モンスターとの初バトルから数時間後、僕たちは最初の街・ドゥーアに着いた。 ドゥーアは君の元いた世界で言う中世的な建造物が建ち並ぶ、どこか穏やかな時間の流れる静かな街だった。
「よっし! 探検行こうぜ!!」
宿屋を確保してから君がそう言えば、リウは「疲れたから行かない」の一点張り、レンは「リウを残して行けない」とか何とかで、結局僕と二人で街を探検しに行くことになった。
「そこまでして探検したいの?」
面倒くさそうな顔をして、僕は言う。
「したい! だってこんな場所初めてなんだぜ!?」
こんな綺麗な場所を見て回れる機会なんてなかなかないだろうし、と笑う君に、僕は溜め息を吐いてみせた。
そうして二人で街を歩いていると、ふとどこからか歌声が聴こえてきた。
「うわあ、吟遊詩人ってやつかな? 朝、行ってみようぜ!」
「ちょ、ちょっと夜、待ってよ……!」
そう言って僕たちは歌声のする方向へ駆け出し、しばらくして中央に噴水のある大きな広場に出た。
歌声の主は、そこで厳かな雰囲気に身を包みながら、歌を披露している。
「うわ……すげー白いし、綺麗……」
君が思わずそう呟いてしまうくらい、その歌唄いは綺麗だった。 白い肌、白い髪、白い服。 違う色と言えば、瞳の真紅くらいだ。
「……綺麗な声だね」
君の隣に立った僕も、そんな感想を漏らす。
やがて終わったのか歌声が止み、周りにいた観客たちが拍手をし始めた。 何気なく歌唄いを見ていると、君はばっちりと目が合ってしまい、その人が微笑んだ。
「うわー……可愛い……」
ぼそっと呟く君に、僕は冷ややかな目を向ける。 なんというか、僕以外の人に君が興味を持つことに嫉妬をしてしまったようだ。 らしくないけれど。
しかしそんな君が視線を戻すと、その歌唄いはいなくなっていた。 不思議な子だ。
「また逢えたらいいなあ……」
「逢えるよ」
君の言葉に、僕は無表情で言い放つ。 ……きっと、あの人は僕らの運命に深く関わる気がする。
二人だけで構わないのに、と吐いたため息が、空へ溶けていった。
そんな出来事があった翌日、僕たちは早くもドゥーアの街を出た。
「次の街まであとどのくらいかかんの?」
すっかり日も暮れた頃、君がレンに尋ねる。 彼は地図を見て、少し考えてから教えてくれた。
「半日はかかるだろうな」
「えぇー! 野宿とかするの!?」
そんな答えに不満の声を上げたのはリウだ。 やはり女の子らしく野宿は好きじゃないらしい。
「……仕方ないだろ、我慢しろ」
「うぅー……ふかふかのベッド……」
「いいじゃんか野宿! 楽しいって絶対!」
「そうだぞ! 月や星を見ながら寝られるって贅沢だ!」
レンの言葉に不満げな顔をしたリウを慰めようと声をかける、君と知らない奴。 ……って、あれ?
「うわぁぁぁ!? 誰だお前!?」
君はいつの間にか隣に現れていた見知らぬ少年に驚き、僕とレンは戦闘態勢に入る。
「え? ……あぁっ!? しまった、つい!」
右目に眼帯をしているのが特徴的な黄土色の髪の少年の慌てように、君とリウがポカンとする。
「お、オレは“黒き救世主(ダークメシア)”の一員、リッゼル・アスクト! 通称、リツ! お前らの首を頂きに来た!」
リツと名乗った少年は、剣を構えてそう叫んだ。 ……名乗っていいのだろうか?
