Night×Knights

Reversed Act.14


 ……歩く。歩き続ける。
 行くあてなんてなかった。自分がどこを歩いているのかも、わからなかった。
 夢の中のような、ふわふわとした感覚。まるで自分が自分でないかのような、そんな離人感。
 ふ、と、視線の先に見慣れた姿が見えた。きみたちだ。
 ひゅっと息を呑む。向こうはこちらに気がついていない。逃げるなら今のうちだ。
 ……だけど、体はきみたちの方へと向かっていった。
 会いたい。会いたくない。助けてほしい。……そんな資格なんて、ない。
 二律背反のココロが、悲鳴を上げて叫ぶ。
 きみたちは魔物の群れと戦闘中のようだった。
 無意識に、手に持つ剣を起動させた。低い稼働音を響かせたそれを、オレは魔物たちへと振り払う。
 すると一つの閃光が煌めき、その場にいた魔物たちは一瞬で倒された。

「な……なにが起こったの……?」

 そう呟いたのは、金髪の少女……リウだった。他のみんなも呆然と辺りを見回している。

「……よる……おにいちゃん……?」

 ぼんやりとその様子を眺めていたら、赤い髪の子ども……ルーがオレを見つけてしまった。
 きみを始めとする他の仲間たちもまた、彼の言葉にオレの存在を認知したようだ。

 ……息が、できない。

「――……夜っ!!」

 オレを認識した瞬間、きみはオレの元へと走り出していた。
 笑いたかった。手を伸ばしたかった。
 ――だけど、もう……。


「来るな」


 近くへ来ようとしたきみを拒絶した声は、自分のものとは思えないほどに冷たかった。
 自分よるじゃない“オレ”が、言葉を発していた。

「よ、る……?」

 そんなオレよるに、きみは思わず立ち止まってしまう。その間に、後ろからみんなが駆け寄ってきた。

「夜……っ!! お前、何で黙って行っちまうんだよ!?」

「そうだ!! みんな心配して……!!」

 中でもいち早くオレを認識したらしいイビアとアレキの言葉を、“オレ”は遮る。

「――黙れ」

 冷たい、冷たい言葉の刃が、きみとオレよるを切り裂いていく。
 ごめんなさい、なんて叫んでも、それは音にはならなくて。

「……『心配』? してくれなくて良いそんなの。頼んだ覚えもないしな」

 自身の顔が、ニヤリと歪むのがわかる。
 深雪やリウが、ひゅっと息を呑んだ。

「……おま……っ何だよ、それ!!」

「仲間に黙ってどっか行かれたら、普通心配するに決まってんだろ?」

 ソレイユとカイゼルが“オレ”に反論するが、“オレ”はただみんなを一瞥しただけだった。

 ――……違う。違う。こんなの、こんなの……オレよるじゃない。

(……ほんとうに?)

 痛みに耐えきれず、闇に抗えず……助けても、言えなくて。
 絶望に堕ちたオレよるは、きっと。

「……き、みは……だれ……?
 その、瞳の色、は……」

 ……思考の渦に沈んだオレよるの耳に、そんなきみの声が届いた。
 ……残酷な、一言を。

「……誰……? ……ふ、ふふふ……。アハハハハッ!!」

 そんな問いに“オレ”は、突然狂ったように笑い出す。その中で、オレよるは……。

「……こんなの……夜じゃない……ッ」

(なん、で。なんで、なんで、なんで!!)

 なんでそんなことを言うの。なんで気づいてくれないの。
 オレよるはここにいるのに。“オレ”もまた……“夜”なのに!!

「何を言ってるんだ、朝」

 “オレ”はきみに近づいて、穏やかに笑いかける。
 ……それはオレよるのコトバ。溶ける思考。交わる想い……絶望。

「オレは正真正銘、お前の大好きな夜だぜ?」

「……ち、がう……違う違う違うっ!!
 夜じゃない!! 君は夜じゃないっ!!」

 けれど、きみは精一杯“オレ”を否定をする。
 なんで……どうして?

「なら、“夜”は……何だ?」

「……あ……。そ、れは……」

「『それは』、なに? ……答えられないのか?」

 真っ直ぐに見据えて問えば、きみは目を逸らしてしまう。
 ……でも、それは、オレよるをより深みに堕とすのにはじゅうぶんで――

「……ふ、ふふ……アハハハハッ!! 所詮貴様もその程度か朝!!
 オレが“夜”でなければオレは何だ? “夜”は何だ?
 ……くだらない……。だれもオレをわかっていない……!!」

 死んでしまえ。
 吐き出した言葉は、いつもオレが言われていたことだった。
 救いの手だと思っていたきみですら、オレよるのことを何も理解してくれていなかった。
 もう……どうでもいい。どうなっても、いい。
 こんな世界も、自分も……きみでさえも。

「……一つ聞く。てめえは敵か、味方か?」

「……さあな」

 歩き出したオレに、レンが問う。
 オレは少し振り返ってにこりと嗤い、やがて再び歩を進めた。
 禍々しいほどに晴れ渡った空が眩しくて、くらり、と目眩がする……――


 きみを、傷付けたくなんてなかった。
 ……だけど本当は、自分が傷付きたくなかっただけだった。


 たすけて、あさ。
 ……そう言える資格なんて、オレよるにはもう、どこにもないけれど。



「みんな、いなくなればいいのに」



 Reversed Act.14…少年は、絶望の海に沈む。