とても気まずい雰囲気の中、僕たちはランカストの街を出た。
昨日のあれから、特に黒翼とイビアの仲が悪い。 こういう空気が苦手な君は、早く仲直りをしてもらいたい、と僕にぼやいていた。
そのまま次の街へ向かって歩いていると、空気を読まずにテンションの高い彼が現れた。
つまり、“黒き救世主”の一員……リツだ。
「よお、勇者ども!! ……何だ? ケンカ中か?」
……なぜこんな時に現れるのだろうか。 君は溜め息を吐きながら渋々彼に視線を合わせた。
どうやら僕たちの間に流れる微妙な空気に気付いたらしく、彼はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。
「ま、いいや。 その方がこっちも都合いいし!」
「……そう言うお前は今日は一人なのか?」
君は剣を構えながら、リツと距離を取る。 先日一緒にいた半獣人の少女の姿は見当たらない。
「……お前に教える義務なんかねーよ!」
リツが走ってくるのを、君は慌てて避ける。 彼の振り下ろされた双剣が、先ほどまで君がいた場所の空気を切り裂いた。
「今日は合体しねーのかよ!」
「う、るせっ!!」
すかさず再び攻撃を放ったリツの剣を、君は今度は受け止めて彼を睨む。
加勢を、と詠唱を始めた僕たちだったが、不意に聞こえた羽音に顔を上げた。
「――セルノア、今だっ!!」
急にリツが声を上げる。 上空から、あるいは木々の隙間から、魔物たちが現れて……僕たちを囲んだ。
これでは君のもとへ駆けつけられない。 焦る僕に襲いかかる魔物を、黒翼の刀が斬り裂いた。
「……大丈夫?」
「……っあ、ありがとう……」
彼に無表情のまま言葉少なに問いかけられ、僕はなんとか頷き返す。
君が遠い。 呆気なく分断されてしまった自分に嫌気が差すが、それでも君の元へと行くために僕は詠唱を始めた。
「――っ朝、みんなっ!!」
「よそ見してんじゃ……ねぇよっ!!」
僕たちの元へ戻ろうとする君。 けれど、その背をリツに蹴られてしまった。
(やめて、酷いことをしないで……!)
「ぐ……ッ!!」
「てめーの相方や他の“双騎士”を抑えてたら……怖いもんはねえな。
まずは弱っちそうなてめーから殺る!!」
急いでバランスを立て直した君に、リツが二つの剣を向ける。
しかし君も剣を握り直して、彼へと走り出した。
「……っ!! な、めんなよこの……っ!!」
「!?」
リツは君が動けないとでも思っていたのだろう。 君の予想外の行動に、僕も思わず詠唱を止めてしまった。
一瞬の隙を突いて、君はリツの剣を思いっ切り弾き飛ばす。
そして、その勢いのまま後ろに倒れたリツの喉元に、剣を突き付けた……――
「……よ、る……!」
「……夜、殺れーーッ!!」
「ッ!!」
呟いた僕の声は届かなくて。
……けれど、レンの声が戦場を貫いて、君はハッと我に返ったようだった。
動かない君。 がたがたと震えだしたそのカラダを抱きしめてあげたくて、僕は簡易魔法で目の前の魔物を吹き飛ばし、走り出した。
「あ……」
「何してんだ、早くしろっ!!」
魔法を放ちながら、レンが声を荒げる。 ああ、そんな、君のトラウマを抉るようなことは言わないで!!
「夜、だめ……っ!!」
僕は走りながら、叫ぶ。 ……呼吸が、出来ない。
「……何してんだよ。 早く、殺せよ」
「……ッ!!」
「殺せねーのか? ……だからお前は『ひよっこ』なんだよ」
リツが君へと告げる。 君の恐怖心も何もかも、見透かしたかのように、冷徹に。
「―――ッ!!」
「ッ夜!!」
さあ、と顔が青褪める。 リツが、君の腹を蹴り飛ばしたのだ。
(いやだ、いやだ、せっかく笑ってくれたのに!!)
……それが偽りの笑顔だなんて、気づいていたけれど。 それでも、僕は……!
「セルノア、帰るぜ」
「……もう……いいの……?」
「やる気なくした」
蹲る君を置いて、リツはセルノアに声をかけてから歩き出す。
その後ろを彼女が魔物と一緒に着いていく姿を、君は何とか立ち上がりながら見つめていた。
君の元へとたどり着いた僕は、怖がらせないようにその身を抱きしめる。
震える君はただ、呆然としていた……――
+++
――パァン……ッ!
小気味の良い音が響く。 止める間もなく、レンが君の頬を叩いたのだ。
「……バカか、お前は」
何とかみんなの元へ戻った僕たちを、ひどく冷めた目でレンが見下す。
「奴らは敵だと言ったはずだ。 殺さねぇと、殺される」
君がリツを殺せなかったことを、レンは怒っているのだ。
(そんな残酷なこと、させないで)
「お、れは……」
頬を押さえて、君は何か言わなきゃ、と口を開く。
けれど、漏れ出すのは荒い息遣いだけで。
「夜」
僕は怖くて、苦しくて、そっと君の手を握る。 ……本当に怖いのは、苦しくて痛いのは……君なのに。
「ご、め……なさ……っ」
そして何かが切れたのか、君はぽろぽろと涙を零し始めた。
「ごめん、さ……っごめ、なさ……っごめ……っ」
「夜……っ!!」
繰り返す謝罪の言葉に胸が痛くなって、僕は君を守るように抱きしめた。
「……夜……」
「敵を殺す……オレたちの旅は、そういうものだ」
心配そうなリウと、冷めたレンの声が聞こえる。
だからなんだ。 君に、自分たちの都合を押し付けるな!
そんな行き場のない怒りを抑えるために、僕は君を抱きしめる腕に力を入れる。
……だけど、それは……空気を入れすぎた風船が割れるように、突然訪れた。
「っあ……あ……ああああああーーッ!!」
頭を抱えて叫び出す君。
ああ、ああ、そうか、君は。
(……つらい過去を、思い出してしまったのか……)
「よる……っ!!」
「あ……う、あ……っ! ああああ……!
ごめ……なさ……っオレ……っオレは……よるは……っ!!」
知っている。
冷たい言葉も、蔑む言葉も、……存在を否定されることすらも。
全部、知っている。 痛みを、君が一身に受けてきたことを、僕は……――
『アンタが生まれてくるから……あの子は……ッ!!』
「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!
ごめ……っなさ……っ! 生まれてきて……っごめん……なさい……っ!!」
『アンタがあの子を殺したのよ!!
アンタさえいなければ……っ!!』
……僕は、君を犠牲にしてまで生きたくないよ。
産まれなくてごめんなさい。 君を、苦しめて……傷つけて……ごめんなさい……っ!
「う、あ……存在して……っごめ……っなさ……っ!!
……たい、いたい、やだ、ごめ、なさ……っ」
「夜……っ!!」
錯乱する君の名前を呼ぶだけで、僕は精いっぱいだった。
……どうして。 どうして、世界はこんなにも残酷なのだろう……?
(君には、記憶を失くしたままでも笑っていてほしかっただけなのに!)
「う……う……っごめん……っごめ……なさ……っ!
……ろして……っおねがい……あさ……」
「……っ!!」
だけど、必死に僕の服を掴みながら君が零したその言葉が……僕の胸を突き刺した。
あふれる涙。 倒れる君を抱きとめながら、僕は……――
『オレを殺して、お願い、朝……――』
僕は、せかいを憎んだ。
Reversed Act.12…そして、少年は……――