……えーと、“目深”……サン、」

 

「……ソレイユ」

 

 恐る恐る話しかけてみると、“目深”に遮られた。

 その単語の意味に、深雪はきょとんとする。

 

「……え?」

 

「ソレイユ・ソルア。 オレの名前」

 

 ソレイユ、と名乗った彼は、通り名の由来となった黒い帽子を取った。

 その下から現れたのは、月に反射して輝く金糸の髪と、血のような深紅の瞳だった。

 

「……いいんですか? 出会って間もない私に本名を教えちゃって」

 

 その姿に一瞬目を奪われるも、深雪は皮肉るような笑顔を浮かべ、彼を見つめる。

 

「ん? んー、別にいっかなぁって。 本名バレて困ることねぇし。

 ……それに、お前にはちゃんと名前で呼ばれたくてさ。 “目深”じゃなくて、“ソレイユ”って」

 

 窓辺にいた深雪に近づき、彼は無邪気そうに笑った。

 

「……変な人」

 

「ははっよく言われる」

 

 深雪は穏やかな表情で彼を見る。 ひたすらに明るいソレイユに、なぜかひどく惹かれていた。

 

「深雪、です」

 

「え?」

 

「羽崇 深雪。 ……私の本名です」

 

 ソレイユはきょとんとし、意味を理解するとすぐに破顔した。

 

「そっか、深雪か! 変わった名前だなー」

 

「ふふ、よく言われます」

 

「んじゃま、変わった者同士仲良くしようぜ、深雪!」

 

 そう言って差し出された右手を、深雪は少し見つめてから笑って握り返した。

 

「……はい。 よろしくお願いします。 ……ソレイユ」

 

 

 

 

 古く芸術的な建物が並ぶ街、ドゥーア。

 その中央、噴水のある広場で、歌唄いは歌っていた。 夕焼けを反射して幻想的に輝く白い髪が、風にゆらゆらと揺られていた。

 

 

「『ドラマチックな世界の中で

 また夢に出逢いたいんだ

 どうしようもなく寂しい朝も

 そっと傍にいさせて……――』」

 

 

 切ない歌声は夕陽に輝く街中に響き、広場には人だかりが出来る。 やがてその歌声がやむと、人々は歌唄いに拍手を送った。

 

「今日も素敵だったよ深雪ちゃん!」

 

「いやあ、深雪ちゃんの歌声には癒されるなあ!」

 

 人々は思い思いの言葉を歌唄い……深雪に送り、お金を置いて広場から去っていく。

 

 

 深雪がこの世界に来て十日。 そして、ソレイユに出会って三日が経っていた。

 さすがに日中に“殺し屋”の仕事をするわけにはいかず、深雪はいつからかこうして街の広場で歌っていた。

 

 もともと音楽の才能がある深雪のこと、その歌声は街中に瞬く間に広がり、今では先ほどのように人だかりが出来るほどの人気となっていた。

 

 最初は深雪も歌うこと……忌避していた音楽の才能を使って生きることに嫌悪していたが、それでも仕方の無いことだと諦めてしまった。

 

 不意にこちらを見ていたふたりの少年と目が合う。

 蒼い髪がツンツンと跳ねているのが特徴的な少年と、その彼とそっくりな水色のロングヘアーの少年だった。

 彼らににこり、と微笑めば、赤くなった蒼い少年を水色の少年がからかっている姿が見えた。 

 

 

「よ、深雪。 お疲れ様」

 

 

 不意に声をかけられ振り向くと、金の髪を夕陽に反射させながら微笑むソレイユがいた。

 

「ソレイユ」

 

「すげー綺麗な歌だった。 やっぱオレ、お前の歌好きだな」

 

 初めて会ったあの日から、ずっと。

 そう言いながら近づいてきた彼に、深雪もふわりと笑う。

 

「……ありがとうございます。 そう言っていただけると、嬉しいです」

 

「……うー、相変わらず可愛いなぁお前っ!」

 

「わ、ちょ、ちょっとソレイユっ!」

 

 微笑む歌唄いに突然ソレイユが抱きつき、深雪がそれに慌てる。

 ここ最近でよく見かける風景だ、と行き交う人々は微笑ましそうにその光景を見ていた。

 

「えっと、あの、それより……帰りましょう?」

 

 空を見ると、夕陽は随分沈んでいた。 辺り一面を紫色が覆っている。

 

「……だな。 ついでに夕飯の材料買って帰ろうぜ!」

 

 深雪の言葉に同意したソレイユは、その手を握り歩き出す。 とても温かな彼の手のひらに、心が安らぐ気がした。

 

 

(そんなこと、赦されるわけではないのだけれど)

 

 

