“同化”をする、という出来事から約2時間後、僕たちはまだ草原にいた。 そこら辺にいるモンスターを、修業と称して君一人で倒していたからだ。
しかしやっぱり、限度と言うものがあるわけで。
「レーンーーっ! いい加減休ませろー!」
君はこの2時間ほど、殆ど休みなしで戦わされている。
確かにレベルを上げたい時は片っ端から倒していくのが一番なのだろうが、それはRPGなどのゲーム内での話であって、現実ではかなり厳しいものがある……とは後に君が語った感想なのだけれど。
「う、わぁ!?」
「ほら、ぼけっとしているとやられるぞ!!」
不満そうな君の目の前に、動く植物のような魔物が現れた。 レンの言葉に君はその植物から一度距離を置く。
「てりゃあぁっ!!」
そしてそれに向かって一気に剣を振り下ろすと、魔物は二つに割れて消滅した。 どうやら、その剣にも結構慣れてきたみたいだ。
「……まあいいだろう。 しばらく休憩だ」
ようやく下りた休憩の許可に、君は大きく伸びをした。 釣られて見上げた草原の空は、未だに青を映している。
「おつかれ、夜」
「はい、紅茶」
リウと僕が待機していた場所へ戻ってきた君に声をかけ、リウが紅茶を手渡した。
……一体どこにティーセットを隠していたのか気になるけど、黙っていよう。
「……ヘトヘトだね、夜……」
「当たり前だろー……何なんだよあのスパルタ教育!」
運動神経があんまり良くない君にとって、一連の修行はかなり堪えたようだ。 全身が痛むのか、辛そうに顔を歪めている。
(ああ、この世界に来てまでそんな顔をしないで、おねがい)
「全く……異世界のガキってのはここまで体力がないのか」
呆れたようにレンが言うが、君は喋る気力もないのか彼を睨んだだけだった。
「レン、あんまり夜をいじめちゃダメよ?」
苦笑いをしながらリウが諭せば、君はこくこくと何度も頷いた。 それを呆れたように見やれば、不意に君がそういえば、と声を上げた。
「……朝ってオレ以外と話さないよな……?」
「あっ! それ思ってた! さっき夜が修業してた時もずっと無言でねー」
ああ、何かと思えばそんなことか。
「オレらとは会話する価値がないってのか」
レンが僕を睨んだので、黙ったまま頷いた。
別に人見知りとかではなく、単純に君以外の“他人”が大っ嫌いなだけ。 それを口に出すことはしないけれど。
「……えーと、朝。 たまにはオレ以外の奴とも話した方が……何て言うか、お前にとって良いと思うんだけど」
君が恐る恐る僕にそう提案してくれたので、僕は少し考える素振りを見せた後、ぽつりと呟いた。
「……夜がそう言うなら……考慮するよ」
……こ、考慮ですか。 君がそう言って苦笑いを浮かべながら僕の頭を撫でてくれた。 ……温かな、手のひらだった。
「……よし、修業を再開するぞ」
伸びをした君にレンの無慈悲な言葉が降りかかる。 君が思わずため息をついてしまったのは、まあ仕方がないかな。
次に現れた魔物は、とにもかくにも大きかった。 見た目は大人しそうな犬……もとい狼なのだが、この手の魔物が凶暴なのは先ほどの巨大クマで嫌でも身に染みていた。
「……オレのレベルじゃ背伸びしてもちょっとムリかなー……」
君がレンに助けを求めようと後ろを振り向くと、彼に背中を蹴られたようだ。
(ああ、それがきっかけで思い出さなければいいんだけど……!)
「……ってぇ!! 何すんだよ!?」
「やる前からムリと諦めんな。 もしもの時は助けてやる」
まさに今もしもの時なのだが、と言いたげだった君が、ふとレンの更に後ろにいた僕に視線を移し、何かを思い付いたように蒼い瞳を見開いた。
「……あーーーーっ!!」
「うお。 何だ急に……」
急に大声を出したことでレンが驚いているが、そんなことを気にせずに君は僕を手招きする。
「朝っ!!」
「……何?」
「“同化”すればいいんじゃん!!」
訝しげに見つめてながら問えば、君は満面の笑みでそう言った。
うんうん、とてもいい笑顔で僕も嬉しい。 ……じゃなくて。 僕は次に困ったという風に眉を下げてみせた。
「……っていうか……夜」
「何だよ? 早くしようぜ!」
「やり方……知らないんだけど……」
――……なんということだ。 あれは奇跡だったのか……!!
君が愕然として呟くと、痺れを切らしたらしい狼が僕たちを目掛けて攻撃をしてきた。
「危ないっ!!」
リウともレンとも違う声が聞こえたと思った瞬間、銃声と札のようなものが飛んできた。
そしてそれらは狼に当たり、断末魔をあげながらその魔物はやがて消滅した。
「ふう……危なかったですネ。 大丈夫ですかー?」
あっという間の出来事に呆然としていると、僕たちから離れた場所から声が響く。
「あ……っ! お前、ドゥーアにいた……!」
振り向いたその先にいたのは、ドゥーアの街で見かけた白髪の歌唄いと、見知らぬ三人だった。
「全く、魔物を前にして相談なんて……暢気だな、お前ら」
ふー、と苦笑いを浮かべる金髪の少年。
「まあまあ、間に合ってよかったぜ。 ナイスタイミングだったな、オレら!」
無邪気そうに笑うオレンジの髪の少年。
「ふふ。 お怪我はありませんか?」
にこっと優雅に微笑む白髪の歌唄い。
「…………」
黙ったままでいる琥珀色の髪の……おそらく少年。
僕たちの運命が、交差した瞬間。
……痛みを湛えた物語が、始まったんだ。
Reversed Act.6…少年の運命は交差する。