桜木 梨子にとって、この結末は些か不可思議で、予想外だった。
女王も、猫も、自身でさえも、みな『夏瀬 繭耶』を取り戻すために戦っていたはずだった。
それはもちろん、“彼”にとっても同じはず。
にも関わらず、“彼”は、それを選ばなかった。
彼が足を踏み入れた、非日常のワンダーランド。
けれど、それらは終わったのだ。女王も猫も消え去った。
彼が……夏瀬 歩耶が結末を選んだから。
探していた兄と決別し、彼は未来へと歩き出した。
梨子はすぐそばで、彼の決断を見ていた。
「後悔、してないの?」
春が去り、夏が終わり、秋が暮れ、冬。
マフラーに顔を埋めながら、梨子は歩耶に問いかけた。
「後悔?」
「そう。お兄さんを、選ばなかったことを」
聞き返した彼にそう補足をして答えを促すと、彼は「うーん」と悩む素振りを見せる。
「してない、わけじゃないけど」
歩耶は笑った。大切な宝物を自慢する、幼子のように。
「兄さんと話して、わかったんだ。
兄さんは異世界で頑張って生きてる。それが兄さんの選択だから、オレはそれを尊重するだけだよ」
寂しくないと言ったら、嘘になるけど。
そう話しながら梨子の横を通り過ぎた彼の顔が、酷く切なかった。
梨子は“一人目の自分”ほど素直になれない自分が嫌になった。
頼ってほしい、非情な世界に怒ってほしい、……泣いてほしい。
けれど、梨子はそのどれも口に出すことはできなかった。
(前の私なら、できたのかもしれないけど)
はあ、とため息を吐いた彼女だったが、ふと眼前に立つ彼に気付く。
「なに……」
「あのさ、梨子」
怪訝そうな彼女を見て、彼はふわりと笑んだ。
“梨子”たちが好きな、彼の笑顔だった。
「ありがとう、ずっとそばにいてくれて」
梨子がいたから、オレは“日常”に戻ってこれたんだ。
そう笑う歩耶に、自然と梨子も笑顔になる。
(……ああ、よかった)
前の自分も、今の自分も、彼の笑顔を取り戻したかったのだ、本当は。
暖かな陽だまりのような彼の笑顔に、梨子の心は救われる。
(私たちは、歩耶を守るために産まれた防衛機構)
彼の命を守って、一人目の自分は死んだ。
だから二人目である自分は、彼の笑顔を守ろう。これからも、ずっと。
世界の要、【世界樹】である歩耶の守護者として。
胸に抱いた決意に、梨子は歩き出す。
一人目の自分が救った彼の命と、これからも生きていくために……。
――これは、“防衛機構”が“少女”になるお話。
WonderLand. 少女ト結末。