「っていうか……ダークメシア……って、リウを狙ってるとか言ってた、アレ?」
「ああ、そうだ」
君がレンを見上げて聞くと、彼は少年を睨んだまま頷いた。
「……あんな奴で大丈夫なのかな……」
不安げな表情で、君は自分の剣を構えてスイッチを押す。 低い稼働音を立てて、その剣は刃の部分を現した。
「!! うわ……何それ!? 超かっけぇ!」
すると、突然リツが大声をあげる。 それとはどうやら君の剣のことらしい。 得物を誉められ、君は上機嫌になったようだ。
(ああ、そんなところも可愛いなあ)
「ふっふっふっ……これは悪を粉砕する剣だ!」
「うわー!! いいなぁ、オレもそんな剣がよかった!!」
「はーっはっは。 残念だけどあげられないな! オレ専用だからな!」
少し意味不明なことを言っている君は、どうやら彼と気が合うようだ。 警戒したまま君たちのやり取りに内心ほのぼのとしていると、レンの怒声が降り注いだ。
「ってバカ! あほ! 何敵と仲良くなってんだ!!」
「「………………ああっ!?」」
彼の言葉に、同時に声をあげる君たち。 しまった、すっかり忘れそうになっていたという顔で、君は少年に剣を向ける。
「うわあ!? よ、よし! 勝負だリツ!!」
「ふ、ふん!! ひよっこ勇者に何が出来んだよ!」
「……言ったなぁ! 誰がひよっこだ!! 後で後悔させてやる!!」
リツの挑発にいとも簡単に乗ってしまった君は、自分の出来る限りの全速力で走り一気に間合いを詰め、剣を降る。 だがその攻撃は彼の剣に難なく受け止められてしまい、慌ててリツから離れたようだ。
「なんだよ、そんなもんかよ“召喚者”の力ってのはよ!?」
次はオレからだ、と言いながらリツが君の元へと走ってくる。 あっという間に詰められ、彼の剣が振り下ろされた。
「夜っ!!」
僕は君の名を叫んで駆け寄ろうとする。 しかし君は見事に剣を受け止め、しかしその重さでバランスを崩し倒れてしまった。
トドメだと言わんばかりに、リツは倒れた君に向かって剣を突き刺そうとする。 だめ、そんなこと絶対にさせない。
「――“蒼空の意思よ,我が刃となりて彼の者を断裁せよ! 『ヴェンターリオ』”!!」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
素早く魔法を唱えると、風の刃がリツを襲う。 彼の悲鳴を聞きながら、何とか起き上がった君の傍に寄り添った。
「……僕の相方は殺させないよ」
僕の属性は、風。 空気中のそれらを自在に操り、今のように刃にも壁にも変化させることのできる魔法だ。
「くそ……多勢に無勢は卑怯だろ……! ちくしょう、今日は退いてやる!」
1対1ではなくなったからか、リツが後退する。
「逃がすかよ」
レンが咄嗟に手を翳して詠唱態勢をとるが、リツが逃げる方が早かった。 どこからか大きな鳥が飛んできて、リツを捕まえて去っていったのだ。
「な……何だアレ……」
あんな巨鳥もいるんだな、この世界……。 ゆるい感想を呟く君に、僕は声をかける。
「……夜。 ケガ、ない?」
「あ、ああ。 さっきはありがとうな」
君は大丈夫とへらりと笑い、助けてくれたことへの感謝まで述べてくれた。
「うーん……やっぱりもうちょっと修業が必要ね!」
「しゅ……修業、ですか……」
相変わらず今までどこにいたのか謎なリウの言葉に、君は顔を引き攣らせている。
「立派な勇者になるなら頑張らないと!」
「“ローマは1日にしてならず”だよ、夜」
彼女がそれはもう楽しそうに言い、僕は君が元いた世界でのことわざを思わず呟いてしまう。 案の定向けられた怪訝そうな君の視線は、悪いけどさっくりと無視をさせてもらおう。
兎にも角にも修業をすることになった君は、明日から頑張りましょ、と笑うリウにため息を吐きつつ、黙々と野宿の準備をしてるレンを手伝い始めた。
(君が忘れている君のことなんて、思い出さない方がきっといいよ)
(君がいま、幸せであるのなら)
ここ数日でたくさんの運命の歯車が、ゆっくりと……だが確実に動き出したことに【予言者】以外の者は気づかぬまま……。
Reversed Act.04…そして少年は、運命と出逢う。