――ぱちり、と目を覚ます。
目覚めは案外唐突で、なぜ眠っていたのかさえわからないくらいだった。
周囲を見回せば、明らかに自分がいた世界とは異なる風景が広がっている。
オレンジ色の灯りが所狭しと並んでいて、同じくオレンジ色やら紫色などカラフルな食べ物がテーブルに乱雑に置かれていた。
どうやらハロウィンパーティー真っ只中のようだ。
しかし自分の世界ではハロウィンはまだまだ先だったはずで。
つまり、やはりここはどこか違う世界なのだろう。
暗い夜空で真っ赤に光る三日月が、全てを物語っているようにさえ見えた。
「ようこそ! ハロウィンパーティーへ!」
突然、見知らぬ少女の明るい声が響き渡る。
「あたし、【聖なる日】って言います!」
【聖なる日】……シトルユ、と名乗った少女が元気よく笑う。
すると、彼女を取り巻くようにミイラ男や狼男、ゾンビなどといったハロウィンの仮装に身を包んだ人たちが現れた。
「……クオリティ高い仮装だなぁ」
「ああ、だって仮装じゃないもの」
呆然と呟けば少女は一瞬きょとんとし、それからまた笑った。
「彼らは君と同じように、この世界に招待された人間の成れの果て。
自分が何者だったかさえ忘れてこうなったの」
無邪気に笑んでそう言った彼女にゾッとして、オレは思わずその場から逃げ出した。
途端に追いかけてくる、仮装……改め元人間の方々。
ちょっと、本気で怖いのですが!
「追いかけっこ? 楽しそう!」
どこまでも純粋な少女の声だけが、歪な世界に残響した。
+++
―― 彼らは君と同じように、この世界に招待された人間の成れの果て――
少女の言葉を脳裏で繰り返す。
つまり、自分もこのままだと全て忘れてこの世界の住人と化してしまうのだろうか……?
(せっかく《彼女》が救ってくれた生命だと言うのに!)
そう考えて、ふと気づいてしまった。
《彼女》とは……誰、だっただろうか……?
(いや、それ以前に、)
――『オレ』は、誰だ?
木々の間から、がさりと音がした。この世界の住人たちが、オレを見つけて襲いかかろうと構える。
捕まってしまったら、きっと彼らの仲間入りなのだろう。
しかしオレは、逃げることすら出来ずにただ呆然と迫りくる彼らを見ていた。
ミイラ男が手に持った刃物を振り上げ、オレに……――
「飲み込まれるな、マユカッ!!」
突然聞こえた大声と共に、ミイラ男たちは真っ二つに切り裂かれた。
ぼんやりと声のした方を見やると、金色の髪と鋭い瞳を持つ少年が、月を模した変わった形の剣を構えていた。
(あいつは、確か……――)
「しっかりしろ! この世界に飲み込まれてどうするんだ!」
オレの元へ駆けつけた少年に、肩をつかまれる。
そうだ、飲み込まれてはダメだ。《彼女》のためにも。
「自分の名前、言えるか?」
少年に問われて、オレはそれを思い出そうとする。
オレの……名前。……そう、オレは……。
「まゆ、か……。夏瀬、繭耶……」
「そうだ。僕のことはわかるか?」
何とか思い出した、自分の名前。
……そう、オレは夏瀬 繭耶だ。
続けて少年に問われ、今度は彼をじっくり見つめる。
「ええと……【神殺し】……?」
以前別の異世界で出逢ったことを思い出し、疑問形ではあるが答えれば、彼はほっとしたように頷いた。
「もう大丈夫だな。 ……よかった」
【神殺し】は立ち上がり、オレに手を差し出した。
「行くぞ。今は《彼》がお前がこの世界の住人と化すのを食い止めているが、時間の問題だ。
さっさとこの世界から脱出しなければ……」
「し、しなければ?」
《彼》、という単語に蒼い髪の少年を思い出しながら問えば、ちょうど前方から現れた狼男やその他の元人間たちを指差して、【神殺し】は答えた。
「……あいつらと同じになるぞ」
そう言い切った途端、彼は剣を抜いて駆けていき一瞬で狼男たちを切り倒した。
「でぃ、【神殺し】!!
