……歩く。歩き続ける。
行くあてなんてなかった。自分がどこを歩いているのかも、わからなかった。
夢の中のような、ふわふわとした感覚。まるで自分が自分でないかのような、そんな離人感。
ふ、と、視線の先に見慣れた姿が見えた。きみたちだ。
ひゅっと息を呑む。向こうはこちらに気がついていない。逃げるなら今のうちだ。
……だけど、体はきみたちの方へと向かっていった。
会いたい。会いたくない。助けてほしい。……そんな資格なんて、ない。
二律背反のココロが、悲鳴を上げて叫ぶ。
きみたちは魔物の群れと戦闘中のようだった。
無意識に、手に持つ剣を起動させた。低い稼働音を響かせたそれを、オレは魔物たちへと振り払う。
すると一つの閃光が煌めき、その場にいた魔物たちは一瞬で倒された。
「な……なにが起こったの……?」
そう呟いたのは、金髪の少女……リウだった。他のみんなも呆然と辺りを見回している。
「……よる……おにいちゃん……?」
ぼんやりとその様子を眺めていたら、赤い髪の子ども……ルーがオレを見つけてしまった。
きみを始めとする他の仲間たちもまた、彼の言葉にオレの存在を認知したようだ。
……息が、できない。
「――……夜っ!!」
オレを認識した瞬間、きみはオレの元へと走り出していた。
笑いたかった。手を伸ばしたかった。
――だけど、もう……。
「来るな」
近くへ来ようとしたきみを拒絶した声は、自分のものとは思えないほどに冷たかった。
自分じゃない“オレ”が、言葉を発していた。
「よ、る……?」
そんなオレに、きみは思わず立ち止まってしまう。その間に、後ろからみんなが駆け寄ってきた。
「夜……っ!! お前、何で黙って行っちまうんだよ!?」
「そうだ!! みんな心配して……!!」
中でもいち早くオレを認識したらしいイビアとアレキの言葉を、“オレ”は遮る。
「――黙れ」
冷たい、冷たい言葉の刃が、きみとオレを切り裂いていく。
ごめんなさい、なんて叫んでも、それは音にはならなくて。
「……『心配』? してくれなくて良いそんなの。頼んだ覚えもないしな」
自身の顔が、ニヤリと歪むのがわかる。
深雪やリウが、ひゅっと息を呑んだ。
「……おま……っ何だよ、それ!!」
「仲間に黙ってどっか行かれたら、普通心配するに決まってんだろ?」
ソレイユとカイゼルが“オレ”に反論するが、“オレ”はただみんなを一瞥しただけだった。
――……違う。違う。こんなの、こんなの……オレじゃない。
(……ほんとうに?)
痛みに耐えきれず、闇に抗えず……助けても、言えなくて。
絶望に堕ちたオレは、きっと。
「……き、みは……だれ……?
その、瞳の色、は……」
……思考の渦に沈んだオレの耳に、そんなきみの声が届いた。
……残酷な、一言を。
「……誰……? ……ふ、ふふふ……。アハハハハッ!!」
そんな問いに“オレ”は、突然狂ったように笑い出す。その中で、オレは……。
「……こんなの……夜じゃない……ッ」
(なん、で。なんで、なんで、なんで!!)
なんでそんなことを言うの。なんで気づいてくれないの。
オレはここにいるのに。“オレ”もまた……“夜”なのに!!
「何を言ってるんだ、朝」
“オレ”はきみに近づいて、穏やかに笑いかける。
……それはオレのコトバ。溶ける思考。交わる想い……絶望。
「オレは正真正銘、お前の大好きな夜だぜ?」
「……ち、がう……違う違う違うっ!!
夜じゃない!! 君は夜じゃないっ!!」
けれど、きみは精一杯“オレ”を否定をする。
なんで……どうして?
「なら、“夜”は……何だ?」
「……あ……。そ、れは……」
「『それは』、なに? ……答えられないのか?」
真っ直ぐに見据えて問えば、きみは目を逸らしてしまう。
……でも、それは、オレをより深みに堕とすのにはじゅうぶんで――
「……ふ、ふふ……アハハハハッ!! 所詮貴様もその程度か朝!!
オレが“夜”でなければオレは何だ? “夜”は何だ?
……くだらない……。だれもオレをわかっていない……!!」
死んでしまえ。
吐き出した言葉は、いつもオレが言われていたことだった。
救いの手だと思っていたきみですら、オレのことを何も理解してくれていなかった。
もう……どうでもいい。どうなっても、いい。
こんな世界も、自分も……きみでさえも。
「……一つ聞く。てめえは敵か、味方か?」
「……さあな」
歩き出したオレに、レンが問う。
オレは少し振り返ってにこりと嗤い、やがて再び歩を進めた。
禍々しいほどに晴れ渡った空が眩しくて、くらり、と目眩がする……――
きみを、傷付けたくなんてなかった。
……だけど本当は、自分が傷付きたくなかっただけだった。
たすけて、あさ。
……そう言える資格なんて、オレにはもう、どこにもないけれど。
「みんな、いなくなればいいのに」
Reversed Act.14…少年は、絶望の海に沈む。