「……わたあめ、ですか?」
きょとん、とした表情のその女の子に、僕はこくりと頷いた。
「そだよ。メルちゃんの髪の毛見てると、わたあめ食べたくなるなあって」
羊の半獣人である彼女……メリィ=メルの金色の髪の毛は、ふわふわもこもこしていて。
僕ことリオンは、祖国で食べたふわふわな砂糖菓子を思い出したのだった。
「わたあめ……とは、どんな食べ物なのでしょう……?」
白魚のような指を上品に口元に当てて首を傾げるメルちゃん。
不思議そうなその様子を見て、僕は「そっか」と手を合わせる。
「メルちゃん、王女さまだしそんな庶民的なモノ食べたことないのか……。
……そもそもこの異世界、わたあめなんてあるのかな……?」
ひょんなことから異世界転移を果たし、実は王家の姫君だという彼女に出逢った僕だけれど……細かいところは割愛するとして。
王女は関係ないです、と頬を膨らませるメルちゃんに苦笑いを零して、僕はわたあめについて説明をする。
「ええとね。僕の世界では、お祭りのときによく売られてるんだけど……。
砂糖を熱で溶かして糸状にしたものを、棒に絡めたふわふわ可愛いお菓子……。うーん、説明が難しいね」
専用の機械だとか、遠心力だとか、果たして異世界人に説明して通じるのだろうか。
メルちゃんはそんな拙い説明でも、一生懸命想像しようとしてくれている。
「ふわふわ可愛いお菓子……お砂糖、ということは甘いのでしょうか。
とても手間暇かかるお菓子のようですけれど……」
「まあ、専用の道具があればそんなに手間もかからないよ。家庭用の玩具とかでもあるし……。
それで、そう。すごく甘いんだよ。子どもはだいたい食べたがるけど……安い割に量が結構あるから、途中で飽きるんだよねえ」
「玩具でもわたあめなるものが作れるのですか……! リオンの世界はすごいですね。
甘いお菓子が子どもに人気なのは、どの世界でも同じですね」
お祭りに行ってはわたあめを買ってもらい、途中で食べ切れなくなったり、わたあめ製造機に憧れて買ってもらったものの、最終的には使わなくなったり……など、色んな苦い思い出もあるわたあめだけれど。
未知の食べ物に、あめ玉みたいな紅い瞳をきらきらさせている女の子を見ていると、懐かしくてあたたかい気持ちになっていく。
(……僕も昔はあんな風に、わたあめを見ていたのだろうか)
成長するにつれ失くした、純粋な『子どもらしさ』。
らしくあれ、と言われ続け反発し手放した、『女の子らしさ』。
それでも大切な宝物をかばんの中に詰め込んでいたようなあの遠い年少の日々を、目の前の彼女を見ていると思い出す。
世界がきらきらして、ふわふわして、眩しくて、魔法を信じていた、子どもの頃の『わたし』。
「……リオン?」
何故か無性に泣きたくなった。
彼女の声が、わたあめのように甘いからかもしれない。
遠い記憶を呼び起こすような、優しくて、全てを赦し包み込むような……。
「……ねえ、メルちゃん」
涙で滲んだ目を隠すように、僕は椅子から立ち上がる。
それから精いっぱいの笑みを浮かべて、彼女へと手を差し伸べたのだった。
「街に行こう。わたあめを探しに!」
そんな突飛な提案に、可愛い笑顔で頷いてくれる優しいメルちゃん。
どこにあるかはわからない。見つかるかもわからない。
けれど、宝探しのようなそれに、子どもの頃のわくわくした気持ちが蘇る。
繋いだ手があたたかい。
大切なものはきっと、今もちゃんと、僕の中にあるのだろう。
甘く溶ける、わたあめのような彼女と共に。