その人たちだって元は人間だったって、あの子……シトルユが言ってたけど!!」
「……【聖なる日】に会ったのか」
【神殺し】は何か考える素振りを見せながら、オレをじっと見つめてきた。
しばらくして何か納得したのか、そうか、と頷いて歩き始める。
「ちょ、ちょっと待てよ、説明しろよ【神殺し】!!」
慌てて後を追いかけると、【神殺し】はくるりと振り返って言った。
「……ディアナだ」
「……は?」
「僕の名前。
別に【神殺し】でも構わないが……この世界では『名前』が重要だからな」
【神殺し】……改めディアナは、またすたすたと歩き出した。
「名前が重要って……?」
「名を、自身を忘れるとあいつらのようになる。他人を忘れるのも同じことだ」
つまり自分も知り合いも思い出せなくなったら終わり、ということらしい。
ええと、とオレは思い出す。
オレの大切なひと。《彼女》の名前は【夢繋ぎ】。
オレを守ってくれてるらしい《彼》の名前は……夜。
「……大丈夫、まだ覚えてる」
「なら、問題ない」
確認するように呟いたオレに、ディアナは安堵の表情を浮かべて歩き出したのだった。
+++
しばらく彼の後ろを歩きながら進んでいけば、突如カボチャの頭をした生き物に囲まれた。
「数が多いな……」
ディアナが剣を構えながら呟く。
カボチャ頭は何体もいて、彼がうんざりするのも納得できるレベルだった。
「どうするんだ、ディアナ?」
問えば、彼は少し考えた後オレを見て言った。
「マユカ。 【夢繋ぎ】の能力は使えるか?」
「セリロスの? ええと……《彼女》曰く、使えるらしいけど」
かつてオレの生命を救ってくれた《彼女》は、いろいろあって今はオレの中に精神体として存在している。
ディアナはそれを知っているんだろう。オレが答えると、彼はカボチャ頭たちを見回した。
「《彼女》の能力を使え。そしてその隙に逃げるぞ」
その提案にオレは頷いて、脳裏で響く《彼女》の声に従って能力を発動させる。
「――“虚ろなる幻影の空間よ,彼の者たちのユメを繋げ……『イリューゾニア』”!!」
《彼女》の本来の能力は『人の夢や祈りからセカイを創ること』だが、オレが《彼女》の能力を使う場合はどうやらそれが随分と制限されてしまって、対象に幻影を見せるレベルまで下がるらしい。
一生使うことなどないだろうと思っていたその能力……幻属性の魔法に惑わされるカボチャ頭たちを置いて、オレとディアナは先を急いだ。
+++
「やはり、あの時きちんと殺しておくべきだったな」
唐突に、ディアナが物騒なことを呟いた。
「……え?」
「【夢繋ぎ】だ。
さっきは《彼女》の能力で事なきを得たが、そもそもお前がこの世界に招待されるハメになったのも、お前の中にまだ《彼女》の存在があるからだ」
オレの中にいる《彼女》を睨むように、ディアナはオレを見やって言い放った。
「なっ……どういうことだよ!?」
「そのままの意味だ。《彼女》の存在はお前に悪影響しか与えない。
現に、《彼女》の『幻想を創る』能力と【聖なる日】の能力が惹かれ合って、お前を巻き込んだ」
冷たい【神殺し】の声に、オレの中で《彼女》が絶句する。
「……っそんな言い方しなくてもいいだろ!?