 ――……傷ついているきみを守りたい、きっと彼の想いは最初からそれだけだったよ――

 

 

 人混みに流されたのか、ふたりの少年の姿は見えなくなっていた。

 

 

 

 

 あれから家に帰り、ふたり仲良く夕飯を済ませ、夜も更けた 頃。

 深雪とソレイユは家を出て、“殺し屋”の仕事のターゲットを探していた。

 ソレイユが酒場でもらった賞金首の情報が記載された紙。 彼ら“殺し屋”はそれを元に暗躍している。

 

「……“雪”! 見つかったか?」

 

「いいえ、“目深”。 ……まったく、どこにいるんでしょうネェ?」

 

 ふぅ、とため息をついて深雪は夜空を見上げた。

 月明かりも星の輝きもなく、街灯の光だけが唯一の光源だった。

 

 

 ふたりは“殺し屋”として行動しているときはお互いのことを通り名で呼ぶ。 それが“殺し屋”としてのルールだった。

 

 

「仕方ねえな、もう一回探してみるか……。……ん?」

 

 不意にソレイユが言葉を切り、辺りを見回した。

 

「どうかしました、“目深”?」

 

「……近くにいるみたいだぜ、“雪”!」

 

 不思議そうに尋ねる深雪に、ソレイユはにやりと笑って答えた。

 ソレイユは何か特別な力があるのか、犯罪者が近くにいればわかるらしい。

 最初は半信半疑だった深雪だが、既に何度かそれを見てしまったのでもはや疑う余地はなくなっていた。

 

「そうですか、なら逃げられる前に行きましょう」

 

「だな!」

 

 ふたりは頷きあって走り出す。 その影は宵闇に溶けていった。

 

 

 

 

 ソレイユに導かれ深雪が辿り着いたのは、路地裏の奥にある空き地だった。

 ふたりは物陰に隠れて目的の人物の様子を探る。

 

「……って、あれ……」

 

 だが彼らが見たものは、目的の人物が一人の青年に捕まっている光景だった。

 青年の焦げ茶色の髪の毛が、空き地を照らす街灯の光を受けてはっきりと見えた。

 

「あの人……あなたと初めて会ったときに私を捕まえようとした……」

 

 深雪はその青年に見覚えがあった。 彼に捕まりかけたとき、ソレイユに助けられたのだ。

 

「うわ、マジかよ……ちくしょうアイツ、“雪”を捕まえようとするどころかオレらの獲物を横取りしやがって!」

 

「あ、ちょっと“目深”……!」

 

 腹立つ! と言ってソレイユは青年の元へ駆け寄ってしまう。

 深雪は慌てて彼を引き止めようとするが、足の早いソレイユは既に青年の前に立ちはだかっていた。

 

「おいお前っ! ソイツはオレが狙ってた獲物だ!!」

 

「……なんだお前? 自警団じゃないな……?」

 

 焦げ茶色の髪を揺らしながら振り返った青年は、ソレイユをきつく睨みつけた。

 

「自警団なんかと一緒にすんな!

 オレは“目深”、“光銃の目深”! てめーこそ何者なんだよ!」

 

 しかしソレイユは青年の眼差しも気にせずにそう叫んだ。

 

「“目深”……貴様、“殺し屋”か」

 

 ソレイユの通り名を聞き、青年の瞳に激しい憎しみが宿る。

 

「オレはジョシュア。 アレキルドフ・ジョシュア。

 自警団の一員で……貴様らの仲間が殺したマリア・ジョシュアの兄だ!」

 

 

 

 

 憎悪を纏った彼……ジョシュアが放つ銃弾から、深雪とソレイユは辛くも逃げ切った。

 彼に捕まっていた賞金首は、諦めるしかないだろうとふたりは判断した。

 

「あーもー……何なんだよあいつは!」

 

「後先考えず飛び出した貴方が悪いです」

 

  街の出入口に出た彼らは、先ほどの反省会を行っている。 ……最もそのほとんどは深雪によるソレイユへの説教だが。

 

「悪かったって。

 ……しかしどうしようか? このまま街に戻ってもあのジョシュアって奴とまた遭遇するだけだろうし……」

 

「そうですネー……。 ……いっそこのまま街から離れてしまいましょうか」

 

 振り返って見上げた街は、街灯や室内の明かりがちらほらと灯っているだけの心許ない光だけを浴びて静かに佇んでいた。

 日中の喧騒も人々の笑い声も、今は闇夜に眠っている。

 

「オレはそれでいいけど……深雪、荷物は?」

 

「元々身軽でしたので、問題ありませんヨ。

 ……ただ、落ち着いたらマスターのところへ報告に行かなければなりませんが」

 

