この夜を越えて、静寂。

夕空ファンタスティカ


「お、リアじゃん」

 

 ギルドの依頼をこなして、拠点へと戻ってきたぼくたち。

 頭の上でポニーテールにした黒い髪が特徴的なお兄さん……ゆなさんの声に釣られて顔を上げる。

 すると、銀髪とオッドアイを持つお兄さん……メモリアさんが、屋根の上で空を見上げていた。

 

「……お前たちか」

 

「何やってんだ? 星占いか?」

 

「占星術、だ」

 

 壁に立てかけられた梯子を器用に登りながら、メモリアさんに話しかけるゆなさん。

 占星術師であるからか、メモリアさんは時間を問わずよく空を見ている。

 

「おーい、ヨミも来いよ」

 

 あっという間に屋根の上へと辿り着いたゆなさんに誘われて、ぼくもおっかなびっくり梯子を登ってみた。

 高くなった視界と足場の悪さに、サッと血の気が引く。

 ほら、と差し出されたゆなさんの手をギュッと握って、ぼくはなんとか頂上へと来れた。

 

「頑張ったな、ヨミ。 ほら、見上げてごらん」

 

 バランスを立て直したぼくに、ゆなさんが声をかける。

 彼の言葉に従って、ぼくは目を空へと向けた。

 

「あ……」

 

 それは、夕空だった。

 赤から紫へと変わっていく、グラデーション。 うっすらと見え始めた、瞬く星々。

 穏やかな風に乗って、どこかから漂う夕飯の匂い。 遠くから聞こえる、楽しそうな子どもたちの声。

 

 平和だった。 それと同時に、ひどく切なくて、泣きたくなった。

 俯いてばかりの日々では見えない、分からない世界の色。

 

(ああ、世界はこんなにも……――)

 

「……メモリアさん、いつもこんなすてきな景色を見ていたんですね」

 

 こみ上げた涙を拭って、銀髪の占星術師に微笑むと、彼はそうだな、と頷いてくれた。

 

「空を見ていると……世界はどこまでも広くて綺麗なのだと、実感する」

 

 だから、空が好きなんだ。

 メモリアさんはそう言って、流れゆく雲を目線で追っている。

 

 ……世界はきれいだ。 なんでそんなことに、今まで気が付かなかったのだろう?

 自国の離宮に幽閉されていたあの頃……窓から見る空は狭くて、苦しかったのに。

 

「ぼく……ここに来れて、よかったです」

 

「大げさだな。 こんな景色、これからいくらでも見られるぞ?」

 

 この屋根の上に。 自由を愛するギルドに。

 流されるままに辿り着いたぼくだったけれど……そうか。 ここなら、ずっと、ずっと、こんなきれいな世界を見ていられるんだ。

 

 もちろん、きれいなものばかりではない。 そんなことはぼくが一番わかっている。 ……だけど。

 

「ぼく、きれいなこの世界を守りたい。 ずっとずっと……好きで、いたいです」

 

 この身にあると言われる、世界を滅ぼすかもしれないチカラ。

 だけどきっと、ここにいたら……なんとか、なるのかもしれない。 制御することも、無くすことも、できるのかもしれない。

 

 ぼくの言葉に、ゆなさんもメモリアさんもそうだな、と笑って頷いてくれたのだった。

 

 ぼくを探しに来た護衛が、見上げた先の屋根上にいるぼくを見つけ、大慌てで騒ぎ出すまで……あと数分。

 

 

 おわり。