いくらお前がオレの命の恩人三号だからって、これ以上 《彼女》を悪く言うと許さないからなっ!!」
「事実だ。というか、なぜ三号なんだ?」
割と真面目に怒ったつもりだったが、彼は違うところが気になったようだ。
「そんなの……一人目がセリロスで、二人目が夜だからに決まってるだろ」
当然、という風に言い切ってやれば、ディアナはどこか可哀想なものを見る目でオレを見てきた。
「……そうか」
「なんだよその間は」
はあ、と深くため息を吐いた彼に言いたいことは多々あれど、自身が口に出した名前でふとあることを思いついた。
「そういえば、今オレを守ってくれてるのって夜なんだよな?」
「……そうだが、それがどうかしたか?」
以前別の異世界……《フェントローゼ》で出逢った蒼い髪の少年を思い出しながら、オレは言葉を続けた。
「ってことは、セリロスのそれと同じように、夜の能力も使えたり……しないかな?」
「それは……使えたら僕としても戦力が増えてありがたいが、色々条件があるからな……。
能力の相性とか、夜との相性とか……」
難しい顔をしながらディアナが答えてくれたが、オレはそれを一蹴する。
「大丈夫だって、なんたってオレは【異端者】だからな」
《フェントローゼ》にいた頃、目の前の【神殺し】や【夢繋ぎ】たちから呼ばれていた名前を出せば、【神殺し】ディアナは複雑そうに顔をしかめた。
「それは……まあ、そうかもしれないが。どうだ夜、できそうか?」
どういう状態でいるのかオレにはわからない《彼》とどうやら会話ができるらしいディアナが、《彼》……夜へと声をかける。
「……そうか。……ちょうど良いところに連中が来たな」
彼が頷いたタイミングで、さっきのとは別の狼男たちが現れた。
「夜曰く、『マユカさえその気になればできると思う』だそうだ」
「なるほど、じゃあちょっとやってみるか」
何とも軽い気持ちで頷くと、手に緋色の剣が現れる。これで闘え、ということらしい。
元人間だという彼らを倒すのは相当勇気がいるが、倒さねば先に進めないわけで。
先ほどのセリロスの能力を使ったときと同じように、脳裏で響く夜の声に従って呪文を唱える。
「——“夢幻の闇,終わり無き世界を包む影,我が剣へ宿れ……『テネーブル』”!!」
剣に宿った暗い色の魔法が、狼男たちを襲う。
それは一瞬にして彼らの生命を奪っていった。
「おお……!」
「……お前、正真正銘【異端者】だったんだな……」
歓声をあげるオレとは正反対に、怪訝そうな表情でディアナが見てくる。
我ながらこうもあっさり他人の能力を使える辺り普通じゃないとは感じているけれど。
「ともかく、先を急ぐぞ。【聖なる日】を倒さないとこの世界から脱出できないからな」
「……まあそんなことだろうと思ったけど、お前もうちょっとこう……穏便に済ませようとか思わないのか?」
オレの言葉に、【聖なる日】を倒す気満々だったディアナは少し考えるように間を置いてから、首を振った。
「……ないな」
「そうか……」
がっくり、と肩を下ろしたオレの視界の先に、拓けた広場が映った。
広場ではカボチャ頭やミイラ男にゾンビ、狼男などと言った面々が楽しそうにダンスをしている。
あれが元人間だということを除けばなかなかに気の抜ける……いや、心の弾む光景だ。
「なんか……この世界自体はほっといていいんじゃないか? オレたちだけ脱出してさ」
「……そうだな、お前がこの世界の住人と化してもいいのなら僕は放っておくが」
「ごめんなさい助けてください」
呆れたような表情を浮かべながら言われてしまい、オレは即座に謝罪する。
ディアナは深くため息を吐いてから、踊り続ける住人たちを見つめた。
「……ディアナ、さすがに楽しそうなやつらに水を差すような真似はしない……よな?」
その姿がなんだか住人たちを殺すか否かを考えているように見えて、少し焦りながらもオレは声をかけた。
しかし彼は心外だ、と言わんばかりに肩をすくめた。
「あのな、僕だって誰彼構わず殺してるわけじゃないんだぞ」
「説得力ないです」
きっぱり否定すれば、彼はジト目でオレを睨む。
「僕はただ、【神】を殺せればそれでいいだけだ」
「……それもどうかと思うけどな……。
