この夜を越えて、静寂。

夏空に願う。


「夏といえば」

 

 唐突な夜先輩の声に、オレとディアナは彼に視線を向けた。

 

 旅の途中見つけた、小さな入り江。

 日本で言う夏のような暑さもあり、オレたちは早々に靴を脱いで水辺で遊び出した。

 そうして一通り水遊びをしたあと、楽しそうな仲間たちを横目に、オレは日陰で休んでいた夜先輩とディアナの元で一休みすることにしたのだった。

 ちなみに、いつも夜先輩と一緒にいる双子の兄……朝先輩は、他の仲間に引き摺られて海で遊ばされている。

 

 そんな中告げられたのが、先ほどの言葉だった。

 オレたちふたりは黙って続きを促す。

 

「……ヒアとディアナの誕生日、夏だったなあと思っただけなんだけど……」

 

 それにたじろいたのか、気まずそうに答えた夜先輩。

 オレとディアナは思わず顔を見合わせた。

 

「えっと……よくそんなこと覚えてますね?」

 

「まあ、【世界樹(ユグドラシル)】だしね。

 ……暦はディアナの世界とも地球ともたぶん違うけど……誕生日、おめでとう」

 

 ふんわりと笑う先輩に、ありがとうございます、と返す。

 ディアナは何とも言えない顔をしていたから、もしかしたら誕生日が好きじゃないのかもしれない。

 

「ディアナは……あんまり祝われたくないタイプ?」

 

「……いや。 僕は自分が生まれた月日がわからないから……実感がないだけだ」

 

 そう思って問いかけたら、律儀な彼はきちんと理由を教えてくれた。

 ……しかし、なるほど。 実感がないと、確かに祝われてもピンと来ないのかもしれない。

 そうか、と頷いたオレに、再び夜先輩が声をかけてきた。

 

「……ふたりはさ、“生まれてきてよかった”……って、思う?」

 

「……え?」

 

 相変わらずの脈絡のなさに、オレは首を傾げてしまう。

 それを見た先輩は、あ、ごめんね、と謝罪してから、話を続けた。

 

「いや……ふたりとも、その、あんまり楽しいとは言えない過去を送ってるし。 ちょっと……気になって……」

 

 言いづらそうに言葉を紡いだ先輩に、オレとディアナは揃ってため息を吐く。

 ……確かにオレたち三人は、あんまり幸福とは言えない人生だったかもしれない。 だけど。

 

「……確かに楽しいとは言えない過去ッスけど。 オレはそれでもまだ全然幸せですし、現在進行系で。

 元の世界でも、この世界でも……オレはひとりじゃないから」

 

「……ヒアに同じく、だ。 あまり思い出したくはない過去ではあるが……それを否定はしたくない。 “ひとりではなかった”ことを、なかったことにはしたくない。

 それに……今ここで旅をしているのも、まあ悪くはないからな」

 

 オレが先輩の瞳を見て言い切ると、珍しく微笑を浮かべたディアナも同意してくれた。

 だから、と、オレは夜先輩の手を握る。 この暑さの中、ひんやりとした体温が心地良い。

 

「オレは、生まれてきてよかったって……断言できますよ」

 

「……僕もだ。 ……だが、それはあくまでも僕らの話。

 お前が自身の存在をどう思っているかは想像がつくが……あまり、思い詰めるなよ」

 

 オレとディアナの言葉に、先輩は「そっか」と呟いて、泣きそうな顔で笑ってみせた。

 握りしめた彼の右手は、血の気を失ったように冷たくて。

 

「先輩も、ひとりじゃないですよ」

 

 オレたちが、ちゃんとそばにいますから。

 いつか貴方が、“生まれてきてよかった”と、そう思える日が来るまで……ずっと。

 

 ぽつり、と零れた彼の涙と、ありがとう、という言葉。

 彼が自分を大切に思える日は、きっと、もうすぐ。