Reversed Act.12


 とても気まずい雰囲気の中、僕たちはランカストの街を出た。
 昨日のあれから、特に黒翼とイビアの仲が悪い。 こういう空気が苦手な君は、早く仲直りをしてもらいたい、と僕にぼやいていた。
 そのまま次の街へ向かって歩いていると、空気を読まずにテンションの高い彼が現れた。

 つまり、“黒き救世主ダークメシア”の一員……リツだ。

「よお、勇者ども!! ……何だ? ケンカ中か?」

 ……なぜこんな時に現れるのだろうか。 君は溜め息を吐きながら渋々彼に視線を合わせた。
 どうやら僕たちの間に流れる微妙な空気に気付いたらしく、彼はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。

「ま、いいや。 その方がこっちも都合いいし!」

「……そう言うお前は今日は一人なのか?」

 君は剣を構えながら、リツと距離を取る。 先日一緒にいた半獣人ビーストクォーターの少女の姿は見当たらない。

「……お前に教える義務なんかねーよ!」

 リツが走ってくるのを、君は慌てて避ける。 彼の振り下ろされた双剣が、先ほどまで君がいた場所の空気を切り裂いた。

「今日は合体しねーのかよ!」

「う、るせっ!!」

 すかさず再び攻撃を放ったリツの剣を、君は今度は受け止めて彼を睨む。
 加勢を、と詠唱を始めた僕たちだったが、不意に聞こえた羽音に顔を上げた。

「――セルノア、今だっ!!」

 急にリツが声を上げる。 上空から、あるいは木々の隙間から、魔物たちが現れて……僕たちを囲んだ。
 これでは君のもとへ駆けつけられない。 焦る僕に襲いかかる魔物を、黒翼の刀が斬り裂いた。

「……大丈夫?」

「……っあ、ありがとう……」

 彼に無表情のまま言葉少なに問いかけられ、僕はなんとか頷き返す。
 君が遠い。 呆気なく分断されてしまった自分に嫌気が差すが、それでも君の元へと行くために僕は詠唱を始めた。

「――っ朝、みんなっ!!」

「よそ見してんじゃ……ねぇよっ!!」

 僕たちの元へ戻ろうとする君。 けれど、その背をリツに蹴られてしまった。

(やめて、酷いことをしないで……!)

「ぐ……ッ!!」

「てめーの相方や他の“双騎士ナイト”を抑えてたら……怖いもんはねえな。
 まずは弱っちそうなてめーからる!!」

 急いでバランスを立て直した君に、リツが二つの剣を向ける。
 しかし君も剣を握り直して、彼へと走り出した。

「……っ!! な、めんなよこの……っ!!」

「!?」

 リツは君が動けないとでも思っていたのだろう。 君の予想外の行動に、僕も思わず詠唱を止めてしまった。
 一瞬の隙を突いて、君はリツの剣を思いっ切り弾き飛ばす。
 そして、その勢いのまま後ろに倒れたリツの喉元に、剣を突き付けた……――

「……よ、る……!」

「……夜、れーーッ!!」

「ッ!!」

 呟いた僕の声は届かなくて。
 ……けれど、レンの声が戦場を貫いて、君はハッと我に返ったようだった。
 動かない君。 がたがたと震えだしたそのカラダを抱きしめてあげたくて、僕は簡易魔法で目の前の魔物を吹き飛ばし、走り出した。

「あ……」

「何してんだ、早くしろっ!!」

 魔法を放ちながら、レンが声を荒げる。 ああ、そんな、君のトラウマを抉るようなことは言わないで!!

「夜、だめ……っ!!」

 僕は走りながら、叫ぶ。 ……呼吸いきが、出来ない。

「……何してんだよ。 早く、殺せよ」

「……ッ!!」

「殺せねーのか? ……だからお前は『ひよっこ』なんだよ」

 リツが君へと告げる。 君の恐怖心も何もかも、見透かしたかのように、冷徹に。

「―――ッ!!」

「ッ夜!!」

 さあ、と顔が青褪める。 リツが、君の腹を蹴り飛ばしたのだ。

(いやだ、いやだ、せっかく笑ってくれたのに!!)