だいたい、なんでそんなに神様殺すことに執着してるんだよ?」
問えば必ず答えてくれる真面目な彼を何がそんなに突き動かしているのか。
気になって思わず尋ねれば、今回もやはり答えてくれた。
「……それが僕の、存在意義だからだ」
その声色に痛みが含まれているのに気づいてしまい、オレは尋ねたことを少し後悔した。
「……じゃあなんで【夢繋ぎ】は完全に殺さなかったんだよ?」
神を屠ることが存在意義と言いながら、彼は神であった【夢繋ぎ】を完全に殺してはいない。
【神殺し】は痛みを耐えるように少し間を置いて、やがて静かに口を開いた。
「……大切なヒトを失う辛さは……僕だって知って、いる」
「……ディアナ、お前……?」
まるで泣き出しそうなその声に、オレはそれ以上何も言えるはずもなく。
微妙な空気が流れた、そんなオレたちを動かしたのは甲高くハイテンションな少女の声音だった。
「見つけたっ! こんなところにいたんだね、マユカっ!」
「っシトルユ!?」
最初に逢ったときと同じように突然現れた彼女……【聖なる日】に、オレは驚き、ディアナは黙ってその手に握った剣……【神剣】を彼女へ向けた。
「……【神殺し】」
シトルユはディアナを睨み、それからオレを見やった。
「マユカ、どうして【神殺し】なんかと一緒にいるの!?
それは君の大切なヒトを殺したんだよ!?」
心底驚いたようなシトルユの声に、オレも驚く。
「な……なんでお前、《彼女》のこと……!」
問えばカボチャ色の髪を揺らしながら、少女はきょとんと首を傾げた。
「だって、君がここの世界に来た時点で君のことはあらかたわかるもの」
あたしはここの【世界樹】だから、と笑う彼女に、オレは思わず硬直した。
「そんなことはどうでもいい。とっととお前を屠って、このふざけた世界から抜け出すだけだ」
「そんなことを言って。君はただ、殺したいだけでしょう? あたしたち【神】を」
【神剣】を突きつけるディアナに、シトルユは挑戦的な瞳で笑う。
「そうやって君は君の大事なヒトも殺したんだね。大事だと言いながら、【神】だから……」
彼女の言葉が、途中で途切れる。
無言のまま彼女を睨んでいたはずのディアナが疾風のように距離を詰め、その手に握った剣を無防備だった彼女のカラダに深く突き刺したからだ。
「……それ以上、【彼】と僕のことを喋ると……このまま、殺すぞ」
「……っ」
痛みを堪えたような……それでいて酷く冷めたディアナの声に、シトルユは息を詰める。
剣を抜かれ赤い血を垂れ流しながらふらつく彼女に、オレは慌てて駆け寄った。
「シトルユ!!」
「まゆ、か……。やっぱり、ダメだよ。君は彼と一緒にいちゃダメ」
傷が痛むのか、弱々しく笑う彼女にオレは首を振った。
「誰と一緒にいるかいないかは、オレが決めることだ。
……それよりシトルユ、何でオレをこの世界に……いや、オレ以外の人もこの世界に招待したんだ?」
そう尋ねれば、少女は少し間を開けてからそっと口を開いた。
「……あたしね、ずっと独りだったの。この世界で……たった独り。
だから人を呼んだの。みんなで楽しくパーティを開いたわ……」
しかし人々は次第に自己を忘れ、この世界の住人と化していった。
新しく人を呼んでも、同じようにこの世界の住人となっていくだけ。
……【聖なる日】……【祝神】シトルユは、変わらずこの不可思議で歪な世界に独りぼっちだったのだ。
「でも……ある日、別の世界で【夢繋ぎ】と呼ばれる神が死んだって……聞いたの。
死んだといっても《彼女》の精神は《彼女》が愛した人間の中にいるって……」
「それが、オレだった?」
確認を取ると、少女はこくりと頷いた。
「だからね、あたし考えたんだ。【神】と精神を共有している君なら、この世界に来ても大丈夫なんじゃないかって……。
あたしはもう、独りじゃなくなるんじゃないかって」
それは人恋しさに飢えた少女の、悲しい願いだった。
実際のオレはそんなすごいものでもなく、結局他者に守ってもらわなければ今ここに“夏瀬 繭耶”として存在すらできないのだから。
「ごめんね、マユカ。巻き込んじゃって……」
「そんな……結局のところ、シトルユは寂しかっただけなんだろ? 悪意があったわけじゃないんだろ?