 だよなー、と言ってソレイユは深雪の言葉に頷いて同じように空を見上げる。 

 自然の光がなくても、人々は人工の明かりを頼りに歩いていける。 

 

 

(何ともまあ、力強いことで)

 

 

「……でもこの先、強力な魔物もいるんですよネ……。 ……大丈夫かな……」

 

 ぽつりと呟かれたそれは、深雪の弱音。 人を殺めることは出来るが魔物と戦うのは初めてらしい。

 不安げなその声に、大丈夫と笑ってからソレイユは不意に真顔で何かを考え始める。

 

「……オレがさあ、深雪のことを守ってやりたいけど……一人じゃどうにも無理なときもあるからさ……。

 そこで提案なんだけど、深雪ってもしかして“召喚者”だったりする?」

 

「……しょうかんしゃ? 何です、それ?」

 

 聞き慣れない単語に深雪が首を傾げれば、ソレイユは「この世界に伝わる伝承なんだけどな」と語り始めた。

 

 

 【創造神】たる女神が創りしローズラインに危機が訪れし時、異世界より来たる“召喚者”が現れ、この世界に住まう“契約者”と契りを交わし二対の力で危機を退けん……。

 この力、“双騎士(ナイト)”と称する……――

 

 

「オレさ、実は天使……今となっては地上に堕された堕天使だけど……だからさ、その伝承が嘘じゃないって……召喚したって、女神さまから直接聞いたんだよな」

 

「……にわかには信じがたい話ですが、その“召喚者”……というのが私だと?」

 

 さらりと自身の過去を語るソレイユに、深雪は不信げな顔を向ける。

 その表情に「まあそんな反応するだろうから黙ってたんだけどさ」と苦笑を浮かべてから、こくりと頷いた。

 

「……ほんとはさ、そっとしておこうと思ったんだけど……街の外に出るなら話は別だ。 ……深雪、オレと契約を」

 

「……まっ待ってください! なぜ私が異世界から来たと……?」

 

「変わった名前してるだろ、お前。 ……知りたくはないか? なぜ召喚されたのか、とか」

 

 ソレイユは深紅の瞳で深雪を見つめる。

 ……そう、それはつまり本名を明かしたときから知っていた、ということ。

 深雪は少し考える素振りを見せたあと、「わかりました」と手を差し出した。

 

「……私は……元の世界で親を殺めました。 そんな私でも……」

 

「問題ないよ。 つーか、オレこそ同胞の天使殺してこのザマなんだから……似てるな、オレたち」

 

「……そうですネ」

 

 たとえそれが傷の舐め合いという関係だったとしても。

 ふたりの指先が、しっかりと触れ合った。

 

 

 

 

 ――我,ローズラインの【堕天使】が契約せしは“Song”の名を持つ者……共に剣(つるぎ)と成ることを誓いし者――

 

 

 視界が暗転したかと思えば、どこからともなくソレイユの声が響き始めた。

 それはいつもの明るい声音ではなく、どこか厳かで……他人のように感じた。

 

 

「深雪」

 

 

 真っ黒な視界に突然ソレイユが現れた。

 どうやらこれは契約の儀式らしい。 彼の瞳がひどく真面目な色をしていて、とても新鮮だった。

 

「……オレたちは、剣。 何があっても……お互いや他の奴に危害を加えようとする者を滅ぼす。

 ……それが、血塗られたオレたちの“契約条件”だ」

 

「……相手を……滅ぼす……」

 

 深雪の脳裏を過るのは、冷たくなった両親の姿。

 また罪を重ねるのか、と躊躇うが、あの日……屋上から飛び降りたあの日、死ぬはずだった自分がなぜこの世界に召喚されたのか。

 ……それを知りたかった。

 

 

「……わかりました。 これからも……よろしくお願いしますね、ソレイユ」

 

「……ああ」

 

 血に塗れた自分たちは、もう後戻りできないのだと……差し出されたその冷たい手を握りしめながら、深雪は痛みを湛えた瞳で微笑んだのだった。

 

 

 

 

 そうして旅に出たふたりは、吸血鬼と呪符使い……そしてドゥーアの街で見かけたふたりの少年たちと出逢う。

 

  それは、果てしなく続く物語のはじまり。 彼らの“過去と闘う物語”。

 

 

 

 

(……私たちは、進むしかなかった。 どれだけ罪を重ねても……)

 

 

 ――……そう、だからオレは……きみたちを助けたかった……――

 

 ――……はじまりを、教えてくれてありがとう……深雪――

 

 

 

 

 それは眠り続ける深海の【世界樹(ユグドラシル)】が観る、ゆめ。

 

 

 

 

 Blood×Songs Fin.