 ……それが偽りの笑顔だなんて、気づいていたけれど。 それでも、僕は……!

「セルノア、帰るぜ」

「……もう……いいの……?」

「やる気なくした」

 蹲る君を置いて、リツはセルノアに声をかけてから歩き出す。
 その後ろを彼女が魔物と一緒に着いていく姿を、君は何とか立ち上がりながら見つめていた。
 君の元へとたどり着いた僕は、怖がらせないようにその身を抱きしめる。
 震える君はただ、呆然としていた……――


 +++


 ――パァン……ッ!


 小気味の良い音が響く。 止める間もなく、レンが君の頬を叩いたのだ。

「……バカか、お前は」

 何とかみんなの元へ戻った僕たちを、ひどく冷めた目でレンが見下す。

「奴らは敵だと言ったはずだ。 殺さねぇと、殺される」

 君がリツを殺せなかったことを、レンは怒っているのだ。

(そんな残酷なこと、させないで)

「お、れは……」

 頬を押さえて、君は何か言わなきゃ、と口を開く。
 けれど、漏れ出すのは荒い息遣いだけで。

「夜」

 僕は怖くて、苦しくて、そっと君の手を握る。 ……本当に怖いのは、苦しくて痛いのは……君なのに。

「ご、め……なさ……っ」

 そして何かが切れたのか、君はぽろぽろと涙を零し始めた。

「ごめん、さ……っごめ、なさ……っごめ……っ」

「夜……っ!!」

 繰り返す謝罪の言葉に胸が痛くなって、僕は君を守るように抱きしめた。

「……夜……」

「敵を殺す……オレたちの旅は、そういうものだ」

 心配そうなリウと、冷めたレンの声が聞こえる。
 だからなんだ。 君に、自分たちの都合を押し付けるな!
 そんな行き場のない怒りを抑えるために、僕は君を抱きしめる腕に力を入れる。

 ……だけど、それ・・は……空気を入れすぎた風船が割れるように、突然訪れた。

「っあ……あ……ああああああーーッ!!」

 頭を抱えて叫び出す君。
 ああ、ああ、そうか、君は。

(……つらい過去を、思い出してしまったのか……)

「よる……っ!!」

「あ……う、あ……っ! ああああ……!
 ごめ……なさ……っオレ……っオレは……よるは……っ!!」

 知っている。
 冷たい言葉も、蔑む言葉も、……存在を否定されることすらも。
 全部、知っている。 痛みを、君が一身に受けてきたことを、僕は……――

『アンタが生まれてくるから……あの子は……ッ!!』

「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!
 ごめ……っなさ……っ! 生まれてきて……っごめん……なさい……っ!!」

『アンタがあの子を殺したのよ!!
 アンタさえいなければ……っ!!』

 ……僕は、君を犠牲にしてまで生きたくないよ。
 産まれなくてごめんなさい。 君を、苦しめて……傷つけて……ごめんなさい……っ!

「う、あ……存在して……っごめ……っなさ……っ!!
 ……たい、いたい、やだ、ごめ、なさ……っ」

「夜……っ!!」

 錯乱する君の名前を呼ぶだけで、僕は精いっぱいだった。
 ……どうして。 どうして、世界はこんなにも残酷なのだろう……?

(君には、記憶を失くしたままでも笑っていてほしかっただけなのに!)

「う……う……っごめん……っごめ……なさ……っ!
 ……ろして……っおねがい……あさ……」

「……っ!!」

 だけど、必死に僕の服を掴みながら君が零したその言葉が……僕の胸を突き刺した。
 あふれる涙。 倒れる君を抱きとめながら、僕は……――



オレよるを殺して、お願い、朝……――』



 僕は、せかいを憎んだ。


 Reversed Act.12…そして、少年は……――