オレはこうして大丈夫なんだし……謝らなくていいよ」
オレがそっと微笑めば、彼女も泣きそうな顔で笑ってくれた。
「にしても、何でハロウィンパーティなんだ?」
「あたしが祝い事を司る神だからっていうのもあるけど……最初に招待した人が、ハロウィンパーティが一番楽しいって言ってくれたから……」
だから、いつまでも繰り返すのだと。
終わらない、楽しいハロウィンパーティを……ずっと、ずっと……——
たった、ひとりで。
「でも……もう、いいかな」
オレが何も言えずにいると、シトルユが突然ぽつりと呟いた。
「……え?」
「あたしを殺して、【神殺し】。
……そうしたらあたしは、独りぼっちじゃなくなる」
この世界は終わり、シトルユは世界から……【神】から解放される。
それは彼女にとって、きっと幸せなことなのだろう……きっと。
「……——“夕凪に終焉を,やがて来たるべき未来へ”」
静かに詠唱を始めた【神殺し】の足元に、魔法陣が展開していく。
「……マユカ。君はね、“他者の能力をコピーできる”の。
詳しくは……そうだね、きっと《彼》……《夜》に聞けばわかるよ」
最期の瞬間を迎えようとしているというのにも関わらず、穏やかな瞳でシトルユは笑ってそう教えてくれた。
オレは何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。
「……【神殺し】。君は“神を屠る”ことが存在意義だというけれど、それで何が変わるの?
あたしたち【神】は救われるの? 君は……救われるの……?」
「……——“全てを屠る光よ,宿れ! 《神殺し》の名の下に!
『ディオ・マタル』”!!」
【聖なる日】の最期の言葉に答えることもせず、【神殺し】はそのチカラを込めた【神剣】デイブレイクを、彼女に振り下ろした。
途端にガラガラと激しい音を立てて壊れていく、彼女のセカイ。
カボチャ頭や狼男たちは、それでもなお踊り続けていて……。
「……っ!!」
思わず涙があふれたオレに、命が途絶えたはずの彼女が微笑んだような……気がした。
+++
――……マユカ、選択の時だ――
不意に景色が変わる。
崩れていくハロウィンの世界から一転して、そこは深い海の中のような空間だった。
「……夜」
目の前で長い髪を水に躍らせるようにゆらゆらと佇むその人物は、まぎれもなく《夜》その人で。
オレが名を呟けば、《彼》は柔らかく微笑んだ。
そういえば……気が付けば、ディアナがいない。
――今なら……【聖なる日】の世界が崩れ、君が世界を超える今のタイミングなら、オレの【世界樹】としてのチカラで、君をオレたちの世界へ連れていける――
元の世界へ戻って、元の生活に戻るか。また別の異世界へ行くか。
《彼》はそっと、その選択肢をオレに委ねた。
――君は【異端者】。元の生活に戻ることもできるけど……また今回みたいなことが起こるかもしれない。
……君の中に、《彼女》の存在がある限り。
今回はオレが【神殺し】に助けを求めたから良かったものの……次があるとは限らないよ――
「それって、選択肢は一つしかないじゃないか」
ほぼ脅しのようなそれにオレがそう文句を言えば、《彼》はくすくすと笑って、それもそうだね、と頷いた。
――それじゃあ……行こう、マユカ。
オレたちが【世界樹】を務める、伝承を繰り返す異世界……“ローズライン”へ……――
ああ、深い蒼の中に溶けていった、オレンジ色のセカイの欠片。
(さよなら、【聖なる日】)
心の中で呟いて、オレはそっと瞳を閉じたのだった。
Rêve sans fin 終